2月17日 日曜日
【イスラエル】 エルサレム
パタパタと寝袋を打つ雨。
俺もカオルさんもいっせいに起き上がる。
さすが2人とも雨には敏感。
松の木の下に隠れ、雨が弱まるのを待って行動開始。
エルサレムは寒い。
高地にあるし、風も強い。
それでも日曜日の街にはたくさんの人通り。
出勤の人々の姿も目立つ。
彼らからしたら休日明けで今日が週の始まりなのかな。
「明日出発するよ。居心地いいけど、ここはちょっと寒いからエジプトに行くよ。」
季節によって場所を変えて旅をしているカオルさん。
その移動が世界規模だからすげえ。
今夜は最後のキャンプですねと、2人で少し豪勢な食材とワインを買い込んだ。
ここのカフェには本当にお世話になったなぁ。
ユーニードコーヒー。
トイレもない小さなお店だけど、お店のおじちゃんがすごくいい人でコーヒーもこだわってて美味しい。
2人でトイレで身だしなみを整える。
いつもこんな感じで見えてるんだな。
トイレの壁にこんな落書きが………
トラウマがあああああああ(´Д` )
俺は今日も路上。
トラムストリートで歌う。
毎日毎日、路上で歌を響かせる。
目の前には果てしない道。
どこまで行けるかな。
道の途中にはたくさんの障害物。
希望はない?
いやいや、希望だらけだぜ。
しかしイスラエルに入ってから毎日歌ってるのと、ゆうべ張り切りすぎたせいで声が完全にダメになっていた。
荷物を置いてパームのネタ集めに行っていたカオルさんも、手に葉っぱを持たずに帰ってきた。
ネタ集めは木登りから始めないといけない。
これがかなりの重労働らしく、カオルさんも今日はやめたそう。
お互い疲れていたので、今日はゆっくりしましょうかと、早々に路上を切り上げてキャンプ場所に戻った。
あがりは78シェケル。
火を焚きながら色んな話をした。
旅をしていると必ず聞かれる質問。
なぜ旅をするのか。
今ならはっきりと、色んなものを見たいから、と言える。
しかしそこには、やはりほんの少しの違和感があることも事実。
学校に行って、仕事して、家族を養う、っていうレールは日本で生まれた以上、完全に頭に刷り込まれている。
しかしカオルさんはすでにそんな領域から抜け出している。
長い旅の中で、あまりにもたくさんの自由な旅人たちと出会って来ているだろうから。
そんな彼に、俺も日本人らしい質問をしてみた。
「老後?老後ね。海外で路上パフォーマンスをするとして、年なんてまったく関係ないよ。老人になってもパフォーマンスすることこそが素晴らしいじゃん。路上パフォーマンスってのは街にポジティブなエネルギーを与えることなんだよ。ならば老人になっても明るくやってるというだけで意義があるよ。」
街にポジティブなエネルギーを与えること。
そうだよな。それが路上パフォーマンスの最大のテーマなのかな。
ヨーロッパではそう言う老人をたくさん見て来たし、パフォーマーのいる街は活気がある。
「たまに若者がめちゃくちゃなパフォーマンスをやってたりするじゃん。でもそれは下手でもいいんだよ。彼らの若いエネルギーで街の人々はそれだけで元気が出るんだよ。あらまぁ、元気でいいわねっておばちゃんとかはお金を入れるんだよ。素晴らしいことだと思うよ。」
なんつー達観した考えだよ。
もうひとつ質問。
「病気?病気になったらタイに行けばいいんだよ。めちゃくちゃ医療費安いんだぜ。それに野垂れ死ぬなんてことまずないから。最悪動けなくなって野垂れ死ぬなんてことになってもそれはそれだよ。昔の人たちは盲腸になっただけで死んでたんだからね。」
海外、特にスペインやイタリアなんかでは、人々は人生は楽しまなければいけないと思っている。
そんなの当たり前のこと。
日本人は苦労して苦労して苦労することに価値があると思いがちだけど、彼らは楽しまないと意味がないと思ってる。
おいおい、そんなに辛そうな顔して生きてもったいないぜ!!楽しもうぜ!!ってのが南ヨーロッパの気質。
ドイツは日本と同じ仕事人間だけどね。キャリアリズムの。
まったく、綺麗な瞳でイカしたこと言ってくれる人だぜ、カオルさん。
その時、今夜のメインである肉じゃがを炒めていると、鍋から野菜が少しこぼれて地面に落ちた。
「あ、すみませんカオルさん。3秒ルールでいいですか?」
「何言ってんだよ俺たちは旅人だぜ?」
「え、じゃあ1日ルールとかですか?」
「カビが生えるまでルールだよ!!」
そんな楽しいクッキングをしてるところに、また向こうから足音が。
なんだなんだ、ゲストの多いキャンプ場所だな、ここは。
おとといはジャンキー。
昨日は銃を抱えた兵隊。
そして今夜のゲストは、
おとといのジャンキー。
「ハロ~、ハウアーユ~……ゲヘヘヘ。」
すでにラリってやがる(´Д` )
どかりと木の椅子に座り、懐から手作りのボングを取り出し、ハシシを楽しみだした。
まぁ害のない奴だからいいんだけど、ご飯はゆっくり食べたい。
どっか行って欲しい。
するとしばらくして立ち上がり林の向こうに消えていった。
ああ、よかったと思っていたら、ジャンキー、枯れ木を抱えて戻ってきた。
そして、火にくべて鍋の火力を上げてくれた。
「ジィス、ジィス、ジィ~ス、グッド……」
俺たちの仲間になりたいんだね、とカオルさん。
英語はジィス、しか喋れなくて、アラビア語とヘブライ語を混ぜて話すから何言ってるかわかんない。
ボコボコとハシシに火をつけるジャンキー。
わざわざこんな林の中に来てまでハシシを吸うってことは、きっと家族も家もないんだろう。
結構可哀想なやつなんだろうな。
するとカオルさん、自分の皿に肉じゃがとお米を盛りつけ、自分のスプーンと一緒にジャンキーに渡した。
最初は遠慮したジャンキーだけど、いいから食べなとカオルさんが言い続けると、ジャンキーは器を受けとり、スプーンで口に運んだ。
「グッド、グゥゥッド………」
器を空にしたジャンキーは何も言わずに立ち上がり、去っていった。
「きっとフレンドがいないんだよ。悪いやつじゃないから大丈夫さ。」
するとジャンキー、また枯れ木を抱えて戻ってきた。
「おいおい、もういいってば。ハハハハ。」
一生懸命、鍋の下に火をくべてくれる。
俺たちのために何かしたいんだ。
ハシシでまったりとなっていても、恩を返したいという気持ちは忘れない彼。
ありがとうな。
火に照らされながら3人で肉じゃがを頬張った。