5月5日 日曜日
【ルクセンブルク】 ルクセンブルク
~ 【ベルギー】 ブリュッセル
「はい、この辺の使っていいから自分で作って。」
ハムとバターが並んだテーブル。
ビシーがフィンランドの黒パンを出してくれた。
朝のキッチンは太陽の光で清潔に照らされている。
8日ぶりのシャワー、布団での快適な睡眠で体の疲れはすっかりとれた。
ビシーは、今までお泊まりしてきた家の人たちみたいに、なんにもしないで座ってて!!っていうゲスト待遇ではなく、ベッドメイクも洗濯も自分でやらせる。
その好きにやらせてくれるところが逆に心地いい。
「よし、ちょっとドライブに行こうか。」
ぐずるラニアを抱っこして家を出た。
ルクセンブルクの街の中を走るビシーのボルボ。
中心部を離れると、畑や草原が広がるのどかな景色の中に真新しいビルが並ぶ新興のオフィス街が現れた。
すべての建物がガラスを大量に使用した近代的なもの。
周りの牧歌的な風景とのギャップがすごい。
「あれも、あれも、あれも、バンクバンクバンク。全部バンクだよ。あそこのは俺の奥さんが働いてるバンクだよ。」
それぞれが、自社の力を誇示するかのような巨大で金のかかってそうなビルディング。
世界の金がここに集まってるんだな。
オフィス団地を抜けると、草原と農地がひろがる何もない田舎になった。
このルクセンブルクは首都であり、唯一の都市であるルクセンブルク以外に街はないそう。
ほんの小さな村がポツポツと点在するのみ。
のんびりと歩いている爺さん婆さんたちは、自分たちの国が世界に誇る経済大国だということを知っているのだろうか。
「ははは、何を言ってるんだい。ここはルクセンブルクだよ。世界中の企業や銀行がここに会社を作りたがっているんだ。農家たちは土地を持っている。少し売るだけでものすごい大金を手に入れるんだ。彼らはみんなフェラーリを持っているんだよ。」
はぁ……すげ。
20分ほど走るとちょっとした町に入ってきた。
美しくきらめく川が流れ、ゆるやかな川面には白鳥が羽を休めている。
そしてなぜか、不思議なことにこの町には異様なほどにガソリンスタンドの数が多い。
こんな何もない田舎町なのにどうしてだろう?
「ほら、この川の向こう岸、あそこはもうドイツなんだよ。この川が国境なんだ。ルクセンブルクは税金がとても安い。つまりガソリンが他の国に比べて安いんだ。だからドイツからみんなガソリンだけ入れにくるのさ。」
その昔、まだシェンゲン協定が結ばれる前、この川はドイツとルクセンブルクの大きな隔たりだった。
裕福な暮らしを求めてたくさんの移民がドイツからこの川を渡ってルクセンブルクに入ろうとし、警察に捕まったり銃で撃たれたりしたそう。
ほんのわずかな、100mもないようなこの川。
対岸で自転車をこぐ人の姿が見える。
小鳥の声や、犬の鳴き声が違う国から聞こえてくる。
今はこんなに穏やかで美しい川だけど、かつてはそんな悲しい歴史があったんだな。
ビシーとラニアと3人で川沿いを歩いた。
太陽の光がキラキラと水面に光る。
ちょうどフリーマーケットをやっており、たくさんの人々が歩いている日曜日の昼下がり。
サーカスの街宣カーが、スピーカーからスペクタクルーだよーと陽気に声をあげながら走っている。
ラ・ストラーダの一幕のように、ひなびた田舎を回る旅芸人の一座。
ラニアはまだ1歳半。
ヨチヨチ歩きが精一杯で、俺とビシーはそれにあわせないといけない。
ご機嫌で声をあげながら歩くラニア。
「俺たちはいつも忙しい毎日を送っている。でもこうして休みの日にラニアと歩くとゆっくり歩かざるを得ないだろ。ペースを落として、ゆっくり歩くことがとてもいいバランスになるんだよ。」
ラニアのスピードにあわせると、どれだけ自分が早く歩こうとしているかがよく分かる。
とてももどかしくなる。
そう、俺は地球を一周しようとしているんだ。
早く歩かないといけない。
でもたまには、こういうスピードもいいかな。
歩くスピードを落とすと、心まで緩やかになるようだ。
ピザを食べ、ルクセンブルクの名産である白ワインを飲み、河原でギターを弾き、のんびりのんびりと歩いた。
「よし、フミ。元気でやるんだよ。」
ビシーに送ってもらい、高速道路のパーキングエリアに下ろしてもらった。
数えきれないほどの大型トラックがひしめき、ドライバーたちがトラックの影でテーブルを広げて料理を作ったり、草むらで上半身裸で寝っ転がったりしてる。
「ドイツやフランスのドライバーはみんな月収3000ユーロはもらっている。でもポーランドのドライバーは1200ユーロくらい。だからPLって書いたトラックを探して、10ユーロくらい渡せばすぐにブリュッセルまで乗せてもらえるさ。」
ルクセンブルク。
もっと滞在してもいい。
歌えば歌うほど稼げるはず。
でもシェンゲンの期限もあるし、稼げるってだけで滞在し続けるのも少しつまらない。
2日でだいぶ稼げたしね!!
ここで最近まで低迷していた歌への自信も一気に回復したし、なによりまだドイツ、スイス、リヒテンシュタイン、さらにモナコっていうゴールデンルートが待ち受けている!!
ガンガン進んでしまうぞ!!
スマートに車に乗りこんでパーキングから出て行ったビシーを、トラックのジャングルから見送った。
よーしヒッチハイク開始!!あああああああああああああああああ!!!!!トロールがいねえええええええええええええええ!!!!!!!!
車の中だあああああああああああああああ!!!!!!!!!!
忘れてしまったああああああああ!!!!!
トロール、長いこと世話になったね。
これから君は野宿なんかしないでルクセンブルクの金持ちの家で悠々自適な暮らしを送って下さい。
なんて思うかああああああ!!!!!
ど、どうする!!??
ビシーの家はわかっている!!
ルクセンブルクに戻るしかない!!
どうやって?
こんな高速道路のパーキングエリアにバスなんて来ない。
反対車線のパーキングに行ってそこでヒッチハイクするしかねえ!!!
トランクのジャングルをさまよって道路際へ。
よ、よし、向こう側に………
ビヒュン!!!!
ズゴオオオオオオンンンン!!!!
時速100km以上の車がガンガン行き交う道路。
渡れるわけねぇ(´Д` )
腰の高さもある中央分離帯のブロックをバッグを抱えて乗り越えて反対車線に行くなんて2秒でミンチ。
無理無理。
どうする?
このパーキングエリアから脱出することは不可能だ。
あ、ビシーの電話番号聞いてたんだった!!
申し訳ないが持ってきてもらうしかない!!
レストランに行き、公衆電話をかけようとすると…………
テレフォンカード買わないといけないパターン。
値段は………5ユーロ。
くそ。
仕方なく、そこら辺の人に電話貸してもらえないかお願いしてまわるが、いきなり小汚いアジア人が電話貸してくれなんて言っても誰も貸してくれない。
あー、チクショウ、どうせ1ユーロも話さないのな5ユーロは高い………
でももうそんなこと言ってられん。
仕方なくテレフォンチケットを購入して、フランス語の音声案内にマジゲロ吐きそうなくらいムカつきながらなんとかダイヤルを回すところまでこぎつける。
すでに家に帰っていたビシーと連絡がつき、持ってきてもらえることになった。
申し訳ない………
ビシーが来てくれたのは2時間後の17時すぎだった。
もちろん文句は言えない。
俺が悪い。
「ゴメン!!ビシー!!ほんと申し訳ない!!」
「いいんだよいいんだよ。遅くなったけど、ヒッチハイク頑張って。」
金持ちルクセンブルク人のビシー。
彼からしたらこんなわけのわからない気持ち悪い人形にこだわってる俺が不思議だろうな。
トロール、置き去りにしてゴメンな!!
まだまだ付き合ってもらうからね。
トロールも帰ってきたことだし、張り切ってヒッチハイク開始!!
パーキングエリアの出口前で親指を立てる。
ここからベルギーの首都ブリュッセルまでは200km。
2時間かからない距離だ。
電車だと37ユーロ。
ベルギーもまたどんな国なのか全然知らないなぁ。
チョコレートとワッフルと小便小僧のイメージくらい。
面白い街もたくさんありそうだけど、そこまでそそられないので、ベルギーはブリュッセルだけにしようと思っている。
ブリュッセルをスパッと回ったら一気にオランダにのぼるぞ。
そんなことを考えていたらわずか20分ほどで一発ブリュッセル行きをゲット。
「よーし!!乗ってきな!!」
ルクセンブルク!!!バイバイ!!
メルシー!!
ワクチンを作るのが仕事というフランス人のメディとの楽しいドライブで、あっという間にブリュッセルに到着した。
郊外の住宅地に下ろしてもらい、ここからは地下鉄ですぐだからと教えてもらうが、空はまだ夕焼け色。
のんびりと歩いた。
ブリュッセル、綺麗なところだな。
建物が全部古めかしく、教会みたいに装飾がほどこされており、街全体が壮麗な雰囲気に包まれている。
これぞ伝統的なヨーロッパって景観。
そしてそんな中に、とても近代的で奇抜なビルディングがいくつもそそり立っており、古さと新しさが混在し、共存している。
ヨーロッパってだいたい、新市街と旧市街がきれいに分かれているんだけど、ここブリュッセルではその境界線がなく、混ざり合っているものの、お互いの存在感を引き立たせているように思える。
大きな車道の向こう、そびえる巨大なアーチに夕陽が沈んでいく。
童話の中の世界みたいだ。
きれいだな。
街の中に広大な敷地を所有する公園の中を歩く。
サンカントネール公園という公園みたいだけど、ここがまた半端じゃなく美しいんだ。
世界イチ美しい公園って言ってもいいんじゃねえかなこれ。
ベルギーやばいな。
カビ臭い歴史の臭いと、近未来的な文明が見事に調和しているよ。
寝床を探して歩くが、ブリュッセルの公園はどこも夜になると門が閉まるようで、良さそうな場所が見つけられずひたすら歩いた。
日付けが変わったころに、ようやく静かな公園を見つけた。
ゴミが散乱し、落書きが多い建物の影にもぐりこんで寝袋にくるまった。
風に木の枝が揺れる物音にビクつきながら、寝転がって夜空を見上げる。
廃墟のコンクリートの冷たさも今夜は心地よく感じる。
順調だ。
いい感じになってきたぞ。
このテンションをいつも保てるといいんだけどなぁ。
まぁ虚しい夜もそれはそれでいいもんだけどね。