2月1日 土曜日
【エクアドル】 バニョス
静かな部屋の中、フカフカの布団の上で目を覚ました。
ほんの少し肌寒いけど、布団から出たくなくなるほどではない。
暑くもなく寒くもなく、アンデスの1月はものすごく快適な気候だ。
ゆうべは路上を終えてからヘロニモたちがカウチサーフィンで泊まっている家にお邪魔させてもらった。
キャンプに行っていた家主のホアンも帰ってきており、笑顔全開で好きなだけ泊まっていきなよと言ってもらえた。
ホアンの家にはたくさんの部屋とベッドがあって、何人ものバッグパッカーを迎えていることがわかる。
でも今泊まってるのはヘロニモとマリアンナとドレッドの兄ちゃんだけ。
俺の部屋は1人で貸し切りできており、穏やかすぎる朝を迎えられた。
今日もいい天気で、家の窓から目の前にそびえる大きな山をのぞむことができる。
重厚な雲が雄大さを演出しており、自然のエネルギーが伝わってくるようだ。
キッチンではヘロニモとマリアンナが前回町で売り歩いたアルゼンチンの国民的料理のエンパナダを作っている。
今日は土曜日。
たくさんの観光客で町は賑わっているはず。
前回20個作って1時間ほどであっさり売り切れてしまったことで、今回は30個作るんだと、張り切って生地をのばしているヘロニモ。
俺もライセンスを取っている。
堂々と1日中歌いまくってやるぞ。
ギターを持って1人町に歩く。
伸びやかな山々の傾斜が空に向かいどこまでも連なっている。
全ての色彩が鮮やかで、この山の麓の集落に吹き上がる風がとても心地よい。
そんな集落の中を歩いて町にやってきた。
メインストリートは穏やかな日差しに包まれて絶好の路上日和。
早速ギターを取り出していると、すかさず警察が近づいてきた。
「ここで歌ったらダメって言ってるだろう。」
「こんなものを持っておりまする。」
堂々とライセンスの紙を見せると、ふーん、と紙を見つめてお巡りさんはスタスタ歩いて行った。
さて、路上開始だ。
たくさんの人が足を止めて聞いて行ってくれる。
観光客も地元の人も。
顔見知りのバッグパッカーたちがハーイと手を上げてくれる。
ああ、気持ちいいな。
すごくいい雰囲気で歌っていると、突如俺の前にすごい人だかりができ始めた。
みんなカメラを構えて俺のことをガンガン写真に撮っている。
おいおい、そんなに人だかりが出来ちゃったらさすがに警察に止められちゃうよ。
俺もついにここまできたか。
超人気者!!
と思ったらみんなが見ていたのは俺の背後のこれでした。
ぬおおお!!!
ゲロすげぇ!!!
火山噴火しまくってるし!!!
このバニョスのシンボルである巨大な火山、トゥンムラワの山頂からものすごい勢いで噴煙が立ち昇っていた。
町のすべての人が通りに出てきて空にそびえるトゥンムラワを見上げている。
生き物のように形を変えながら上空に登っていく噴煙はみるみるうちに空を覆い尽くしていく。
おいおい、どこまで膨れ上がるんだ?
いつか写真や映像で見た広島の原爆の煙のような目を疑うようなスケール。
誰もが空を見上げ、その大自然の営みに圧倒されていた。
俺もギターを抱えたままずっと見上げていた。
しばらくしてまた演奏を再開するが、目の前の信じられないような光景が気になって歌どころじゃないし、みんな足を止めてくれなくなった。
そりゃ火山にはかなわねぇ。
止むことのなく吐き出される巨大な噴煙が風にあおられて形を変え、それを夕日が照らし始めた。
様々な色に染まる生き物のような煙。
そこらへんのおばちゃんに聞いたら、前回の噴火は2006年のことだったそう。
ていうか火山噴火してるのにのほほんと歌なんか歌ってる場合なのかな。
でもその神秘的な色にいつまでも見とれていた。
夕日も色を失ったころ、ヘロニモとマリアンナが興奮しながらやってきた。
「ヘイ!!フミ!!見たかい!!噴火すごかったんだぜ!!マジやっべぇ!!!」
興奮して話すヘロニモ。
俺たちが泊まっているホアンの家はトゥンムラワの麓にある集落。
ヘロニモたちが今夜売るためのエンパナダを作っていたら、突然家の窓がガタガタと揺れ始めたんだそう。
なんだなんだ?と外に出て見たら、もうマジの目の前であの噴火が起きてたという。
写真を撮っていたら坂の上のほうにある家の人たちがゾロゾロと避難してきたんだそうだ。
「あんまりビックリしてずっと家の外で見てたらエンパナダが焦げちゃったのよ!!参ったわ!!」
「あれだよ!!マリアンナが料理を手伝ってくれたんだよ!!こんな珍しいことないと思ってたらトゥンムラワが噴火しやがった!!これマジだから!!マリアンナは観光に貢献したよ!!」
「それマジウケるから。日本でも珍しいことをすると雨が降るっていうんだよ。」
「アルゼンチンでもそうさ。アルゼンチンでは石が降るっていうんだぜ。」
なんだかそれがとても面白かった。
地球の裏側の国だというのに、そんな迷信でさえも日本と同じように言うんだなと思うとアルゼンチンがどんどん身近に感じられる。
年も近く、気の合うヘロニモとマリアンナがそんなことを言ってくれるとより一層親近感がわくな。
「ところで、その焦げたエンパナダは売れた?」
「もう噴火してるのをみんなが立ち止まって見てるだろ!?車もみんな止まって見てるから渋滞で動かないしさ!!売り放題で、家から町に来るまでにほとんど売れて、あっという間に40個なくなったよ。」
イェーイ!!と3人で手のひらをパチンと合わせ、それから拳をコツンと合わせるいつもの挨拶をした。
それから路上でアクセサリーを売るヘロニモたちの横で路上を続け、23時まで歌いまくってヘトヘトになってギターを置いた。
あがりは噴火の影響もあって70ドルだったけど、その分すごいもの見られたからよしとしよう。
家に帰るとヘロニモが昨日市場でゲットした大量の食材を使ってご飯を作ってくれた。
料理好きのヘロニモの手際はとても鮮やかで、すぐに美味しいアルゼンチンご飯が出来上がった。
「俺のお母さんはすごく料理が上手なんだよ。アルゼンチンに行ったらウチに泊まってくれていいぜ!!俺はいないけど。」
「お母さんはヘロニモの旅のことどう思ってるの?」
「どんどん行きなさいって感じさ。ウチのママは70年代のヒッピーで世界中を旅していたんだ。だから英語もペラペラだし、俺も子供のころから英語は必ず必要だからと教えられてきたんだ。マリアンナは喋れないけどね。」
「喋れるわよ!!」
いつも変な英語で一生懸命話そうとしてくるマリアンナ。
それがとても可愛らしい。
日本とアルゼンチン、すごく似てるところが多いなと思える。
でも本当は深い付き合いをしてそれぞれの国のことをキチンと掘り下げていけば、きっとほとんど俺たちは同じような感覚や育ち方をしてきたんだと思う。
美味しいものを美味しいと感じ、苦さも辛さも同じように感じるし、寂しさも、開放感も、悲しみも、みんな同じように育んできている。
最近になってようやく、外国人だからって構えるようなことをしなくなった。
この2人と出会えて本当に良かった。
食べ終わった食器を洗ってくれるマリアンナ。
その洗い方は外国人がよくやってる、ザバッと濡らして軽くなでて終わりみたいなものではなく、キチンと隅々まで洗剤をつけてくれる丁寧なもの。
「マリアンナはヒッピーじゃないねー。」
「そうよ!!アイ、グッドグッド!!ヘロニモ、バカヒッピー。」
大笑いしながら楽しい夜はふけた。