7月25日 月曜日
ヒゲを剃ったのはオンニのお母さんが若くて美人だからってだけじゃない。
今日からヒッチハイクでノルウェーに向かうからだ。
アジア人ということで警戒される上にヒゲまではえてたら、絶対止まってくれないだろうからな。
ほんと、大人しくスウェーデンに降りれば町が続くし危険も少ないだろうに、一度頭に北の神秘を思い浮かべてしまってからもうどうにも止まらない。
こうなっちまったら行かなきゃ収まらないんだよな。
もう一度言うがヒゲを剃ったのはオンニのお母さんがシングルで若くて美人だからではない。
少し疲れたけだるい雰囲気がセクシーだったからではない。
うん。
オンニが町まで送ってくれた。
兄のように慕ってくれた可愛いオンニ。将来の夢はロックスター。
きっとなれるさ。
そして日本に来なよ、と言うと、体をのけぞってギターを早弾きする真似をした。
じゃあな!オンニ!!
さぁ、海外で初めてのヒッチハイクだ!!
目的地までおよそ600km。
昨日のティモさんに聞いた、止まりやすいポイントまで歩いていき、ギターの後ろにガムテープで文字を書く。
うーん……
今まで漢字だったから縦書きだったけど、横書きは難しいな……
アルファベットは文字数多いし。
よし!
ちょっとはみ出したけど完成!
「MUONIO」
ムオニオ
フィンランドの北部の町だ。
ノルウェーとの中間くらい。
今日はここまで行けたら上出来だな。
よーし、ひと気のないとこに連れて行かれて金出せってナイフで脅されるか、そのまま拉致られて謎の洋館に連れて行かれて拷問にかけられて焼き捨てられるか、同性愛者に羽交い締めにされてやられまくるか、
怖いけど同じ人間だ。
フィンランドの人はみんな優しいから大丈夫さ!!
よっしゃー!!止まってくれーー!!
親指を立てる!
通り過ぎる運転手が中指を立てる。
………。。。
………外人のファックがこんなに攻撃力があるとは……
かなりの精神的ダメージを負う。
こんなことでへこたれるか。
日本人だってひどいことしてくるヤツいっぱいいたしな。
それから2時間。
うーん、やっぱりそう簡単にはいかないか。
こりゃ大人しくロヴァニエミで稼いでバスで行った方が賢明かなぁ。
だけど100ユーロもするんだよなぁ。
と考えてるその時!
止まった!!
文武
「I I I,I, I want to go Muonio.」
おじさん
「OK.」
おらぁぁぁぁ!!
外国で初めてヒッチ成功!!
おじさん
「いやー、俺にも日本に住んでる友達がいてさー。」
文武
「………もしかしてハッリさんて方ですか?」
おじさん
「なんだ?知ってんのかい?」
なんと偶然にもハッリさんの友達だった。
もちろんティモさんのことも知っていた。
おじさん
「Small world」
そう言って2人で笑った。
30kmほどのところでおじさんの車を降りると、なにやら手を振ってる若い兄さんがいる。
ヒッチハイカーだ。
ドイツ人兄さん
「あ、あ!ちょ!ちょっと待って!!あー、行っちまった。」
文武
「ヒッチハイク?」
ドイツ人兄さん
「そうだよ、もう2時間もやってんだよ。チックショー。」
文武
「どこ行くの?」
ドイツ人兄さん
「キッティラの町だよ。カウチサーフィンやってんだ。よし、2人でやろう。ドライバーも2人の方が安心するだろうから。」
カウチサーフィンねー。
ロシアに渡る船の中でショッペーが言ってたやつだ。
まぁ確かに2人でやったほうが警戒心は薄らぐかも………
おわっ!!いきなり止まった!!
地元の姉さん
「キッティラ?行くよ。ムオニオまで行くからお兄さんはムオニオまで乗せてってあげる。」
うおーーー!!!
ドイツ人兄さんとガッチリ握手。
220kmゲット!
森の中の一本道を時速100kmで快適に走る。
途中、トナカイの群れにも遭遇したりの楽しいドライブで、あっという間にムオニオまでやってきた。
ムオニオ、小さな町だ。
もうちょっと大きいと思ってたんだが、ひと気のないほんの小さな村。
寝場所を探して歩く。
時間は22時。
いい場所がないまま歩き続けるとやがて住宅がなくなり、森の中の一本道になる。
肩が痛い。それでも歩く。
この辺りは信じられないくらい蚊が多い。今までと比べ物にならないほどの大量の蚊が、歩く俺のあとをついてくる。
ギターを持つ手はすでに十ヶ所以上刺され、顔も、頭も、さされまくっている。
肩が痛くて歩くのを止めると、一瞬にして無数の蚊に取り囲まれてしまう。
歩くのを止められない。
しばらくすると雨が降ってきた。
お腹空いた。
寒い。
これでトラックが来て乗せてくれたら、ビッグジョー&ファントム309そのまんなだな。
逃げ込む屋根もない森の中、雨に濡れながら歩き続ける。あてもないまま。
人は誰かに評価されてこそ自己を確認することができる。
誰もいない今、歩くことだけが生の確認なのだ。
その時、はるか遠くから低くうなりをあげてトラックが走ってきた。
俺は伸びる限りに手を振った。
エアーブレーキの音を聞いた時の俺の顔。みんなに見せたかったくらいだ。
止まったのは巨大なトラック。
背伸びをしないと手が届かないドアノブをやっと引いて助手席によじ登ると、そこには初老の、だけどワイルドでたくましいおじさんがいた。
おじさん
「いいトラックだろう。まぁくつろぎな。」
キャビンの中は洒落たクラブのように革張りになっており、飛行機のコクピットのように数えきれない色んなボタンが整然と並んでいる。
なんだこれ。
トムウエィツの歌、そのまんまのシチュエーションじゃねえか。
狐につままれたような不思議な感覚が低く轟くエンジン音と重なる。
おじさんの腕には古くさいイーグルの刺青が羽ばたいていた。
1時間ほど走っただろうか。トラックはほんの小さな村でゆっくりと止まった。
おじさん
「この川の向こうにこの町と同じ名前の村がある。しかしそこはスウェーデンなんだ。俺はそこに行かなきゃいけない。悪いけどここまでだ。」
トラックを降りると、おじさんが上から荷物を渡してくれた。
そして低いエンジン音とともにトラックが走り去ると、小さな村には静寂が訪れた。
どこまでも伸びる一本道。ここはどこだろう。名もなき村。
真夜中のはずなのに空は明るいまま。
この川の向こうは違う国なんだ。
島国育ちの俺にはどうもその感覚がわからない。
道路沿いにバス停を見つけた。白夜の青空の下、ベンチで寝袋にくるまった。
相変わらずものすごい数の蚊が群がってくる。
蚊を防ぐために寝袋の口を完全に閉じた。
違う国から犬の鳴き声が聞こえた。