8月10日 土曜日
【アメリカ】 メンフィス
★快適すぎる空港で目を覚まし、悩んだ末、週末の人出を見込んで、市バスに乗ってメンフィスのダウンタウンへ向かう。
★高層ビルが林立するナッシュビルに比べて、町が小さく、南部の田舎といったメンフィス。
路面電車なんかが走っており、今までのアメリカの町の中でも落ち着いた独特の雰囲気が漂っている。
★そこらへんの黒人にブルースの通りはどこですか?と聞くと、それはビールストリートだよと教えてもらう。
★歩いていくと、突如そこだけ60年代で時代が止まったようなレトロで映画の中のセットそのままの通りが現れる。
★わずか200mほどの通りに無数のライブハウスがひしめいている。流れている音楽はもちろん、ブルース。
★この田舎町出身のBBキングのクラブもある。
★もちろんエルビスのライブ専門のクラブもある。今夜出演するバンドはエルビストリビュートバンドなのにバンド名がパープルヘイズという謎。
★そんなレトロで伝統的なブルースの町並みなので観光客がわんさかいるので、人通りとしては路上をやるに申し分なし。
★しかしすべてのお店からブルースがガンガン流れているので、とてもじゃないけどやかましくて歌える状態じゃない。
★それでも根性出すしかないので、そんなやかましい通りのど真ん中でギターをガツンと鳴らして声を張り上げる。
★ドラムとかエレキのドコドコギュインギュイン!!にかき消されながらも、ありったけの声で歌うとそれなりにお金は入っていく。30分も経たないうちに15ドルが足元に。
★黒人のおじさんが話しかけてきて、俺のブルース聞くかい?と、いきなりお店から流れている3コードに合わせて即興で歌い始める。
★汗をぼたぼた流して、顔を歪めて、魂から絞り出すような太い声で歌うブルースに、足の先から頭のてっぺんまで痺れた。これこそブルース。弱い民衆の音楽。
★今度は白人の酔っ払い観光客のおじさんが歩いてきて、手に持っていたビールがなみなみ注がれたコップを予想通りギターケースにぶちまけてビールの水たまりができる。
★ご、ごめん……と言いながら白人のおっさんは25ドルくらいをくれて去って行った。
★カッピーたちにバトンタッチして町の散策をする。
★無数のライブハウスが軒を連ねるビールストリートの中に、何かの資料館みたいなのがあったので入ってみる。
★そこにはこのメンフィス、そしてビールストリートを舞台に繰り広げられてきた黒人解放運動と灼熱のブルースの歴史が写真で展示されてあった。
★イギリスやフランスなどの開拓者たちがアフリカから黒人奴隷を北アメリカに連れて行き、プランテーションで強制的な労働を行わせる。
理不尽な連行ではあるが、彼らは奴隷であって、あくまで身分は白人たちよりはるかに低かった。
★その後アメリカは独立し、黒人解放の法律も制定されるが、差別は公然と行われ続ける。
★当時、トイレや学校など、生活の様々な場所で白人と黒人は分離をされていたが、バスの中でも白人席と黒人席があったそう。
1955年のある日、1人の黒人女性が白人用の席に座り、立ちなさいと言われても彼女は断固としてNOと言った。
当時としては黒人が白人に歯向かうなど考えられない行動。それを1人の勇気ある黒人女性が示し、これにより公民権運動が白熱。
★50~60年代に様々な暴動、弾圧が南部各地で発生し、このメンフィスも黒人の貧困層が多かったために町は幾度も破壊されたそう。
このビールストリートにしてもそうで、窓ガラスの割れたお店の写真や白人警官が街角に並ぶ写真があった。
★奴隷風情が権利?と白人至上主義者たちはどこまでも黒人を差別し続け、KKKなどの過激組織は黒人をリンチし、家やお店に放火をしたりと対立は深まる。黒人の子供が顔の形がわからんなるくらいグチャグチャに殴られてる写真を見ると怒りしか湧いてこなかった。
★そんな激動の時代の中で、熱いブルースは演じられ続けた。このビールストリートは黒人解放運動の聖地であり、ブルースの聖地として数々の名演が繰り広げられたそう。ブルースは悲しみであり、笑い飛ばそうという彼らの慰めであり、屈服しないぞという反骨の証だ。
★資料館を出てカッピーたちのとこに戻ると、ちょうど楽器をしまうところだった。夜になり、ライブハウスの音量はさらに膨れ上がり、もはや路上演奏などとてもじゃないけど無理。
★ギターケースがまだビールでびしょ濡れなので仕方なくギターを抱えた状態で歩く。どんだけブルースマンなんだ?って状態。
★空港で寝ることにしたが、ダウンタウンから空港までのバスはもう終わっており、空港から結構離れたところまでしか行けない。仕方ないがそのバスに乗り込む。
★バスの中で黒人の兄ちゃんがビートボックスでリズムを刻み出したので黒人だらけのバスの中でセッションライブ。
★バスは空港から歩いて1時間の寂しげな場所に止まり、うだるような熱帯夜に汗ダラダラかきながら根性で歩く。
★すでに黒人地域で街灯もろくにない場所なのでかなり怖い。
★高速の陸橋の上でライブ。
★マクドナルドのドライブスルーでライブ。
★コインランドリーの前にたむろしている黒人たちに絡まれる。あ、やべえかも。
★そしたらお姉ちゃんが車で空港まで送ってくれた。ありがとう!!
★空港に着き、お姉ちゃんを見送って、眠れそうなスペースを探し、さぁ寝ようかな。
★次の瞬間、チンチンが1mmになる。
★さっきのお姉ちゃんの車の中にギターを忘れて来たことに気づく。
★髪の毛が白髪になる。
★さすがのお気楽カッピーたちも絶望した顔してる。
★とりあえず猛ダッシュ。
★ひと気のない夜中の空港を駆け抜けるアジア人。
★心臓張り裂けそうになりながらも猛ダッシュ。完全にメロスを超える。
★黒人たちのボロボロの長屋エリアみたいなとこを駆け抜ける。さっきのお姉ちゃんもお金を持ってるようには見えなかった。誰かに売り払うかもしれない。
★彼女がすでにコインランドリーで乾燥を終えて帰ってしまっていたらもうギターは完全に消息がつかなくなる。
★モロッコの悪夢がよみがえる。多分大丈夫。あの人はいい人だった。だから大丈夫。そう信じたけどiPhoneは返ってこなかった。悪夢が頭を支配する。
★全力疾走で3kmを走り抜け、コインランドリーに戻ってきた。お姉ちゃんはそこにいた。
★今空港まで送っていったところなのに、汗ダクで鬼のような顔をして走って戻ってきた俺を見てたじろいでる黒人たち。
★ギターはあった。
★安堵でオシッコもらしそうになり、ガクガクとアスファルトにへたりこんだ。体力の限界を超えて走りすぎたせいで、足の筋肉がきしみ、力が入らなくなっていた。
★そんな状態でコインランドリーでライブ。
★お姉ちゃんにまた空港まで送っていってもらった。
★ありがとうと言うと、お姉ちゃんはノープロブレム、と素っ気なく言った。それが気取ってなくてとてもかっこ良かった。
★黒人は差別と戦い続けた。理不尽な弾圧に耐え続けた。そして勝ち取った人間としての尊厳。
差別を打ち消すために必要なのは死をも恐れぬ意思と、人間としての誠実さだ。
サザンホスピタリティとは差別と戦い続けた、たゆみない誠実さの結晶なんだ。
色んなことを考えさせられたとあるメンフィスの1日。