6月20日 木曜日
【カナダ】 ハミルトン
「フミ、グッドモーニング。ちょっとこれを見てくれよ。このライブが最高なんだ。あ、これはちょっと質が良くないね。こっちのほうがいいかな。あ、こっちもいいな………」
朝イチからマシンガントークのトーマス。
風邪は昨日よりは良くなってるみたいだ。
これなら歌えるぞ。
「フミ、今夜も泊まっていいよ。でも明日は子供たちが来るから申し訳ないけど泊められないんだ。」
明日は別居している子供の誕生日で、2人の息子とパーティーをするそう。
2日も泊めてくれるだけで充分有難いよ、トーマス。
そろそろ今日から、ジョニ・ミッチェルのサークルゲームを歌いたいなと、リビングでコードを拾っていると、いきなりトーマスが爆音で音楽を流しはじめた。
く、か、勘弁してくれよ………
コード拾いしてるの見ればわかるだろ………
「ヘイ、フミ、これ聴いてくれよ。カッコいいだろ。僕のお気に入りのバンドなんだ。」
「う、うん、そうだね。いいと思うよ。」
爆音の中でギターに耳を近づけてコードを出していると、どんどんいろんな曲を流してくる。
「ヘイ、フミ、これはどうだい?フミも好きだと思うよ。これは僕が10年前にレコーディングしたものなんだ。」
「う、うん、いいんじゃないかな。でもちょっと今コードを探してるからもう少し音量を落とし………」
「リッスン!!ここのソロがお気に入りなんだ!!」
人のやってることをまったく気にしないのも、もうここまでくると笑えてしまって、彼のオススメを聴き続けた。
荷物を置かせてもらってギターだけ持って街に出た。
今日も昨日と同じジャクソンスクエアの前でギターを鳴らした。
ボチボチの入り。
今日はせっかく作った世界一周中の看板をトーマスの家に忘れてきた。
今までもこれでやってきたんだから問題ナシ、なんだけど、やっぱり看板があると違うなと実感する。
歌ってるとトーマスがやってきた。
「調子はどうだい?お、なかなか稼いでるね。」
トーマスは仕事をしていない。
従ってお金がない。
服も着古したものだ。
トーマスと話しているところに、アジア人の女の人が話しかけてきた。
「金丸さんですか?」
「あ、はいそうですが………」
「あー!!やっぱり金丸さんだー!!ブログ読んでます!!トロントにいたからそろそろハミルトンじゃないかと思っとったけんー。これ差し入れです。」
きゅ、九州弁じゃねえか。
懐かしい!
熊本からカナダに遊びに来ている彼女。
旅好きで、これまでも世界中を一人旅してきたそう。
まさか、こんななんにもない地方都市で日本人と会えるなんてな。
差し入れはドーナツ、飲み物、飴など、嬉しいものばかり。
少しお話して彼女は宿に帰って行った。
なんか慌ててしまってお名前を聞くのも忘れてしまった。
失礼なことしちゃったな。
火の国の女は熱かね。
ありがとうございました(^-^)/
「フミはあれなのかい?日本で有名人なのかい?」
そのやり取りを見てたトーマスが聞いてくる。
ブログをやってて、読んでくれてる人が多いだけで有名人なんかじゃないよと言う。
「ま、まぁ、フミが有名人だろうが、スターだろうが、僕たちには関係ないよね。1人の人間同士の付き合いだもんね。」
とは言うものの、子供っぽいトーマス。
俺が日本で有名人なんじゃないかと思ってウキウキしている。
その後も疲れてヘトヘトになるまで歌い続けるが、お金は伸び悩み、40カナダドルでフィニッシュ。
うーん………まずいなぁ。
晩ご飯の材料を調達しに、トーマスと大きなスーパーマーケットへ。
安いインスタントラーメンと卵、それとパンがあれば何食かはしのげるだろう。
「トーマスはなにか買わないの?」
「ああ、僕はお金ないから大丈夫だよ。」
もう、そんなこと言うなよな。
何か買ってやりたいところだけど、俺も節約しないといけない身。
マーガリンだけ余分に買った。
これを2人で食べればいいだろう。
「家の冷蔵庫に食材はあるんだけどさ、あれは明日の息子の誕生日のためのディナー用なんだ。だから使えないんだよ。ごめんね、フミ。」
「そんなこと気にしたらいけないよ。明日、子供たちに美味しい晩ご飯作ってあげなよ。」
家に戻って、エアコンのない蒸し風呂みたいな部屋の中で、卵を焼き、パンにマーガリンを塗って2人でかじった。
扇風機が回る部屋に、西日が窓から差し込む。
トーマス、きっと複雑な事情があるんだろうね。
子供は奥さんの方に取られているんだろう。
そりゃあ仕事してなくてその日暮らしも厳しい生活をしてたら無理もない。
金がなくてプレゼントを買ってやれないんだと悔しそうに言うトーマス。
彼のポケットにはあと2カナダドルくらいしか入っていない。
親父として、息子たちのことは心から愛しているはず。
だからこそ、悔しくてたまらんだろうな。
それでもさ、明日は子供たちと仲良く誕生日のパーティーが出来るといいね。
「フミ!!これ、これ最高の映画なんだぜ!!これがシリーズの最初で、これが2部で、これが3部!!最後のが1番素晴らしいんだ!!知ってるかい!?もとはアメリカのコミックが原作になっててうんたらかんたら………」
トーマスが激推ししてくるバットマンのダークナイトライズを観る。
のだけど、ゆうべと同じで、横でずっと解説と自分の思い入れを俺の顔の目の前に顔を突き出してきて話続けてくる。
うがああああああああ!!!!
うぜえ!!
「トーマス、今映画に集中してるから話しかけないでくれるかい?」
「あ、そうだよね。ごめん。映画を楽しんで。」
30秒黙ったと思ったら、棚から他のDVDをたくさん持ってきて、ホラ、これ知ってるかい?これ見たことないのかい?これはどうだい?と、顔の前に差し出してくる。
なんにも分かってねぇ(´Д` )
「わかった、トーマス、きっといい映画だろうね。でも今はバットマンを観てるんだ。集中させてくれないか?」
「あ、ごめんね、映画を楽しんで。」
その後もそんなやりとりを数回繰り返して、イライラが噴火しそうになりながらも観続ける。
さすがはバットマンシリーズ。
エキサイティングで見応えがある。
クライマックスに近づくに従って、横のトーマスがどんどん落ち着きがなくなっていく。
バットマンが戦うシーンになると、カッコいいだろ!?と目をキラキラさせてこっちを見てくるけど無視。
集中。
映画は集中して観るもの。
が、トーマスのソワソワは勢いを増すばかり。
そしてついにトーマスの我慢が弾け飛んだ。
「ぅぅぅうあああああ!!!ホラ!!実は彼女が黒幕なんだよ!!彼女が塔から抜け出した子供なんだ!!」
お前てめえコラアアァァァァァァァァ!!!!!!
それ言ったら台無しだろうがああああああああああああ!!!!!!!!
「実はブルースは生きているんだよ!!ホラ!!どうだい!?そして彼が次のバットマンになるのさ!!最高にクールだろぅ!?」
というわけで話題のハリウッド大作が一切楽しめずに終了。
トーマス、明日のパーティーが不安でならねぇよ………