「メッシはママの息子さ。メッシとグロスは兄弟だぜメーン?知らなかったのか?」
全てがつながった。
昨日腐れメッシと揉めてる時にタイミングよくグロスが現れ、心配してる振りを装って、もう無駄だよと俺を執拗に現場から離れさせようとした。
ナイフやガンを持ってるからと怖がらせたのもグロスだし、警察に行っても何もしてくれないと引き止めたのもグロス。
最初警察にスペイン語で事情を説明したのもグロスだし、今朝怒り狂う俺を家から連れ出してメッシに逃げる時間を与えたのもグロスだ。
「あいつのことは知らない。」
「メッシはママの同僚なんだ。」
数々の嘘も、2人が繋がっていないと見せかけるためのものだった。
完璧に兄弟での犯行だった。
なんてバカだ………
共犯のやつに向かって俺は何度ありがとうと言っただろう。
あいつがiPhoneの代わりに恵んでくれた食べ物にありついてしまった。
道化にもほどがある。
そして同時に怒りが全身から噴き出してきた。
もはやあの兄弟はこれから数日村には戻らないだろう。
当たり前だ。
殴らないと気が済まない。
もう次に顔を見たら何するかわからない。
でも腑に落ちないこともある。
バレるとわかっていて、何でグロスは俺を家に泊めたんだろう。
なんで腐れメッシは朝俺の前に姿を現したんだろう。
ミスったのだったらマヌケすぎる。
そんなマヌケなやつだったらもしかしたらまたノコノコと村に戻ってくるかもしれないという一抹の希望もある。
いや、それはないか。
あるわけがない。
「まぁ間違いなく奴らがやったことだなメーン。村の人たちはみんな知ってるさ。メッシはマジでクソ野郎だからなメーン。」
それからもひたすらトトのお店の前に座ってバスを待つ。
国境なのでバスは結構な頻度でやってくる。
バスが来るたびに駆け寄り、荷物はないか?と確認する。
ドライバーたちはみんな首を横に振る。
中米のローカルバスは戦争だ。
1秒でも早く動くことに使命を燃やしている。
走りながら乗客を降ろし、乗客が乗り終わってないのに走りだす。
そんなバスに駆け寄って荷物はないか尋ねても、はぁ?知らねー!!行け行けー!!と怒鳴りながら走り去っていく。
それをずっと、ずっと、繰り返す。
トトの家族から話が伝わったみたいで、すでに噂は広がっており、俺が何度も何度もバスに駆け寄り、肩を落としてベンチに戻って座る姿をみんな哀れそうな目で見ている。
時間は11時を過ぎ、12時を過ぎた。
バスは来ない。
バッグがない。
iPhoneもない。
見知らぬ村にひとりぼっち。
言葉の通じない人たちの中、ぼーっとしていたら頭がおかしくなりそうだった。
空気を読めないオッさんが近づいてきては、チーノチーノ!!お!!これは何だ!!とトロールをいじってくる。
「はいはい……もうチーノでいいですよ………チーノチーノ………え?トロールはどこの出身かですか?ノルウェーですよ……」
「ノルウェー?なんだそれは!?チーノ!!」
「あ、ああ……知らないか………ヨーロッパですよ………」
「ヨーロッパ!?なんだそれは!?国か!?チーノチーノ!!」
「あの、僕チーノじゃなくてジャパニーズです……ハポネス。」
「おお、ハポネスか!!ところでお前はギターを弾くのか!!さぁ!!歌ってくれチーノ!!」
あまりにもうっとおしそうにしてるとトトのママがあっち行きなさい!!と追い払ってくれる。
そして俺にコーヒーを淹れてくれる。
ママは俺の状況を理解してくれていた。
ヨーロッパという地域そのものも知らない田舎の人に日本と中国の違いなんてわかるわけもない。
時間は15時を周り、16時、17時と過ぎて行く。
時計がない状況で待つというのはとても苦痛だ。
目の前の砂ぼこり舞う道を野良犬が歩く。
バイクタクシーが駆け抜け、商品をたくさん載せたミニトラックが走る。
野菜を買って帰る人、暇そうなおじさんたち、1日中トルティーヤを焼いてるお婆さん。
人々のささやかな1日が目の前を通り過ぎていく。
人形みたいに動かない俺の前を。
もう全部嫌になりそうで、このまま飛行機でコロンビアに飛んでしまおうかと考えが頭をよぎる。
新しいiPhoneを買ったらイースター島に行くお金がなくなる。
無理してイースター島に行ったらアルゼンチンからニュージーランドに飛ぶお金がなくなる。
これがヨーロッパならなんとかなる。
いくらでも歌って稼げばいい。
でもこの先は南米。
稼げる見込みは限りなく低い。
もう絶望しかなかった。
すると村人の1人が俺を呼んだ。
なんだ?と行ってみると、ゆうべのあの犯行現場の前に人だかりが出来ていた。
そこには話の分かりそうな清潔な身なりの大人がおり、メッシと裏切り者グロスの家族がいた。
「君がチーノか。昨日何があったか話してくれないか。」
しっかりした風貌のおじさんは流暢な英語を喋った。
何度も何度も説明した話をもう一度した。
「ふむ、なるほどな………ムカつく話だ。」
俺の話が終わるや、メッシのママが勢いよく喋り出した。
話が終わるのを待ち、おじさんに何て言ってるのか聞いた。
「………あのバカメッシはメキシコに住んでいて、ほとんどこっちに帰ってこないそうだ。ゆうべもたまたま久しぶりに帰ってきたとこで、今日またメキシコに帰った。なのでもういつ帰ってくるかわからないと言っているよ。」
そうなのよ、と気の毒そうな顔をしているママ。
汚れたエプロンを腰に巻き、相撲取りみたいな体をしている。
「はぁ、だから600ドルはするiPhone4Sと、4000枚の写真と全てのメモリーとアドレスを諦めろってわけですか。舐めてんじゃねぇぞコラァ!!!」
行き場のない怒りに震える俺。
その様子を見て、さらに村の人たちが集まってきた。
「なんだなんだ!?どうしたんだ!!」
「このママの息子がこのアジア人の電話を盗んだんだ!!」
「盗んでビールを投げつけたらしいぞ!!」
「電話を盗んだだって!!」
「あああ!!ああ!!あああああ………」
大騒ぎになる人だかり。
その中心で、家族の盗みを暴露されているママは悲痛な顔で涙を流していた。
その足元でママにしがみつく小さな子供たち。
こんな山里で家族から盗人を出したなんてことが知れ渡ったら村八分にもなりかねないだろうな。
「チーノ、どうする?メキシコに逃げられたんならもう取り戻せないよ。でもこの家族にお金を請求することはしてもいいと思う。」
この村の信望を集める人であろうおじさんがそう言ってくる。
当たり前だ!!最低でも100ドルは払ってもらう!!
なんて言えるわけねぇよ…………
あの家だぞ……?
その日暮らしもやっとみたいな家族に月給並みの金額を払わせたら、どうやって生きていけるよ。
もうどうでもよくなった。
怒りの炎はママの涙で見事消火されてしまった。
もういいです、と告げて、まだヒートアップしている人だかりから抜け出してトトのお店に戻った。
「ママ、何かご飯食べたいです。お肉がいいです。元気だしたいです。」
そう言うと、お店から一部始終を見ていたママが美味しいご飯を作ってくれた。
トルティーヤとチーズと豆、そして牛肉を焼いたもの。
ゆっくりと噛み締めた。
今日最初のご飯が体に染み渡った。
食べ終わっていくらですか?と尋ねると、お金はいいわとママが言った。
同情してくれるのは嬉しいが、それとこれとは話が違う。
払おうとしても受け取ってくれないので、店員の女の子のポケットに10ケツァールを突っ込むと、仕方ないわねぇと女の子はニコリと笑った。
ベンチに座る。
ひたすら。
バスは来ない。
18時になり日が暮れてしまった。
夜になると周りのお店はひとつずつ閉まり、人通りも少なくなった。
19時、
20時、
もうきっとバッグも戻って来ないな。
そう思う。
無くしてしまったのに、無くしたと言えずに嘘をついたんだろう。
そのうち諦めるだろうと思ってるはず。
バス会社の思惑通り、もうほとんど諦めていた。
あのバッグには寝袋やマット、お風呂セットなど、その他もろもろだけで貴重品は入れていない。
バッグ自体ももはや使い物にならないようなボロだ。
ただブーツや、旅先でもらった思い出の品を失うのは口惜しかった。
もう明日になったらこの村をでよう。
ぼーっと道路を見つめる俺に声をかけてきた4人の若者たち。
ゆうべ俺を慰めてくれたグロスの友達たちだった。
グロスの姿は、もちろんない。
「大丈夫かい?もし良かったら俺らと遊びにいかないか?」
「いや、ここでバスを待たないといけないんだ………ありがとう………」
「そうか………」
死人みたいな顔をしてる俺。
蚊の鳴くような返事。
彼らもどう接したらいいかわからず、困惑しながら俺の周りに座ってくれた。
気を使わせて申し訳ないが、今は相手をする元気なんてないんだよ………
その時だった。
通りの向こう側を、見覚えのある帽子をかぶった男が歩いていた。
すでに夜で外灯もまばらなので顔まで見えない。
あの帽子………
「な、なぁ、あれメッシじゃないか?」
「………ああ、あれはメッシだ。」
いやがった!!!やっぱりメキシコになんて行ってなかった!!
息子と一緒に俺を締め出そうとしたあのママのことだから、かばうために嘘をついてるんじゃないかと思ってはいたが、やっぱりか!!
あの涙も偽物か!!
と頭によぎる前にすでに全速で駆け出していた。
のほほんと歩いてるメッシに後ろから飛びかかり、首根っこをつかんで力任せにブロック塀に叩きつけた。
「ナイストゥミーチューだなぁこの野郎あああ!!!??」
溜め込んだ怒りが爆発してメッシの頭を壁に押しつける。
「あああああ!!!テイクイットイージー、テイクイットイージー、」
「落ち着いていられるか!!殺すぞボケ!!」
喉もとを締めあげているのでかすれた声で落ち着いてくれ落ち着いてくれと繰り返すメッシ。
もはや日本語で叫ぶ俺。
やっぱり母国語が怒りやすい。
「来いボケ!!警察行くぞ!!」
「ノー、ノー、ノーーー!!!!」
メッシだってやられっぱなしではいない。ハングリーな田舎の若者だ。
俺の服をすごい力で引っ張り、首を鷲掴みにして爪をたててきた。
しかしもう怒りは頂点に達している。そんなもん痛くもかゆくもねぇ。
「何を抵抗してんだこのボケが!!」
ふりほどくとビリビリと音を立てて服が破けた。
フィンランドのロバニエミでオンニと一緒に買ったH&Mのニット、死亡。
オンニすまん!!
爪で切れて首から血が流れるが、そんなのお構いなしにメッシの服もビリビリに破りながら地面に引きずり倒した。
「オラァァアアアアアア!!!殺すぞコラァァァ!!!」
「ソーリー、ソーリー!!お、お前のiPhoneは……俺の友達が持ってるんだ………」
村中に響き渡るような声で取っ組み合いをしてるもんだから、たくさんの野次馬が集まってきた。
いつも俺が路上で集める人だかりの数を超える。
ちょっと切ない。
「よし、来い、警察行くぞ。」
「ああ!!やめてくれ!!頼む!!頼むから!!」
その時、ようやくパトカーが人だかりをかきわけてやって来た。
そして家で寝ていたトトもママから早く来なさい!!って電話があったみたいで急いでやってきた。
トトが間に入り、警察に事情を説明する。
ていうか昨日から何度も何度も直談判しに行ってるんだから事件の経緯くらいとっくに知ってるはず。
警察はメッシを羽交い締めにし、パトカーに押しつけてボディーチェックをし、車内に押し込んだ。
さすがの堕落警察もことここに及んでは仕事をしないわけにはいかないようだ。
ひとまずここで待ってろと言い、パトカーはメッシを乗せて走って行った。
人だかりの真ん中でヘタヘタと腰をおろす。
はぁ………喧嘩なんて久しぶりだなぁ。
ナイフとか出されなくてよかった………
ジャッキーチェンの国のやつの喧嘩が見られた!!と大喜びしてる村の人たち。
チーノチーノ!!と声をかけられる。
ようやく首の引っ掻き傷が痛くなってきた。
そして20分くらいしてパトカーが戻ってきた。
そのパトカーに通訳のトトと一緒に乗り込む。
パトカーは俺たちを乗せて走り、人だかりから少し離れた暗い道路脇に止まった。
なんだなんだ?
これが君のiPhoneかい?
警察がiPhoneを差し出してきた。
ご丁寧なことにケースもまだそのままに使っていやがった。
受け取るや、すぐに中身を確認した。
頼む、頼む…………
しかしiPhoneはすでに初期化されていた。
シートの向こうにいるメッシに殴りかかろうとすると警察に止められた。
なんてこった……写真と日記が………
そしてもしアップクレードしたことによってアプリのダウンロードが出来なくなっていたら、もうこのiPhoneは使い物にならない。
それをトトに説明するが、iPhoneなんて触ったこともない田舎育ちのトトにはそれがどういうことかわかってもらえない。
「フミ、よく分からないけどiPhoneが戻ったんだからいいだろうメーン?あとはこのメッシを許すか刑務所にぶち込むかを決めるんだ。」
「あああ!!!ごめんなさい!!ソーリーソーリー!!ソーリーー!!」
俺の前に頭を下げ、手を組み合わせて懇願している。
もうどうでもいいです、好きなようにしてくれと言ってパトカーを降りた。
すると警察も一緒に降りてきた。ポケットに手を入れる警察。
なんか調書でもとるのかな?と思ったら、この警察、財布を出してきて、ドル札をチラつかせてきた。
ほ、ほぅ……これが噂の賄賂というやつですか………
いや、賄賂というか仕事に対する謝礼か。
「フミ、心配しないでいいぜメーン。お金のない旅をしてるんだとちゃんと言えば問題ないさメーン。」
いつも路上で稼ぎながら旅してるのでお金ないんです、ごめんなさいと言うと、警察のおじさんは、大丈夫、君はただありがとうと言うだけでいいんだよ、とニコリと笑った。
ああ、いいお巡りさんだなぁ………
ってなるかコラ!!
最初からその言葉を言ってくれればいいものを。
トトと一緒に歩いてお店に戻る。
やったな、と肩を叩いてくれるトト。
トト、本当にありがとう。
よかった、本当によかった。
初期化されていたのは悔しいが、新しいiPhoneを買うことに比べたら最高の結果だよ。
盗みは悪い。
悪いことは悪い。
先進国だろうが途上国だろうが、田舎だろうが都会だろうが、そんなこと誰だってわかっている。
俺たちは同じ人間。
怖いという感覚も、良心も、みんな当たり前に持っている。
それは旅の中で人々と触れ合うことで少しずつ勉強してきた。
外国だから仕方ない、なんて泣き寝入りはしたくない。
もし自分を責めるだけでアッサリとiPhoneを諦めていたら、メッシはきっとまたアジア人を狙う。
もうあいつは前科持ち。そう簡単には次の犯罪に手を出せないだろう。
力になってくれる人たちがいて心から救われた。
ママのお店に戻っていると、向こう側に人だかりが見えた。
おーい!!と俺たちに手を振っている。
なんだなんだ、そんなに盛り上がって。
あ!!!!
人だかりの中の1人が、なにかを頭上に掲げていた。
俺のキャリーバッグだった。
1日中、バッグを探していた俺を見ていた人たちが、俺以上にやってくるバスに気をかけてくれていたのだ。
「うわー!!俺のバッグー!!」
「やったぜやったぜー!!」
「だから言っただろう!!トゥモローイズアナザーデイってさメーン!!!」
「チーノチーノ!!ビール飲め!!ビール!!」
みんな大興奮しながらお店のビールを出してきて、渡してきた。
みんなにも配られる。
サルー!!と言って一気にビールをあおると、体の隅々にまで染み渡った。
そして昨日からの黒い影がひとつ残らず体から消え去った。
嘘だろ、全部戻ってきた。
「チーノ!!歌ってくれ!!チーノ!!」
「チーノ!!もう今なら歌えるだろ!!チーノ!!」
「チーノチーノ!!チーノ!!」
「俺はチーノじゃねぇええええええ!!ハポネスだ!!!あーもう、よっしゃー!!歌うぞーー!!!」
「うっひょおおおおおおおお!!チーノが元気になったーー!!!」
「なんだー!!チーノも笑えるんじゃねえかーー!!イイイイイイヤッホオオオオオウウウ!!!!!」
「ビール持ってこーい!!」
もうこの人たちは楽しけりゃ何でもいいんだな^_^
そのあっけらかんとした人々に囲まれ、この夜はしこたま飲んで、歌えや騒げやで、さらにおひねりまでもらって、トトの家で水浴びして爆睡しましたとさ。
て、ていうか国境まだひとつも越えてねええええええええ(´Д` )!!!
中米ローカル南下、濃すぎる………
まだまだこんなもんじゃ終わらないです。
何もない日がなかった。
とにかく!!
確実に言えることは!!
飛行機で飛ぶべきです。
最高にスリリングではあるけどね。
ご心配おかけしたみなさん、暖かいお言葉をかけてくださったみなさん、叱咤のお言葉をくださったみなさん、申し訳ありませんでした。
そしてありがとうございます。
今回は調査の結果でメッシがこの村の鼻つまみ者であったこと、村人たちが味方になってくれたことなどを考慮して行動に出られましたが、やばいと思ったら逃げることも必要だと勉強になりました。
これからの南米は意地を張らずに安全な道を選んでいきたいと思います。
とにかく、今は落ち着いております!!
ズタボロになってたけど、全て回復しました。
ブログもしばらくはキチンと更新できると思います。
もうすぐ南米!!
【中米ローカルバス南下】 2日目
移動なし
小計 0ドル
合計 7.5ドル
国際バス 126ドル