4月11日 金曜日
【オーストラリア】 ゴールドコースト
「身はたとえ メヒコの野辺に 朽ちぬとも とどめおかまし 大和魂」
嵐を呼ぶあの人が、ついにオーストラリア大陸に上陸する。
それが今日。
なにやら日本のお世話になってる人たちから預かり物をしてきているとのこと。
今日、飛行機で北部の町ケアンズに到着すると言っていたので、そのうちゴールドコーストまでやってくるはず。
車で来るか飛行機で来るかわからないけどケアンズからなので3日はかかるだろう。
何が起きるのか、東海岸のビーチに波乱の予感。
「ハーイフミ、ゆうべは大丈夫だった?」
ダニエルとメラニーの声で目を覚ました。
ソファーで体を起こすと頭がぼーっとして何も考えられない。
あっちのソファーでは知らない人が裸でひっくり返っている。
ゆうべあれから何時までみんな飲んでいたのか覚えてないけどソファーで死んでるニコの姿でなかなかの深酒っぷりがうかがえる。
「私たちカフェに行ってくるから、いつでも出かけていいからね。」
朝から爽やかな2人を見送って俺はのそのそとシャワーを浴びる。
ああ、ちゃんとしたシャワー自体もかなり久しぶりだなぁ。
熱いお湯でしっかり目を覚まし、ギターを抱える
今日は金曜日。
夜までがっつり歌ってやるぞ。
今夜も泊まらせてもらうことにして、荷物を置いて家を出る。
ゴールドコーストは最高の天気。
こりゃいい1日になりそうな予感だ。
手の腫れも昨日よりはマシだ。
大通りに出るとブロードビーチ行きの市バスがやってきた。
乗車の際に入口側に車体がプシューと傾いて楽チンで乗り降りできるという気使いすぎのピカピカのバス。
ウッヒョオオウ!!とまだ乗ってないのに走り出して放り落とされそうになることもなく、キチンと料金の支払いが終わるまで発車しないというジェントルっぷり南米懐かしい。
ロン毛で腕にタトゥーが入りまくったイージーライダーに出てましたっけ?みたいなサングラスのオッさんがドライバーってのも欧米だ。
「ブロードビーチまでいくらですか?」
「5ドルだぜブロー。」
ほうそうですか。
車で5分くらいの距離で5ドルとかカンガルーなに食って育ってやがんだコノヤロウ!!!
中米だったら5ドルで次の国行けるわ!!
震える手で5ドル払ってエアコンの効いた快適なバスでブロードビーチに到着。
今日は金曜日。
まだ平日なので人の姿は普段通りなんだけど、向こうの広場にはいつも夕方からしかやってこないおじさんシンガーがすでに陣取っており、クラシックロックメドレーを気持ち良く歌っている。
これからの週末の賑わいに向けてふつふつと盛り上がる空気を演出しており、俺も嫌でも気合いが入る。
でも路上を始める前にひとまず腹ごしらえ。
行くのはもちろんここ。
ラーメン横丁。
「おー、いらっしゃい。今日はどれにする?」
すでに顔見知りになっており大将も店員の可愛い女の子も笑顔で迎えてくれる。
ああああああ!!!
今日も何食べるか迷う!!!
はい、辛味噌ラーメン。
な、なんでこんなに美味いんだろう…………
言葉にならないよ………
小田和正並みに言葉にならないよ………
このチャーシューやばいよ………
なんで海苔がただの海苔じゃなくて岩海苔なんだよ………
殺す気ですか………?
むせて鼻からメンマ飛び出しそうになりながらスープ1滴残さず食べてエネルギーフル充電。
潰れていた喉の調子も戻った。
ゆうべはフカフカのソファーで寝て体力全快。
今の俺不死身。
ああああああああああああああああああ!!!!!!!
お母さん退職おめでとう!!
兄貴結婚おめでとう!!
俺無職!!マジでごめん!!
金丸家絶好調!!
そんな末っ子がオーストラリアのブロードビーチの穏やかなショッピングストリートでハートオブゴールドから路上開始です。
俺のすぐ横にメリーゴーランドがあるので、南米ではほとんど歌ってなかったジョニミッチェルのサークルゲームを歌ってるんだけど、家族連れが多いこの場所ではとてもウケがいい。
南米では英語の曲は有名なやつしかやってなかったんだけど、ここは英語圏。
何をやってもちゃんと詩を理解してもらえるのでストーンズもディランも選曲に悩む必要もない。
そして移民大国なのでスペイン語で歌っても、私コロンビアからなのよー!!俺アルゼンチンから来てるけどなんでその歌知ってるんだい!?とたくさんの反応がある。
さらにここでオーストラリアのミュージシャンの曲も入れたらいいんだろうけど、AC/DCしか知しません。
ハイウェイトゥヘル歌えばいいですか?無理。
ちなみに現在シンガポールに進んだイクゾウ君は所持金8ドルでハイウェイトゥヘルを爆走しているらしい。
頑張れイクゾウ。
さすがに今日は金曜日。
夕方になると急に人通りが増えてき始め、あっという間にたくさんの人々が街に溢れてきた。
こいつは気合い入るぞ!!
ってなとこだけど、やっぱりみんな考えることは同じなので、いつもは見かけない路上パフォーマーたちがあちこちでシャカリキに演奏を開始し始め、さらにそこら中のレストランやバーの中でもライブミュージックが爆音を流し始め、ひとまず仕切り直しといくことに。
あがりは40ドル。
荷物をまとめてセブンイレブンに行き、コーヒーを飲みながらのWi-Fiに繋ぐ。
レストラン街にはドレスアップした人々が溢れかえり、どのお店もたくさんの人で賑わっている。
こいつは稼げるぞー。
ソワソワしながらFacebookを開いた。
「海キレー!!今ブロードビーチやでー。」
……………はぁ!?
はぁあああ!!!???
ジェニファーさんやし!!
もう着いたの!?!
今日日本からケアンズに着いたはずなのに、すでにブロードビーチにいるってフットワーク軽すぎやろ!!
慌てふためきながらメールを返すも、すぐに返事がない。
どうやらジェニファーさんもWi-Fiのみでメールをチェックしてるみたい!!
こんな小さなエリア。もうお互いすぐそこなのに、見つけられないもどかしさがなんか逆にロマンチック!!
かつて同性愛者と結婚していた謎の人だけどロマンチック!!
「今メリトンにおるで。」
しばらくしてメールが来た!!
メリトンてなんだ!!?下ネタか!?
そこらへんの人に聞いてやってきたのは、高級ホテルのロビー。
め、メリトンてホテルか………
ロビーのスーパー綺麗な女の人にジェニファーさんって人泊まってませんか?とか聞いてもどうやら部屋をとってはいないみたい。
あー!!もうどこにいるんだよー!!ジェニファーさんー!!
「あっはっはっはー!!おったおったー!!」
そのとき、思いっきり関西弁丸出しの聞き覚えのある声が向こうの方から聞こえた。
こ、このヤカラみたいな喋り方は………
入り口の方を見ると、あのジェニファーさんがいた。
「うわー!!トドビエン!?」
「トドビエン!!エスタビエン!!久しぶりやなー!!ちょっとはスペイン語喋れるようになっとるやんけー!!」
細い体に日焼けした肌、そしてあの日メキシコで見た輝く笑顔はまったくそのまま。
うわー!!懐かしい!!
「いやー、今朝ケアンズに着いてなー、すぐゴールドコーストに飛んだんやけど、危ないところやったわー。」
当初ジェニファーさんはケアンズのちょい上にあるポートダグラスというところでのんびりしたいという希望だったんだけど、俺がそこまで行くのは時間がかかりすぎるということもあってゴールドコーストまで来てもらった。
しかしもしゴールドコーストに来ていなければ大変なことになっていたみたい。
「今あれやで、サイクロンっちゅーんか?ハリケーンがケアンズ周辺のオーストラリア北部に上陸して大変なことになっとるらしいで。ギリギリ逃げてきたけどもしこっち来てへんかったらシェルター生活しとったとこやわ!!」
嵐を呼ぶ女ジェニファーさん。
本当にサイクロンを連れてくるという冗談みたいな本当の話。
「ウチ、今回はもうゆっくりさせてもらうでなー。アパートメントのとこ泊まって一歩も外出たらんねん。そのために慶喜の本持って来たからなー。」
ちょっと体調を崩しているジェニファーさん。今回のオーストラリアはのんびりと静養する目的もあるよう。
徳川慶喜の本を持ってきて相変わらず幕末にハマっているみたい。
「よーし、ホナいってみよかー!!目的はこっちがメインやでー。みんなから預かってきたもの!!ホラ!!開けて開けて!!」
大きな紙袋を渡された。
そう、日本から預かってきた荷物。
ひょんなことからお知り合いになり、ドイツのミュンヘン、フランスのパリでとことんお世話になった、大阪の有名パティシエ社長、植松さん。
そして一緒にアメリカをバスキングで横断したカッピー。
この2人からの預かり物。
何が入ってるのかドキドキしながら袋を開ける。
子供みたいにウキウキしながら横で見てるジェニファーさん。
中には3つの風呂敷が入っていた。
ひとつ目の風呂敷をほどく。
う、植松さん………マジですか………
そこにはマーチンの弦が6セット、そしてAとGのブルースハープ、さらに大量のピックが入っていた。
頭を抱える。
俺のためにこんなことを………
ドイツでもフランスでも、お会いしてるとき以外でも、いつもいつもお世話になりっぱなしだというのに、またこんなものを………
「ミゲルが南米で雨に打たれて弦が切れて全然稼げへんー!!言うてる時あったやろ。あの時に植松さんから連絡もろうてん。届けてあげたいって。それにしても植松さん男前やなぁ。この前初めて会うたけどあれ河内ちゃうで。八尾にあんな紳士おれへんでうんたらかんたら………」
植松さん、お返しするもの何も持ってないです。
でもいつか必ずこのご恩返させてもらいます。そして必ず次にユイマールの輪をつなげます。
もうこれで日本に帰るまで大丈夫だ!!
弦が切れないように遠慮しながら弾かなくてもいいぞ!!
次にふたつ目の風呂敷を開ける。
そこには………カッピーからの荷物が入っていた。
中身はここには書けないけど、とっても大事な物と、そしてカッピーからの直筆の手紙が入っていた。
読み進めるうちに体が熱くなる。
いつもおちゃらけてたカッピー。
でも今では東京にお店を構えるオーナーだ。
あの時俺たちはロサンゼルスの橋の下で寝ながら本当に何も持ってなかった。
今もそんなに変わっていない。
でも持ってないからこそ、恐れずにチャレンジしていける。
俺たちきっと、いや必ず、突き進んでいける。強く願う気持ちを世界中で教えられてきたもんな。
あまりに熱いメッセージに涙出そうになったよカッピー。
ありがとう!!
「え……なんかちょっと………みんなええの入れとるなぁ………ウチの……恥ずかしいわ……」
「じゃあ最後のジェニファーさんの開けますね。」
「え、あ、ちょっと待って………アカン、アカンて、」
テンガとローション。
「アカンわぁぁ……今めっちゃ後悔しとるでー………もうちょっとカッコええのにしとけばよかった…………あ、でもこの青のやつはクールテンガ言うてな、これからのアジアに向けてバッチリやでってそういうことちゃうな。」
相変わらずのジェニファーさんに大笑いしながら荷物を抱きかかえた。
それからゆうべのダニエルとメラニーの家に置いていた荷物を取りに行く。
「ヘーイフミ、スウィ~タズ、友達が来たのかい?」
「いやホンマうちの金丸がお世話になりましてねー、ところでトゥダイってトゥデイのことですのん?オーストラリアの英語ホンマわかりまへんねん。」
家のみんなと大阪パワーで2秒で親友になるジェニファーさんのコミュニケーション能力はやはりここオーストラリアでも炸裂。
すぐにみんなと打ち解けて楽しそうにお喋りしている。
みんなウチに泊まってくれていいんだぜ!!と言ってくれるが、今日はジェニファーさんも疲れている。
ちゃんとホテルに泊まらないとな。
また戻って来るからとみんなに告げて家を出た。
メリトンホテルに戻り、家電やら食器やらなんでもかんでも揃ってるとんでもなく豪華なアパートメント部屋にチェックイン。
あまりの豪華さに目ん玉飛び出そうなほど驚きながらシャワーを浴びた。
「ウチ疲れたでもう先に寝るなー。ほなお休み。あんたも歯磨いて屁こいて寝やー。」
ベッドルームに入っていったジェニファーさん。
いつも元気なジェニファーさんだけど1日移動しまくってきてすごく疲れてるはず。
すぐに寝室の中で物音を立てなくなった。
ベランダに出て椅子に座ってタバコに火をつけた。
程よい風が海から吹いてくる。
目の前には高級ホテルの巨大なビルがそびえたっており、カラフルなライトが光る。
ホテルのプールには人影はなく、外灯をゆらゆらと反射している。
向こうの通りを走る車の音がたまに聞こえる。
とても静かだ。
だけどそんな夜の中で心はとてもざわついている。
俺に何ができる。
こんな何も持たないのに。
たくさんの人にこんなにも助けられる価値がこの命にあるんだろうか。
旅も残りあとわずか。
何を手に入れられるだろう。
残りの旅の中で何を見つけられるだろう。
でもわかっている。
大事なのは外から何かを手に入れるのではなく、自分の中にすでに隠れているものに気づくこと。
もうそういう状況まで来ているはず。
タバコを持つ手が汗ばむ。
やんなきゃな。
命は燃やし尽くさないと。