4月6日 日曜日
【オーストラリア】 ゴールドコースト
ゆうべ酔っ払いたちの乱闘の後、もっとひと気のない場所を探して歩き回り、中心部から15分ほど歩いたところに静かな公園を見つけた。
夜露に濡れた芝生を歩いて奥へ行くと、木々の裏にちょうどいいスペースを発見。
ここなら人目にはまったくつかない。
蚊帳を敷き、荷物を突っ込んでその隙間に横になるとすぐに眠りに落ちた。
いやー、オーストラリアという先進国の治安の良さったらないね。
朝まで1度も目を覚ますことなく熟睡できた。
これまで南米で常に気を張って動いていたので、治安に関してはもう楽勝で仕方ない。
この前まで一緒にいたイクゾウ君も、食堂に入った時、席に荷物を置いてから注文しに行ったりしていた。
トイレに行く時も外に荷物を置きっぱなしにしたり。
これ南米だったら2秒だよと言うと、そんなにヤバイんすか!?と驚いていた。
オーストラリアと日本の治安は同じようなもんだもんな。
暖かい日差しの中、荷物をまとめる。
ゴールドコーストはどこまでも美しいビーチが続く海岸線の街だけど、住宅地の中にも複雑に海が入り込んでおり、無数の小島を形成している。
そんな限られた土地に隙間なく建物が建てられてるんだけど、まぁどれもお金持ち丸出しな感じの家ばかり。
運河が入り組んだロサンゼルスのベニスみたいだ。
俺が寝ていた公園の目の前にもそんな海が入り組んでおり、その向こうに豪邸が並んでいる。
おばさんが庭の水撒きをしているが別に俺に何か言ってくることもない。
おはようございますーと挨拶すると笑顔で手を上げてくれた。
ここから中心部までそんなに遠くはないんだけど、ゆうべキャリーバッグのタイヤが壊れてしまったためどうやって持ち運ぼうか考える。
また修理するとして、今日はこの公園の中に隠していくとしよう。
キャリーバッグの中には寝袋や蚊帳や小物類など、最悪とられてもいいものしか入っていない。
公園の奥に、湖にポコっと出っ張った陸地があったのでその中に隠した。
ここなら見つからないだろう。一応目立たないように上に蚊帳をかぶせた。
よし、身軽になってまずはシャワーを浴びるためにビーチへ向かう。
サーファーズパラダイスの方はたくさんの人で溢れているけど、何もビーチはあそこだけじゃない。
ひたすら何kmもビーチは続いており、人がほとんどいないエリアにでも公共のシャワーが設置されている。
浴びたい放題だ。
ご丁寧に着替え用のベンチまであるシャワーで服を脱ぎ、パンツ1枚で水を浴びる。
いやー!南米ぶりのシャワー!!
朝の暖かな日差しの中、ノンビリと体を洗った。
サーファーズパラダイスは今日もたくさんの人で溢れていた。
ファストフード店では水着の女の子がハンバーガーをかじっているし、ジャパニーズレストランにはお金持ちそうな日本人たちがわんさか。
モスバーガーとか久しぶりに見たわ。
何か食べようと歩き回るが、まぁ全部高すぎるので今日も食パン。
でもいい加減何か他のものが食べたいのでオカズを求めてケンタッキーへ。
ポテトと小さなフライドチキン3つで6.5ドル。
高え………
でもこの値段が本当に最安くらいなんだよなぁ。
はい、スーパー土砂降り。
公園に置いてきた荷物死亡。
わーい、寝袋とかどうしよう♬
…………
もう死亡確定なので諦めて日記を書いた。
なんとかなるか。
凄まじい土砂降りもしばらくしたら止んできたので今日も昨日と同じ路上ポイントへ。
ギターを出して準備をしていると、1人のおじさんが話しかけてきた。
「君はゆうべもここで歌ってた?」
「はい、歌ってました。」
「いい歌だったよ。でも22時にはストップしてくれないかい?私はあそこのマンションに住んでるんだけど夜は迷惑になるからね。」
「あ、すみません、分かりました。」
「ノーウォーリーズ。それじゃあゴールドコーストを楽しんで。」
ニコリと笑って去って行ったおじさん。
ノーウォーリーズってのはどういたしましてとか、そのまんま心配しないでとかそういう意味。
オーストラリア独特の言い方だ。
なんだかその言い回しがすごく素敵だなと思う。
シドニーから来て大きく変わったのは、こうした現地に住む人たちのフレンドリーさ。
みんな笑顔を向けてくれるし、挨拶や会話も多い。
きっと田舎に行ったらもっとオープンな人たちと出会えるんだろうな。
少し暖かい気持ちになったところで路上開始。
今日も順調にお金が入っていく。
5ドル札が平気で入るってのがすごい。
少ししたところで目の前のベンチにギターを持った兄さんが座った。
嬉しそうに俺の歌を聴いてくれている。
そして演奏が終わると話しかけてきた。
「ハイ、俺はジョー。昨日ロマンってやつが来ただろ?あいつの友達なんだ。」
そう爽やかに笑う兄さん。
昨日のクレイジーロシアン、ピットブルのいとこのロマンはかなりイカれたやつだったけど、このジョーはとてもマトモな奴みたい。
ニュージーランドから来てるらしく、彼もまたビーチやその辺で寝ながらバスキング旅をしているんだそう。
「この場所も悪くはないけど、もっと遅い時間にビーチの前や向こうのクラブ通りでやるのがベストだよ。0時を過ぎてからが稼げるんだ。」
なるほど。
やっぱりこのサーファーズパラダイスは遅い時間が狙い目なんだそう。
深夜の2時から4時の間だけで300ドルは稼げるよと言うジョー。
バスカーの姿をあんまり見ないと思っていたけど、深夜になるとみんな通りに出てくるんだそう。
しかも賑わうのは土曜日の夜だけでなく、毎晩のことらしい。
さずかは世界的なビーチリゾート。
んー、おそらく稼げる。
きっと大きなお札がバンバン入ると思う。
けど酔っ払いたちに絡まれて罵声を浴びせられながら恵んでやるよ!!みたいにお金をもらうのは嫌なんだよなぁ。
まだこの夕方の時間帯はみんな素面だし、キチンと歌を聴いてお金を入れてくれる。
やっぱりこうやってバスキングしたい。
「まぁ確かに酔っ払いは多いよ。でもそんなのいちいち気にしたらいけないぜ。彼らも下手な演奏にはお金は入れないしね。フミなら間違いなく稼げるよ。」
そんなジョーと一緒に何曲かセッションした。
おお、ギターも歌もかなり上手いぞ。
しかもレパートリーが豊富で、路上経験の長さをうかがわせる。
俺が日本でフォークの流しをやっていたのと同じように、こっちの人たちの望む歌をバッチリおさえている。
いいシンガーだな。
23時過ぎから向こうのクラブ通りで歌ってるからフミも来なよと言い残して笑顔で歩いていったジョー。
よーし、ジョーがいたら心強いし、今日は俺も深夜のバスキングに挑戦してみようかな。
時間は22時前。人通りも増えてきた。
よっしゃ!!もうちょっとやって少し休憩を入れてからジョーの方に行ってみようと、張り切って歌う。
「ヘーイ!!ストップファッキンミュージック!!」
薄ら笑いの酔っ払いが通りすがりに言ってくる。
その連れの女が笑う。
…………この野郎………!!
負けてたまるか………
とかそんな価値もねぇ。
やっぱりここじゃ夜はやらん!!
でもあがりは94ドル!!稼げる!!
酔っ払いの言葉ではあるけど地味に傷つきながらギターを片づけて歩く。
いい声ね、とかアメイジング、とか言っていってくれる人がほとんどではあるけど、ひとつの罵声で帳消しになってしまう。
はぁ、こんなとこにいたら今までのちっぽけな自信が粉々になっちまうよ。
と、とぼとぼ歩いているところに誰かが声をかけてきた。
「え!!?ええ!?か、金丸ですか!?金丸さんですよね!?うわー!!金丸さんだ!!」
マクドナルドのテーブルにいた日本人の男性がこちらにすごい勢いで駆け寄ってきた。
「うわ!!すげぇ!!ブログ読んでます!!オーストラリア入ってるのは知ってましたけど、まさかこんなとこで見かけるなんて!!」
ワーホリでオーストラリアに滞在しているアツシ君とケン君の2人。
こんな形で声をかけてもらえるのってすごく嬉しい。
凹んでところだったのでなおさら。
2人の席にお邪魔させてもらって色々お話した。
ワーホリの事情や、オーストラリアの暮らしについて。
オーストラリアでワーホリっていったらめちゃくちゃお金貯まりそうなイメージだけど税金やらなんやらでかなり引かれるらしく、実際はそんなに貯蓄はできないそう。
その税金も滞在日数や仕事の内容で大きく変わるらしく、かなり細かい規定があるんだそうだ。
まぁ仕事よりなにより、ワーホリに来ることで1番の収穫は世界中のたくさんの人たちと交流が出来ることみたい。
5人6人のルームシェアでいろんな国の人と生活を共にし、仕事先でも現地の人や各国のワーホリの若者と時間を過ごす。
それってとても刺激的なことだと思うし、観光旅行なんかよりよっぽど濃い国際交流が期待できる。
ケン君が大事そうにあるスケッチブックを見せてくれた。
そこには何枚にも渡って、このオーストラリア生活で出会ってきた人たちからのメッセージがびっしりと書きこまれていた。
「これは韓国人、これはフランス人、これはアラビク、本当すごくたくさんの人に出会いました。もしよかったら金丸さんも何か書いてくれませんか?なんでもいいです。好きな言葉とか、今のお気持ちとか。」
1年滞在したオーストラリアを明日出るというケン君。
今夜が日本に帰る前の最後の夜なんだそう。
世界各国の人たちからのメッセージが書かれたスケッチブック。
こうやって形に残して日本に持って帰って、後から見た時に鮮明にオーストラリアでの日々を思い出せるだろうな。
素晴らしい思い出だよ。
俺もそんな一生の宝物になるスケッチブックのスペースを使わせてもらえるなんて光栄だよ。
心を込めてメッセージを書こう。
ケン君、ワーホリお疲れ様。
スターバックスでブラック&ホワイトというオーストラリア・ニュージーランド限定のカフェラテをアツシさんにご馳走になり、いろんな話をしているうちに時間は0時を過ぎた。
アツシ君、明日仕事だというのに遅くまでありがとう。
若さに溢れる笑顔で手を振る2人と別れ、俺はクラブ通りに向かう。
たくさんのパブが爆音を流して盛り上がっている中を歩いて行くと、
いたいた。ジョーたちが6~7人で楽器を鳴らして賑やかに歌っていた。
えらいたくさん仲間がいるなと思いながら近づいて行くと、どうやら全員ホームレスだった。
いやっほー!!とノリノリになってる長髪でロック好きなオッさん、ずっと独りでブツブツ何か言ってる小柄なオッさん、無心にドラムスティックでアスファルトを叩いているオッさん。
このラグジュアリーなサーファーズパラダイスのクラブ通りでなんとも異様な楽隊がめちゃくちゃな音楽を奏でていた。
「ヘーイ!!ジャパニーズ!!突っ立ってねぇでここに座りな!!」
そんなホームレスたちの中に混じって座る。
臭い。
目の前を歩いて行くドレスアップした人たちは俺たちに見向きもしない。
そんな人たちにロック好きのオッさんが聴いていけよー!!イェーイ!!と声をかける。
ジョーの演奏はカッコいい。さっきからずっと即興で歌い続けている。
ジョーはマトモな人間だ。
ホームレスと呼ぶにはあまりにもこのオッさんたちとは違う。
でもジョーはこのオッさんたちを避けることなく、みんなで音楽を楽しんでいる。
分け隔てなく誰とでも仲良くしている。
一晩中こうして騒ぎ続けるんだそう。
俺はどうだ?
俺はこいつらとは違う、とどこか見下した目でホームレスたちを見てはいないだろうか?
今まさに彼らと同じように見られていることを恥ずかしく感じていないだろうか。
ジョーはさっき俺とセッションしたように、ただ純粋に楽しむために歌っていた。
音楽の自由さを知っているようだった。
そう思えない自分がダサく思えた。
きわどいところだけど。
結局ラグジュアリーな方にもホームレスの方にも、どこにも馴染めないダサい男は1人でとぼとぼと歩いて寝床の公園へと帰った。
暗い公園の中、隠していた荷物は無事かなぁと奥の方へ。
まぁ蚊帳をかぶしていたから大丈夫だろう。
もう疲れたから早く眠ってしまいたいよ。
荷物を隠した場所に着いた。
あ、あれ?
なんだこれ………?
なんか地形が変わっている。
荷物を置いた場所への道がなくなっている。
えーっと………あの島の形に見覚えがあるような気が…………
……………島になってやがる。
朝荷物を置いた茂みが潮の満ち引きで島になってやがる。
なにこのトラップ。
完全に湖の中に浮かぶ島。
はい、荷物孤立。
野宿セット全部なし。
寒いのに上着も島の中。
すぐそこなのに。
手も届きそうなのに、夜の暗い湖がチャプチャプと音を立てている。
なんだよこのネタは………
しばらく呆然と島の前に立ち尽くしていたけど、どうしようもないので街に戻った。
海風が寒いのでマクドナルドに逃げ込んだ。
コーヒーで朝までねばるか。
酔っ払った若者たちが大騒ぎしながらハンバーガーを注文している。
店の片隅でそれを眺める。
ああ、なんかうまくいかないなぁ。