12月3日 火曜日
【パナマ】 パナマシティー
「…………おい………おい………」
「………ん?んん?」
「着いたぞ。パナマシティーだぜ。」
頭にキッパを載せたイスラエル人の兄ちゃんに起こされて目を覚ました。
バスはすでにストップしており、みんないそいそと荷物を抱えてバスを降りていた。
時間は朝の4時。
ついに中米最後の国、パナマに到着した。
寝ぼけた頭でフラフラとバスを降りる。
先進国だと聞いていたパナマのバスターミナルはとんでもなく巨大だった。
もうただの金持ち文明国のピカピカなビルディング。
まるで時代が100年くらいタイムスリップしたみたいだ。
これまでの他の中米国がいかに古いものを極限まで使っていたのかがわかる。
とにかく腹減った………
もうすぐ24時間何も食べていないことになる…………
その前も24時間くらい食べてなかったし、その前も24時間………
もうすぐ霞を食べて生きられる体になるんじゃなかろうか。
ただでさえ細いウェストにあばら骨が浮いている。
今、爛漫の胸肉チキン南蛮を食べたらお腹がビックリして気絶するよ。
ああ、もうなんか、エネルギーが枯渇するとは今の状況のことだな……………
早くホテルに行きたい。
シャワーを浴びて思いっきり寝たい。
ユウコちゃん、どこのホステルに泊まってるのかな………
きっと俺のこと待ってくれているはず。
着いたよー!!ターミナルまで迎えに来てー!!そしてチューさせて!!と言いたいところだけど、俺にチューを迫る度胸はない。
ていうかWi-Fiがないのでメッセージを送れない。
バスターミナルにはWi-Fiはない。
街に行かないと。
なので一刻も早く市街地に向かいたいけど、ここがどこかもわからないし、まだ時間は4時。
こんな時間に動いたらいけない。
パナマの治安も決してよくはないだろうから。
もう少しして人が多くなってきてから行動を開始しよう。
バスターミナルの外、道路の向こうの静かな場所で地面に座り、ぼーっとタバコをふかす。
入り口にバスがやってきては人を乗せて走っていく。
どうやら今までのターミナルみたいに街の中にあるわけではないみたい。
結構郊外にあるようだ。
どうやって街に行けばいいかな。
白人バッグパッカーたちはみんなグループでやってきており、タクシーに乗って走っていく。
俺は1人。
ここまで1人で来たんだ。どうにでもなるさ。
時間が5時半を過ぎると、人の数がどんどん増えてきた。
走り去って行くバスはどれもギチギチに人を詰め込んでいる。
よし、そろそろ行くぞ。
あともう少し。
もう少しでビールと飯にありつけるぞ。
疲れきった体を起こし、荷物を担ぎ上げる。
そして人々にセントロに行きたいですと聞いて回る。
セントロとは街の中心部のこと。
バスターミナルからなら一発で簡単にアクセスできるはず。
なのだが、誰に聞いてもなんだそれ?みたいな顔をしている。
いやいや、セントロですよ。セントロ。
宮崎でいったらボンベルタの交差点ですよ。橘通り。
鹿児島でいったら天文館ですよ。
福岡でいったら天神ですよ。
だが、誰もはっきりした返事をしてくれない。
そうだよな。大阪で中心部といっても、難波か梅田か心斎橋か、どれかわからなければ教えようがないもんな。
パナマシティーは都会。
色んなエリアがあって、一概にここがセントロとはいえないみたいだ。
そんなこと知る由もないので、いつものように人々があっちだよ、向こうだよ、あっちだよ、と全然別のことを言ってきて翻弄されて、夜明け前の暗い道端に放り出されて泣きそうになる。
あああ………疲れた………
もう嫌だ、これ以上歩きたくない………
それでもビールと飯を目いっぱい頭に妄想しながら根性でさらにバスに乗って、やっとこ市街地っぽいところにやってこれた。
こ、これが市街地か…………
さっきまであんなに近代的だったのに、街の中は今までと同じように昭和的な古い建物が並んでいる。
まだお店はどこも閉まっており、ゴミゴミとした露店がのんびりと品物を台の上に並べている。
オッさんたちが、ヘーイ!!チーノ!!のおちょくってくる。
こ、こんなもんなんかなパナマも………
Wi-Fiを探して彷徨い歩く。
肩が痛い。
皮がめくれ、その部分にさらに肩紐が食い込む。
足が重くて上がらない。
あああ…………
Wi-Fi、Wi-Fiどっかないか………
そしてゴミゴミした街の中で奇跡的に野良Wi-Fi発見。
即Facebookを開くと、ユウコちゃんからメッセージが来ていた。
「カスコビエホっていう旧市街の~~ってホステルに泊まってるからー。」
Googleマップに接続。
現在地を出して、カスコビエホの位置を調べる。
おおお………2キロか………
30分で着くはず………
これが最後だ………
最後の一踏ん張りだ。
震える腕でもう一度荷物を担ぎ、歩いた。
日が登る。
太陽がガンガンに照りつけ、身体中から汗が吹き出す。
髪の毛から汗がしたたり、目に入って開けられない。
垢だらけの体、伸びて黒い爪、排気ガスで黒ずんだ服、髭も伸びっぱなし。
お腹が空きすぎてもう空腹も感じない。
頑張れ、俺頑張れ。
中米最後の街だ。
ホテルに入ってゆっくりして、体力が戻ったらコロンビアに向かう船を探せばいい。
もうこれでもかってくらいご飯を食べて、ビールを飲んで、ユウコちゃんにうっとおしいくらい苦労話を聞いてもらうんだ。
カスコビエホというのはパナマシティーのオールドエリア。
旧市街になっており、だいたい旅行者たちはここにあるホステルに転がり込むそう。
その旧市街に入った。
それなりに綺麗だけど、今はもうそれどころじゃない。
早くホステルを、ホステルを見つけて…………
わからない。
道ゆく人に聞いても誰もホステルの名前を知らない。
だいたい安宿ってのは地元の人も知らないような場所ってパターンが多い。
誰も知らないよー!!
ああ!!もうこの辺りにいるのに!!
ユウコちゃんがこの辺りにいるのに!!
「ユウコーーーーー!!!!!ユウコどこだーーーーーーーーー!!!!!!」
近所に響き渡る声で叫びながら歩き続ける。
頼むー………もう動けねぇよー…………
「フミ君!?…………フミ君ーーーー!?」
どこかから声がした。
あ、ゆ、ユウコちゃんの声。
どこ、どこだ、どこ!!!
すると向こうの建物の窓から手を振る人影が。
あ!!あそこおおおおおおお!!!!!!
「フミ君ー!!大丈夫だった!!ゆうべ来なかったから心配してたんだよ!!」
「あ、ああ………もうダメ………」
へにゃへにゃと地面に倒れてゴロンと大の字になった。
やった……やっと着いたぞ………
「ねぇ!!大丈夫!?大丈夫なの!?」
体を抱きかかえてくれるユウコちゃん。
「頑張ったね、すごい大変だったんだね。」
「あ……俺今ものすごく汚いから触らないで………」
「何言ってるの、そんなの気にしないよ。」
優しく微笑んでくれるユウコちゃんがもう天使にしか見えなかった。
泊まっていた宿を出てユウコちゃんとすぐ近くの別のホステルにやってきた。
ルナキャッスルというバッグパッカーの宿。
中に入ると、ものすごくたくさんの白人の若者たちでガヤガヤと賑わっていた。
典型的な欧米人宿。
ドミトリー13ドル。
高いけど、このパナマでは10ドル以下の宿はないみたい。
「シャワーを………シャワー浴びる………」
まだチェックイン前だけどお願いしてシャワーを貸してもらった。
パナマに入って、暑かった気温がさらに上昇し、もはや宮崎の夏と変わらないくらい。
水シャワーだけど、それが逆にありがたい。
冷たい水を頭からかぶると、一気に感覚が冴え渡る。
汗を洗い流し、髪を洗い、石鹸とタオルで体をこすり、ヒゲを剃った。
そして新しい服に着替えると、もう気持ちいいの向こう側に到達するくらいの気持ちよさだった。
「よし、ご飯食べに行こう!!いっぱい食べて!!」
ユウコちゃんが連れて行ってくれたのは近くにある魚市場。
水揚げされたばかりの新鮮な海鮮が並ぶ市場が日本を思い出させる。
「これがオススメだから!!ビールにめちゃくちゃ合うから!!」
ユウコちゃんのオススメはセビーチェ。
エビやイカや様々な海鮮をタマネギでマリネにしたもの。
カップに山盛りに入れてくれて2.5ドル。
そしてビールが1ドル。
ちなみにパナマは自国の通貨を放棄しており、ドルが流通している。
そしてビビっていたのに、物価は全然高くない!!
コスタリカだけが異常に高かっただけだった。
ユウコちゃんと一緒にテーブルに座って目の前のセビーチェとビールを見つめる。
ボーッとアホみたいに放心した顔で、目の前のご馳走を見る。
「ああ………いいの?これ食べていいの……?」
「いいんだよ。ゆっくり食べよう。ちゃんと来れたね。パナマ。」
そうだ。ここはパナマ。
中米最後の国。
中米全ルートローカル南下、やりきったんだ………
小さなスプーンでセビーチェをすくい、口の中に入れた。
エビの甘みとタマネギの酸味が広がって、少しの辛味が鼻から抜けた。
そしてビールをあおった。
何日もほとんど水分をとっておらず、カラカラにひからびていた身体中にじんわりと染み渡った。
泣きそうなほど美味かった。
ふぅ……と息を吐いた。
「がんばったね。こんなにボロボロになって。よく頑張ったよ。」
ユウコちゃんが優しく労ってくれる。
目の前に広がる海。
その向こうに信じられないくらい巨大なビル群が見える。
まるでニューヨークみたいだ。パナマは先進国。
そしてふと気づいた。
この目の前の海峡が北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の切れ目なんだよな。
こんな巨大な大陸の切れ目が目の前にあるのかと思うと、達成感以外にも様々な感情が湧いてくる。
冷たいビールの周りに水滴がつく。
まだ朝の9時の空は真っ青に晴れ渡っていた。
「あらー!!着いたわねー!!無事だったー!?」
欧米だらけの宿に1人だけ日本人の方がいた。
コスタリカのティカバスのオフィスで偶然お会いしていた方だ。
航空券を持たずにパナマ行きなんとかなりませんか?とバスのスタッフに懇願していたときにたまたま横にいて、お互いの旅の話をしたのだけど、
なんとこの方、
御年72歳のお婆さん。トシさん。
この歳で、1人でこの中米を、バスを乗り継ぎして旅しているという、最強のバッグパッカー。
最強。
まぁアメリカのカリフォルニアにずっと住んでて、今回も3週間だけの旅行だと言うが、それでもこの中米を1人きりだなんて最強にもほどがある。
さらにとてもユーモラスでハキハキしており、話が面白くてコスタリカのターミナルですっかり話し込んでいたんだけど、まさかまたお会いできるとは。
しかもこんな若者だらけの欧米人宿。
しかもすでにめちゃ友達できてるし。
バイタリティ半端じゃねぇな。
なんだか体は疲れ切っているのに、達成感と寝不足のハイテンションでまったく眠くない。
目がらんらんと冴えており、喉が渇いて仕方ない。
たくさんビールを飲んだ。
この南下の途中、1回しか飲まなかったもんなぁ。
冷えたビールが喉を通るたびに痛快なほどの味わいだ。
夜になり、ユウコちゃんと料理を作った。
チャーハンとスープと炒め物。
バッグパッカー、それも欧米人しかいないビバリーヒルズ宿なので、キッチンもリビングも大混雑。
かなりの人気の宿みたいで、次から次に新しい白人たちがやってくる。
21時になると、中庭にあるバースペースへ。
21時~22時はハッピーアワーとなっており、普通1ドルのビールが50セントで飲める。
1ドルでも充分安いくらいなのに、半額だからな。
音楽が鳴り響き、たくさんの人々がノリノリでビールを飲んでいる。
ここには他にもシアタールームや卓球台なんかがあり、スタッフも丁寧でフレンドリー。
ノリは欧米人のものだから日本人だと肩身の狭い思いをする人もいるだろうけど、こうして中米というよくわからない地で世界中の旅人たちにまみていると、自分も旅をしているという実感が湧いてくる。
しっとりと汗をかくくらいのぬるい夜風に吹かれながらビールを飲んでいると、トシさんがやってきた。
72歳だってのに、ビール飲んで夜更かしして、アメリカ人たちと仲良く話している。
ほんと最強の旅人だわ。
俺もこんくらいで疲れたとか言ってられないよな。
見習わないと。
そしてこの夜は遅くまでみんなで語り、ビールを飲んだ。
お腹いっぱい食べられる幸せ、
ビールに酔える幸せ、
「よく頑張ったね。フミ君すごいよ。ちゃんとやりきったね。ゆっくり眠って。」
椅子でウトウトしているとユウコちゃんが頭をなでてくる。
男は褒めてもらうのが大好き。特に俺は。
単純だからな。
女の前ではカッコつけなきゃいけない。
強くて、自分を貫く男でいたい。そうじゃなくても。
でも褒めてくれる女の前では全てから解き放たれて安堵できる。
全ての緊張から解放されて、ベッドに倒れて死んだように眠った。