7月27日 土曜日
【アメリカ】 ダーハム ~ シャーロット
ようやく土曜日。
静まり返った室内に太陽の光が差し込む。
ソファーから体を起こして隣の部屋に行くと、みんな爆睡していた。
ヨシキさん、お仕事お疲れ様。
カッピー、早く体調良くなってね。
ユージン君、テンガはほどほどにね。
今日でこのヨシキさんの家を出発する。
夜から次の街へ移動だ。
でもその前に俺はスーザンとランチデートだ。
みんなを起こさないようにギターを持って部屋を出た。
いつものスーパーマーケットの前で待っているとスーザンが車で乗りつけてきた。
「ハーイ!フミ!とてもいい日ね!!」
今日もニコニコと上機嫌なスーザン。
彼女の車に乗り込み、ドライブへ。
「あははは!!フミはとってもフレキシブルね!!自然体でいられるからとてもリラックスできるわ。」
よく笑うスーザン。
俺も一緒にいて楽しい。
外国人だからって英語の壁をまったく感じないほど自然に会話して、わかりあえる。
ダーハムのささやかなダウンタウンを抜けると、すぐに深い森が広がり、木々のトンネルの中をどこまでも一本道がのびている。
道路脇になにかポツポツと並んで立っているのはポストだった。
これこれ、アメリカの田舎の風景だ。
スタンドバイミーで悪ガキたちが車に箱乗りしてバットでぶっ壊して回るあのポスト。
家が奥まったところにあるのでポストが道路まで出てきてるんだ。
そんな森の中をしらばく走っていると、スーザンがハンドルを切った。
林道みたいなところを入っていき、どんどん奥に進んで行く。
え?な、なに?
こんなひと気のないところに連れてきて、襲う気なのか?
しばらくすると、森の中に一軒の家が現れた。
車を止めると、家の中からワイルドなおじさんが出てきた。
「ハーイ!!アレックス!!」
「スーザン、元気かい?よく来たね。さぁ入って。」
どうやら仲のいい友人みたい。
家の中に入ると、そのインテリアにめちゃくちゃ興奮してしまった。
広々としたリビングに無数の太鼓や笛などの民族楽器が置かれ、可愛らしい小物がセンス良く配置されている。
台所の棚に整然と並ぶビンの調味料はまるでよく出来たアート作品みたい。
映画に出てくる田舎の風景。
「食事の準備はできているよ。コーヒーがいいかい?ジュース?それともビールか?」
これまたオシャレなお皿にたくさん盛られたサラダと豆の和え物。
茹でたエビ、蒸し魚。
彼の手作りのオイルとドレッシング。
控えめな塩分に野菜の瑞々しい味わいが口に広がる。
世界中を旅してきたというこのアレックス。
南米やヨーロッパを長年に渡って回ってきたそう。
60歳前には見えないほどたくましく体と日焼けした肌。
ニコリと笑うと目尻に渋いシワが寄る。
その笑顔が彼のたくさんの人生経験を雄弁に物語っている。
彼はトランペット吹きであり、太鼓のドラマーでもある。
旅の中で様々な音楽を学び、辺鄙な村に訪れては現地の人と交流し、長い流浪の果てに今彼はここに流れ着いた。
静かな森の中でこれまでの人生で手に入れた物に囲まれてひっそりと暮らしている。
その落ち着いた佇まいと、柔らかい口調。
余計な物がない家の中、彼の熟成させた孤独が優しく漂っていた。
心地よさを自覚した時、ふとなんだか俺もこうなるのかなと思った。
食事を終え、林を散歩し、3人でたくさん色んな話をした。
人生のこと、恋人のこと、旅のこと。
心地よい時間がゆっくりと流れる。
そして薪割りなんかもやらせてもらった。
パカーン!と気持ちよく断ち割るアレックス。
俺下手くそ!!
スーザンのリクエストで、アレックスとセッションをした。
俺の歌とギター、アレックスの華麗なハーモニカが家に響いた。
日本からやってきた1人の歌うたい。
アメリカの片田舎の森の中でひっそりと暮らすかつての旅人。
別々の場所で生き、別々の道を歩み、笑い、泣いて、数えきれない岐路の果てに今、2人が音を重ねている。
とても不思議なことだと思った。
旅って、人生ってなんて面白いんだろう。
アレックスにハープの吹き方を教えてもらった。
難しい。
ベンドがこんなにも表情豊かな使い方ができるものだと初めて知った。
俺が吹いているのは簡単なフォークのスタイル。
でもアレックスはソロハープからブルース、ブルーグラスまで完璧に吹きこなすハーピストだ。
ずっと練習します。
ありがとう、アレックス。
「フミ、なにか歌って。もっとあなたの声を聴きたいわ。あなたの声はとても優しいわ。」
ドライブしながら車の中で一緒に歌った。
アメリカの有名な曲。
もちろん全部知ってるスーザン。
日本にいるころからアメリカの歌を歌っていてよかった。
こんな海の向こうの国で、違う言葉を喋る人と一緒に同じ歌を歌える。
音楽ってすごいよな。
「あ!!いいわね!!その歌大好きよ!!じゃあこれはどう?私の高校時代に流行った曲!!ウィリーネルソンもいいわね!!」
音痴なスーザン。
それがとても可愛かった。
ヨシキさんの家の前に着いた。
これでもうスーザンともお別れ。
ほんの少しの時間だったけど、こんなに通じ合える人と出会えてよかった。
でもだからこそ別れは辛いもの。
ハグをした。
ただのハグとはちょっと違ったな。
抱き合ってるスーザンの身体から友達以上の感情を持ってくれていたと伝わった。
俺も少し甘酸っぱい気持ちが胸に広がってしまい、離れがたくなるのを抑えてハグを終えた。
車に乗り込むスーザン。
寂しげな笑顔を残して彼女は帰っていった。
恋の芽はいつ芽生えるかわからないもんだ。
バイバイ、スーザン。
「お!!おかえり!!エッチしたかい!?」
部屋に入ると、真っ昼間から酒飲んでグータラしてるカッピーたちがニコニコして聞いてきた。
はいはい、残念ながら何もないよ。
俺が出かけてる間に部屋の片付けをしててくれたカッピーたち。
この数日で随分散らかしてしまってたからな。
部屋の中にはもう1人日本人のかたがいた。
ヨシキさんのお友達で、今日、日本から到着したところだそう。
今夜ダーハムを出発して向かうのは、内陸部に2時間ほど走ったところにあるシャーロットという町。
ノースカロライナで1番大きな金融の都市だそう。
ちょうどヨシキさんがお友達と一緒にシャーロットに行く予定だったので、それに便乗させてもらうことになったのだ。
俺も荷物をまとめる。
さー、どんどん次の町に進むぞー。
というところで気がついた。
財布をスーザンの車に忘れてきた。
もうホント、物を忘れる天才だな俺。
いやいや、シャレになってねぇ。
せっかく稼いでるドルが全部あの中に入ってる。
急いでスーザンに連絡すると、すぐに持ってきてくれるという。
スーザン、ごめんね………
待ち合わせ場所をいつものショッピングモールにして、みんなで晩ご飯に出かけた。
土曜日のフードコートは人でごった返していた。
こんなに郊外に人が集まってるんだもんな。
そりゃ町中のレストランは苦労するわな。
「フミ!!まったくもう!!はい財布!!でもまた会えて嬉しいわ。」
ニコニコしながらスーザンが財布を持ってきてくれた。
みんなと別れて、スーザンを車まで送って行った。
淡い外灯の下を歩いているとスーザンが腕を組んできた。
やばい、ドキドキしてしまう。
「また会えて嬉しいわ、フミ。」
「さっき言っただろ?またすぐに会えるよって。」
ほんのつかの間の、陽炎みたいな時間。
その中で感じた懐かしい、小さな感情。
恋の出会いってどこに転がってるかわからないもんだ。
おそらく、もう会えないだろうな。
車に着いた。
外灯の下でもう一度ハグ。
さっきよりも強く抱きついてくるスーザン。
一瞬、キスしてしまいそうになった。
したい。
唇の柔らかさなんて遠い昔の記憶だ。
女の体のしなやかさに頭が痺れる。
いかんいかん、なにをのぼせてんだ。
ぱっと後ろに一歩下がった。
「じゃあ、フミ、また連絡するね。」
「うん、俺もメールするから。」
車を見送った。
まだ頭は痺れてる。
ああー、キスしたかったなぁ。
まだあと1年キスできないのか………
それは日本で待ってくれてる彼女も一緒か。
早く帰らなきゃな。
ヨシキさんの車に戻ると、みんながニヤニヤして待っていた。
「エッチどうだったー?」
「だからなんにもしてないって。」
「しょうがないなぁ。じゃあ俺のテンガ貸してあげるから元気だして。」
ほんとどうしようもねー奴らだな。
でもこのメンバーと旅が出来て最高に嬉しいよ。
ありがとな、みんな。
さぁ、次の町だ。