5月7日 水曜日
【ニュージーランド】 ダニーデン
目が覚めると空が薄暗かったのでまだ朝方だろうと思った。
もうちょっと寝てたいな、と思いつつも一応時計を見てみた。
13時。
嘘だろ!?と飛び起きた。
とても昼とは思えないほどに薄暗い天気だった。
分厚い雲が空を覆い、目の前の芝生の上には白いポールみたいなのが立っており、それはまるでラ………
ラグビー場。
ニュージーランド人、ラグビーしすぎ。
とにかく寝過ぎたのですぐに荷物をまとめて町へ向かう。
昼間の町にはそれなりに人が歩いており、たくさんのお店が並ぶメインストリートではギターを弾いたりハーモニカを吹いてるバスカーがちらほらいた。
もっとも、まったく演奏になっておらずただ物乞いがテキトーに音を鳴らしているだけだったが。
このダニーデンには大きな大学があるらしく、ニュージーランド中から、そして世界の各国からも学生がやってきているような学生の町。
観光資源も別にないので大学でもっているような町なのかな。
てなわけでたくさんの若者がいるのかと思っていたのだが、まぁもちろん平日の日中には誰も町なんか歩いていない。
もう今日は遅くなってしまったので夕方からの人出を見込んで17時くらいから路上をして、そのままもう一晩ここで過ごそうかな。
昨日と同じマクドナルドへ行き、今日はマックチキンのセットにした。
5ドル。450円くらい。
日記を書いたり、調子の悪いWi-Fiがうまく繋がらなくてイライラしているうちにあっという間に17時になってしまった。
そろそろ始めなきゃとマクドナルドを出てメインストリートに出れば歌えそうな場所はいくらでもある。
バスキングのライバルもいないし、潰れているお店があるのでその前に簡単に陣取ることができる。
一応屋根が続くアーケードになっているので雨の心配もない。
ニュージーランドではそれなりの都会なのかもしれないけど、俺からしたらかなり寂しい地方都市でしかないダニーデン。
でもこの小さな農村と漁村が散らばる周辺地域の人たちからしたら、ここは最寄りの都会であり、なんでも揃う経済の中心地だ。
ポツポツと人が歩くメインストリートの潰れたお店、ショーウィンドウの前でギターを構えた。
これから先、長いニュージーランドのヒッチハイクの道のりが待っている。
オーストラリアドルはもうこれ以上両替したくないので、ヒッチハイクの道の中で稼いでいかないといけない。
ニュージーランドでもある程度はお金を貯めるつもり。
減らして出るなんて出来ない。
なので頑張って歌わないといけないんだけど、どうしても気合いが湧いてこない。
1曲終わるごとに手を休めて周りをぼんやりと見回す。
こんな地の果てのような小さな町にいると、孤独が身にしみてエネルギーが外に霧散していくように脱力してしまう。
昼過ぎに起きてしまったという罪悪感もそれを手伝い、沈んだ気分になってしまった。
どうしてもやる気が出てこなくて1時間でギターを置いた。
そんな中途半端な気持ちで歌った歌に40ドルのあがりがもらえていたことが若干心苦しかった。
19時を過ぎると人通りがパタリとなくなった。
そこに追い打ちをかけるように冷たい雨が降り出し、町から人影が消え、通りのお店も閉まり始める。
行くあてもないのでまたマクドナルドに入り、マックチキンのセットを注文して昨日と同じコンセントの近くの席に陣取った。
雨は降っているがマクドナルドにはポツポツとお客さんがやってきて、酔っ払った若者や中国人たちが楽しそうに話している。
その横で1人大きな荷物に囲まれながら日記を書き、そして本を読んだ。
ここからどこに行こう。
こんな何も知らない町の中で1人ぼっちで行くあてもない。
楽しそうな人々はみんな帰ることのできる家と待ってくれている人がいる。
電話をかけて遊び行ける友達もいる。
俺にとって唯一の腰をかけることのできる場所であるマクドナルドだけれど、余計に寂しさが身に沁みる。
これでいいんだ、と言い聞かせてはみるが、逃れられない虚無に囚われたままで朝を待つのはとても辛かった。
何度か外に雨の様子を見に行ってみたが相変わらずしんしんと降り続いており、こんな夜の中に飛び出して行く勇気はどうにも湧いてこずにずっとマクドナルドの片隅にいた。
深夜の時間帯になると若者たちに混じってホームレスっぽいおじさんも迷い込んでくるのが24時間のマクドナルドのいつもの光景。
雨に濡れたおじさんがビニール袋を持ってひどく咳込みながら入ってきた。
そして何も注文せずに席に座り、ずっと独り言をつぶやいている。
ゴホゴホ!!ゴホー!!
何かの病気としか思えない咳の声が店内に響く。
絡んでこないでくれよと思いながら素知らぬ顔で本を読んでいると、おじさんが俺を見つけた。
じーっとこちらを見つめている。
ああ、ここで話しかけられたらずっと離れてくれないだろう。
こっちに来ないでくれよ………と思っていたところだった。
向こうの席に座っていたイケイケな雰囲気の若いカップルの男のほうがそのおじさんに近づいた。
そして手に持ったいたナゲットの箱をおじさんに渡した。
飲み屋帰りっぽい酔っ払っているそのカップル。
オシャレな服を着て、ファックを連呼しているイマドキの若者。
その彼氏がおじさんの肩に手を置いて、よかったら食べてくれよ、というようなことを言っている。
そして男はナゲットを渡したら彼女のいる席に戻っていき、何事もなかったように楽しそうな会話を再開した。
するとそのホームレスのおじさん。
のそのそと荷物を持って立ち上がると、何を思ったかそのカップルの方に歩いていき、同じテーブルに座ろうとしている。
おじさん、そうじゃないよ、彼らは酔った勢いでおじさんが目についたからナゲットをあげただけのことで、一緒に遊ぼうとは思ってないんだよ。
優しさにつられて近づきたい気持ちもわかるけどさ……
と眺めていると、ミニスカートを履いたその彼女、ホームレスのおじさんにここに座っていいよ!!と自分のバッグをどけて横に座らせた。
そして一緒に会話をしだした。
少しどきっとした。
こんなこと別にどこにでもある光景。
でも、独り言をブツブツ言ってる汚い格好をしたおじさんが近づいてきて、そんなおじさんを迎えて会話することが俺にできるか。
きっと出来ない。
まともに会話できなくて変なことを言われてうっとおしくなるだけだ。
別にする必要はない。
でもふと、その光景をはたから眺めている自分が情けなくなった。
なんだかここにいるのが嫌になって立ち上がった。
外に出ると雨が小降りになっていて、これなら歩けそうだと思って荷物を持ってマクドナルドを出た。
ひと気のない静寂の町の中を急ぎ足で歩いた。
昨日寝たラグビーコートに屋根のある小屋があったのを覚えている。
歩いて20分くらいかかるけど、あそこまで行けばなんとか雨をしのいで眠ることができるはず。
1人でオレンジ色の外灯の下を歩いていく。
小降りだった雨粒が少し大きくなってきて、体を濡らしはじめた。
髪の毛がおでこにはりつき、バッグが濡れていく。
気温はかなり低く、雨に濡れた体にさらに風が吹きつけて凍えそうなほどに寒い。
アスファルトの水たまりに波紋をつける雨粒はどんどん大きくなる。
雨が髪の毛の先からしたたって頬を流れる。
ギターが濡れてしまうのが気がかりで歩く足を早めた。
もう少ししたらアジアに入る。
物価の安いアジアなら野宿する必要もないのでこんな夜も過ごさないですむ。
こんな悲しい夜に1人きりでいなくてすむ。
でも今はこれでいい。
これでいいんだ。
孤独と向き合うことが旅の価値だ。
ようやくたどり着いたラグビーコートの小屋の軒下に潜りこみ、ベンチの上にマットを敷いて濡れたまま寝袋にくるまった。