8月9日 木曜日
アパートの一室で目を覚ます。
リビングに行くが、夜人間のベンツさんはまだ自室で眠っている。
今日でベンツさんの家を出て行く。
3日間もお世話になってしまったが何もできないので、せめてキレイにしていこうと床を掃き、食器を洗った。
そこにベンツさんが起きてきた。
音楽を愛する渋い男とコーヒーを飲む。
「これ持って行きな。ボーデを忘れないためにもね。」
そういって渡してくれたのは、毎年このボーデで開催されているミュージックフェスティバルのスウェットパーカーで、背中に2010年の文字とその年の出演アーティストの名前がプリントされている。
するとパーカーのポケットから何かが落ちた。
それは200クラウン札だった。
しかも2枚。
「No! please no!」
「Shut up Fumi. Shut up.」
そう言ってベンツさんはニコッと笑った。
ベンツさん、あなたが教えてくれたたくさんのこと、しっかり胸に刻んで旅を続けます。そして日本に帰ってからも。
1人、郊外に向けて歩く。晴れ渡る青空。道路の向こうに雪を残した山の連なり。
次の目的地はここから710km南に下った、ノルウェー中部にある国内第2の街、トロンヘイム。
かなりの長距離ヒッチになるのでおそらく丸2日はかかるだろう。
バッグがかなり軽くなったのは、山のようにあった硬貨を紙幣に両替してもらったから。
ちなみに銀行ではなく郵便局で。銀行なんにもしてくれねぇ。
さて行こうかい!
腹ごしらえをして12時、ヒッチスタート!!
1台目 気さくな兄さん
バックパッカーである彼。旅の話をしながら30km!
2台目 気さくなおじさん
ブロードバンドの仕事をしてるらしく、この海の下にも光ファイバーケーブルが走ってるんだよと教えてくれた。
ファルスケの町まで。
3台目 おしゃべりで陽気な女の子、テレサ
彼女もまたバックパッカーとしてヨーロッパ中、そして南米を旅してきたツワモノ。
ヨーロッパ人は旅人が多い。
これからサマーハウスに新しい車を取りに行くところなんだとウキウキしてるテレサ。
車の中で一曲歌うと、すごく喜んでくれ、みんなにも聞かせてあげて!ということに。
北欧の人々はみなサマーハウスというものを持っている。
別荘みたいなものだ。
田舎ののどかな湖畔なんかにそういう別荘地帯があったりして、みなそこで釣りをしたりバーベキューをしたりして短い短い夏を楽しむのだ。
やってきたのはロブナンの町の郊外にあるこれまた静かで美しい湖畔の別荘地。
緑輝く芝生と木立の中にお決まりのトランポリンがあるゆったりとした一軒のサマーハウスへ。
そのテラスにはテレサの友人家族がいて、この謎のアジア人を快く受け入れてくれる。
好奇心旺盛な子供たち、精悍で紳士な父親、優しそうなお婆ちゃん。彼らにとって俺はどういう風に見えたのか。つかの間の闖入。
お婆ちゃんの作ってくれた家庭料理がもう、最高!
薄く焼いたパン生地に大好きな溶かしたブラウンチーズをたっぷりとぬったおやつを頬張る。
コーヒーを飲みながら旅や日本の話をして盛り上がっていると、そこにテレサの新しい車がやってきた。
白いボルボに飛び上がって喜ぶテレサ。
みんなとハグをして別れ、テレサにログナンの町外れまで送ってもらった。
「あの山の向こうがモーイラーナだから。会えて嬉しかったわ。」
テレサありがとう。
最高の気分で田舎道を歩く。
一本道の先には雪をかぶった大きな山が立ちふさがっている。
美しい牧草地と山から流れてきた川が太陽にきらめいている。人生は素晴らしい。
よーし、あの山を越えたモーイラーナまで行くぞ!
4台目 ボロ車の兄さん
見るからにボロい車に乗せてもらい、山に突入!
そしてコントのように車、故障!
ウケる(´Д` )
エンジンをかけようとしてもバッテリーが上がっててセルが回らない。
山の中で2人で車の下に潜り込んでタイミングベルトの交換をこころみる。しかし、素人にできるはずもなく無駄に手をオイルでベトベトにして服を汚して終了。森の中で途方に暮れる2人。
何やってんだ?
そこに兄さんの奥さんが救出にやってきた。
彼女の車とバッテリーをつないでエンジンをかける。
さて、行こうか、とギアを入れたらエンスト。
またバッテリーを繋ぐ。
また発進しようとしてエンスト。
諦めの悪い兄さんはそれを4回繰り返し、ようやく無駄だということに気づいて牽引で帰ることに。
奥さんの車の後ろに伸縮性のあるナイロンの牽引ロープをかける。
いざスタート!!
ドガン!!
ちょ!奥さん!運転荒すぎ!
そんな急発進!
あぁぁぁぁぁーーー!!!
「easy!! easy!!!」
「オーマイガァァァァ!!!(兄さん)」
ロープがぶっちぎれそうな急発進で俺たち車の中で転げ回る。坂道を80kmで下っていく!!
「あ!あぁぁぁー!!」
全神経を集中してサイドブレーキを握りしめている兄さん。
80kmでカーブ!!死ぬーー!!
10分後、山の中のドライブインに到着。
「ハァ、ハァ、Good luck.」
兄さんこそグッドラック。
地獄のジェットコースターから開放されて、ヒッチ再開。
5台目 おじさん
ノルウェーの国旗が立てられた車、ムースの形のカッティングという愛国心むきだしの車。後部座席の真ん中では、ノルウェーのゆるキャラ、ノルウィージャントロールがにやついている。
「ほら、ここで写真を撮るといい。」
そう言って車を止めてくれたおじさん。
冷たい風が吹きすさぶ荒涼とした高地を、夕陽が赤く染めている。
目の前には何やらモニュメント。
そうか、ここはアークティックサークル、北極線。
フィンランドのロブァニエミから入った北極圏から、無事帰ってくることができたんだ。
俺はもうどこにだって行けるぞ。
夜10時、モーイラーナの町に到着。
ツーリストインフォメーションの建物の軒下にマットを敷いた。
サマーハウスのお婆ちゃんが渡してくれた紙袋を広げると、ブラウンチーズが乗ったパンが入っていた。
お婆ちゃんが焼いたパンと言っていたこのパン。とてもポピュラーなお弁当で、ノルウェーの母親たちは学校に行く子供や仕事に行く旦那さんにこれを持たせるらしい。
ずいぶんと夜が夜らしくなってきた暗がりの中で、パンにかじりついた。