2006年2月28日 【三重県】
伊賀上野は深い山々に四方を囲まれ、さらに京に近いという地の利で、隣町の甲賀と並び、昔から忍者の里として名高い場所だ。
が、それだけではなく意外な人物の出身地でもある。
『旅人と 我が名よばれん 初時雨』
んー、旅してる身からすると沁みるなぁ。
松尾芭蕉だ。
というわけで彼の生家と上野公園にある記念館へ行ってみることに。
1644年にこの伊賀上野に生まれた芭蕉さん。
俳句の勉強をしまくってそれなりに有名になり、36歳から色んなところを旅する俳人になる。
45歳のころに行った奥の細道紀行は誰もが知ってる有名なものだし、日本の旅人の先駆けだ。
人生の機微を日常の中の何気ない風景に見つけようとした芭蕉さん。
初めてじっくり彼の作品に向き合ってみた。
んー、フォークだなぁ。
フォークと思うと何となくその深さが垣間見られた気がする。
時の流れを偲び、自然ありきの人間と認める。
こういうのを『わびさび』っていうんだろうな。
いやぁ、俳句怖い。
まだ足を踏み入れたくない。
深すぎて。
それから伊賀流忍者博物館にやってきた。
忍者だよ忍者。
その秘密めいた存在は世界中の人の心を捉えて離さない魅力がある。
忍法影分身!!って世界中の男の子が一度はやったことあるよな。
キャラクターが立ってる。
700円払って茅葺きの民家を利用した博物館に入る。
「いらっしゃいませー。」
出てきたのは忍者の格好をした若い男の人。
どうやら忍者さんが中の案内をしてくれるようだ。
ここは実際に伊賀の忍者が住んでた古くからのお屋敷らしく、いたるところに忍者らしい仕掛けが潜んでいるとのこと。
「えー、こちらなんですけども…………」
スッ
あ、あれ?あれ!?!?
い、いなくなった!!
カクレミの術か!!
クルリ、パタン。
いきなり壁板がクルリと回って裏に隠れていたお兄さん。
「えー、この仕掛けをどんでん返しといいます。」
す、すげぇ……………
仕掛けもすげぇけど、この兄さんの動きが俊敏すぎてマジで一瞬でいなくなってしまった。
音もなく。
「えー、こちらがですね、シュバババ!!!」
マジで目にも止まらぬ速さで階段の板を外してそこから武器を取り出して構える兄さん。
だから早すぎる!!!
忍者すぎる!!!
「まぁ練習してますから。ニヤリ。」
忍者すげえ…………
ていうかこの兄さんがすげぇ……………
ていうかスタッフにこのクオリティーの練習をさせる博物館の方針がすげぇ……………
地下には忍者の資料館があり、武器や戦い方、生活ぶりなんかが展示・解説してある。
常に体の左側、心臓を下にして寝る。
体重は60キロ以上になってはいけない。
火薬の調合を常に研究しており、自分たちだけの暗号や文字を使う。
などなど、忍者の心得を密かに勉強できる。
「術とか塀の上にジャンプとかあんなのはウソです。人間ですから。」
夢も希望もないようなことを言う、くのいち姿の売店のおばさん。
おばさんの話では、伊賀、甲賀、加賀、雑賀と、賀のつく地域は忍者の里として秘密の道で繋がっていたという。
うーん、謎が多い……………
「忍ですからね。文献とか資料とか極端に少ないんですよ。」
忍者の末裔はいても、忍法を受け継いでる人なんていないですよ、とスタッフさんは言うが……………怪しい。
実は今でもみんな手裏剣とか隠し持ってるんじゃなかろうか。
普段サラリーマンしながら実は秘奥義を身につけてる人とか、裏の格闘技界では有名な忍法使うやつとか、代々妖刀を家宝としている家とか、そんな漫画じみたロマンをどうしても抱いてしまう。
忍の世界は闇の世界。
情報も残さずに消えていったのかな。
いやー、日本は深い。
結構本気で思う。
上野城を見学してから、飯食う時間も惜しんで山を駆け抜け、ようやく伊勢の町まで降りてきたが、残念ながら今夜は雨。
ネオン街には歩いてる人なんか誰もおらず、静まり返っていた。
今日は路上はやめとくか。
お好み焼き屋『桃太郎』で腹ごしらえして辰巳温泉という銭湯へ。
60年の歴史を持つ下町のひなびた銭湯だ。
ちっちゃな兄弟が、なんやねんー!!とわいわいケンカしながら上がってきてパジャマを着て、お風呂セットを常連さん用の棚に置いた。
「おやすみなさい!!」
「はーい、おやすみー。」
元気に挨拶して帰っていく男の子たちを番台のお婆ちゃんが見送る。
いいなぁ。
いい風景だ。
銭湯には日常の何気ないドラマが溢れてる。
雨の中、コンビニに車を止めて日記を書く。
歴史を学ぶということは自分の生のルーツを探ること。
何百年もの間、人間がどう考え、どう動き、どう時に翻弄されたか、それを学ぶと今の時代に対して新しい角度からの見識が生まれるし、自分を深く見つめることができる。
古刹の仏像を前にすると悠久の時のタイムトラベルができる。
これが何とも楽しい娯楽だ。
像にこびりついた膨大な人数の膨大な回数の願のとぐろ。
人間って何なんだろうなって思わされる。
考えることは学ぶことだ。
ジョニミッチェルも言ってる。
人生って勉強すること。
もっともっと人間を観察して勉強して、いい詩が書けるようになりたいな。
翌日。
さてさて、三重県のメインといえばなんといってもお伊勢さんだ。
2000年というはるかな昔、古代国つくりの神、天照大神を祭った日の本で最も古い神社の1つ、伊勢神宮。
平安時代になると伊勢神宮にお参りすることが民間でも人気になり、太平の江戸時代には庶民たちの物見遊山の人気爆発。
日本中から参拝客が押し寄せ1日に15万人もの着物ちょんまげが鳥居をくぐったという。
街道筋には旅籠や茶屋、遊郭、渡し舟がごったがえし、大江戸さながらの賑わい。
当時の庶民の旅は色んな許可を取らないといけなかったりかなり規制が厳しかったらしいのだが、お伊勢参りが目的ならばほとんど大目に見られていたというから驚きだ。
そんな伊勢神宮には外宮、内宮と2つの建物があり、それぞれ5キロほど離れている。
メインは内宮。
外宮は内宮の鎮座から約500年後に創建された場所で、衣食住の神を祭っており、日々ここで古式にのっとった調理法で食事が作られ両宮に供えられている。
たいがいの人は内宮だけしか行かないようだけど、この外宮から先に参拝するのが正式なお伊勢参りとのことだ。
というわけで霧雨が薄くけむる外宮に到着。
パーキングが無料ってのがイカす。
鬱蒼とした森へ続く鳥居をくぐる。
他に観光客の姿はほとんどなく、静寂が立ち込めている。
うおー……………日本人の宗教、神道のメッカ、日本人なら死ぬまでに1度は訪れるべきといわれるあの伊勢神宮に踏み込んだぞ。
日本トップレベルの聖域の中をゆっくり歩いていく。
大木の木々の隙間に潜むいくつもの社。
そして正殿に着いた。
ここは撮影厳禁。
とはいっても、門と柵が4重に張り巡らされているのでとても正殿を撮影することなんてできないし、目視ですら見ることはできない。
この地球上で、同じ地上なのに、絶対に踏み込むことが出来ない神域が目の前にあるっていう事実に軽く震えがくる。
明らかに空気が違うもん。
人間の念とか、そういうもんを超越した厳然としたルールのようにすら感じる。
下宮をお参りしたら車に戻り、次に内宮へ向かう。
とその前に昼飯。
ちょっとわかりづらいとこにある食堂『起矢食堂』は一見ただの地元客相手の小さな食堂なのだが、実は知る人ぞ知る伊勢うどんの名店。
おー、これが有名な伊勢うどんか。
醤油のような濃いダシに太目のモチモチした麺がからむ。
400円。
こりゃうまい。
さぁそれじゃあ内宮へ行くぞ。
外宮よりもこちらの方がはるかに人が多いんだけど、それでも駐車場はタダ。
素晴らしい。
神域と俗界を隔てる五十鈴川にかかる宇治橋。
江戸の最盛期にはこの橋の下で槍に見立てた網を振り回し、参拝客に小銭を投げてもらって鮮やかにキャッチする芸が流行ったらしく、1日で半年食っていけるほど稼いでいたというからすごい。
どの時代もみんなアイデアで稼いでいたんだなぁ。
かつて全国から参拝を夢見て旅をしてきた者たちは、どんな気持ちでこの橋を渡ったことか。
心して境内へ。
歩いていて不思議なことに気づいた。
境内にある建物が全て新しく見える。
こんなにも歴史ある神宮だというのに、どういうことだ?と思ったんだけど、実はここにある建物は長くても20年以上経っていないという。
なぜならこの外宮・内宮の建物は20年に1度の周期で全て造りかえられるから。
建物も作り直すし、場所も少しだけ移動する。
これを式年遷宮といい、こうすることにより古来の建築技術が途絶えることがないんだそうだ。
なるほどー。
確かに50年単位とかで作り替えてたら昔の技法を持った職人がいなくなってしまう可能性があるもんな。
そういう目で見るとこのお宮ひとつひとつが生き物のようにさえ見えてくる。
20年のたびにとてつもない量の木材を使用するんだろうけど、地球の資源よりも伝統を重んじているところに凡人の考えの及ばない世界がある。
こちらも正殿は撮影厳禁。
いやぁ、身が引き締まるわ。
参拝を終えたら外にある土産物街のおかげ横丁を歩き、それからお伊勢参り資料館へ行ってみた。
何百体もの人形と細やかなジオラマで江戸時代のお伊勢参りの光景が描写されている。
家族や藩の主に内緒で家を出てお参りした『ぬけ参り』。
周期的に発生した団体による『おかげ参り』などなど、ひと口にお伊勢参りといっても様々な歴史がある。
全国から集まってきた参拝者たちが足止めをくうのが市内に流れる川、宮川。
舟の渡しが間に合わず、川原はいつも大混雑。
おかげで茶屋はごったがえし、連日お祭り騒ぎだったそうな。
昔の参拝はその村の代表者たちが村人たちの願いを託されて長旅をしてお伊勢参りするというものだったらしく、そのためたくましい男が多かった。
なので遊郭も大繁盛。
1000人以上の遊女たちが街道に彩りを添える。
もちろん芸人もたくさん。
道端で三味線弾きなどの大道芸人たちが芸を競い、投げ銭をもらっていたそう。
そもそも芸人とはエタ・ヒニンの下に位置するとても蔑まれた存在だった。
体に不具のある者の生業なのだから五体満足の者がするようなことではないというのが常識。
現代ではテレビの普及により芸能人は偉いという風潮があるが、江戸の昔はコツコツ働くものの方がはるかに偉いという時代だった。
伊勢にはそんな芸人たちが全国から集まっていたそう。
全国から腕だめしの芸人が集う。
伊勢の芝居小屋で演じることは芸人たちにとってステイタスとなっていたそうだ。
よーし、それなら現代の大道芸人である俺も一発かましてやろうかと思ったが、残念ながら今日は雨だ。
あー、せっかく伝統のお伊勢参りで路上やってやろうと思ってたのになぁ。
まぁしょうがないか。
ホント、江戸時代の風俗って面白いよなぁ。
知れば知るほど今も昔も変わらないんだと思う。人間の心はいつの時代も一緒だ。
さてさて、日本人の義務といってもいいお伊勢参りをすまし、これ以上ないほど身も心も清められたところで向かったのは風俗でございます。
風俗!?!?
お伊勢参りの後に!?!?
いやいや、昔から物見遊山といえば女遊びはつきものですね。
そう!!
お参りの後に風俗に行くのは伝統的な正しい道順でござりんす!!!
というわけで全国でも噂に名高い『売春島』に向かいましょう。
この三重には島全体が風俗というマニアの間のみで語られる秘密のパラダイスがあると聞いています。
ふおおおおおおおおおおおお!!!!!
秘密の場所楽しみいいいいいいいいいい!!!!
死ぬほどワクワクしながら森の中の細い生活道路みたいな道を走っていくと、しばらくして荒れ果てた岸壁に出た。
このあたりはリアス式海岸で陸地が入り組んでおり、島も多いので、こういったさびれた船着場がたくさんあるようだ。
車を止め、小さな無人の小屋で待っていると、500メートルくらい沖に見える島からゆっくりと漁船がやってきた。
エンジン音を上げながら接岸する船。
ギュウギュウ詰めで20人乗れるかなってくらいの大きさだ。
150円払って島の人らしき婆ちゃんと一緒に舟に乗りこむ。
150円て。
完全に地元の人用の足やん。
ほ、ホントにここで合ってるのか…………?
こんなローカルな交通手段でしか辿り着けないのかよ……………
情報がなかったら100パーセント見つけることできんやん…………
問題の島には2~3分で着いた。
寂れた港に降り立つ。
色あせた看板が放置されている。
ベンチに腰掛けている婆ちゃん。
ここが売春島?
どっからどう見ても普通ののどかな島にしか見えないが………………
するとその時、ベンチにいた婆ちゃんがニヤニヤしながら近づいてきた。
「遊びに来たのかい?」
お、おおお………………
マジですか……………
田舎の善良な婆ちゃんにしか見えないのに実は風俗の呼び込みとか、ギャップがありすぎて頭パニックになる。
噂は本当だった。
そう、そこら辺に見える古びた民家も実はほとんどがいわゆる『ちょんの間』なのだ!!
昔は地図からも消されていたこの隠れ島。
その歴史は古く、江戸時代から遊女の島として存在しており、昭和の漁業最盛期には遠洋の船乗りたちでごった返していたという。
借金のかたとかで売り飛ばされた女の子は全国の風俗街に沈められるもんだけど、そんな中でもすぐに店から逃げようとするようなやっかいな女の子たちがこの島に送り込まれていたんだそうだ。
そんな最盛期から時は流れ、今はほとんどが東南アジアからの出稼ぎ女らしい。
「今はもうずいぶん減ったなぁ。」
不況のあおりか、わざわざ島まで女の子を買いに来る人もだいぶ減ったとしみじみ語るシワだらけの婆ちゃん。
歩いてみると、メインストリートにある大きな旅館も軒並み潰れており、半ば廃墟の島といった印象さえある。
島全体を歩いて散策してみた。
島の中心部から離れると、いたるところに雑草や雑木林に埋もれた廃墟のアパートがある。
きっとかつての最盛期にはたくさんの女の子がここに住んでいたんだろう。
そんな一見廃墟のような建物のひとつから女の人の声がわずかに聞こえた。
日本語じゃない、どこか外国の言葉だ。
昼間穴ぐらでうごめく女たちは日が落ちるとどこからともなく町に現れて男を誘う。
こんなとこでヤクザさんに甘い汁吸われるだけ吸われて使い捨てか……………
これも人間なんだよな………………
1時間かけて島を一周し、港に戻るとさっきの婆ちゃんがまだベンチに座っていた。
その横を小学生くらいの子供たちがキャッキャと走っていく。
この子たち、いつか島を出て他所で、「出身は?」って聞かれてなんて答えるんだろう。
きっと答えづらいだろうな。
なんかすげぇ陰鬱な気分になってきた。
めっちゃブルーな気分になってしまい、とっとと戻りの船に乗り込んだ。
え?
買ってないやんって?
そこまで行って買わないのかって?
うん、そんなお金ないです。
貧乏人は大人しく車で寝ます。
社会見学です。
いやぁ、社会って本当、普通に生きてたら知ることのない闇があちこちにあるもんだわ。
知らないだけで、普段暮らしている生活の真横にも、実は隠された世界が広がっていたりするんだろうな。
勉強になるわ。
人間ってドロドロしてるなぁ。
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