スポンサーリンク オンザロードアゲイン 3章 2023/8/31 双子子育て 美々津の砂浜はとても穏やかだ。波打ち際に流木が打ち上げられていて、それをいつものお爺さんが集めては燃やしている。それを眺めながら遊歩道で入念にストレッチする1人のオッさん。そう、俺。ジャージとスニーカーなんて格好いつぶりだろう。まだ何もわからないんだけど、とりあえずランニングをしてみることにした。よーし、いくぞ!!まだまだ若いもんには負けん!!と、意気込みだけはまぁまぁなもんだけど、走り始めてソッコーでロボコップみたいになってしまった。「痛い!!あぁ!!いたっ!!痛い!!」足首、膝、腰、なんかオマケに首まで痛くなってきてそろりそろりと歩く。そんな俺を手押し車を押したお婆さんが笑顔で挨拶して通り過ぎていく。うーん…………運動不足すぎるだろ…………お婆さんのほうが元気やん…………こりゃ体なまってるなぁと嫌になりながら息も絶え絶え店に戻ってくると、ちょうどゆうきがふらっとやってきた。「おーい、店はまだ開けんとかー。お、なんや、ランニングしてたとか?」「ああ…………はぁはぁ…………いやぁ、なまったもんやなぁ…………はぁはぁ…………」「ランニングする元気が出てきたんやったら安心やなー。ビール飲むぞー。」いつものように棚からグラスを出して瓶ビールを注ぐゆうき。「あー、早く店開けてくれよ。飲む場所がねぇやん。」「開けてなくても普通に飲んでるやん。」「ちゃんと料理と一緒に飲みたいやん。あー、カンちゃんのチキン南蛮美味かったよなぁ。レシピとか書いてねぇとや?」「…………ないかなぁ。」「カンちゃんのチキン南蛮最高だったなぁ。宮崎に嫁いで、一生懸命料理の勉強して、カンちゃんの愛嬌でお店も繁盛してたようなもんやもんなぁ。いっつもニコニコ笑顔でなぁ。あぁ、まだ泣けてくるなぁ…………なんであの日1人で運転してたんだよ…………グス…………」「バカ、やめろよ…………グス…………」「これからどうするとや?お店も開けんくて1人で何する?」「…………わからん…………これからどうすればいいんやろ…………」「………………」表を車が走っていく音が静かに聞こえる。野良猫がアスファルトの上を歩いていく。「年取ったなぁ。なんか面白いことねぇかなぁ。」「昔はあんなに面白いこと探しに出歩いてたのにな…………」「このまま、この田舎町で年取って、爺さんになって海眺めながら思い出にひたって死んでいくんだろうな。そんなもんなのかもな。」ビールを飲み干すゆうき。「さて、帰ってひと眠りしてママのとこ行くかな。じゃあな。」帰って行ったゆうき。西日の差し込む部屋の中、埃をかぶったギターケースを開けた。「うわ、ひでぇな…………」ずいぶんと久しぶりに手に取ったギターの弦は茶色に錆びついていて、ゆっくりとGコードを弾くと音がひどく狂っている。ペグも錆びついていて、固くてなかなかチューニングができない。それでもなんとか音を合わせ、もう一度Gコードを弾く。ビートルズのレットイットビーを口ずさんだ。旅中にずっと歌っていたこの曲。もう何年も歌っていなかったというのに、歌詞を覚えている自分に驚いた。何も考えずに歌詞が出てくる。コードチェンジする指はおぼつかないし、声の出し方もほとんどできていない。「いってぇ…………」柔かい指先に弦のかたがついてジンジンと痛んだ。痛みを我慢して、その指でもう一度弦を押さえて思いっきり音を鳴らした。静かな部屋に余韻がのびる。ずいぶん弾いてなかったけど、まだしっかりと鳴ってくれるこのギター。ボディが振動して、まだまだ現役だぞって言ってるみたいだ。昔、こいつと一緒に世界中を旅した。世界中の路上で歌い、野宿し、ヒッチハイクし、ズタボロになりながらもいつもいい音を出してくれたこの古いギター。「こんなに弾かないで、ごめんな…………」西日が部屋に陰を落とす。明日、弦を張り替えてやるか。数日後、ゆうきがまた店にやってきた。しかし店の入り口には雨戸が閉まっていて、人の気配はなかった。あれ?と言いながら入り口の雨戸を見ると、張り紙がしてある。そこには、しばらくお休みします、と書いてあった。「………………だから俺の飲む場所がねぇって言ってるのによぉ。まぁママんとこいくかー。」ぶらぶらと港町を歩くゆうき。夏も終わり、ゆっくりと秋が気配が近づいてきていた。