1月19日 日曜日
【エクアドル】 キト
ゆうべ怒ったこともあって、部屋の連中が腫れものを扱うように挨拶してくる。
もちろん笑顔で返事なんかしない。
おはよ、って目も見ずに愛想悪く言ったら気まずそうにしている。
ヘーイ、って他の部屋のバカどもが入ってくるけど、俺を見るなり出ていく。
当たり前だ。
夜中の4時に帰ってきて部屋の中で電気つけて騒いで、注意しても謝りもしないで逆に睨みつけてくるようなボケどもに愛想良くする必要なんて1ミリもない。
「ゆうべ怒ってましたねー。俺もさすがにうるさくて起きて、こりゃ金丸さん怒るだろうなぁって思ったらやっぱり怒りましたね。」
ケータ君はいい意味で空気を読む男。
ゆうべみたいな場面で声を荒げるやつではない。
いつものフレンドリーに笑いながら、頼むよーと肩を叩いて友達になって上手く事態を収拾しようとする。
それはとてもいい手段。
恨みも買わないし、誰も嫌な気分はしない。
俺もなるべくそのやり方を使っている。
でもああいうバカどもにはキッチリ言わないといけない時もある。
おかげであんまり眠れなかった日曜日の朝。
起きた頃にはすでに時間は昼になっていた。
ね、眠りすぎ(´Д` )
「ケータ君………何しよっか………?どっか行きたいとことかあるの……?」
「え?ええ………別にないですね………キトって何があるんですか?」
「赤道とかあるやん………行かないの………?卵立てたりして面白いよ。」
「んー………別にいいかなぁ………1人で卵立ててやったーとか言っても涙しか出ないですよ…………」
「………想像するだけで悲しくなってくるね………うん、行かない方がいいね………」
「他何かないんですか?」
「んー……俺もたいがい観光してないからなぁ………あ、なんか近くにインディアンのマーケットがあるらしいよ。行ってみる?」
「そうですね、せっかくの休みだから少しくらい観光しましょうか。」
というわけでいつもの中華料理屋さんでもくもくとインターネット&日記書き。
か、観光(´Д` )
「いやー、ケータ君、南米の後はどうするの?」
「アフリカを縦断しようかなーって思ってます。アルゼンチンから南アフリカに船で行って、バイクも持って行って、そのままバイクで縦断しようかなって。ただその船が正規の船じゃなくて交渉次第の貨物船になると思うんでそこはなんとか根性で交渉して………」
こんな頭の悪そうな話を焼きそば食いながら真面目な顔して喋っているこの男は宮崎の素朴な田舎、日南出身です。
「金丸さん………そろそろ行きませんか?」
「ん……そうだね………ちょっとここだけチェックさせて………」
「はい、いいですよ…………」
「……………よし、終わった、ケータ君行こうか?」
「あ、すみません、このメールの返事だけさせてもらっていいですか?」
「いいよいいよ……………」
しばらくして時計を見る。
18時になっていた。
「ちょ!!ヤバイ!!今日まだ何もしてない!!」
「ヤバイヤバイ、インディアンのマーケット行こう!!」
「ところでインディアンのマーケットってどこにあるの?」
「………ちょ!!何で場所知らないんですか!?」
「知ってるわけないやん!!インディアンのマーケットだよ!?どうでもいいし!!」
「とにかく行きましょう!!人に聞けば分かるはずです!!」
「そうだそうだ!!聞けばわかる!!」
歩いて20分でインディアンのマーケット到着。
さぁー、どんな面白い民族衣装やら伝統的なお土産とかが売ってるのかなーああああああああああああああ!!!!!!!!!!
閉まってるううううううううううううう!!!!!!
「行動が遅すぎるんだよ………」
「またひとつ観光地に行けなかった………」
「ていうかインディアンのマーケットって何があるの?」
「え………どうせカラフルな感じのバッグとか服とかでしょ………」
「じゃあ別にどこにでもあるやん…………行く必要ないやん。」
「うん、そうですね………こうやってどんどん観光しなくなっていく………」
もう観光は諦めて、前に泊まっていたホステルタクソへ向かう。
タクソのスタッフであるカルロスとは仲良しで、ヒッピー宿に移ってからも温水シャワーを求めてタクソに来ていた。
シャワー代で1ドル払っている。
今日もそろそろシャワーを浴びたかったので洗面道具を持ってやってきた。
「カルロスー、カルロスー、シャワー貸してー。」
「あー?カルロスは今日はいないよー。」
出てきたのはカルロスとそっくりの顔をしたもう1人のスタッフ。
どうやらカルロスと兄弟みたい。
「カルロスいないの………ま、マジか…………今日なんもできねぇ………」
「なんだい?シャワー浴びたいのかい?いいよいいよ、ガンガン浴びな。」
「うわあああ!!!!タクソ大好きいいいいい!!!!」
キトに来てすぐにあのスーパーひどいヒッピー宿に転がり込んだケータ君。
タクソの落ち着いた雰囲気と綺麗な設備に感動している。
「こ、ここマジで最高じゃないですか。これで8ドルでしょ?なんで日本人のみんなは10ドルも出してホステルガラパゴスに泊まってるんだろ。」
キトは寒いので汗をかかない。
なので頭と顔だけ洗ってれば、別にシャワーを浴びなくても気にならないんだけど、やっぱり出来れば毎日入りたい。
しかしヒッピー宿のシャワーはほとんど水しか出ないし、まずスーパー汚いし、とても浴びる気にはならない。
それ比べてタクソの熱いシャワー最高おおおおおおおお!!!!!
血が出るくらい体を隅々まで洗い、ヒゲを剃り、まるで生まれ変わったみたいにスッキリした。
やっぱり暖かいお湯で体を洗うと驚くくらい疲れがとれる。
四国お遍路をした時も、歩く、飯食う、ギター弾く、その辺のベンチに寝転がって目をつぶる、目が覚める、歩く、という、歩きと飯と路上の3つしかしない修行僧みたいな毎日だったけど、たまに銭湯を見つけて垢を落とし湯船につかると見違えるほど元気になったもんだ。
毎日適温のお風呂に入ってた日本はなんて贅沢な国だ。
「いやー、ヤバイねー、やっぱりお湯すげー。」
「なんか温泉帰りみたいですね。気持ちいいわー。」
肌寒い風が吹く街を歩く。
ポカポカした体に冷たい夜風が気持ちいい。
電信柱と外灯。
首から下げたタオル。
銭湯帰りに駐車場に戻るあの空気が蘇る。
どこからか聞こえるテレビの声、
石油ストーブの臭い、
古い食堂、
坂の上のお月さま、
野良猫がこっちを見て、影に逃げる。
誰かの捨てた時間をくわえて。
逆さまになった思い出が
風にちぎれ飛んでいくと
トタン屋根がキィキィ泣いた