11月1日 金曜日
【メキシコ】 オアハカ
目が覚めると部屋には誰もいない。
ケータ君もフミちゃんもどっかに出かけてるみたいだ。
部屋の外から賑やかな声が聞こえる。
すでに1階のチョコレート屋さんも営業を開始しており、お客さんで賑わってるみたいだ。
ここはメキシコの田舎町、オアハカ。
枕元のiPhoneを手に取り、日記を書き始める。
穏やかな朝。
しばらくするとフミちゃんが帰ってきた。
「おはよー。服洗濯に行くけど洗うものあったら持って行くよー。」
お言葉に甘えて一緒に持っていってもらった。
この町の洗濯はコインランドリーが一般的みたいで、3キロまでが45ペソだったかな。
洗って乾燥までしてくれるというとても良心的なサービス。
メキシコの人たちは、だいたいでいいじゃーんってな性格だけれども、こうしたところはとても暖かい仕事をしてくれる。
観光地に行っても、物売りさんたちはいるにはいるが、どうですか……?とてもいいものですが……ととても遠慮がちに商品を見せてきて、大丈夫ですと断ると、そ、そうだよね!!ごめんね!!みたいなシャイな笑顔で去っていく。
決してしつこくつきまとうことはない。
それがとても心地よく、人と人との思いやりや愛情に溢れた人々だということがわかる。
アラブ圏でのあの嘘や乱雑な対応に荒んでいた気持ちになんて一切ならない。
ストレスなんて微塵も感じない。
感じるのは彼らに対する抱きしめたくなるような愛おしさ。
朝の散歩に出かけていたケータ君とフミちゃん、3人で今日も同じ中華料理を食べに行き、それから俺はギターを持って路上に出かける。
風邪はある程度良くなってはきたけど、喉の状態はまだまだひどい。
それでもこの観光客で溢れたお祭り期間中の町で歌わないわけにはいかない。
ていうかこのゆるキャラ、町中におりすぎ。
ホラ、どっちがゆるキャラかわからない。
ちょいと市場の中を散策。
歩くだけでもとても楽しい。
いつもの路上場所につき、ギターを取り出した。
根性で声を振り絞る。
うーん、こいつは喉ガラガラだなぁと思いながらも歌っていると、そこにゾロゾロと日本人の人たちがやってきた。
宿の美女軍団のみんなだ。
思いっきりいいところ見せたいんだけど、こんな声でかっこ悪いな。
と思っていたら、他の宿に泊まっている可愛らしい女子大生風の日本人観光客たちもやってきて、15人ほどの日本人集団が出来上がった。
すごいな。
もちろんこれはほんの一部。
今このメキシコの山の中の小さな町にどれほどの日本人たちが集まっているんだろう。
みんなお祭り好きだな。
もちろん俺も。
パラついてきた通り雨で一時避難。
オアハカはこんなスコールが1日に1回は降るんだそう。
路上の土産物売りのおじちゃんおばちゃんも、急いで商品を片付けて避難しているが、少し小ぶりになってきたらまたすぐに地面に物を並べる。
みんなある程度の雨ではひるまない。性根たくましいな。
雨が止んだのを見計らって場所を変え、ちょっと強引に昨日怒られたメインストリートのど真ん中でやってみることに。
ズバッと2~3曲歌って一瞬で逃げれば大丈夫だろう。
ケータ君も今日は俺のローディーをしてくれている。
本当は今日はケータ君にも何曲か歌ってもらおうと思っていたんだけど、さすがにいきなり路上で歌うのは厳しいらしく、歌自体は上手いんだけど声量がちょっと足りない。
まだ路上で稼ぐには早いかな。
ギターを抱えてササッと通りの脇に立ち、すぐ逃げられるように楽譜を立てずに演奏開始。
すぐさま人だかりが出来上がり、拍手が起こる。
すると向こうからパレードの集団がやってきた。
今日は11月1日。
死者の日の子供の日だ。
先頭の人がアメ玉を投げながら歩いてくる。
大盛り上がりの通り。
俺の前を過ぎる時、ペイントと仮装をした人たちが笑顔で俺のギターケースにアメ玉をどっさり入れてくれた。
ああ、このお祭りの一員になれてることがとても嬉しい。
3曲ガッチリ歌い終わると拍手が起こり、みんなお金を入れてくれ、一瞬で100ペソ近くになった。
やはりここは稼げる。
よーし、このゲリラ戦法でガンガンいってやる!!
と思ったんだけど、まぁ見回りのおじさんの目は厳しく、しっかり見つかって注意されてしまった。
ぬぐぅ…………
生殺しだぜ………
旧市街地域の真ん中にあるレストランがかたまってるソカロと呼ばれる広場にやってきた。
たくさんの人たちが歩いており、レストランのお客さん相手にバンドやマリアッチやサックス吹きがワイワイとパフォーマンスしている。
少しうるさいがここなら何曲かはやっていいと言ってもらえたので、一角でギターを鳴らす。
人々の憩いの広場なので、歌い始めるとともにすぐにすごい数の人だかりが出来上がって、俺の周りを取り囲んだ。
い、いかん、あんまり目立つとまた止められてしまう…………
ビビりながらも思いっきり歌い、5曲もやってしまった。
もうこれ以上はマズイ。
しかし、終わりますー!!とギター置くが誰も立ち去らない。
手拍子が起きて、もう1曲ー!!とアンコールがかかる。
もうやっちまえ!!
人だかりはすごいんだけど、今日はあんまり入りが悪く、あがりは687ペソと2ドル止まり。
といっても計55ドルにはなっている。
3時間くらいで55ドルなら上出来だよな。
日が沈み、街灯がともると、町のフェスティバルムードが一気に高まり、あちこちからバンドのにぎやかな音楽が鳴り響き始めた。
そんな喧騒に背を向け、町に向かう人たちの間をすり抜けながら宿に戻った。
もちろん今日はこれで終わりなんかじゃない。
まだまだ夜はこれからだ。
宿の日本人たちがキャーキャー言いながら仮装やペイントをしてる中、宿を出ると、時間通りにそこにやってきたのは、
そう、メキシコの夜の帝王、
松岡さんだ。
「いやー、アビマイルの実家でかなり飲まされちゃったよ。よし、行こうか。」
メキシコシティーでの松岡さんの仲良し友達の1人、エリートのアビマイルはこのオアハカ出身。
この死者の日は日本のお盆のようなものなので、みんな実家に帰って家族と過ごすらしく、そこにお邪魔していたという松岡さん。
お父さんからしこたま酒を勧められたんだそうだ。
その土地を知るということ、旅人なんかじゃ到底松岡さんにはかなわない。
「ホホ村行ってみたいんだよね。昨日行ったんでしょ?もう1回行ってみようよ。」
というわけで昨日行ったあの賑やかな墓地があるホホ村に松岡さんとタクシーで向かう。
変なとこで降ろされながらも祭りの空気を楽しみながら歩いて行き、昨日とは別のお墓を見つけた。
昨日の墓地に比べてこちらは静かでこぢんまりとしており、古い墓地らしく朽ちた石の門や塔があってとても雰囲気がある。
こんなとこ普段ならめちゃくちゃ怖そうなんだけれども、マリーゴールドとロウソクで飾り立てられた愛情に溢れた装飾が怖さよりも、微笑ましさすら与えてくれる。
プロカメラマンでもある松岡さん、この幻想的な光景に真剣にシャッターを切っている。
ここから歩いて10分ほど。
ささやかな屋台が並ぶ故郷の盆祭りのような小道を歩き、昨日の賑やかな方の墓地に向かう。
今日も大盛り上がりなのかなー、とやって来てみると、どうしたことか墓地は静寂に包まれていた。
あれ?お墓を囲んでいた家族の人たちは?
ドンチャン騒ぎしていたマリアッチのバンドは?
それどころか、ゆうべは通りを埋め尽くしていたタコスとかの屋台がすべて消えており、墓地の周りはまったくひと気がなかった。
「あー、そこの人に聞いたら盛り上がるのはゆうべだけらしいねー。昨日来ればよかったなぁ。」
「あ、金丸さーん、松岡さーん。」
声のする方を見ると、そこには美女軍団と一緒にケータ君がいた。
「今日めちゃくちゃ静かですねー。昨日だけやっちゃねー。あ、ナオコちゃん、俺金丸さんたちの方に行くからじゃあね。」
一緒に遊んでた美女軍団からあっさり離脱してこっちにやってくるケータ君。
それでこそ男だコノヤロウ!!
本当いい奴だ。
静まり返った墓地の中を見て回り、またタクシーで町に戻る。
そして3人で向かったのは………
メスカルバー。
「いやー、オアハカに来たならメスカル飲まなきゃね。」
メスカルってのはテキーラと似ているが別物の、メキシコ特有のお酒。
そしてこのオアハカがメスカルの一大産地なのだ。
産地らしく町中にはたくさんのメスカルバーがあり、たくさんの人たちで賑わっている。
たまたま入ったこのお店がまぁ大当たりの人気店。
70年の歴史ある老舗で、オシャレな店内にはペイントをした外国人たちが大盛り上がり。
ジュークボックスで音楽を流すという田舎らしいレトロな雰囲気にこのメスカル!!!!
ヤバイ!!嬉しすぎる!!!
「松岡さん、金丸さん、お腹空いとらんですか?」
「そうだね、ちょっと空いてるかな。」
「よし!!ちょっと僕ひとっ走り買ってきます!!先飲んでてください!!」
おお、なんて可愛い奴だ。
ケータ君、こいつは本当に人に好かれる男だな。
後輩の鑑!!
メスカルはとにかくアルコール度数が強い。
50度くらいの高アルコールで、はっきり言ってテキーラとほとんど違いがわからない。
オレンジをかじり、くいっと口に含むと、強烈な香りが鼻を突く。
そして口直しに塩をなめる。
ほんの少ししか飲んでないのにすぐに体が熱くなってきた。
ケータ君はすでに隣の席の女の子とお喋りを開始している。
俺も楽しくなって、メスカル片手に店内をウロウロ。
入り口の方にあるバーカウンタースペースでは地元のオッさんや飲み助たちがワイワイとグラスを傾けている。
飲んでいるのはもちろん全員メスカル。
嬉しくなってその中に飛び込んでいくと、陽気なメキシコ人はもちろんすぐに話しかけてくる。飛び切り人懐こい笑顔で。
「タコスタコス!!!サボテン!!」
みんなが俺のことを見て、驚きながら自分のケータイを見せてくる。
その画面にギターを持って歌っている俺の姿が写っていた。
どうやら俺の路上を聞いてくれていた人たちみたい。
「お前はマジでいい歌うたいやがる!!マスター!!こいつにメスカル!!1杯じゃダメだ!!2杯飲め!」
無理無理無理ーー!!!と断りながらも強引にショットグラスを渡され、サルー。
ちびりと飲んでその強烈なアルコールに顔をしかめると、違うだろう!!こうやって飲むんだ!!と兄ちゃん、一気にあおってグラスを流し込んだ。
いや、すげーけど無理だよー!!と言うと満足げに微笑む兄ちゃん。
あー、なんて愛らしい人々なんだ!!
大騒ぎしていたら、向こうの方から松岡さんが外に親指を向けた。
「そろそろ河岸を変えよう。ここは危険すぎる。」
楽しそうにニコニコしてる松岡さん。
一筋縄では満足しない夜の帝王、松岡さんもメスカルの魔法でだいぶ上機嫌になっている。
0時を過ぎた町は鎮まるどころかヒートアップする一方。
ガイコツのペイントや仮装をした怪しげな人々が通りを埋め尽くし、ブラスバンドがけたたましく音楽を吹きならし、誰もが踊り、飛び跳ね、街灯がその影を落とす。
不思議なエネルギーがうねりながらこの田舎町を包み込み、夜空に熱気が立ち昇っている。
「ヘーイ!!フミー!!」
「ヘーイ!!ジャパニーズシンガー!!」
予想以上にたくさんの人たちが俺の路上を見てくれていて、俺に写真を見せてくる。
誰もが駆け引きなしの笑顔で心を見せてくれる。
盛り上がってるクラブを発見すれば躊躇なく突進していく松岡さん。
素早くお酒を注文し、店内にサルサが流れればもう松岡さんの独壇場。
そこらへんの女の子を捕まえてクルクル回している。
俺も酔いに任せてステップを踏み、知らない人に抱きつく。
魔法だ。
これは魔法だ。
甘美な痺れに酔いしれながら、死の不安も、生きる苦しみも、メスカルとともに飲みほしてしまえばいい。
メキシコ人は世界一の魔法使いなんだ。
俺はもう心の底から、この国の虜だ。