10月6日 日曜日
【メキシコ】 エンセナダ
「おーい、そろそろ起きて準備しやー。待ち合わせ時間になってまうでー。」
ジェニファーさんの声で目を覚ました。
今日は日曜日。
昨日路上をやっている時に、地元のご家族と仲良くなり、エンセナダを一緒にドライブしようということになったのだ。
ゆっくり出来る最後の1日にこんな嬉しいお誘いをしてもらえるなんて、やっぱり俺たちはもってる。
準備を整え、車に乗り込んでメインストリートの一角にやってきた。
日曜日のお昼前。たくさんのアメリカ人観光客たちが通りを歩いている。
そんな人ゴミの中に、昨日出会ったアロマおばちゃんがいた。
「ハーイ!!フミ、素晴らしい天気ね!!」
笑顔の素敵なアロマおばちゃんの横でモジモジしてるのは、14歳の娘のサミー。
この子もまた日本のアニメが大好きな、自称ツンデレの女の子。
よくそんな言葉知ってるな。
そこに甥っ子のジョニーも加わって5人でジェニファーさんの車に乗り込んだ。
シートベルトをしめようとすると、後ろからベルトを掴んできて引っ張らせないようにイタズラをするようなお茶目なアロマはカタコトの英語が喋れるが、ジェニファーさんがスペイン語を喋れるのでみんなジェニファーさんのお話で車内は盛り上がる。
俺はちんぷんかんぷんだけど、連日のトレーニングで簡単な単語は聞き取れるようになっている。
「フミはシャイなのねー。」
そう言って肩を優しくナデナデしてくれるアロマおばちゃんの温もりに心が休まる。
モジモジしてるサミーも、一生懸命日本のことを質問してくるのが可愛いらしくてたまらない。
しばらく走ると町を抜け、廃墟やボロボロの民家が散らばる伸びやかな草原が広がる丘に出た。
そして見晴らしのよい道の向こうに、どこまでも広がる海が現れた。
「うわー!!綺麗ー!!」
「そこに止めて写真を撮りましょう。」
車を降りると、爽やかな海風が崖から吹き上がった。
懐かしい日向の海を思い出す。
ああ、なんて気持ちのいい場所だ。
サボテンが寂しげに立ち尽くす崖の斜面。
海に突き出した陸地の先の先、突端のところに、わずかに小さな十字架が立っているのが見えた。
青く果てしない海にその純白の十字架がポツリと取り残されている姿が、何かを雄弁に物語っていた。
「ねぇ、あそこに行ってみたいです。」
「いいわよ。でもキツイ道だから私はここで待ってるわね。」
「じゃあ私も!!」
アロマとジェニファーさんを残して、若者2人と俺で海へとのびる斜面を駆け下りた。
サボテンと岩と砂で足元の悪い中、スイスイと降りて行くジョニー。
サミーもピョンピョンとかけて行く。
俺だって美々津の田舎育ちだ。身軽さなら負けないぞ。
と張り切ったはいいものの、久しぶりにこんなハイキングの真似事なんかすると足が全然言うことをきいてくれない。
ガクガクと膝が笑いながらも、なんとか突端に着いた。
眼下に広がる海。
キラキラと輝き、潮騒が優しく耳をなでる。
子供のころはこんな磯をよく跳ね回ったもんだった。
こんなに遠くまで来たけれど、思い出ってやつは一瞬にしてあの頃の自分に連れ戻してくれるな。
「昔ここからある男が飛び降りたんだ。それでここに十字架が立てられてるんだよ。」
観光客向けのバスの運転手をしているジョニー。
エンセナダのことなら何でも知ってる気のいい男。
彼はこれまでたくさんの観光客たちを案内しているんだろうけど、こんなところに来たがるやつなんてほといないだろうな。
紺碧にはえる白の十字架の孤独な光景が、悲しいほどに美しかった。
どちらかといえば、深い山の神秘的な空気が好きな俺だけど、こうした海のさざめきもやっぱり胸を静かに波立たせてくれる。
岩手の北山崎の海岸線でいつまでも波濤を眺めていたあの若い日がよみがえる。
今もまだ鮮やかなまま焼きついている。
今この目の前にある海も、今のこの不安定な感情とともにいつか思い出されるものであって欲しい。
走馬灯で流れる一コマであってほしい。
素直にそう思えた。
アロマおばちゃんとジョニーが俺たちを連れて来たかった場所。
それはエンセナダ唯一の観光地であり、最大の観光地。
といってもそんなに大それたものではないんだけど。
何やら磯にある岩の割れ目に波が入り込むことによって、圧力で海水が何mも吹き上がるという、日本の海岸線でもたまにみかける自然現象がこの近くで見られるそうだ。
しばらく走り、きらめく海岸線を下っていくと、車が何台も止まった大きな駐車場が見えてきた。
進んで行くと、両側に土産物屋が見え始め、道路脇で何人もの男たちが手を振って車を誘導してくる。
「え?ここ?ここ入ればいいの?」
「いやいや、ずっと先まで行って。彼らは気にしないでいいから。」
どうやら自分のとこの駐車場に入れさせて土産物を買ってもらおうという客引き合戦がすでに始まっている。
さらに奥に進んでいくと、そこにはもう数え切れないほどの土産物屋さんがズラーーーっとどこまでもひしめいていた。
こりゃあ一大観光地だ。
ジョニーは観光バスの運転手なので、ここには嫌ってほど来ており、彼に任せていればすべて顔パスってな具合だ。
奥の駐車場に車を止めて、土産物通りを歩いていく。
日本の観光地のように、ここが名所までの参道ってわけだ。
とことん土産物屋が続いており、週末のドライブでやってきているアメリカ人観光客がウジャウジャと歩いている。
なんだかこんなザ・観光ってやつが久しぶりで、こんな土産物屋を見て歩くのも楽しくなってくる。
インディアンのお人形さんも素朴で可愛いな。
そぼ……
あ、あれ、目の錯覚かな。
もう一度人形を見る。
ほぼ実写。
うひょひょーい
首がなくて文句あるかーい
お土産物屋の客引きもそんなにしつこくなく、ゆっくり見て回れる。
のだが、あんまり聞きたくない客引きのワードを聞いてしまった。
「コンニチハ!!ニーハオ!!ビンボープライス!!」
このビンボープライスっての、中東・アフリカでものすごくたくさん聞いたんだけど、こんな海を越えた国の、それも有名でもない観光地で同じこと言ってるんだから不思議でならない。
誰が教えてるんだろ?
それとも彼らが向こうに広めてるのかな。
ビンボーって、確かにビンボーだけどさ、わざわざ人から言われるのは勘に触るもんだ。
そんな客引きバトルを通り過ぎると、静かな海辺に出る。
人だかりのできてる場所があり、そこから磯をのぞいてみると、それはあった。
10秒間隔くらいで岩の隙間からブシャーーー!!っと海水が吹き上げられ、それにささやかな歓声があがる。
「オーストラリアとハワイ、それとここ。この自然現象が見られるのは世界で3ヶ所だけなんだぜ。」
そう言うジョニー。
んー、宮城のロウソク岩のあたりでこんなのあった気がするけど、まぁちょっと違うんだろうな。
別にそれほどたいしたものではない。
でもそんなささやかでローカルな観光地に家族連れで来て、子供にそれを見せてあげている親の笑顔を見ていると、俺のお父さんお母さんも俺たちの笑顔が見たくて色んなところに連れて行ってくれたのかなと、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
誰よりも人生を楽しむ方法とはなんだろうと思い悩んだ日々。
あらゆるものを見て、あらゆる場所に行くことだと信じた。
そしていろんな場所に行ってきたけど、今では少し変わってきたように思える。
全部ってのは無理な話。
でも、心の持ち方次第で、その全部ってやつは目の前に現れるんじゃないかと感じる。
目の前のささやかな幸せに不満をいだいてるうちは、その大事がわかってないってことなんだろうな。
なんだかしんみりしてしまったので、そろそろいいかなと、思い切ってジェニファーさんに冗談を言ってみた。
「すごいブシャーーって出ますね。やっぱりジェニファーさんもこれくらい吹くんですか?」
「何言うてんのあんた、アホちゃうか?」
じょ、冗談じゃないですか(´Д` )
そ、そんな真顔で怒らなくても(´Д` )
ジョニーオススメのタコスをみんなで食べ、ラテンダンスの先生であるアロマおばちゃんにサルサのステップを教えてもらい、糸の切れたマリオネットのような無様な動きを晒し、首なしおじちゃんたちに笑われながらも、このメンバーだったらなんでも楽しく思える。
最高に贅沢な時間だった。
エンセナダの町に戻り、そこでみんなとお別れ。
「またエンセナダに来たら必ず連絡してね。」
優しく抱きしめてくれるアロマおばちゃん。
かわいいサミー、爽やかなジョニー。
またひとつエンセナダに戻ってくる理由ができたよ。
この町は本当に、とことん肌が合うとしか言えないよ。
ありがとうみんな!!
今夜がエンセナダ最後の夜。
そしてジェニファーさんとの最後の夜。
晩ご飯はこれまで何度もお世話になった日本料理屋さんのタダイマへ。
最初は、この顔で関さんて(´Д` )っておかしくてしょうがなかった関さんも、今ではすっかり顔なじみ。
俺たちが明日出るということをわかっていた関さん。
もはやメル友の関さん。
今夜のためにメニューにない料理を出してくれた。
最初にここに来て、これは焼きそばじゃなくて焼きうどんですよ、と教えてあげたあの焼きうどんを、さらにアレンジしてオリジナルの焼きうどんを作ってくれた。
これがまた美味い。
関さんのお店は完全なるアメリカンスタイルの日本料理だけど、キチンと日本の味をわかった上でのアレンジなので、ものすごく美味い。
ジェニファーさんと2人、感動しまくりながらいただいた。
思えばメキシコに来て見事なまでにお腹が崩壊して、ずっとくだしていたんだけど、タダイマで食べた時だけは調子が戻っていた。
衛生面もキチンと気をつけ、味も最高。
エンセナダに長居できた1番の理由だったかもしれないな。
関さん、美味しい料理、いつもありがとう!!
ていうか首短すぎ!!
それからホテルの表のカフェに行き、明日の予定やバスの時刻などを調べる。
ジェニファーさんはちょいと買い出しに出かけている。
あぁ、本当にこの町とも明日でバイバイなのかー。
いいことしかなかったなぁ。
今のところメキシコ人に嫌な思いをさせられたことってあったか?
ただのひとつもない。
これだけで奇跡的なことだよな。
すると、そこにジェニファーさんが帰ってきた。
見覚えのある顔と一緒に。
「あ!!ダイスケ!!」
「ハイ、フミサン。」
そこにはあの日系メキシコ人のダイスケがモジモジしながら立っていた。
そしてポケットの中から色んなものを出してきた。
ナルトのフィギュア、お菓子、ジェニファーさんには帽子。
「そこ歩いとったら会ったんやぁ………最後に会いたくてずっとウチらのこと探しとったんやって………ああ、もうダイちゃん、なんやねんアンター!!」
そう言うジェニファーさんはすでに涙が止まらなくなってる。
恥かしがりながら、ダイスケは俺たちにアディオスと言った。
アディオス。神とともに行くという意味。
お前にこそその言葉を捧げるよ、ダイスケ。
会いにきてくれてありがとうな。
「あー、もう今夜で出やなアカンねんなー。はぁ、最高の町やったなぁ。」
夜のプールサイド。
日曜の夜は静まり返り、プールの水面には波紋もない。
静寂の中、遠く隣のビルからカラオケの歌が聞こえる。陽気なメキシカンの歌で盛り上がっている。
猫が音もなく塀から飛び、物陰に消える。
明日でジェニファーさんともバイバイか。
その時、遠くで鳴っていたカラオケの音楽がベサメムーチョになった。
静かなプールサイド。
なんてロマンチックな演出をしてくれるんだよ、メキシカン。
最後の最後まで映画みたいな2人旅だったな。