10月13日 日曜日
【メキシコ】 メキシコシティー
眠れない。
眠ったらいけない。
こんなに体は疲れているのに、緊張に目が冴える。
尋常じゃない数のパトカーが道路の向こうでランプをつけて止まっている。
そんなに警備してないといけないほど治安悪いのかな…………
夜が明けていく。
頭がボンヤリして目がしばしばする。
夜の端っこが赤くなっていく。
車の交通量が次第に増えていく。
あぁ………願わくば、彼女とお風呂に入って体洗いっこして、爛漫行って美味しいチキン南蛮をお腹いっぱい食べて、ビールを飲んで酔っ払って、暖かい布団で眠りたい。
でも今ここはメキシコシティーのベンチの上。
警察が何度も俺の前を巡回して回っている。
そしてついに俺のとこにやってきてしまった。
なんだ、俺は何にも悪いことしてないぞ。
「タコスナチョス!!サボテンサボテン!!」
何言ってるかまったくわからないけど、どうやらイカれた奴が来てお前の金を盗もうとしたら、俺たちがそこにいるからすぐに助けに来てあげるからね、ということを言ってるようだった。
心配しないで眠りなよ、と笑顔で肩を叩いてくれた。
メキシコは不正警察だらけだと聞いていただけに、その優しさがとても胸にしみた。
お巡りさんの心強い警備はあるものの、やはり眠りに落ちることはできず、結局空が明るくなってきたので無理やり体を起こす。
横になっただけでも、少しは体力が回復している。
よし、行くぞ。
荷物をまとめて、スターバックスの前にやってきた。
Wi-Fiをつないでリックにメールを送る。
「何時にスターバックスで会う?」
ゆうべリックは明日の午前中にでも会おうとメールをくれた。
なんかアヤフヤなメールだったけど、ほったらかすわけにはいかない。
スターバックスの前で座り込んでリックからの返信を待ち続ける。
はぁ………腹減った。
なんでもいいから口に入れたい。
でも屋台の謎の食べ物は間違いなくお腹を壊すから食べたくない。
バッグの中にゆうべ買ったドーナツが入っているけど、これはリックに渡すためのものだ。
安いものだけど、お世話になってるリックに手ぶらで会うわけにはいかない。
はぁ………眠い…………
まぶたが落ちる。
いかんいかん、リックからのメールを待たないと。
そしてしばらくしてリックからのメールが来た。
「フミ、ごめんだけど会うのは今夜にしないかい?ちょっと色々やることがあってさ。」
……………
「リック、今日は俺もやることがあるんだ。メキシコシティーにはまだしばらくいるから、また連絡するね。」
バッグの中からドーナツを取り出して、かじりついた。
甘い。美味しい。
チョコレートの部分が溶けてべちゃべちゃになっているが、そんなの関係ない。
よし、少しは腹もふくれた。
これで動けるぞ。
今日はセントロで歌おう。
そしてゆうべ知り合ったイバンにメールを送った。
「わかった!フミを泊めていいかママに聞くね!!また返信するよ!!」
よし、今夜はなんとしてもゆっくり眠ってやる。
地下鉄に乗ってセントロへ。
さー、今日はどんなお笑い芸人が待ち構えているのかな。
今日は疲れてるからたいがいのお笑い芸人では笑わせられんぞ。
電車がやってきてドアが開く。
「さぁさぁ皆さんご覧あれ!!こちらに取りいだしたりますファニーなオモチャ!!これがたったの10ペソだよー!!10ペソー!!早いもん勝ちだよー!!」
手を入れて動かすとビービー音が鳴るニワトリの人形を、本気で売っているオッさん。
そう、おじさんも必死。笑ってはいけない。
すると向こうからなにやらシャボン玉が飛んできた。
なんだ?電車の中でシャボン玉!?
見ると、この混雑している車内でシャボン玉を吹きまくって、どうだいー!!シャボン玉はいかがだいー!!とオッさんが実演販売をしている。
信じらんねぇ(´Д` )
周りの人たちの顔にかかり服にかかり、超迷惑そうにシャボン玉を振り払っている。
なのに誰も何も言わない。
このようなお笑い芸人が各駅ごとに入れ替わり立ち代り電車に乗り込んできて、パフォーマンスを繰り広げる。
勘弁してくれ…………
今日は日曜日。
中心地は車道が規制されて歩行者天国になっており、凄まじい数の人々で溢れかえっていた。
こいつはすげぇや。
しかしこんなに人で溢れかえっているのに、路上で演奏しているミュージシャンがいない。
せいぜい着ぐるみやそっくりさんのパフォーマーが観光客と一緒に写真を撮っているくらい。
地面に色々と物を並べて売っている人もいるのだが、音楽はない。
人ごみにフラフラとしながらも、場所を探して歩く。
こりゃ多分禁止だなと思いつつも、強引にやってやろうと一角でギターを取り出した。
ギターを構えるアジア人を、お?と見ていく通行人たち。
ここなら必ず稼げるぞ。
はい、まだ1曲もやってないのに警察に取り囲まれる。
マジかよ…………
このエリアではすべての場所でやってはいけないと言う。
とっとと荷物をまとめてどっか行けと、追い払うように手を振る。
体がきつい………
バッグが体に食い込む。
腹が減りすぎて、空腹を通り過ぎてもう何も感じない。
歌える場所を探して歩く。
地下鉄の中を、バッグをかついで、階段を上がったり下りたり、
足が震える。
手に力が入らん。
なんで俺は歌おうとしてるんだろう。
こんな日は休めばいいのに。
でも、俺に出来る事は歌うことだけだから、人出の多い日曜日に休むなんて考えられない。
きっと今夜はイバンの家でゆっくりできる。
そしたら明日こそ路上を休んで、荷物を置かせてもらってゆっくり観光しよう。
そうだ、だから今日は歌わないと。
警察に文句を言う謎のヒーロー。
マント(´Д` )
地下鉄の入り口のところに、少し凹んだ通路があった。
表通りには警察がウロウロしてるけど、ここなら目につかないだろう。
ギターを取り出す。
そして根性で歌う。
喉がひどいことになっている。
寝ていないので声が枯れてガラガラだ。
腹筋に力が入らない。立ってるだけでも足がむくんで痛い。
ドーナツしか食べてない。
意識が朦朧としてくる…………
あ、俺倒れるかも…………
いやいや、俺は不死身だ。
こんなことで音を上げるか。
俺はまだ若い。元気な体がある。
多少無理をしたって、こんなことでガタがくるほどヤワじゃない。
きつい思う時にどれだけ頑張れるかで成長出来るかが決まるんだ。
しかし、歌はまぁヒドイもんで、場所も悪かったことで、お金は雀の涙ほどしか入らない。
あがりは70ペソ。
それでも頑張って歌っていたら、1人のオッちゃんが話しかけてきた。
綺麗な格好をした紳士風のおじさん。
「ほう!!旅をしてるのかい!?そうかそうか。でもここは場所が悪い。俺も本を売ってるんだけど、この街では路上ではなくて地下鉄の中でやったほうが稼げるんだ。」
「そうなんですね。」
「よし、俺が口をきいてあげるよ。マフィアが絡んでるから勝手にやったら危ないからね。電車の中はかなり稼げるから!!」
このおじさんもまた本を売って歩いている物売りさんだった。
なんと英語がペラペラ。
そして汚い格好をしてないので、知性が感じられる。
「泊まるとこがない?よしわかった。ウチに泊まればいいよ。」
「ええ!!ほんとですか!?」
「もちろん。僕も世界を旅していたんだ。気持ちはわかる。そして地下鉄の連中にも口をきいてあげるから心配しなくていいよ!!」
やったー!!とおじさんとハグ!!
おいおい、大袈裟だな、とニコニコしているおじさん。
やった!!やっとゆっくり眠れる!!やったー!!
「よし、じゃあ俺は向こうのほうでもう一仕事してくるから、1時間したら戻ってくるよ。それからウチに行こう。」
「はい!!わかりました!!」
おじさんを見送り、すぐにイバンにメールした。
イバンは俺を泊めるのにママの許可をとらないといけない。
もし家族がイヤイヤだったなら、すごく気まずい思いをしなければいけない。
「イバン!!ゴメン!!泊めてくれるって人がいてさ!!ゴメンだけど今日そっちに泊めさせてもらうよ!!もうママには俺のこと話した?」
イバンには悪いけど、今日はおじさんの家でゆっくりさせてもらうよ。
それに物売りの彼を味方につけたらこんなに心強いことはない!!
やったぜ!!これでメキシコシティーが楽しくなりそうだ!!!
3時間後。
燃えつきた灰のように地面に座り込むアジア人。
次あのオヤジを見つけたら殺す。
殺すうう!!ころころ、ころっころ殺すううう!!!!
はぁぁぁぁ………なんなんだよぉ………
なんで戻って来ないんだよぉ………
あ、イバンからメールがきた。
「ハイ!!フミ!!ママには話したよ。泊まっていいって!!でも他のとこに行くなら仕方ないね。気にしなくていいよブロー!!安全に眠れるなら僕も嬉しいよ!!」
アピイイアアヤヤヤアアアアアア!!!!!!
イバンーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
2日連続ううううううううううううう!!!!!!!!!!!
メキシコシティーの冷たい夜。
放心状態でうなだれる俺。
行き交う人々。
え、えへへ、えへ、えへへへ!!
もう、もうダメだ………
限界だ…………
来ちまった…………
宿………
しかも日本人宿………
「はいー、これが玄関の鍵になりますー、そしてここがキッチンですー。ゴミは燃えるものがここで、ペットボトルなどはそこのゴミ箱ですー。」
淡々と説明をするお兄さん。
もちろん日本人。
それに着いて歩き、キッチンに入ろうとすると足がもつれて倒れそうになった。
「あ、ああ、あぶな……いやー、ゆうべ寝てないもんで………」
「………はい、冷蔵庫のものは名前が書いてあるものは私物なので使わないでくださいー、シャワーは…………」
無視。
淡々と丁寧すぎる口調で説明を続ける兄さん。
まるで、は?寝てない?ふーん?で?過酷な旅アピールする人多いんだよね。
みたいな感じ。
クソ!!俺としたことが余計なこと言っちまった………
宿には15人ほどの日本人。
相変わらず挨拶しても、みんな冷たい。
少し前の俺みたいに長い髪を後ろでたばね、ヒゲをはやし、インド風のターバンやらタイパンツをはいて、旅人でござい!みたいな人たちが喋っている。
うー、苦手だ…………
荷物を部屋に運び、それから買い出しに。
頑張った自分に、ご褒美のタコスとビールを買ってきた。
俺よく頑張った。
それから同じキッチンにいる何人かに話しかけてみるも、見事なまでに警戒心をむき出しにされて中に入っていけない。
話しかけても、はぁ……みたいな感じ。
仲良くなろうと努力はするが、みんなすごく言葉が冷たい。相手にしてもらえない。
ターバン巻いてるし。
なんなんだろう?この旅人特有の雰囲気。
俺は他のやつとは違う、みたいなオーラ。
それぞれにグループを作って、マジでー!!って笑いあってる。
そんな中で1人韓国人のやつがいたんだけど、そいつとはすぐに仲良くなった。
もちろん英語で話してたんだけど、その韓国人が他の日本人のターバンに、ハウズゴーインって話をふった。
しかしターバンは気まずそうに愛想笑いをしてイエー、と言った。
別にいいけどさ。
ハウズゴーインもわからないでターバンかと。
こういう旅人でございオーラを放ってても、ほとんど観光地と日本人宿を渡り歩いてるだけなんだろうな。
まぁ、いいや。
今夜はとにかく死んだように寝よう。
ああ………キツイ1日だった………