2月27日 木曜日
【ペルー】 クスコ ~ アワスカリエンテ
世界にはどんなものがあるのか。
知らない国、知らない言葉、知らない町、知らない人種、知らない文化。
漠然としたイメージは余計にそのロマンを引き立てる。
知らないものを見たい。
それこそが旅をする理由。
漠然としたものが鮮明となり、そこに暮らす人々の営みを感じる時、様々なものが見えてくる。
しかし所詮は同じ地球。同じ人間。
営みの違いなんてたかがしれている。大きな枠で見れば本当に微々たるもの。
同じ人間としての生は儚い一瞬で、そこに何を見つけるかもまた、そんなに意味はない。
ならば頭を空っぽにして、自分の生まれた町を歩くように自然体でいたい。
散歩に行くように。
構えることなんてなにひとつない。
今でこそそう思うけど、やっぱり日本を出る前は世界一周という壮大な言葉に震えていた。
日本を長く旅していたけど、海外に行くのは初めて。
情報なんてなんにも知らない。
あえて調べもしなかった。
世界遺産のテレビ番組もわざとチャンネルを変えた。
この震えをとことん楽しみたかったから。
観光にはそんなに興味はなかった。
音楽をやりながらその土地の人々と交流して、映画の中のような何気ない風景に溶け込むイメージをしていた。
きっと出来ると思っていた。
そして世界はイメージ通りだった。
想像以上に構える必要なんてなにひとつなかった。
同じ人間なんだと、毎日のように実感する日々。
そんな観光にあまり興味のない俺でも知ってるものがいくつかあった。
グランドキャニオンとかナイアガラの滝とか、モナリザとかピラミッドとか。
誰でも知ってる有名なもの。
観光なんてそれくらいでいい。
今日またその中のひとつに向かう。
「フミ、そろそろバスが来るわ。外に出て待ってて。」
可愛らしいママと一緒に表の道路に出る。
朝8時。乗り合いのバンが宿の前にやってきた。
ついにあのマチュピチュに行くぞ。
お金を持ってなさそうな若いバッグパッカーたちを乗せたバンはクスコの町を抜け、伸びやかな高原の中を走っていく。
空はビックリするほど青く、草原が太陽に輝き、まばらに家々が散らばっている。
そんな緩やかな風景のドライブ。
バンはいくつかの小さな村の中を抜けて行く。
石畳みの小道に入り、周りは古びた石垣に囲まれており、その中をカラフルな民族衣装を着たインディアンの人々がのんびり歩いている。
窓の外に広がるこれぞペルーといった光景。
そんなのんびりとした風景がしばらくして一変する。
目の前にそびえる壁のような山々。
山頂には雲がかかり、その隙間から巨大な氷河が見える。
バンはそんな山に果敢に挑み、急な坂道をひたすら登っていく。
栃木のいろは坂を余裕で超える規模のクネクネの坂道が山の斜面を蛇行している。
ふと振り返ると、うねる山並みと谷間の絶景に息を飲んだ。
あまりに壮大さに興奮が抑えられない。
バンはそんな山を登っては降り、登っては降り、どこまでも人里を離れ奥地へと向かっていく。
さすがはマチュピチュ。
この難路がいかに秘められた地かということを想像させてくれる。
さて、話は変わりますけど、僕はタバコを吸います。
マルボロのメンソールをずーっと吸ってましたが、海外ではマルボロは高いのでいつも安物のタバコを吸っています。
空気の綺麗なところで吸うタバコはとても美味しくて、山の上とか自然の中で吸うのが大好きです。
当たり前ですが、吸い殻は捨てません。
吸い終わったらタバコのボックスの中にしまいます。
なので20本吸い終わるころにはボックスの中は吸い殻だらけになっています。
もちろん他のゴミも捨てません。
ポケットの中に入れるか、ゴミ箱が見つかるまで手に持って歩きます。
どんなにゴミだらけの汚い町でも捨てません。
それは心の問題です。
これだけ汚いんだからいいだろうとか、そんな気持ちは何事にも通じます。
誰も見てない時だからこそ自分の心を汚すようなことはしてはいけません。
よく海外の友達に、なんでそんなことするの?と言われます。
海外ではそんなにゴミに対する意識は高くないです。
日本に比べると街角の清掃員の数も多く、彼らが綺麗にしてくれます。
え?ていうか何をそんな当たり前のこと言ってんだ?とお思いですよね。
そうですよ、こんなこと誰でも分かってることです。
ゴミのポイ捨てに対する意識の高い日本人の皆さんならもちろん子供の頃から知ってますよ。
でもね………
マジでビックリするんです。
マチュピチュに行く大学生たち。
頼むからタバコを捨てないでくれ。
休憩ポイントでバンは止まるんだけど、たくさんのバンが大自然の中の駐車場に集合するんです。
まぁこの時期なのでマジで1割りくらい日本人なんです。
そしてほとんど大学生です。
カッコいいアウトドアファッションに南米で買ったカラフルな帽子とかをかぶって楽しそうに話してる。
いいよ、とても楽しそう。
大学最後の思い出になるよ。
素晴らしいことやわ。
そんなことを思いながら見ていたら、彼ら吸っていたタバコをポイと捨てた。
芝生の上に。
ここはインドのゴミだらけの街角じゃなくて、アンデス山脈の大自然の中。
しかも地球屈指の人類の遺産、マチュピチュの地。
なんかもう気持ち悪くてそこから離れた。
注意すべきか?
ここは外国だしマチュピチュの地なんだからタバコを捨てたらいけないよ。
そんなこと大学を卒業しようとしてる22歳にもなるやつに言う言葉かな。
もうなんか目の前の光景が信じられなくて、仲良くなんてとてもじゃないけど出来ないよ。
言わなきゃいけないかな。
22歳ってそんなにガキかな。
なんでそんなことわかんないんだよ。
ウユニとかでもやってんのかなと思ったら、そんな大学生だらけのウユニに行くことに少しげんなりした。
バンは休憩を挟みながらどんどん山奥へと入っていく。
廃村や寂れた集落を抜けると、しばらくして道が未舗装の砂利道になった。
簡易的な工事用の道路みたいな感じ。
そんな道を砂埃を上げながら走っていく。
だいぶ標高が下がったみたいで気温がグンと上がり、周りの植物も熱帯のジャングルっぽくなってきた。
道は険しさを増し、植物の隙間から断崖絶壁が見える。
目のくらむような高さの絶壁の上を走っていくバン。
ガードレールなんてものはなく、頼りないにもほどがある砂利道のすれすれを踏んでいくタイヤ。
こ、怖すぎるぞ………
たまにトラックとかがやってくるんだけど、離合するのも本当にギリギリ。
しかも湧き出た水が氾濫していたるところが沢になっており、そんな中を水をはねながら突入していく。
いつ崩れ落ちてもおかしくないような崖の上。
マチュピチュほどの観光地なのにこんな道しかないのかよ………
それほどの秘境ってわけなんだろうけど、車内でずっと手に汗を握っていた。
スリリングにもほどがある崖を降り、さらに奥へ奥へとジャングルの中を突き進み、ついに山々の谷間に小さな人工物が見えてきた。
バンは7時間のドライブでようやく水力発電所に到着。
ギラギラとした太陽が照りつけ、一気に汗が出てきた。
駐車場にはいくつもの同じバンが止まっており、たくさんの観光客たちの姿。
でもみんな若者ばかり。
体力自慢の節約バッグパッカーたちだ。
欧米人たちは上半身裸になり、トレッキング準備をしている。
日本人たちはみんな早速集まって記念撮影。
ていうかマジで日本人多すぎ。
ひとつのバンが全員日本人ていうのもあった。
さて、こっから2時間のトレッキング。
ギターが重い。
早く拠点の村まで行って路上やるぞ。
そびえる山々が空をせばめる。
水量の多い川は濁流となってダイナミックに轟音をあげている。
その脇にのびる線路の上をひたすら歩いていく。
最初に15分ほどのキツイ急登があったものの、それを登りきればあとはどこまでも平坦な線路道。
鉄橋を渡り、ジャングルらしい大きな虫に驚きながらどこまでも歩を進める。
最初は快調に歩くことができて、集団を突き放して1人でガンガン歩いていたけど、たくさん持ってきた食料とギターが重くてペースダウン。
そして石ころの上を歩かないといけないので、とんがった石がサンダルの底に突き刺さって悲鳴を上げるくらい痛い。
うん、悪いことは言わないのでサンダルで来てはいけません。
体力にはまぁまぁ自信があると思っていたけど、やっぱり疲れるわ。
真っ暗なトンネルをくぐって山の谷間に村が見えてきたころにはかなりヘトヘトになっていた。
時間は17時半。
ちょうど2時間だったな。
それにしてもすげえ。
山を越え谷を越え、崖の上のデスロードを越え、さらに道なき道をひたすら奥地へ進んできた。
マチュピチュって本当に予想をはるかに上回る秘境にあるんだな。
山の中に現れた拠点の村、アワスカリエンテはただのホテル&レストラン街。
小さな村が完全に観光客用の贅沢でオシャレな空気に満ちている。
日本にある伝統的な山小屋みたいなひなびた雰囲気は一切なく、きらびやかなレストランが無数に並んでおり、白人観光客たちがワイワイとビールを飲んでいる。
Wi-Fiも飛びまくり。野良も拾える。
六甲みたいな有名温泉地って感じかな。
よし!!つーことは稼げるってことだ!!!
テキトーに村の中を歩き回っていたらマチュピチュのチケットオフィスがあったので、入場券とあわせてワイナピチュという山の入山券も購入。
マチュピチュが126ソル、
ワイナピチュが24ソル。
あわせて55ドル。高え、
あ、ちなみにワイナピチュとはマチュピチュの横にある山で、頂上から遺跡を一望することが出来るそう。
入山制限があり、早めに買わないとチケットがなくなるそうだけど、俺は運良く前日ゲットできた。
次はホステル。
高そうな高級ホテルもたくさんあるけど、俺みたいなバッグパッカー向けの安宿もたくさんあり、クスコのリーナの情報では10ソルのところもあるそう。
なのだが………うっかり場所を聞き忘れてしまった………
仕方なくそこらへんの宿に飛び込んで聞いてみるが、どこも30ソルって言ってきて、帰ろうとするとすぐに25ソルになる。
でも高い。
こんな時はと、そこらへんにいるヒッピー風のやつにいいとこ知ってるか?と尋ねてみた。
「ヘーイアミーゴ、そこの小道の先に15ソルのとこがあるぜー。」
さすがヒッピー、ナイス。
てなわけで路地裏の1番奥にあるアンジーって宿にやってきた。
おばちゃんは最初25ソルって言ってきたけど、頑張って交渉して1泊15ソルで決まり。550円。
すると奥から可愛い日本人の女の子が出てきた。
結構日本人泊ってんだなここ。
ツインベッドの部屋に入り、荷物を降ろすとドッと疲れが出てきた。
ああ、このままシャワー浴びて寝たい………
だって明日は朝4時くらいに起きないといけない。
ワイナピチュには入山ゲートの時間指定があり、俺がとったのは7時~8時の時間帯。
ここからマチュピチュまで、また2時間くらい山道を登らないといけない。
朝4時起きで山登りとか鬼畜すぎるよ………
もう寝ようかな………
て、なんのためにわざわざ苦労してギター持ってきたんだ。
歌え歌え。
夜19時になり闇が谷間を包むと、レストランの灯りがこうこうと村をいろどる。
オシャレな高級レストランが軒を連ね、お土産物屋さんやホテルの看板が光り、客引きたちが道ゆく観光客に声をかけている。
こんなバスキングに最適な場所だけども他にやってるヒッピーの姿はない。
まぁわざわざここまで楽器持ってくるようなやつもいないか。
坂道のレストラン街の真ん中で地元のフォルクローレのバンドがアンプを使って賑やかにケーナを吹き太鼓を叩いている。
よーし、俺も頑張るぞ。
というところで豪雨。
はへ……あへひ………
なんのために腕痛めてギター持ってきたんだ………
泣きたくなりながらも、軒下に隠れてギターを構えるが、こんな雨の中歩いてる人なんてまったくおらず、現地人のオッさんにからまれる。
勘弁してくれよ………
ちなみにこのアワスカリエンテでは路上は自由にやっていいと警察が言ってました。
なのに豪雨とかマジでああああああああ!!!!!!!
しばらく待っていたら少しずつ小降りになってきて、人も歩き始めたのでソッコー演奏開始。
反応は……ぼちぼち。
でも入れてくれる金額は大きい。
みんな旅行者なので、世界中のバッグパッカーたちと色んな話をした。
ドイツ人、イタリア人、フランス人、
わざわざビールを買ってきてくれるアメリカ人の兄ちゃんも。
みんな周りに座って聴いてくれる。
右を見ても左を見ても日本人だらけなんだけど、誰も立ち止まりません。
あ、ジャパンだってー、って女の子が小声で言ったので笑顔で会釈すると怪訝そうな目で見るだけで1ミリも足を止めてくれません。
まぁこの感じももう慣れました。
って思ってたら若い男の子が頑張って下さいって爽やかに声をかけてくれました。
うわああああああああああ!!!ありがとうおおおおおおおおお!!!
50人くらい日本人見たけど、声をかけてくれたのはその1人でした。
今度会ったらビールおごります。
ていうか声の調子がいい。
標高が下がったことで空気が濃くて息が続く。
風邪もすっかり治ったぞ。
久しぶりにちゃんと歌えることが気持ち良かった。
雨が降り出したにもかかわらず最後にそれなりに人だかりも出来、22時半に終了。
あがりは56ソルとチリのお金がいっぱい。
ああ……疲れた………
雨の中、走って宿に戻り、2階のテーブルで持ってきたパンとハムを食べていると、日本人の男性の方たちが帰ってきた。
「こんばんは。」
「こんばんは。あ、ギター弾かれてる方ですか?クスコでギター持って歩いてるところ見かけました。」
俺と同い年くらいの男性4人。
みなさんそれぞれに旅をしてるところでリマで会い、一緒にマチュピチュにやってきたところらしい。
なんだか大学生以外の日本人に会うのがとても落ち着いた。
やっぱり話していて言葉の選び方が上手い。
微妙な言葉のニュアンスというのは想像以上に色んな印象を相手に与えるもの。
例えば彼らと会話をしていてこんな言葉があった。
「飛行機とかほとんど使わないんですよ。」
「飛行機を使うのがあまり好きじゃないんです。」
では印象は全然違う。
旅をしていると自分すごいことしている的な気分になって大きく見せようとしがちだけど、大人の方はこれがダサいことだとよくわかっている。
後者には自分の旅に対する謙虚さがにじんでいる。
こういうのが本当に旅慣れてるコミュニケーション能力のある大人の話し方。
会話のキャッチボールがとても心地がいい。
そんな兄さんと一緒に外にタバコを吸いに出た。
兄さんたちは明日バスでマチュピチュに登るらしい。
ここからマチュピチュまで2時間の登山をしなくちゃいけないんだけど、どうやら車道があるみたいで、バスですいーっと登れるらしい。
「9ドルですけど、ここは楽させてもらいます。ワイナピチュも10時~11時の時間帯で登るので朝もそんなに早起きしなくていいですね。」
んー、俺もそうすればよかったかな………
明日もマチュピチュを降りてから歌わないといけないし。
忙しい1日になりそうだな。
タバコを吸い終わると、兄さんは慣れた手つきで腰のベルトループに付けた携帯灰皿にタバコを入れた。
さぁ、明日はついにあの、
マチュピチュを拝めるぞ!!