11月24日 土曜日
【ハンガリー】ザラエゲルセグ
~ 【スロベニア】ツェリエ
キングサイズのソファーベッドで目を覚ました。
リビングではダイアナがパソコンと向かい合ってお勉強をしていた。
「よく眠れた?」
可愛いダイアナ。
それから買い物を終えて帰ってきたママがご飯を作ってくれた。
穏やかな土曜日のお昼。話しやすいダイアナとニコニコしてるママ。どこにでもある普通の日常に紛れ込んだ異邦人。
心から落ち着ける時間。
ダイアナとママは本当に仲がいい。というかヨーロッパの親子はみんな仲がいい。それが見ていてとても心を和ませてくれる。
日本のことを話した。日本の家族はみんな大きな溝があり、ろくに会話もせず、いつもいがみ合っている。親と仲がいいことは若者にとってはダサいことという意識があるんだよ、と。そして若者の犯罪についても。
ママは悲しそうに聞いていた。
なぜそうなのかと。ハンガリーではそんな酷い犯罪はほとんどない、若者の犯罪は家族との距離があるせいよと言う。
ハンガリーの若者に何が1番大事か?と聞いたらおそらく全ての人が、家族と答えるはずよと言うダイアナ。ママと手を繋ぎながら。
なんて深い愛で結ばれているんだろう。理由は宗教か?政治か?
何が日本人の心を荒んだものにしているんだろうな。
日本の経済力や先進性なんて、この愛の前では何の自慢にもならない。
「いつでも自分の家と思って帰ってきていいんだからね。」
荷物をまとめ終わった俺を涙を拭きながらハグしてくれたママ。
ハンガリーの名産、パプリカ入りのサンドを作って渡してくれる。
熱いものがこみあげる。一生のうちに出会える人の数なんてたかがしれてる。だからこそこの涙を大切にしたい。
何度も何度もハグして家を飛び出した。どうか、どうかお元気で。
「私、お金を貯めてアイルランドに行こうと思っているの。アフリカにも行きたい。日本にも。」
駅に向かいながらダイアナと色んな話をした。ダイアナはまだ19歳。これからたくさんやりたいことをやれるだけの時間がある。でもアイルランドに行ったらママは1人になっちゃうなと思った。
駅に着いた。
ダイアナとハグをして電車に乗りこんだ。ゆっくりと動き出す電車。見えなくなるまで手を振ってくれたダイアナ。
彼女にとってはまた何気ない日々の始まり。
マークとキスし、ママと料理をして、友達と遊んで、
たまに俺のことを思い出してくれたなら、旅は素晴らしすぎる。
ハンガリー、たくさんの人と出会ったなぁ。
全ての出会いがトカイワインのように甘美だった。
別れはいつも辛いな。
ハンガリー、バイバイ。
そしてスロベニアだ。
ハンガリー、
クスヌム、クスヌム。
電車の中で切符を買った。
スロベニア側の国境の町までの切符、650フォリント。
そこからスロベニアの電車に乗り換えないといけない。
え?目的地であるスロベニアの都市、マリボルまでの切符は買えないの?
ちょっと待て。
スロベニアはユーロの国。
ハンガリーにいるうちにハンガリーフォリントのコインを使いきってしまわないといけないのに、スロベニアに入ってから新しい切符を買ってくれと言われる。
ちょっと待て!!
それじゃハンガリーフォリントが使い切れないやんか!!?
コインだと換金ができない。
スロベニアに入ったら、ただの重い鉄くずだぞ?
なんとか車掌さんにマリボルまでの切符をくれとお願いするが、出来ないと言う。
じゃあせめて、このコインを紙幣に両替して下さいと頼むがそれもダメ。
嘘だろ!!
こんな凡ミスしたくないぞ!!?
焦って電車に乗ってる乗客の人たちにお願いしてまわる。
「フォリントの貨幣を持ってるんですけど、紙幣に両替できませんか?」
しかし、みんな英語がわからない上に、何だ?このアジア人は?と警戒してろくに話を聞いてくれない。
こんなローカル線でアジア人が金の話を持ちかけても怪しまれるだけだ。
とうとう両替出来ないまま、スロベニアに入って電車が止まった。
真っ暗な田舎の駅。
ホームに立っている警察官に簡単なパスポートチェックをされ、乗り換えの電車へ。
かすかな希望を抱きながら車掌さんにフォリントで切符を買えないか聞いてみた。
「ユーロしかダメよ。ここはスロベニアなんだから。」
終わった………
くそがああああああああああ!!!!!!!
これじゃザラエゲルセグで路上やって稼いだ意味がねぇじゃねーか!!!!
せっかく稼いだフォリントがただの鉄くずになってしまった。
もうハンガリーには戻らない。
ということはただの足かせでしかない。
あぁ………こんなミスしてしまうなんて。
バッグの中からユーロを取り出し、マリボル行きのチケットを買った。10ユーロ。
これまで無駄のないようにやってきたのに………
チクショウ………
電車に乗りこんでも自分にムカついてずっとイライラしていた。
イライラしすぎて、電車からバス、バスから電車と、緊張していないといけない乗り換え時も意識が散漫としていた。
バスを降りて、次の電車へ乗りこむ。
あー、イラつくなぁ。ここから20分くらいでマリボルか。マリボルはスロベニアで2番目の都市。もしかしたらフォリントに対応してる観光客向けのレストランとかあるかもしれないな。
なんとしても使い切らないと気が済まないな。
チクショウ………
夜の闇の中を走って行く電車。
イライラしながら座席に座っていた。
そこに車掌さんがチケットチェックで回ってきた。
俺を見た瞬間、彼の顔色が変わった。
「お前!!なんでここにいるんだよ!!ああ~!!」
は?なんだよ。
「ああ~!!これはイタリア行きの電車だぞ!!」
…………
ああ、イタリアってブーツの形した国だよね。
ピザが美味しいんだよね。
みんな陽気なあのイタリアだよね。
「次に止まるのはイタリアだよ!!!なんでここにいるんだよー!!!」
…………
はぁ…………
もうどうでもいいや…………
知らねぇ。
どうにかなんだろ。
なんてこった!!
と両手をあげている車掌さんの前で、心ここにあらずの俺。
ああ、また余計お金払わないといけないのかな。
ていうか強制退去の時間、間に合うかな………
フォリントの件もあわさって、投げやりになりながらシートでうなだれていた。
いっこ上手くいかないと、ドンドン連鎖するな。歯車噛みちがえるみたいに。
そしてダイアナたちがくれた暖かい気持ちも、こんなしょうもないミスで一気に殺伐としてしまった。
電車は走り続ける。
夜の闇の中を、イタリアに向けて。
新しい場所に連れていってくれるなら、それでいいさ。
1時間ほどすると電車がスピードを落とし、駅に止まった。
あ?もうイタリアに着いたの?
早かったね。
はぁ……
「ほら!荷物持って!!ここで降りて!!この向いのホームにマリボルに戻る電車が来るから!!早く降りて!!」
わけもわからず降りた。
そして電車はすぐに駅を離れて行った。
俺のために止まってくれたのか?
そんなわけねぇよな。
ここはどこだ?
ホームにポツンと1人きり。
ここどこだろう。
まぁどうでもいいや。
どこ行ったって知らない場所。
だったら迷子なんて概念、旅人にはない。
どうやらスロベニアではあるみたいだし。
ならマリボルに戻る必要なんてないな。
駅を出てあてもなく歩いた。
辿り着いては人を探し
人にしがみついてまた次の町へ
辿り着くために辿り着いて
また次の町へ
きっとこの町でもいいことあるさ
スロベニアの始まりだ