2006年5月11日 【岡山県】
迷子になっていた。
はるかな空の下、広大な山地の中の谷間をちょろちょろと走っていく。
木々の中にぽつぽつと見える民家は、日本昔話によく出てくるような屋根のおっきな農家だ。
農道がうねうねと山の中にアミダのように通っており、そこをなんとなくこっちかなとハンドルを切っていく。
こういう迷子も悪くない。
「ただいまー。」
「はい、おかえりなさい。」
つい5ヶ月前に来たばかりの岡山県川上町の婆ちゃんちに到着した。
庭の畑をいじっていた婆ちゃん。
相変わらず元気だ。
「そがーな漫遊の旅ばぁしとるとおえまぁー。」
日本中を旅している俺でも岡山の備中言葉はかなり解読が難しい。
まぁ小さいころから聞いているから慣れてはいるが。
俺がお遍路に行くにあたって、富良野の中田のおばちゃんが手編みのわらじを3足、お婆ちゃんの家に送ってきてくれていた。
着古したゆかたを裂いて生地にして編んだ上等なわらじだ。
一緒に入っていたジンギスカンキャラメルは吐き気がするほどまずかった。
「あー、こがぁは割合歩きにくかろー。鼻緒が長いでぇなぁ。一里も歩けば擦れてえれぇで。」
このあたりの民家はどこも農家。
もちろん婆ちゃんの実家も農家。
子供のころから家を手伝い、小学校にあがる歳には藁でわらじを編んだり縄を結ったり笠を編んだりしていたという。
なのでわらじの具合に詳しい。
昔の人はなんでも自分で作れたんだよな。
いやー、日本昔話。
「婆ちゃん、どっかこの辺タバコ売ってる?メンソールなんやけど。」
「そがぁなもん知らん。」
爺ちゃんも婆ちゃんも叔父さんも元気だ。
みんなで晩ご飯を食べながらテレビを見て、この日は布団でゆっくり眠った。
翌日。
ノソノソと布団から出てぼーっとテレビを見る。
茶を飲み、ゆうべのすき焼きの残りをつまむ。
窓を開けると暖かい春の風が優しく吹き込む。
癒しのCDとかでよくある小鳥のさえずりや川のせせらぎがそのまま耳に入ってくる。
縁側で生落花生をすり潰している婆ちゃん。
庭の植木の手入れをしている爺ちゃん。
今日は金曜。
田舎の人に週末なんて関係ない。
昼前にもう1人の叔父さんの奥さんがやってきてみんなでお昼ご飯を食べた。
帰りにはダンボール箱2つの手土産。
その他にも果物や野菜、植木などなど、何でもかんでも持たせる爺ちゃん婆ちゃん。
息子の嫁だから、婆ちゃんからしたら義理の娘だ。
かつてここに嫁入りした時、とんでもない田舎でびっくりしたことだろうな。
俺のお父さんも、お母さんをもらいに挨拶に行った時、どこまで山に入るんだ?と驚いたと言っていた。
ここがお母さんの、そしてお婆ちゃんの代々の土地なんだよな。
あ、いや、お婆ちゃんは嫁いできた人だから、奥さん側を辿っていったらどこまでも遠くにルーツが散らばっていく。
お婆ちゃんのお婆ちゃんはどこから来た人なんだろう。
その人にもお母さんがいて、どこかから嫁いで来た人なんだよな。
気がついたらいつの間にか夜になっていて、テレビを見ながら晩ご飯を食べる。
婆ちゃん手作りのこんにゃくと落花生豆腐。
うまい。
テレビに映ってるヤラセ丸出しのわざとらしい演出に、声を出して一喜一憂する爺ちゃんたち。
田舎の人にとってはテレビはまだまだ神様だ。
それにしても体が熱いな。
鼻水が止まらない。
なんかだるいな。
熱を計ると37.5℃あった。
うわー………………
これからお遍路が始まるっていうのに……………
まぁわざわざ風邪の時に出発することもないか。
もう少しゆっくりして体調を万全に整えてから出発しよう。
翌日。
朝になってもやはりまだ熱は引いてなかった。
んー、やっぱりもう1日ゆっくりするか。
お遍路の出発に備え、ひとつひとつ装備を確認していく。
といってもろくに何も持って行くつもりはないんだけど。
唯一持って行くのはもちろんギター。
こいつをどういう風に持つか頭をひねらせる。
手で持って歩けば手のひら中マメだらけになるだろうし、一方の肩に担げばすぐに肩がはずれそうになるだろう。
理想は両肩に重さがくるようにし、さらに腰骨にひっかけられる形。
それが1番楽な方法だと思う。
歩く辛さは沖縄で嫌というほど思い知らされている。
最初はなんでもなくても、そのうち1ミリのヒモのずれ、そして1グラムの重さが悪魔のように襲いかかってくる。
用意しすぎて悪いことはない。
とは言っても楽観的であることは否めないが。
鳶の時に使っていた工事用の安全帯が車の中にあったので、そいつをギターに結びつけた。
これで肩から下げるとしよう。
外はざーざー降りの雨。
明日は晴天になる予報だ。