1月13日 月曜日
【エクアドル】 キト
「よし、フミ、今から俺たち仕事に行くけど一緒に来るかい?」
朝起きるとヘロニモとマリアンナが爽やかな笑顔でそう言った。
昨日話していたバスバスキングに行くという。
もちろん一緒に行くよ!!
これからの南米の新しいバスキング方法を勉強させてもらおう!!
準備OKだよと宿を出るヘロニモとマリアンナ。
あれ?でも楽器は?
手ぶらで歩いていく2人。
「楽器?ないよ。だって歌うだけだから。あ、これは使うよ。」
ペットボトルの中に米粒を入れて簡易的なマラカスを作っているヘロニモ。
「私は2曲しか歌えないの。楽器も弾けないわ。」
おお………
そ、そんなんでいいのか………?
宿から歩いて5分くらいで大きな通りに出る。
そこを走っている市内バスに乗り込むという。
バス乗り場に立っていると青い市バスがやってきて止まった。
乗り込む人たちの後ろに並び、そしてバスドライバーにヘロニモが声をかける。
「セニョール!!2曲歌わせてもらっていいですか!?」
するとドライバーはクイッと首を車内に傾けた。
さらにオーディオに手を伸ばし、車内に流れていた音楽を消してくれる。
「グラシアス!!」
そう言って乗り込む俺たち。
バスの値段は一律25セント。
でもパフォーマーは払う必要はない。
「オラー!!ブエノスディアス!!僕たちは南米を旅してるヘロニモ、そして彼女がマリアンナ、彼が日本のフミです!!今から2曲歌わせてください!!もしよろしかったらチップをいただけると嬉しいです!!」
ヘロニモの軽快で陽気な挨拶に、すでにニコニコしている乗客の人々。
バスの中でいきなり演奏させてくださいー!!なんて、日本ではまず考えられないことだろうけど、中南米をチキンバスで旅してきた俺にはごく日常的な光景。
ただ自分が今、そのパフォーマンスする側に立っていることは新鮮で仕方ない。
おもむろに歌い始めるマリアンナ。
アカペラで。
物悲しいスパニッシュの曲。
歌は下手ではないが上手でもない。
それにヘロニモがペットボトルのマラカスでリズムを加えるんだけど、ヘロニモのリズム感が絶望的すぎてグダグダになっている。
歌を終えると、どうもありがとうございますー!!とヘロニモが車内の1番前に移動する。
マリアンナは自分でマラカスを振りながら2曲目を歌う。
その間にヘロニモがかぶっていた帽子を持って客席を周り、お金を回収していく。
もちろんソッポ向いて入れない人もいる。
でもチャリンと小銭を入れてくれる人と半々といったところか。
お金の回収が終わると同時にマリアンナの歌も終わり、タイミングよく後ろの出口からバスを降りるという寸法。
「みなさんどうもありがとー!!ドライバーさん、ありがとー!!」
と陽気にバスを降りれば、わずか4分間のショーは綺麗に完了する。
ヘロニモの帽子の中には小さな金額だけどたくさんのコインが。
2ドルはあるぞ。
「さ、次行くよ。」
すると今度は反対車線に渡り、元来た方に戻るバスに乗り込む。
こうしてひたすら同じ道を行ったり来たりしていればいいだけ。
バスはかなり頻繁に走っているので、5分も間隔を空けないで乗り込める。
早い時はすぐ後ろを走ってるやつに飛び乗れる。
1度の乗車で2ドル。
1回のパフォーマンスが乗り換えも合わせて6分としたら、
1時間に10回乗車できるので、20ドルのあがりになる。
おいおい、これ3時間で60ドルのあがりだと?
路上で人だかりが出来れば、いかに観衆に楽しんでもらえるか考えながら、選曲をして、声を張り上げて、人だかりがいなくなるまでひたすら歌い続けないといけない。
警察に怒られたり、雨に降られたり、ホームレスや酔っ払いに絡まれたり、とにかく常に戦ってないといけない。
それがこのバスバスキングはどうだ?
たった2曲。
1日中ひたすら2曲を歌い続けてればいいだけのパフォーマンス。
休憩しながらできるし、警察に怒られることもないし、そして雨の心配もいらない。
なるほどね、そりゃ中南米に入ってから路上でパフォーマンスしてる人をほとんど見かけないわけだ。
こんなにいいステージがあるんだもん。
「フミ、だから言っただろ?ファッキンイージーだってさ。よし、あのバスいこうか。セニョール!!」
マリアンナが歌ってる曲はとても簡単なマイナーコードの曲なので、何度か聞いてすぐにコードを拾い、俺も演奏に加わってバスバスキングを続ける。
「なぁ、俺も1曲歌っていい?」
「もちろんだよ!!」
そしてマリアンナの1曲目が終わり、ヘロニモがお金を回収している時にスタンドバイミーを歌った。
バスの車内ってのは狭い空間なので音がすごく響く。
気持ち良く、喉に負担をかけないように歌える。
歌い終わるとバスの中に拍手が巻き起こり、ブラボー!と声が飛んだ。
ありがとー!!とバスを降りる。
「なんだよ!!フミってそんなに歌うまかったのか!?バッチリだよ!!すごくいいコンビネーションだ!!」
「あ、そうだ、フミにお金を渡さないといけないね。」
「ノーノー、いらないよ。今日は勉強させてもらってるんだから。すごくいい勉強だよ。」
「フミ、ありがとう!よし、あのバスいこうか!!」
それから1時間くらいやってかなり稼いだと思う。
ちょうど弦が切れたので俺は宿に戻ることに。
「フミ、ありがとう、助かったよ。」
「フミ、それじゃあジャングルの中でまた会おうね。」
「ああ、必ず行くから。いい方法教えてくれてありがとう。」
今日宿を出るヘロニモたち4人。
みんなジャングルの中の秘密の場所に秘密の儀式をしに行く。
誰かの紹介がないと決してたどり着くことのできない場所だけど、ヘロニモたちに口をきいてもらえることになっている。
いやー、金を稼ぐいい方法を知ってるし、コアすぎる面白い場所は知ってるし、激安の闇宿は知ってるし、
ヒッピーの旅の仕方、マジですごい!!
南米の楽しみ方50倍だぜ。
というわけで、宿に戻って弦を張り替えたら、早速俺もバスバスキングを実践してみることに。
メデジンのカオリさんにもらったメモ帳に、ドライバーさんへの声かけ、そして乗客の人たちへの挨拶をメモする。
バスの車内は狭い。
走っているバスの中で大きな荷物を持ち、さらにギターを抱えて、客席をお金を回収して回るのは至難の技だ。
ていうかまずグワングワン揺れる車内で1人でギター弾きながら歌うってだけで職人技が必要になる。
マリアンナたちみたいに2人組ならやりやすいんだけどなぁ。
まぁ何事もチャレンジ!!
さっきのマリアンナたちのクオリティであれだけ稼げるんだから、キチンとやったら間違いなく稼げる。
荷物は最小限!!
ギターをかかえ、ハーモニカホルダーを装着してGだけを持ち、肩かけのポーチをぶら下げる!!
服装もサッパリとした動きやすいもの!!
いつでもどこでも演奏開始OKの装備で宿を出る!!
ギターを抱えた戦闘態勢のアジア人が道を歩いているのをなんだなんだ?と見てくるエクアドル人たち。
そしてバスの走ってる大通りに出てきた。
バス停にいると向こうから青バスがやってきた!!
よっしゃあああああ!!!!
かましてやるぞおおおおおお!!!!!!
……………バスを見送る。
だ、だって緊張するもん(´Д` )
初めての挑戦だから緊張するもん(´Д` )
うおー………路上やステージでやるのとはわけが違うな………
人前で歌うことに慣れてはいるけども、こいつはひと味違うぞ………
言ったら押し聞かせ。
路上だったら聞きたくない人は素通りすればいいだけだし、ステージは聴きたい人が集まってくれたもの。
バスはそうじゃない。
中には音楽が死ぬほど嫌いな人もいるだろうし、俺の歌が気にくわない人ももちろんいるだろう。
そんな人たちに密室で押し聞かせるわけだから、気が引かないわけがない。
でもだ、ここは南米。
今までローカルバスに乗ってきて、散々バス内パフォーマンスを見てきた。
頭のおかしいオッさんとか、マジでどうしようもないような演奏を聞かされてきた。
もちろん本気でやってる若者たちのすごくいい演奏も。
ここではそれが普通。
俺なんかよりもっともっと日常的に地元の人たちは様々なパフォーマーを見てきている。
迷惑ではないはず。
勇気を振り絞ろう。
青いバスがやってきた。
行くぞ。
「セニョール!!プエドカンタール、ドスカンシオネス、ポルファボール!!」
メモ帳を見ながら、歌いたいです、2曲だけお願いしますという意味のスペイン語を叫んだ。
するとドライバーは手をこまねいた。
よし!!
バスに飛び乗る。
いきなりギターを抱えて入ってきたアジア人をマジマジと見ている乗客たちの視線が集中する。
うお、き、緊張する!!
「………お、オラー!!ブエナスタルデス!!メジャモフミ!!ソイデハポン!!エストイビアハンド、トドエルムンド!!ドスカンシオネス、ポルファボール!!」
どうもこんにちは!!フミといいます、日本から来ました、世界を旅しています、2曲聞いてください、
まずは自己紹介。
俺のたどたどしいスペイン語と珍しいパフォーマーに、興味津々な様子の乗客たち。
やっちまえ!!
ギターに手を振り下ろす。
その瞬間、急にブレーキがかかり思いっきり後ろに飛ばされてひっくり返りそうになった。
ヒイイイ!!ハズカシイ!!(´Д` )
さらに曲がり角でカーブして横に振り回される。
車内で立っていること自体厳しいのに、さらに両手を使ってギターを弾かないといけないことの難しさ!!
なんとか態勢を立て直して、壁にもたれかかりながら演奏開始。
ただブレーキはかかる、急発進はする、カーブするという重力がわけわからんことになっている中で足だけで踏ん張りつつ、さらに腹筋に力を入れて音程を安定させて歌うことってマジ難しい!!!
よ、よし!!ここは独歩館長の言葉に従って、サンチンの構えで安定をはかりドリアンをぶん殴って窓から飛び降りて繊維を使おう。
ってマジでサンチンの構えすげえ(´Д` )
結構安定する(´Д` )
やる曲は2曲だけ。
なので1番ウケのいい2曲を全力でやればいい。
スタンドバイミーとベサメムーチョ。
2曲を歌い切ったら、最前列からグラシアース!!と挨拶をする。
そしたら!!
ありがたいことに座席に座ってる人たちが真ん中の通路に手を伸ばして早く回収に来いと呼んでいる!!
1人1人にありがとうと言いながらお金を受け取って回り、1番後ろの出口に着くと、見計らったようにドアがプシューと開いた。
運転席の方を見るとドライバーさんが鏡ごしにこっちを見ていた。
「セニョール!!グラシアース!!」
するとドライバーさんは手をあげて親指を立てた。
バスを飛び降りて、手のひらの中の小銭を見る。
数えると3ドルほどもあった。
わずか5分ほどのパフォーマンス。
それで3ドル!!
10回乗ったら30ドル!?
おおおお!!!すげえ!!
バスバスキングすげえ!!
独歩館長すごいよおおお!!!!
それからもひっきりなしにやってくるバスに飛び乗りまくった。
驚くことにドライバーさんたちは誰も演奏を断らない。
それどころか、俺が乗り込めずにまごまごしていると、声をかける前から来い来いと笑顔で手招きしてくれる。
注意しないといけないのは、先客の有無。
もしバスの中に他のパフォーマーや物売りの人が乗っていて先に仕事をしていたら決して邪魔をしてはいけない。
ルールはそれくらいのもんか。
もちろんあくまで礼儀正しく振る舞うことは大前提。
ただ、演奏の時間調整やバス停のポイントなどをまだ全然把握していないので、わけのわからない場所に降りてしまったりして次のバスを捕まえるのに時間がかかってしまう。
これには経験が必要だな。
あとは俺1人なので、お客さんが演奏中にお金を渡してきた時にギターで両手がふさがっており受け取れないこと。
うーん、誰かもう1人いれば、2曲目の時点でお金回収をしてもらい、演奏が終わると同時にスムーズに下車、という流れにできるのにな。
1人でギターを抱えて通路をお金回収していくのはかなり厳しい。
最初のことで慣れず、2時間ほどやって集中力が切れてきたので今日はこの辺で切り上げることに。
肩掛けポーチの中のお金を数えてみた。
38ドル。
悪くない。
いや、かなりいい。
慣れればもっとスムーズに乗り換えられるし、おそらく2時間で50ドルは行く。
警察に怒られない
雨が降っても問題なし
自分のペースでやれる
そして稼げる
やった、やったぞ。
充実感に包まれ、1人でガッツポーズ。
光りが見えなかった南米の路上にどでかい活路が開けたぞ。
やったぞコンチクショウ!!!!
ウキウキで宿に帰ると、ヘロニモやアンドレアスたちはすでに出発しており部屋の中はスッカラカンになっていた。
うっひょおおおおおおお!!!!
1人でドミトリー貸し切りで、なんでもやりたい放題いいいいいいいいいゆまちゃああああああああんんん!!!!!
と思ったら新しくやってきた、コロンビア人とアルゼンチン人の女の子ヒッピーたちがなだれ込んできて、ドミトリーに女3人、男1人という状況になって逆にいろいろ小さくなる。
彼女たちもバトンやポイを持っており、パフォーマンスをしながら旅をしているそう。
よし、じゃあ俺のバトンとポイも自由自在にクルクルしてもら…………
うう………でもヒッピーの女の子にエロさを感じない…………
もういいや寝よ寝よと、やかましい部屋の中でベッドに横になると、1日中足腰ふんばっていた疲れですぐに眠りに落ちた。
明日も頑張るぞ………
眠りに落ちてどれくらい経ったか。
しばらくすると部屋に誰かが入ってきた。
誰だよ、こんな時間に………
またアレハンドロが気持ちよくなってマリファナ吸おうぜーって誘いに来たのか………
頼むから寝かせてくれよ…………
「……………さん…………金丸さん……………金丸さん。」
「……ん………んあ?」
目を開けるとそこには疲れきって生気のぬけた顔をしたケータ君がいた。
ヘルメット持って。
あー、夢か………寝よ寝よ。
男の夢とかマジ勘弁してくれよ……
どうせならゆまちゃんの夢で、なぜか俺が会社員で1人で会社のオフィスで残業してたら上司のゆまちゃんがやってきてあなたは本当に仕事ができないわね、この役立たずとか罵倒されて、僕だって僕なりに一生懸命やってるんウプッ!!っていきなりチューされてなんかそんな展開のアレがいいなぁ…………
えーっと、なんでケータ君がここにいるんだろう………
こんなボロボロの顔で………
んー………
よくわからないけど明日からのバスバスキングの助手ゲット…………