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ホームレスシェルターにて

5月31日 金曜日
【カナダ】 トロント








「ヘイガーイズ!!もうすぐ7時だよー!!7時だよー!!」



ベッドの上で目を覚ました。


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ここどこだ?



そうか、ここはホームレスのシェルターだ。


スタッフの兄さんがわざわざみんなを起こして回っている。


ノソノソと起きる人、寝続ける人、キビキビと身支度を整える人。

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周りを見渡すと、やはりものすごい数のベッドが奥の方まで並んでいる。


みんな服を着替えたり、歯磨きをしたりしている。



驚いたことに、身支度を整える人の中にはビシッとスーツを決めて、今から仕事に出かけるというビジネスマンの姿まであった。








ゆうべ深夜に転がり込んだのであまり眠れていないが、眠い目をこすって俺もロビーに降りた。




そしてロビーでこのカードを渡された。

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下に切り取り線で3枚のチケットがついている。


朝、昼、夜のご飯のチケットだ。


そのチケットを持って食堂へ。





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テーブルが並ぶ食堂スペースには、すでにたくさんの人たちが朝ご飯を食べているところだった。


俺もトレーを持ってカウンターに行く。



「グッドモーニング。」


爽やかな笑顔の兄さんがミルクとパンを渡してくれる。


横にはセルフのマーガリンやピーナッツバターが置いてあり、それをトーストに塗った。




目覚ましテレビ的な朝のポップな情報番組がテレビに映っている。

お気楽な感じの兄さんが、おどけながら何かをレポートしている。

それを見ながらトーストをかじる。

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ご飯を食べ終わると、昨日の世話焼きなおじさんが話しかけてきた。


「おはよう、よく眠れたかい?」


そう言いながら、またタバコを差し出してくれた。


食堂の外の喫煙スペースで、コーヒーを飲みながらタバコをふかす。


屋根の隙間から日差しが差し込み、みんな笑顔で挨拶を交わす。

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なんて穏やかな朝なんだろう。











色んな人が話しかけて来る。


身綺麗にしている紳士なおじさん、見るからにホームレスのおじさん、ずっと手が震えている人、ずっと独り言を言ってる人、いきなり大声を出す人、


身体中、刺青だらけの元ドラマーのスティーブは足が悪いようで杖をついている。


「ヘイ、ギターマン。イギーポップはやらないのかい?ノーファンが俺は好きなんだ。」




ノーファンて(´Д` )

ちょっと洒落がきついよ(´Д` )





黒人のラッパーの兄ちゃんもいるし、アジア系の中年男性はずっとパソコンをいじっている。



みんな綺麗な格好をしている。

シャワーもあるし、洗濯もできるから。






ここはホームレスのシェルター。
保護施設であり、更生施設でもあるんだろう。

仕事をしてる人もいるし、学生もいる。

そしてそんな人たちのためのお弁当まで作ってくれる。




様々な理由で行き場を失った人たちが、ここで人間としての最低限の暮らしを手に入れ、穏やかに毎日を生きている。

仕事を手にし、ここを出て社会に復帰する人もいるだろう。


何年も暮らしている人もたくさんいる。


ここは彼らの家で、全員が家族なんだ。
なのでみな、とても優しくしてくれる。

色んなことを率先して教えてくれる。










果たして俺はここにいていいのか。

俺は旅人であり、この街に居つくつもりはないし、この街で安定を手に入れるつもりもない。


金ができれば次の街に進むのみ。


そんな人間が、本当に保護が必要な人たちに混じっていいものか。


「いいんだよ。旅をしてるんだろ?余計な金を使うことはない。ここには色んな奴らがいる。問題のあるイカれた奴らばかりさ。ホラ、あいつなんて1日中ここの床を掃除してるんだ。ヘイ!!クソ野郎!!埃がたつからやめろって言ってるだろ!!ふん、あいつはマジでイカれてるのさ。」






タバコが欲しいと言ったら、マーチンに相談しろと言われた。


マーチンって誰だ?


何人かに聞いたら、食堂の端っこに座ってるオッさんを指差した。

そのオッさんにタバコはどこで買えますか?と聞いた。


「なにが欲しいんだ?」


「安いやつが欲しいです。」



するとポケットからこっそりタバコを取り出したマーチン。


3カナダドルを渡す。


「欲しくなったらいつでも言ってくれ。」


彼がこの施設のタバコ屋ってわけか。
刑務所の中のワンシーンみたいだ。

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穏やかな昼前の時間。

みんなコーヒーを飲みながら新聞を読んだりトランプをしたりしている。

テレビでは主婦向けのメイクやファッションの番組をやっている。








彼らがここで手にしているもの。

人間が生きていく上でとても大切なもの。


それは尊厳。


清潔を保ち、ひもじい思いをせず、人とコミュニケーションをとり、柔らかいベッドで眠る。


生きる上で欠かせないもので、それによって人間としての誇りを保つことができる。





ホームレスは弱い人間。

失ったのではなく、所有する責任から逃れ、堕落の果てに行きついた場所。

昔はそう思っていた。

今も思っているかもしれない。





でもそんな人たちが、こうして保護を受けることで尊厳を手に入れ、人間としての穏やかな日々を送っている。




色んな人間がいる。


強い人も弱い人も。


日本を回ってる時から様々な社会不適合者と接してきた。


それは生まれ持ったもので、全員に強さを求めるのは無理だと思えるように、旅の中で学んできた。


だとしたらそんな生産性のない人間は社会に貢献しないから切り捨てるのか。

放っておくのか。




人間は生きている。

命の尊さは計り知れない。

凶悪犯罪者でない限り、すべての命に尊厳は確保されるべきだと思う。


ここにいる人たちの何気ない会話や、コーヒーを飲みながら新聞を読む穏やかな姿に、ホームレスの保護施設がとてつもなく素晴らしいものだと思える。



ここに来なかったら、深く考えることもなかっただろうな。

素晴らしい経験をさせてもらってる。



「オォォイ!!掃除をやめろって言ってるだろ!!このイカれ野郎!!」


スティーブが杖でレレレおじさんを突つく。

みんな知らん顔。


これもまた、ここの日常風景なんだろうな。











唯一ホステルに劣っているところは、Wi-Fiがないこと。

でもみんなすぐ近くにあるコーヒーショップに鍵なしWi-Fiを拾いに行っている。

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俺もそこで少しネットをして、シェルターに戻ってお昼ご飯。

美味すぎる。

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これが無料だなんて信じられんよ。

外で食べれば10カナダドルはする。



あ、ちなみにさっき調べたら1カナダドルのレートは100円と考えて下さい。














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ご飯を食べてから、昨日と同じ場所に路上へ。

スクエアではアクロバットやギター弾き語りなんかのパフォーマーの姿。

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ものすごくたくさんの人が行き交っている。





俺もそこに混じってギターを鳴らす。





しかし生音じゃきついなぁ。

車の音、クラクション、サイレン、

歌がかき消されてしまう。


ヨーロッパならショッピングストリートに車が走ってないから、すごく路上がしやすかった。


ここからアメリカ大陸はずっとこんな感じでやってかないといけないのかなぁ。





ゆうべあまり寝てないせいで、体が疲れており、声が全然出ない。


やっていればちょこちょこお金は入るんだけど、歌っててあまりにも不甲斐ない声しか出ないので早めに切り上げた。

2時間やって15カナダドル。





山頭火があったよ!!食べんけど!!

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シェルターに戻る。

クーラーの効いた快適な建物内。

みんなノンビリとくつろいでいる。



晩ご飯の時間が少し早くて、4時半から5時半の間だ。

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晩ご飯もめちゃ美味い。


18時になると、ベッドルームが開く。

みんなノソノソとエレベーターに乗ってベッドに向かう。


俺も昨日と同じベッドに荷物を置いた。

シーツが綺麗にメイキングされ直されている。


消灯時間は22時なんだけど、今日は週末なので23時と気がきいている。


消灯時間にスタッフがチェックに回ってきて、その時に人がいない空いているベッドはシーツがはがされてしまうというわけだ。






















時間があるので荷物を置いて少しだけ外に出かけた。



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金曜日の夜のメインスクエアは、人でごった返していた。

真ん中の広場では何かのイベントをやっており、ステージでイマドキのバンドがロックをかき鳴らしている。

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その周りでは若者たちがなぜか絵の具をぶちまけ合って大騒ぎしており、身体中、ものすごい絵の具まみれになったやつらがビールを飲みながら踊り狂っている。

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ケツが半分見えてるようなギャル、上半身裸のマッチョマン、どいつもこいつもタトゥーだらけ。


そこらのお上品なお婆さんやお爺さんもタトゥーだらけ。


警備の警察官もタトゥーだらけ。

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この自由な空気。

軽薄なノリ、なんでもありのエンターテイメント。


胸焼けおこしそうだ。






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その周りでは、ライブの大音量にかき消されているというのに、ドラムの路上パフォーマーが一生懸命スティックを振っており、向こう側ではクリスチャンのグループが必死にマイクでジーザスの素晴らしさを訴えている。

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なんだよこれ。


あまりにもアクションが多すぎる。


あまりの想像しさに浮つきしか感じられない。



これがカナダ。

これが北アメリカ。


誰も彼も、必死に人生を楽しもうとしている。


周りに置いていかれないように。

自分は人生を楽しんでいると、自分に言い聞かせているかのように。


ヨーロッパの人々のような、穏やかな充実ではなく、中身のないカラッポさにしか見えない。




つまらなくて喧騒に背を向けた。

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シェルターに戻ると、みんな部屋の中でくつろいでいた。


外では金曜の夜の馬鹿騒ぎが繰り広げられているというのに、ここにはそんなものはひとつもなかった。



生きる上での最低限のものがここにはすべて揃っている。


尊厳を与えられる者、尊厳を見失う者、尊厳にツバを吐く者。




ここはカッコーの巣の上か。
聖者の住む街か。



コーヒーを飲んでベッドに入った。

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