2006年6月11日 【愛媛県】
28日目。
宇和島から大洲へ向けて歩いていく。
この日で41番・龍光寺、42番・仏木寺、43番・明石寺と周った。
この大洲にはとある弘法大師の言い伝えがある。
かつて弘法大師が四国を周っているとき、この大洲にたどり着き、近隣の民家に一夜の寝床を貸してほしいと頼んで回ったけど、そんな汚い坊さんには誰も寝床を提供しなかったという。
仕方なく空海は近くの橋の下で眠った。
それからというもの、この大洲は水害が多いんだそうだ。
寝床貸してくれんかったくらいで何百年も水害連発させるなんて、空海マジ怖え。
そんな逸話もあって、お遍路は橋の上で杖をついてはいけないっていう風習が生まれたってわけだ。
大洲の飲み屋街にある中華料理『眠々』のラーメン、美味しかったな。
腹ごしらえしてから路上をやったが、人はまったくおらず、やっとこさ通りかかったおじさん2人に連れられスナック『ともこ』へ。
あまり元気のない2人とママさん。
つい先日、親しい友人を亡くしたところだった。
思い出しては涙を浮かべる3人。
俺は思わぬ闖入者だったようだ。
その夜は小森社長、中村社長のはからいでホテルに泊めていただいた。
29日目。
ホテルを出て、少し歩いて小森社長のやってるガソリンスタンドにお礼の挨拶に行き、それから山に入り、夜まで歩きつづけた。
たまに国道に出るんだけど、車道しかないトンネルを歩きで通過するのはかなり怖い。
人1人分くらいしかない路肩を歩くんだけど、その真横をすごいスピードで大型トラックが走り抜けていく。
めちゃくちゃ怖い。
夕方になり、峠の手前に遍路宿があったので、食事だけさせてもらおうと中に入ると、そこには2人のお遍路さんがいた。
1人は相当な美人さんで、こんな色白な美人さんがお遍路やってるんだと驚いたな。
この宿の女将さんがフォーク好きで、数曲歌うととても喜んでくれ、超豪華なご飯をタダにしてくれた。
この夜はそこにいたもう1人のおじさん遍路さんと酒を飲んで色んな話をした。
表のバス停で彼の持っていた焼酎で乾杯。
岐阜で絵描きをしているこのおじさん。
話がとても深くて、全然飽きない。
「リンゴを描くとするだろ。それでただリンゴを描くのは素人なんだ。リンゴの周りの風景を描いて、そこにリンゴがあるように浮かび上がらせないといけないんだよ。それが表現だ。」
なるほど……………
歌詞と一緒だよな。
ストレートに言いたいことを並べたって膨らみがない。
周りの風景を描くことで、聴き手それぞれの心にそれぞれのリンゴを浮かび上がらせないと。
勉強になる。
ベンチの上に寝転がり、酒に酔った頭で考える。
「必要なものは必要な時に手に入る。ならばどんな最悪な状況でもそれが現時点の自分に最適な状況。」
この言葉がパッと口に出てからなんとなく気持ちが軽くなった。
いい酒は集中力を高めてくれる。
30日目。
もうすっかり体もお遍路に馴染み、もう大丈夫だな思っていたんだけど、ちょっと甘かった。
この30日目が遍路中、最も辛い日になった。
「オラアアアアア!!!かかってこいやあああああ!!!!」
足元しか見えないようなどしゃ降り雨の中、雨ガッパをかぶって歩き続けていく。
雨が体中を叩きつけて、地面に倒れそうだ。
山の中、泥まみれになって1人ぼっちで雨に向かって叫び、いくつもの峠を越えていく。
森の中の遍路道はただでさえわかりづらいのに、ゆうべからの豪雨のせいで沢が氾濫し道が川になっており、足を突っ込んでジャバジャバと渡っていく。
ぐおおおお……………しんどい……………
カッパや白装束が濡れて体にまとわりついて体力を削っていく。
泥水まみれになりながら根性で山を越え、やっとのことでアスファルトの道に出てきた頃には17時になっていた。
普通はここでストップするべきなんだけど、アホだからさらに20キロ先の目的地を目指してしまった。
これがいけなかった。
44番・大宝寺を終え、さらに山奥の45番を目指す。
すでに陽は傾き、山に夕闇が迫っている。
そんな中、45番のラストスパート、地獄の八丁坂を死に物狂いで登り、修験者の修行場の雰囲気漂う岩屋寺に到着。
闇の中お参りをすませ、さぁここから10キロの戻りだ。
10キロ戻ったところに久万の町がある。
空腹で腹が痛くなり体に力が入らない。
今日1日何も食べてない体で40キロ越えはさすがにまずかった。
疲労と空腹で膝が折れ、何度もアスファルトに倒れこむ。
車もほとんど通らないし10キロ先まで商店もない。
10キロって早歩きでも2時間はかかる距離だ。
しんどすぎる。
あまりにも腹が空きすぎて、どうにかならないかと腹と背中を両腕で圧迫すると空腹が少し紛れることを発見した。
もうホントに、ホントにヤバくて、10メートルくらい歩いては膝をつき、息も絶え絶え起き上がって、また10メートルくらいで倒れて、ガードレールにつかまりながら立ち上がってまた倒れる。
暗闇の静寂の中で地面にうずくまる。
マジで死ぬ………………
気力を振り絞って久万の町まで戻ってくると、遠くにコンビニの明かりが見えた。
山崎ストアだったかなんだったか。
弁当を買い、バス停のベンチにドサッと座った。
ゆっくりと弁当の蓋を開ける。
目の前に食い物がある喜び。
嬉しすぎてすぐには手をつけられず、もったいつけて箸でつまみ上げ、ニヤニヤしながら上とか下とか横とか色んな角度からその食べ物を眺める。
貧乏すぎ……………
ゆっくりと口に入れ噛みしめる。
この時からだなぁ。
食事の前に必ず合掌するようになったのは。
腹いっぱい食べられることはなんて恵まれたことなんだろうと思い知った1日だった。