派遣ってなんでもやるからいくらでも仕事ありそうなもんだけど、実は休みになることも結構あるんだなぁ。
バイトが休みで、光ちゃんが仕事忙しくてレコーディングもできないとなると何もすることがないので、他にもなんかバイトをすることにしたんだけど、
まさかもう1度この言葉を言う日が来るとは…………
引越しバイトはしないほうがいい!!!!!
ああああ…………去年の今頃、京都の引越し屋で味わった地獄の苦しみ。
もう絶対、何があっても引っ越しバイトだけはするものかと固く心に誓っていたのに、給料いいからつい面接行ってしまった。
やっぱりこの新生活の時期は引越しのバイトが1番金になるんだよな…………
そんな引っ越しバイト初日。
トラックに乗り込んで東京に向かい、到着したのは、高層ビルに四方を囲まれた昼なのにジメジメとした暗い1軒家。
横のマンションとの隙間は30センチくらい。
陽なんて一切当たらない断崖絶壁の底。
疲れたお爺さんが投げやりに全部持ってってくださいと言ってる。
でもこんな開発された土地にこんなボロボロの民家があるなんて、きっとこの土地って死ぬほど高いんだろうなと思いつつ家具を運び出す。
2件目はヨーロッパ製の高級家具たちをトラックに積み込み、原宿へ。
お洒落な学生の聖地・原宿のメインストリートから路地に入ったとこの窮屈なビルに、傷1mmつけることが許されない鏡台や棚を運び入れる。
奇抜な格好をした若者たちが、汗だくで死にそうになってる俺に見向きもしないで行き交う。
2件目が終わったころには18時。
やっとあがりかぁ…………
「えーっと………次は杉並だな。」
平然と3件目へ。
う、嘘だろ…………
しかも最後がナシヨンのナシサン!!!
エレベーター無しの4階から運び出して、エレベーター無しの3階に引っ越し!!!!
うおらあああああああああああ!!!!
もっと良いとこに引っ越せやコノヤロウ!!!!
4階からダンボールや家具を階段ダッシュで下ろしていくんだけど、すでに1日走り回っているので腕に力が入らない!!!
足があがらん!!!!
精も根も尽き果てぐったりしてるのにまだ搬入がある。
エレベーターなしの3階に階段ダッシュ。
下から2段飛ばしで駆け上がってくる先輩から荷物バトンタッチして、上から4段飛ばしで駆け下りてくる先輩にバトンタッチする。
俺の移動距離ほとんどなし。
「オラ!もっと頑張れ!」
腕ちぎれる…………
口から魂っていうか内臓出そうになりながらトラックで会社に戻っていく。
「金丸君って何かやってた?」
「は……はい………1年前に10日ほど引っ越しバイトやったことが…………あり………ます………」
「ああ、どうりでねー。動きいいと思ったもん。あ、イノヘッドからどっち曲がるの?」
「左ですよー。」
イノヘッド…………?
ああ、井の頭か…………
そして会社に戻ったのは23時。
この時期でこの時間に上がれるならラッキーな方らしい。
「いつもどれくらい残業なんですか?」
「まぁ、明るくなる前に帰れたらいいんじゃないかな。」
事務所の外で先に終わっていたユウキが待っていた。
「もう…………いやだ…………もういやだ…………」
ユウキも死ぬほどしごかれたみたい。
そんな東京での引っ越しバイトの給料は歩合制だ。
だいたい1日の流れが、
・1件目が5千円
・2件目で3千円
・ダンボール回収2件で1000円
・ご祝儀3千円
・あと早出2時間・残業4時間で1200円
しめて13200円。
時間外が1時間200円て…………
こんなにきついのに割に合わないよ。
死にそうになりながら会社のロッカーで私服に着替えていると、向こうで先輩たちの話し声が聞こえる。
「俺この前、自衛隊あがりを吐かせましたよ。訓練よりきついって。」
「おもしれーよな、辞めさせるの。殴る・蹴る・泣かす・吐かす・帰す。ははは!」
なんでかわからんけど引越し屋ってほんとこんな性格ネジくれた奴ばっかりだ。
あー、ていうか早く東北行きたいよ…………
そんな引っ越しバイトと派遣バイトが両方ポッカリ休みになってしまった時は東京観光もしといた。
東京ももちろん日本一周の中の大事なパートのひとつだもんな。
てなわけでやってきたのは秋葉原。
駅を出た瞬間、片側3車線の道路が歩行者天国になっている。
すげえええ!!
両側のビルというビル、全てが電気屋!!!
『~電気』、『~無線』、『~カメラ』、OA機器やらデジカメ関連やらの文字が溢れかえっている。
さすがは世界一といわれる電気店街。
マニアックな店探検にはまってしまう。
駅下のアリの巣みたいな迷路には、広さ2畳くらいしかない極小のお店がどこまでも続いている。
何に使うか1ミリもわからないビーズみたいな金具類が無数に入った棚の後ろに30センチ四方くらいの穴が空いていて、オッさんがそこからモグラ叩きみたいに上半身だけ出して商売している。
座ることもできんような狭さ。
どこから入ったんですか?
それにしても町中にアキバ系わんさか。
日本中のオタクの精鋭たち。
ケミカルジーンズに襟首ダルダルのTシャツをバシッと入れ、3日間くらい風呂に入ってなさそうなベタベタの髪の毛を後ろで結ぶという、妥協のないファッション。
何が入ってるか知らないけどパンパンに膨らんだリュックを背負って、少女マンガの専門店みたいなとこであごに手を当てて笑っている。
エヴァンゲリオンの女の子のフィギアをしげしげと眺めてる太ったおじさん。
『剣入荷!日本海軍大尉使用!』
なんて張り紙のしてある店に入ると、ファイナルファンタジーに出てくるようなかっちょいい剣や怪しげな武器が所狭しと並んでる。
ふと気づくと、目の前の小さな液晶に俺とユウキが映っている。
「え?これどこから撮ってんの?」
周りを見ても全然わからん。
横の棚に『極小監視カメラ使用例!』とシールの張ったハンドバッグが置いてある。
近づいてよく見ると、小さな穴からキラリと光るレンズ。
悪用しかされないと思う…………
バチバチバチ!
なんだ!と振り返るとカウンターの中に立っている胡散臭そうな店長が、ごく平然とスタンガンで遊んでいる。
ガラスケースの中には様々なグレードのスタンガンや手錠。
ポップを見てみると、
『護身用!』
悪用しかされないと思う…………
そんな中で周りを見ると、全ての奴がストーカーしてますみたいな顔つき。
犯罪者養成所やな。
奥にはアダルトコーナーがあるのだが、ロリもの・アニメものばっかり。
それをまじまじと見ているバンダナのデブ。
秋葉原怖ぇ…………
別の日にはレインボーブリッジを渡って海の向こうにあるお台場にも行ってみた。
下が一般道、上が首都高速という二重の橋を渡っていく。
橋の上から振り返ると、ジオラマのようなビル群の隙間にプラモデルみたいな東京タワー。
大阪の南港みたいなガランとした感じではなく、隅から隅までビルだらけだ。
フジテレビのあの球体の中にも行ってみたけど別に面白くはなかった。
景色はすごかった。
「うおー!すげー!」
有名な雷門にはめっちゃビビった。
提灯でかすぎ!!!
人力車の兄ちゃんたちがキャバクラの呼び込みよりも熱心に観光客を口説いてる。
門をくぐると仲見世通り。
浅草寺に続く参道の両脇に、出店のようにズラリと並ぶ土産物屋。
扇子、着物、履物、和の雑貨に群がる外国人。
路地に入ると京都とはまた趣の違った下町の古い民家。
そのほとんどが何らかの老舗で、扇子屋では扇の正しい開き方を教えてもらい、刃鍛冶屋では360万の万能ナイフの値段に驚いた。
呉服屋さんで作務衣を見ながらお店の姐さんに浅草のことをいろいろ教えてもらった。
キリッと品ある姐さん。
また来ますと言うと、今度はご飯でも連れてってあげると言ってくれた。
センジ君おススメの天丼屋『大黒屋』へ。
うますぎ!
東京タワーはやっぱり綺麗。
夜の歌舞伎町はやっぱり怖い。
みなとみらいはやっぱりオシャレ。
センター街を歩き、有名な代々木公園にも行ってみた。
石畳の広場に無数のストリートミュージシャンたちがズラリと並んでいる。
ここがあのストリートライブの聖地か。
100mくらいの歩道の両側に、5m間隔くらいで並んで演奏している若者たち。
1人でやってるやつもいればバンドもいる。
密度がすごすぎて音が混ざってわけわからん。
「よろしくお願いしまーす!!」
立ち止まって聞いてみると、演奏者の友達かなんかがすかさず近づいてきてチラシを手渡してくる。
ライブの日程表だ。
歩道を端まで歩いたら、両手で持ちきれないくらいのチラシがたまってしまった。
日本全国からプロのミュージシャンを夢見て上京してきてるんだろうな。
きっとみんなそれぞれ、地元じゃ名の知れたやつらだったんだろうけど、そりゃこんだけいたら埋もれてしまうよ。
みんな勝負してるな。
ていうか俺もバイトばっかりしてる場合じゃない。
そんなミュージシャンの卵たちに刺激を受けつつ、俺たちもCD作りに励んだ。
「よし!!今!!!光ちゃんいいよ!!」
「フミちゃん早く早く!!!」
渋谷でCDのジャケット用の写真撮影。
スクランブル交差点が青になった瞬間、走って真ん中に行き写真を撮りまくる。
うん、なかなかいいジャケットができそうだぞ。
そしてとうとう最後となるスタジオ録音に、8回目となるスタジオノアへ。
MTRに赤いランプが点ると、全身のうぶ毛が逆立つほどに神経が張りつめる。
「外灯のしー、ああああ!!!ダメ!!!ごめんもう1回!!!!」
「はーい、今のところダメねー、もう1回ー。」
「くそおおおおお!!!!あとちょっとだったのに!!!」
『外灯の下』の1発録りを終え、最後の6時間が終了した。
外に出るとすっからかんのシャッターストリートにウォーキングのおじさんおばさんがチラホラ。
朝の光が体に沁みこむ。
そのまま六本木の職場へ向かう光ちゃん。
レストランの玄関で寝ときゃ誰か起こしてくれるだろうと力なく笑う。
光ちゃん、忙しい中頑張ってくれてありがとな。
リアルタイムの双子との日常はこちらから