8月23日 金曜日
【アメリカ】 ラスベガス
クイーンサイズのベッドで目を覚ます。
窓の外に広がるラスベガスの街。
その向こうにギザギザと乾いた岩山が連なっている。
大西部の厳しい荒野の中にポツリと作られた即席の街、ラスベガス。
んー、快適な朝。
というか昼。
荷物をまとめて部屋を出た。
カジノに降りると、昨日よりもたくさんの人で賑わっていた。
今日は金曜日。ただでさえお祭り騒ぎのこの街なのに、金曜の夜なんてことになったらとんでもない人出になるんじゃないかな。
もちろん路上はやる。
でも日中は干からびるほど暑いので、夜から始めることにした。
それまで少し他の路上場所の下見と、壊れているバッグの修理をすることにしよう。
ひとまずカジノの中にあるビュッフェレストランへ。
ラスベガスってやつはカジノでお金を使わせるために、すべてのものが比較的安い。
ホテルにしても換金レートにしても。
このビュッフェもそうで、2時間の食べ放題がわずか8ドル。
普通なら15ドルはするような豪華なメニューが取り放題でこの値段は安い。
中華やイタリアンなど、世界各国の料理、ケーキやソフトクリーム、もちろんジュースも、全部食べ放題。
「あはああ………ラスベガス住みたいよぉ………」
「なんて良いところなんだぁぁ………」
「ご飯食べたらちょっとポーカーする?」
「グッドです。」
もう昨日からとことんラスベガスのドラッグみたいな魅力に両足突っ込んでます。
まぁ、遊びもほどほどにホテルをチェックアウトしてから荷物だけ預かってもらい、外に出た。
ぬおおおおお………
暑ぃ………
太陽に照りつけられると、まるで焚き火にでもあたってるかのように肌が焼けてくる。
市バスに乗ってダウンタウンへ向かう。
ラスベガスの市バスは1回2ドル。
1日パス券が5ドル。
やってきたのは、街の中心部にあるごちゃごちゃした小さな通り。
どこか古臭い、ひと昔前のネオン看板が並ぶこの通り。
へー、ラスベガスってこんな渋いとこもあるんだ。
あの巨大カジノがズゴンズゴン並ぶストリップ通りに比べると寂れた印象はあるけれど、このレトロな町並みのほうが俺好みだ。
この通りにもそれなりにカジノがあり、バーがあり、ゆったりと空気の中で人々が行き交っている。
驚いたことに、ゆうべストリップ通りのほうでほとんど見かけなかった路上パフォーマーが、こちらには何組もいた。
手品や絵描き、もちろんギターの弾き語りも。
路上パフォーマンス、大道芸という、昔ながらの娯楽を気ままに楽しむ人々。
和やかな拍手が起こる。
んー、ここいいなぁ。
これが昔のラスベガスの姿だったんだろうな。
映画「カジノ」でデニーロやジョーペシが生きていた時代のラスベガスがここにはそのまま残っているようだ。
それが今やとどまることなく膨れ上がり、狂気のようなど派手な街が出来上がっている。
映画の中でデニーロが顔をしかめる街。
ここでやりたいところだけど、ただ残念なことに、通り中にスピーカーが設置されていて音楽がガンガン流れており生音ではきつい。
他のパフォーマーはみんなアンプを使っている。
まぁ昨日と同じストリップ通りでやるとするか。
ホテルに帰る途中でホームセンターに寄った。
ここで買ったのは、これ。
こんなチューブを一体何に使うのか?
これです。
割れたキャリーバッグのタイヤ修理。
まずボロボロになったゴムを取り除く。
そしてチューブ縦に裂く。
それをカパッと広げてタイヤにかぶせながら接着剤で貼り付けて一周させれば………
見事タイヤ修理完了。
これなら永久にタイヤが減ることはない。
もうこのキャリーバッグで旅中3代目だからな。
いい加減弱点を克服しないと。
ないものは買うんじゃなくて作る。
壊れたらお店に持っていくんじゃなくて自分で直す。
これまで途上国の人たちが教えてくれたこと。
工夫次第でどうにでもなる。
さて、タイヤが直ったことでだいぶ身軽になったぞ。
日も暮れれてきて、涼しくなった。
勝負の時間だ。
荷物をすべて受け取り、市バスに乗ってストリップ通りへ向かった。
金曜日の夜のストリップ通りはとんでもないことになっていた。
ただのひっかけ橋。
阪神が優勝したときのひっかけ橋。
身動きがとれねぇ!!!
凄まじい大混雑で右にも左にも行けない。
人の流れに揉みくちゃにされながら少しずつ前に進むしかできない。
どぎつい閃光が入り乱れ、爆音が通りを埋めつくし、各ホテルの前で趣向を凝らしたユニバーサルスタジオみたいなショーが行われている。
クラブからはズゴンズゴンと重低音が響き、車道を走る車もここぞとばかりに爆音を撒き散らし、興奮がはち切れてる若者たちが気が狂ったように叫び声をあげている。
も、もうなんだこれ………
キリスト教なんだからこんなことしたらダメだよ………
もっとこう、欲をおさえ、清らかに、品位のある行動を………
なんてもの、完璧無縁。
街角には体をさらけだした美女が立ち、カジノのポーカーテーブルのディーラーもこれみよがしに下着姿だし、男もムキムキのマッチョマンが鍛え上げられた体をマダムに見せつけ、地面にはデリヘルの下品なチラシが散乱している。
楽しむこと、快楽をどこまでも追求し続けるとこうなる、という形がここにある。
こんな最強の欲望の街で、俺のちっぽけな音楽がどれほど人を引きつけられる?
右を向けば目を見張るようなアクロバットショー。
左を向けば絶世の美女が体をくねらせている。
誰も俺の歌に見向きもしないんじゃないか。
でもビビったら負けだ。
諦めたら負けだ。
挑む前から逃げたりしないぞ。
それに昨日、雨に阻まれたもののなかなかの金額をはじき出したのも事実。
勝機はある。
物凄い人通りでごった返す雰囲気のいい小道でギターを鳴らした。
それから3時間。
場所を変えながらひたすら歌った。
巨大な看板が七色に色を変えながらちっぽけな俺を見下ろしている。
地面をはいずる小虫みたいな俺。
でも俺にだって五分の魂があるぞ。
歌い疲れてギターを置く。
そして脅威的なあがりを叩き出した。
8ドル。
うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!
小虫すぎるううううううううううううう!!!!!!!!!!!!
もう、かすかな自信さえ粉々………
ダメすぎる…………
ガックリと肩を落としてトボトボ歩く。
時間が深夜の1時を過ぎてから、街の活気はさらに異様なまでに盛り上がりを見せている。
散乱するゴミ、嬌声、下腹を叩くようなクラブの爆音。
タガが外れたような狂った街の中を、弾かれながら歩いた。
バス停に着いて凹んでいると、しばらくしてカッピーたちもやってきた。
「どうだった?」
「全然ダメ。50ドルってとこ。」
昨日の奇跡に比べたらあまりにも寂しい金額。
ラスベガスのバスキングはギャンブルと一緒だな。
大きく勝つか、全然ダメか。
3人で笑いも少なく空港行きのバスに乗り込んだ。
しかし、乗り換えの場所でバスを降りたものの、すでに時間が3時を回っており、空港行きのバスが終わっていた。
へたへたと地面に座り込む3人。
夜のネオンはいまだチカチカと景気良く瞬いているというのに、行き場のない俺たちは地面にへたり込むことしか出来ない。
始発のバスは4時半。
あと1時間半か………
ふと顔を上げると、目の前にはカジノのネオン。
フラフラと立ち上がってみんなで中に入った。
カジノはいい。
24時間やってるし、Wi-Fiあるし、中でタバコ吸えるし。
1ドル札を機械に挿入してしまいそうになる誘惑にさえ勝てればとても居心地のいい空間。
「ああ………疲れたなぁ。」
「そうだね………早く寝たいね………」
「うん……あー、疲れたなぁ………」
そう言いながら、ポケットから1ドルを取り出すユージン君。
「ちょちょちょ、1ドル入れるの?」
「はっ!!て、手が勝手に!!ベガス怖えええ………」
なんとか始発まで時間を潰して、バスに乗って空港に到着。
2階の端っこに人の来ないスペースを発見。
ターミナルに入ってから寝床を作って横になるまでの時間3分。
もう空港泊マスターだ。
そしてラスベガスの空港は寝るのに最適だ。
すでに朝の5時。
昼くらいまで寝てやる!!
ラスベガス、チクショウ!!
明日は見てろ!!
おやすみ!!