12月3日 月曜日
【クロアチア】 ザグレブ
朝からビビッた。
すげえ落書き。
ゆうべ駅に着いた時もそうだったけど、落書きがハンパじゃない。
電車の側面にさえ、これでもかってくらい落書きが描かれていた。
落書きの多さはその国の治安を象徴している。
政府の統治力のなさを感じてしまうな。
ここはクロアチア。
クロアチアを知る上で欠かせない歴史、それはユーゴスラビア。
第一次世界大戦による敗北で、東ヨーロッパに覇権を誇っていたオーストリア・ハンガリー王国が崩壊すると、それまでの均衡が崩れ、イタリアやドイツの圧力が東欧に影響してくるようになる。
そんな中で、同じスラブ人同士、力をあわせて強国に立ち向かえる体制を作ろうということで、セルビアが近隣諸国に呼びかけて誕生したのがユーゴスラビアという共和国だ。
かつては6ヶ国と2つの自治州が参加し、うまくバランスを保っていたユーゴスラビアだったのだが、言い出しっぺのセルビアがあまりにも実権を独り占めしていたもんだから、王様気取りか?コノヤロウと、クロアチアの不満が積もり積もって爆発。
内紛につぐ内紛。
信じられないほどの死傷者を出す。
第二次世界大戦後は社会主義国としてやっていくが、やっぱり権利問題なんかで不満が消えることはなく、独立を求める機運が高まると、おいおい勝手なこと言ってんじゃねぇよ、だいたいお前らわがままなんだよ、とまた戦争。
クロアチア紛争だ。
これが1991年から1995年というついこの間の出来事っていうから驚く。
俺が小・中学生の頃にどんぱちやってたんだぞ?
日本がバブルで浮かれてる時に、この国では虐殺、強奪、レイプが行われていたんだぞ?
てことは俺と同い年のやつはこの戦争を目の当たりにしてるんだ。
同じスラブ人同士、力を合わせようとスタートしたのに、最後はスラブ人同士、血で血を洗う凄惨な殺し合いで終結だなんて、悲しいにもほどがあるぞ。
ちなみに昨日までいたスロベニアは、落ち目のユーゴスラビアにいち早く見切りをつけ、うまく立ち回り、ちょっとした戦争こそあったものの、ほとんど被害もなく独立を勝ち取っている。
賢い。
さぁ、そんな悲惨な歴史を持つこの国。
みんなこの国をどう思っているんだろう?
どんなキツイ体験をしてきたんだろう。
クロアチア編の始まり。
とにかくお腹が空いた。昨日のチキンライスからもうすぐ24時間経つ。
駅に戻ってきて、安いご飯を探した。
ポケットの中の小銭を握りしめる。
貴重な貴重な13クーナ。
悩んだ末に、ポテト入りの揚げパンを2つ買った。
うっめええええええええええええ!!!!!!!!!!!
なにこれうっめ!!!!
アゴがちぎれそうになりながらムシャムシャ頬張った。
全然足りないけど、ひとまず空腹はどっか行った。
これで歌えるぞ。
たんまり稼いでたらふく食べてやる!!!!!!
駅前に大きな銅像の立つ公園があった。周りには古い建物が並んでいる。
その前にトラム乗り場があり、駅前ということもあり、すごい数の人々がここからトラムに乗り降りしている。
ザグレブ市民の交差点ってとこかな。
そんなトラム乗り場のベンチでギターを弾いてるおっさんがいた。
おっさんの横に座ってるおっさんはトラムを待っている人。
トラム待ちの人に強制的に下手くそなギターと歌を聞かせている。
すげーな、誰も文句言わないんだ。
まわりの人たちとこんなに近いのに、やかましい!!ってならないんだな。
どうやら路上演奏に寛容な街らしい。
駅から山側に向かって歩くと中心街にたどり着く。
ひときわ大きな教会が街の真ん中にそそり立ち、足元に青果市場が広がる。
どこにでもある都会の街並み。
そんな中で、雰囲気のいい通りにポジションを決め、早速路上開始。
ギターを抱えて、さぁ歌おうというところだった。
ニコニコと笑顔で話しかけてきた兄ちゃん。
「オーウ!!シンガーかい?!クールだぜ!!」
汚い格好のこの兄ちゃん。
いつものタカリかな、とテキトーにあしらうが、なかなかしつこく話しかけてくる。
「ダメだって!!ここはダメ!!俺いい場所知ってるんだよ!!ここだったら例えあなたが世界一のギタリストでもノーコイン。俺が知ってる場所なら1時間で100クーナだよ!!本当だって!!俺を信じなよ!!」
鬱陶しいなぁこいつと思いつつ、俺がここと決めたんだからここでやるよ、と強めに言って演奏開始。
少し離れた場所から俺のこと見ている兄ちゃん。
25歳くらいかなぁ。汚い服。
見てろよ、これが百戦錬磨の路上だぞ、ほーら、あっという間にコインの山が………
出来ない(´Д` )
反応悪すぎ。誰も足を止めない。
すると向こうで見ていた兄ちゃんがこっちにやってきた。
「ほらね、だから言っただろ?俺の知ってる場所に行ったほうがいいって!!信じて!!」
まだわかんねぇよ、と続けようとしたんだけど、向こうの方にあった野外ステージでロックのライブが始まった。
こりゃ歌えない。
「ほら、行こ!!こっちこっち!!」
あまりにもウザいけど、まぁこれも面白いだろうと着いていく。
「トラムで3分のところなんだ。」
「俺お金持ってないよ。」
「お金?何言ってるんだよ!!トラムは無料なんだぜ?!知らないのかよ!?アハハハハ!!」
アハハハハじゃねぇよ。無料なわけねぇだろ。
実際乗ってみるとチェックがない。良心にまかせた自己申告ってわけだ。これならみんなキセルするわな。
トラムに乗ってやってきたのは、中央駅前のトラム乗り場だった。
は?ここ?
「ほら、あそこの小屋の中が最高の場所なんだぜ。あ!!クソジジイが歌ってやがる!!ちょっと待ってて!!交渉してきてあげるよ。」
そう言って、さっき見たベンチでギターを弾いてるおっさんのところに行って話している兄ちゃん。
「よし!!もう終わるみたいだから!!ここ本当に1番の場所だから!!」
言われるままにトラム乗り場の中へ。
ギターを構える。
まわりには普通にトラムを待ってる人々。
ギターのネックが立ってる人の背中に当たる。
こんな混雑の中で歌えるわけねぇじゃねえか?!
ええい、もうどうにでもなれ!!
しかし、
これがどうしたもんか、
なかなかいい。
強制的に歌を聞かせているわけなんだけど、みんな嫌な顔ひとつせず周りに立っており、自分の目当てのトラムが来るとギターケースにお金を置いて乗りこんでいく。
おー、なんか雰囲気いいね。
トラムを待つ人々の中で、ポロポロとギターを弾き語るシンガー。
映画の中のワンシーンみたいだ。
「ほーら、言っただろ?ここは最高の場所なんだよ。あ、ちょっとビール買いたいんだけど、いいかな?4クーナだけ。」
まぁタカリ野郎とは思ってたけど、いい情報であったことには変わりない。
快く4クーナを渡した。
それからも歌い続け、順調にお金が入っていく。
実はこの兄ちゃんも路上パフォーマーで、横でコンガを叩き始めた。
これがなかなか上手い。けっこう上手い。
「俺は仲間と街を転々しながらストリートパフォーマンスしてるのさ。今夜は俺の部屋に泊まればいいから。」
俺の部屋、って怪しさ満点。
ちょっと面倒くさいけど今夜はかなり寒いし、ネタ作りも含めて行ってみるか。
夜8時まで演奏してかなりの稼ぎが足元にたまった。
兄ちゃんに分け前を渡す。
「もっとちょうだいよ、もっとだよ~、これじゃご飯食べれないよ~」
完全に多すぎる金額を彼に渡した。
でもまぁ今日の稼ぎは彼の情報のおかげだからな。
地下に降りてビールを飲みながら、ピザを食べる。
さすが浮浪者、安くて美味いものを知ってる。
彼はといえばお得意のニコニコ笑顔で、まわりで食べてる人のところを渡り歩いてピザの食べ残しやわずかなコインを手に入れている。
たくましいっちゃたくましいけど、まぁただの浮浪者だけどな。
すると彼の電話が鳴った。
ヨーロッパの携帯代ってすごく安いみたいで、たいがいのホームレスは携帯を持っている。
「ヘイマン!!友達がそこに来てるんだよ!!スカンクスカンク!!一緒に楽しもう!!20クーナでいいよ!!」
は?20クーナ?
なんのこと言ってんだ?
「大丈夫!!俺も半分出すから!!すごく安いだろ!!3ユーロなんだぜ!!レッツジョイント!!俺を信じて!!」
なんだマリファナか。
「俺はいらないよ。いらないのに20クーナなんて払わないよ。」
「大丈夫!!明日またあそこで歌えば200クーナ稼げる!!あなたはグレイトなシンガーなんだから問題ないよ!!だから20クーナ、俺を信じて!!!」
「ダメだよ。自分で稼いできなよ。」
押し問答をしばらく繰り返す。
目の前で俺に300円を懇願するクロアチア人。
あわれそうな顔を作りながら、必死にお願いしている。
ネドルコ、あなたの笑顔、どんなだったっけ。こんな汚い世界にもまれていたらすぐに忘れてしまいそうだよ。
彼は悪いやつではないよ。盗まないし、暴力を振るわないし。
ただ尊厳がないだけだ。
20クーナを渡すと、笑顔もそこそこに走って行き、葉っぱを手に戻ってきた。
そして彼の部屋へ向かう。
トラムに乗ってやってきたのは中心部から少し離れたビル街。
彼はネオンを背に、ビルの間を歩いて行く。
暗い方へ、暗い方へ。
まぁ、なんとく想像つくけどさ………
やがてフェンスが現れ、ブロック塀を越える。
草が生え放題の空き地の中を、ペンライトの明かりで歩いていく。
割れたアスファルト。
旅のはじめの頃はこんなシチュエーション、怖くてたまらなかったけど、もうすっかり慣れたなぁ。
空き地を進んで行き、最後の塀を越えると、そこには大きな廃墟があった。
なんの建物かわからないが、2階建ての工場みたいなコンクリートの建物が、荒れ果てた敷地の中に3棟並んでいる。
まぁ、そういうことだよね。
わかってたよ。
「あそこにはパンクスが、あそこには絵描きが、他にミュージシャンも何人かいるんだぜ。」
この廃墟の中にたくさんのホームレスやジャンキーたちが住み着いており、それなりに秩序を持って暮らしているようだ。
ボロボロのドアを開け、カビ臭い階段を上がっていくと、そこにはカーテンがかけてあった。
布切れをくぐって中に入ると、お、なかなか綺麗にしてるじゃん。
広い部屋の中にはテーブルもベッドも置いてある。
もちろん廃墟の中なので、床はコンクリート、天井も梁がむき出しの状態だけど、いつも橋の下で寝ている俺からしたら、これでも立派すぎるすみかだ。
「世の中、全部ゲームさ。金持ちがいれば貧乏人もいる。うまくバランスがとれてるんだよ。」
彼には彼の真理がある。そしてホームレスの真理はたまに的を射抜いているように思える。
廃墟の中、ロウソクの灯りに照らされる2人。
煙をくゆらせた。
一生懸命テーブルをフォークでほじくっている兄ちゃんを見ながら、バネの壊れたマットに横になった。