3月27日 水曜日
【スペイン】 タリファ ~ アルヘシラス
ガヤガヤという声で目を覚ます。
ここはフェリーターミナルの中のベンチ。
寝袋から顔を出すと、目の前の切符売り場にたくさんの人々が並んでいた。
こんな綺麗なターミナル。
人もたくさんいるのに、誰も俺を追い出すどころか起こしもしない。
ああ………ヨーロッパに来たんだなぁ。
ターミナルの周りでアルヘシラス行きのバスを探す。
が、やっぱりどこにもいない。
んー、こりゃ探すだけ時間の無駄だな。
バスチケットをゴミ箱に放り込んで歩き出した。
綺麗な町並みの中を歩く。
南部の取り残されたようなほんの小さな港町、タリファ。
イスラム国だったら地方都市なんてまったく行く気にならないほど寂れてボロボロだった。
さすがは先進国。
地方自治もしっかりしている。
これだから田舎にも行きたくなる。
歩いていると大きなスーパーがあった。
お腹ペコペコなのでお買い物。
うおおおあおお!!!!!
超きれえええええ!!!!!
ていうか商品に値札がついてる!!
え?相手見て値段決めるアレじゃないんですか?
アジア人だからとりあえず倍の値段言ってみるアレじゃないんですか?
品揃えがすげええええええ!!!!!!
全部きれええええええええ!!!!!
ビール安!!!
あはああぁぁぁ…………
ヨーロッパ…………
焼きたてのあったかくて香ばしい大きなパン。
1ユーロ。
マーガリン。
1ユーロ。
鯖缶。
1.2ユーロ。
サラミ。
1.3ユーロ。
水1.5リットル。
0.3ユーロ。
あ、今レートは1ユーロ = 120円ね。
南部スペインは物価が安いとは聞いていたが、ヨーロッパの物価がどんなもんだったのかもう忘れたな。
スーパーの前、青空の下でパンにかじりつく。
小麦のいい匂いが鼻を抜ける。
マーガリン、サラミの慣れ親しんだ美味さに足をバタバタさせる。
うまいいいいいいい!!!!!
1時間ほど歩いて郊外の大きな道路に出た。
草原が広がり、馬や牛がのんびりと草を食む牧歌的な風景。
犬を連れた子供が自転車であぜ道を走っていく。
映画の中の風景がここにある。
勇んで親指を立てた。
通り過ぎていく車。
そう簡単には止まらない。
でもいいさ。心はどこまでも晴れやか。
喜びが体の底からこみ上げてくる。
まるで故郷に帰ってきたようだ。
30分ほどでゲット。
一発アルヘシラス行き!!
カップルにバナナをもらい、スペインのことをいろいろ聞きながらあっという間に大きな港町に着いた。
美しい街並み。大きなビル。岸壁は綺麗に整備され、刈り込まれた芝が広がり、埋めたてられたポートにはコンテナ積み下ろしの巨大なクレーンがいくつも並んでいる。
小ぢんまりしているが、この地方では大きな都市。
ここで生まれ、暮らしている人たちがいる。
どんな街だろう。宝箱を開けるようにドキドキする。
駅に降ろしてもらい、ショッピングストリートを探す。
んー、こりゃどういうことだ。
通りのお店が8割閉まっている。
閑散とした街。
ポツリポツリとバーが開いており、爺さんたちがビールを飲んでいる。
静かな通りには人影もない。
マジか、キプロスと一緒じゃねえか。
経済危機により失業率が25パーセントだと聞いていたスペイン。
まさかここまでとは。
と、とにかく歌わないと。
ポケットの中にはわずかに1ユーロのみ。
なんとしても稼がないと。
人通りのない寂しい通りでギターを抱える。
滑稽だなこりゃ。
マジでやべえかなぁと思っていると、1人の悪そうな兄ちゃんが声をかけてきた。
ドレッドにヒゲにサングラスでタトゥーだらけ。
「よぉ、ここは路上には向いてないぜ。向こうにいい通りがあるから連れてってやるよ。」
お、アレですか。
道案内して後からチップを要求するアレですか。
「ほら、こっちだぜ。ビール好きかい?」
「す、好きです。」
「よし、ちょっと待ってな。」
そう言って小さな商店で缶ビールを買ってきてくれた兄ちゃん。
「あの、僕1ユーロしか持ってないんです。」
「何わけわかんないこと言ってんだよ。さ、こっちだよ。」
あれか?ビール代も後から全部上乗せして請求するパターンか?
兄ちゃんについていくと、大きなショッピングストリートに出た。
歩行者のみの、綺麗な石畳みの通り。
まさしく路上をやるにぴったりの場所。
「経済危機ってやつでね。昼間の時間はお店は閉まるんだ。夕方になったら人が溢れるからそれまで時間があるぜ。広場に行こうか。」
ショッピングストリートのすぐ近くにこれぞヨーロッパっていう美しい広場があった。
大きな教会の横にはカフェがあり、ポツポツと人が座っている。
「ヘイメン、タバコ吸うのかい?」
「うん、吸うよ。」
「OK、これもやるよ。」
靴の中からハシシを取り出す兄ちゃん。
だからアレか!!全て後からチップで回収しようって魂胆か!!!
が、そんなことないんだよね………
すべてがただの優しさ。
人に何かしてやることを彼らヨーロピアンは当たり前のことと思っている。
ホスピタリティ?
なんだそれ?ってな具合。
ホスピタリティってのはよそ者にしてあげること。
おもてなしとは一線を置いた相手に向けられるもん。
しかし彼らのフレンドリーさにはおもてなしなんてものは一切見えない。
ただ道案内すること。
ただ男にビールおごること。
ただ旅人にハシシをあげること。
それを特別なことと思っていない。
じゃあねブロー、と言って彼は笑顔で去って行った。
ぐおおおおおおお!!!!!!
ヨーロピアンーーーー!!!!!
あ、これ、ペパピフっていう今スペインで大人気のキャラクターだって。
これはドン・キホーテ。
ビールを飲み干しショッピングストリートへ。
通りの端っこにマクドナルドを発見。
歌える場所、Wi-Fi場所、トイレ、充電、すべて揃った。
完璧にもほどがある。
なんて旅しやすい場所なんだよ、ヨーロッパ…………
普通バッグパッカーはヨーロッパをガッチリ回らない。
めぼしい所だけパパッと回ってすぐに出ていく。
それは物価のため。
日本かそれ以上に金のかかる場所だからね。バッグパッカーにとっては長居の出来ない国々。
宿なんて安くても1500円~2000円はするからね。
しかし、俺にはギターがある。
物価が高い国であればあるほど稼げる。
宿なんて野宿すればいいだけのこと。
移動なんてヒッチハイクすればいいだけのこと。
そしてそれらが他の地域に比べてものすごくやり易い。
ヨーロッパ………
なんて素晴らしいところだ!!!
兄さんの情報通り、17時を過ぎてから一気に人通りが増えてきた。
さっきまでの閑散としたショッピングストリートには溢れんばかりの人波。
ソワソワしながら通りに出てギターを構える。
ギターを鳴らす。
石畳みと建物に響いて音が気持ちよくのびる。
歌った。
歌いまくった。
これまでのイスラム圏での鬱憤を晴らすように。
やかましいクラクションもない。
ギターを触ってくるアホもいない。
金を奪うボケもいない。
止めに入るお巡りさんもいない。
アザーンがモスクから流れて演奏を止めないといけないこともない。
俺、こんなに上手かったっけ?って思えるくらい気持ちをこめて、集中して歌える。
上品な人々がサッとお金を置いて、いい声だね、と言って去っていく。
誰かが捨てたタバコの吸い殻ひとつを、カッコいいユニフォームを着た清掃員がやってきてシュッと回収していく。
ゴミひとつない通りにギターを響かせる。
気持ちよすぎる。
あぁぁぁ、ヨーロッパ、帰ってきたよー。
久しぶりに3時間以上歌い、ヘトヘトになってマクドナルドへ。
パンとサラミは持っているので、ポテトだけ注文。
お金を払っていると1.8ユーロなのに1ユーロでいいよと言うお姉さん。
え?なんでですか?と聞くと、ニコリと笑ってウィンク。
うごおおおおおおおおお!!!!!
よくわかんないけどヨーロッパあああああああいいいいい!!!!!!
こちらこそグラシアスだから!!
今日のあがりはなんと41ユーロ。
モロッコディルハムにしたら450ディルハム以上。
日本円で5000円てとこ。
賑やかなマクドナルド。
可愛い子供。
人目を気にせずキスしてるオシャレな学生。
セクシーなブロンドの女の人。
知的で紳士的な男の人。
なんて落ち着くんだ。
マクドナルドを出て、小さな商店でビールを購入。
あー!!イスラム国じゃねぇからどこででもアルコールが売ってるぞコノヤロウ!!!
しかも安ぃ(´Д` )
1リットル瓶がたったの1.7ユーロ(´Д` )
スーパーでは1.2ユーロだった。
アル中確定。
夜景の綺麗なハーバーを歩いていくと、少し坂道になり、登って行って脇道に入ったところに綺麗な公園を見つけた。
海にせり出した展望公園になっていて、いくつかの遊具もあり、テント張ってくださいと言わんばかりの芝生が広がっていた。
久しぶりにテントを立てた。
荷物を入れ終えて一息つき、ベンチに腰掛ける。
眼下にハーバーが広がり、夜景が海にうつってきらめく。
少し冷たい夜風に髪をなでられながらビールをあおった。
最高だ。
最高の気分だ。
帰ってきたなぁ、ヨーロッパ。
これから3ヶ月。
本当はもっといたいけどシェンゲン協定でそれだけしかいられない。
3ヶ月の間にどんな出会いがあるかなぁ。
どんな美しい風景や街に出会えるかなぁ。
あぁ、麗しのヨーロッパ。
歴史と文明が混合する世界の中心。
こんな美味いビール久しぶりだ。
野宿の夜に乾杯だ。