5月28日 火曜日
【スイス】 バーゼル ~ チューリッヒ
「ヘイ…………ヘイ………フミ………フミ!!」
目を覚ました。
部屋のドアを見ると、割れた窓の向こうにジョシュの顔があった。
「フミ、もうすぐ10時だよ。そろそろ起きなくていいかい?」
ビックリした。
日中にほぼ寝ているというあのバンパイア、ジョシュが、こんな時間に起きている。
もちろん、部屋の中だというのにサングラスをかけている。
さすがはバンパイア。
荷物をまとめてジョシュの部屋に行くとコップを用意していた。
「何か飲むかい?」
「ジョシュ、いいのかい?こんな時間に起きてて。」
「問題ないさ。」
お湯を沸かしながらジョシュは続ける。
「僕はこの前のことを後悔しているんだ。君をぞんざいに扱った。君から相手をリスペクトするということを教わったんだ。感謝しているよ。」
そう言ってくれるのは嬉しいが、アウトローとして完成しているジョシュを変えてしまったことにほんの少し複雑な気持ちになった。
荷物をまとめて外へ出た。
「ジョシュ、ありがとう。君は優しい男だ。君に会えてよかったよ。」
「フミ、いつでもここに戻ってきていいからね。僕がイスラエルに帰ったら、イスラエルにも遊びに来てくれ。」
日中に見るバンパイアは色白で、細く、でもとてもいい笑顔をしていた。
固く握手をして別れた。
ジョシュ、ヨーロッパ最後の友達が君で本当によかった。
同じアウトロー同志、我が道を突き進もうな。
乗り馴れたトラムで中央駅へ。
飛行機が出るのは、ここバーゼルにある空港からではなく、少し離れたチューリッヒの空港から。
31フラン、25ユーロのチケットを買い、電車に乗りこんだ。
わずか1時間でチューリッヒに到着。
フライトは明日の朝。
今夜は空港で寝るとして、今日がヨーロッパ最後の路上だ。
気合い入れて歌えよ!!と言わんばかりの汗ばむほどの陽気。
やってやろうじゃないか!!
チューリッヒは都会だ。
首都であるベルンよりもはるかに都会。
おそらくここがスイスで1番大きな都市だろう。
暖かい日差しの中で、人々はカフェに憩い、綺麗な川沿いでノンビリと水面を眺めている。
洗練された、とても美しい街。
近代的なビルが並ぶ新市街を抜けると、細い路地が複雑に入り組む旧市街があった。
チューリッヒは大きな湖に面しており、その湖から流れ込む川沿いに旧市街が形成されている。
ヨーロッパの旧市街もこれが見納めか。
川の両側に大きな教会の尖塔がそそり立ち、そのはるか向こう、おそらくアルプスであろう山並みが見えた。
青空に映える、雄大な雪化粧の山並み。
そうだよ、ここはスイスなんだよな。
あそこに行きたかった。
行きたかった。
今俺にできることは歌うことのみ。
旧市街の中に小さな噴水を見つけ、そこの前でギターを構えた。
あー、本当何回歌ったかなぁ、ヨーロッパ。
雨の日も、風の日も、雪の日も、氷点下の日も、とことん歌ったなぁ。
俺は少しは成長したかなぁ。
少しは心に響く歌が歌えるようになったかなぁ。
そうなったと思いたい。
なってなきゃ馬鹿野郎だよな。
ヨーロッパ最後のあがりは106フラン。
7ユーロ。
あわやグループのみなさん!!
差し入れありがとうございました!!!
この調子で夜も歌おうと思っていたら、さっきまでの快晴が嘘のような雨雲がやってきて、突然ものすごい勢いの雨が降り出した。
雷が轟き、あの大きな教会の尖塔が雲に隠れてしまった。
軒下で雨をしのぐ。
なんとかもう一度歌いたい。
ヨーロッパ最後の歌。
あの歌を歌おうと思っていた。
あの歌しかない。
土砂降りの中、なんとか歌おうと軒下でギターを構えた。
すると、そこにお巡りさん登場。
どうやらチューリッヒでは市街地での路上は禁止されてるとのこと。
やるならば湖のほうまで行かないといけないそう。
日中に歌えただけラッキーだったってことだな。
おとなしく雨の中、走って駅に向かった。
空港までの電車代は6.6フラン。
チケット売り場で小銭を広げると、おじさんが小銭を数えてくれる。
「いち、に、さん、しー………はい、6.6フラン。これチケットね。」
あれ?明らかに3フランくらいしか取ってない。
戸惑っていると、おじさん、俺を見てウィンクした。
おじさん、イカしたプレゼントありがとう。
そして忘れてはいけないのがコインの換金だ。
郵便局に行って、さっき稼いだ小銭をスイスフランの紙幣に換えてもらった。
これで全ての準備は整った。
整った、はず。
整った、よな?
俺またなんか忘れてないかな。
電車は10分で空港に着いた。
巨大な空港内。
色んなショップやスーパーがあり、ここでなんでも揃うな。
このしょうもないお寿司が2000円。
やっぱりスイスは高い。
あまったフランの小銭でビールとタバコを買った。
たくさんのフードコートやレストラン、バーがある中、ベンチに座ってビールで乾杯。
レストランなんか行かなくたって、俺には最高のご飯があるもんね。
あああああああ!!!!!
どっちにしよおおおおおお!!!!
サバ味噌と牛肉大和煮!!!
美味しそうだから最後までとっといたんだよねえええええ!!!!!
迷った結果、サバ味噌。
うめえ。間違いねぇ。
1人でガッツポーズ。
空港の中、たくさんの人が行き交う。
みんなどこかへ行くんだ。
それぞれの人生のために。
俺も行くよ。俺の人生のために。
夜がふけると少しずつ人影がまばらになり、騒がしかった空港内はがらんと静まっている。
トイレに行き、明日のために髪を洗い、顔を洗い、綺麗にヒゲを剃った。
カナダはイギリスほどではないが、やはり入国審査の厳しい国だそう。
ちゃんと入れるかな。
こんなにドキドキするの久しぶりだな。
ああ、ヨーロッパ。
長かったなぁ。
いや、もっともっと居たかった。
こんなんじゃ全然ヨーロッパを見たうちに入らないよ。
どこにでもある教会、どこにでもある旧市街、歴史を秘めた路地裏、道端のキリスト像。
紳士な人々、優しい人々、アウトローも、アートも、サブカルチャーも、
すべてが芳醇にここにあった。
辛かったことも、悲しさも怒りも、ヨーロッパならば全てが受け入れられる。
もはやちょっと住みたいもんな。
楽しすぎたよ、ヨーロッパ。
シェンゲン協定だけは許せねえけど!!
しかしやっぱり悔しいよなぁ。
イタリア、ギリシャ、バルセロナ、モンサンミッシェル、イギリス。
世界一周するならば絶対に外せないと言えるこの国々と名所。
それを飛ばしてしまう。
では世界一周と言えないのか?
何をもって世界一周というのか?
50ヶ国以上行けばいいのか?
1年以上の期間をかければいいのか?
フランスに行ってアメリカに行って日本に帰る。
1週間の2ヶ国だけでも、ぐるっと地球を回れば世界一周だよ。
ようは自分が納得すればそれが世界一周なんだよな。
他人の評価ではなく、自分がどれだけの価値を見出せるか。
旅なんてそんなもんだよな。
だからこそやめられないんだ。
ひと気のなくなった夜中の空港。
誰も乗らないエスカレーターも、動くのをやめている。
ビールを飲みながらギターを取りだした。
ポロポロと音を出す。
誰もいないフロアーにポロポロと音が響く。
電気が消えて構内が暗くなった。
今日、路上でやりたかったヨーロッパ最後に決めていた曲。
観客はいない。
ポロポロと口ずさんだ。
まだまだ続く旅のために。
そして全ての旅人のために。
俺は海に出る
海に出る
故郷を離れ
大洋を渡る
俺は海に出る
荒れ狂う波をこえ
君に近づくために
自由になるために
俺は空を飛ぶ
空を飛ぶんだ
鳥のようにはばたき
俺は空を飛ぶ
高い雲を突き抜け
君に近づくために
自由になるために
明日ついにアトランティッククロッシング。