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突然の別れ

2017年1月8日(日曜日)
【スコットランド】 スカイ島





フェアリープール。


スコットランド北西部にある僻地の島、スカイ島の奥地に存在する神秘の場所。


エメラルドグリーンの池と無数の滝が織りなす桃源郷で、妖精たちの住処と言われているそう。



というわけで妖精のプール行くぞおおおおおおおおお!!!!!






って車降りたら爆笑レベルの天気。





ウケるー、霧雨と暴風でなんも見えんウケるー。











さ、寒いんですけど……………







ど、どうすんだよ…………こんな中ハイキングとかできるのか………?


妖精のプールに行くにはちょっとしたハイキングが必要と、ネットの情報で軽く見ていた。

ただそれが500メートルなのか3キロなのかわからないのが若干心配。



一応ゆうべ寝た場所はフェアリープールパーキングという専用の駐車場ではあるんだけど、あまりにも僻地すぎて周りには果てしなく何もなく、ルートも書いてないような不親切な看板があるのみ。


フェアリープールまでどれくらい、という表記もない。


まぁそんなハードな道ではないと思うんだけど…………




「うわあああ…………ひどい天気だね…………」



「ねー………これじゃあ妖精のプールにたどり着いてもただの泥池かもしれないね…………」



「でもせっかくここまで来たんだし行こうか!!」



「そうそう!!トロール持って行って妖精たちと一緒に遊ばせよう!!北極圏からやってきた妖精だよー!っていって!」




そうして朝ごはんを食べ、カンちゃんと2人でフェアリープールへと出発した。



これが地獄のハイキングになるとは、まだこの時は知る由もない………




















「いやぁ!!霧雨がスチームみたいで気持ちいいね!!健康にいいかもしれない!!本当もうびしょ濡れ!!」



出発した瞬間、雨でびしょ濡れになりながら歩いていく。

風が暴風すぎて、傘をさそうもんなら一瞬で木っ端みじんになってしまうのでもう諦めて濡れるしかない。


いやぁ!!楽しみだねー!!妖精のプールウウウウウウウ!!!

プールフオオオオオオ!!!!


ゆまちゃんイエエエエエエエイイイ!!!!
















30分ほど歩いたところで道が間違っていたことに気づき引き返す。





ホ、ホヘヒ…………

ただびしょ濡れになっただけの無駄な1時間でこの社会のために何ができただろう……………











駐車場まで戻ってきたら、パーキングの目の前にフェアリープール行きの道の入り口がありました。

バカなの?ねぇバカなの?

なんであっち行ったの?

チクショウボケ!!!!こういうの大嫌い!!!




「ハロー、エクスキューズミー?」



するとそこに、向こうから歩いてきた欧米人の女の子2人組が声をかけてきた。



「あああんん!?なんだコノヤロウ!!俺は今機嫌が悪くてオッパイ触るぞ!!!」



「あなたたちはフェアリープールに行く道を見つけた?私たちは見つからなくて困ってるのよ。」



「え?このフェアリープール行きっていう道じゃないの?」



「そう、そうだと思うんだけど、この道の先にある川が増水してて、橋もなくて渡れないのよ。だから迂回して向こうのほうまで歩いてみたんだけど別の道も見つからなくて。絶対無理なの。」




ほうほう、そういうことですか?

川が増水して渡れない?

ははは、僕は美々津育ちですよ?半獣人ですよ?



子供の頃から全力疾走でテトラポットの上を駆け抜けて、足滑らせてテトラポットの隙間に落ちて全身傷だらけになって死にかけたことのある僕ですよ?

川の増水なんて鍋やってて野菜入れて水が出たくらいのもんですよ?困っちゃうよね!








というわけで鼻ほじりながらその道を歩いていく。




ドイツ人だというその女の子たちも、本当川がひどいことになってるんだから!と一緒に歩いていく。



道はハイキングロードで、荒野の中を遊歩道がのびており、ゴツゴツした岩と草が広がるのみ。

遠くうっすらと山影が見えるが、霧雨に煙ってほとんど隠れている。

おそらく天気がよければすごい見晴らしなんだろうけどまったく何も見えない。


ただひたすらに岩場がどこまでも続いているのみという陰鬱な風景の中に俺たち4人の姿。











10分くらいすると確かに増水した川が道を分断していた。




なかなかの勢いで川が轟々と流れており、普段だったら見えているであろうはずの飛び石が完全に水に飲み込まれている。


ね!言ったでしょう!!とても文明人である私たちが越えられる川ではないわ!!こんな川を渡れるのは信号機が4つしかない町で育って河野鮮魚店でシメサバを買って食べてた半獣人くらいだわ!!とあきらめ顔のドイツ人たち。


ふーん、って鼻ほじりながらジャバジャバ川に入っていきズボンの裾をびしょ濡れにしながら川を渡って対岸に着く美々津育ち。




「な!なんてこと!!我が国の科学力は世界イチなのに!!!」



「大丈夫だよ。そんなにヌメッてないし。手をかすから渡って来なよ。河野鮮魚店のシメサバ美味しいよ。」



そんな半獣人の手を借りてカッコいいトレッキングブーツを脱いで手に持ち、恐る恐る川に入る女の子たち。






「きゃああああ!!冷たい!!足がもっていかれる!!」



「大丈夫!!慎重にここの石に足を置いてね!!おおおっとううう!!手が滑ってうっかり胸を触ってしまってパイ揉み祭りだぜええいい!!」







なんてことにはならずに無事にドイツ人の女の子たちを対岸に渡してあげて、そこからはまたカンちゃんと2人で先に進む。



カンちゃんはオシャレなレインブーツ、俺は革靴とビーチサンダルしか持ってないのでもちろん履いているのはビーサン。

霧雨は変わらず降り続いているが、まぁさっさと着いて戻れば大丈夫だろう。

足も冷たいは冷たいが、雪の中ビーサンで歩いてたこともあるのでこんなんどうってことはない。





















道はどこまでも続いていく。

霧雨の中から現れる遊歩道ははるか遠くに霞んでいる山の谷間に伸びており、一体どこがフェアリープールなんだろうと少し不安になる。


遊歩道の横には轟々と川が流れており、しぶきを上げて逆巻いている。


風は相変わらず、というかどんどん強さを増しており、白い霧雨がうねながら山から吹き下ろしてくる。

俺もカンちゃんも、すでにズボンや髪の毛は水がしたたるほどに濡れていた。


でもこの先に妖精が住むとまで言われている秘境があるんだ。

そう簡単にたどり着けてしまっては神秘の雰囲気も台無しだ。


険しければ険しいほど冒険心がうずくというもの。












しかし道はやがて道と言えるものではなくなってきた。












横を流れる川はいくつもの滝に姿を変え、ものすごい勢いで流れ落ちている。

きっとこれほどの水量になっているのは今が雨が多い冬のシーズンだからのはず。


夏場のハイキングシーズンにはさっきの川も増水しておらず、ぴょんぴょんと簡単に渡れたはずだ。

きっと今日みたいな霧もなく、周辺の雄大な山々を眺めながら快適なトレッキングで家族連れも楽しむような場所のはずなんだけど、今はとにかくひどい。


足元はぐちゃぐちゃの泥まみれで、迂闊に歩いていては足を取られて滑ってしまう。


カンちゃんがコケないよう気を使いながら先の見えない泥道を進んでいく。
















そんな道を歩くこと1時間くらい。

いい加減まだかよと思い始めたところから景色が急に変化した。




さっきまでかろうじて遊歩道と言えなくもなかった泥道がなくなり、ゴツゴツした岩場の坂道になった。


横の川は源流に近くなっているのか轟音をあげて流れてきており、見上げると目の前にそびえる岩山の谷間へと続いている。


あ、あそこを越えていくのか…………







カンちゃんを見ると顔がびしょ濡れになっており、そこに暴風が吹きつけてかなり寒そうだ。

体感温度は何度くらいあっただろう。相当低かったと思う。

俺の素足も少し赤くなっている。




「大丈夫?どうする?行ける?」



「う……うん………大丈夫………暗くなる前に帰らないとね……………」




いくら妖精の住む秘境とはいってもこいつはかなりハードだ。

この悪天候でこの先の道を乗り越えられるか?

そりゃ確かにロマンはあるけども。











岩場を登り始めてから後ろを見下ろすと、遅れて来ていたさっきのドイツ人の女の子2人が岩場の手前あたりで立ち止まっていた。


そして次に振り返ると女の子たちの後ろ姿が見えた。


どうやら諦めて戻り始めたようだった。

うねる雨の中、見えなくなった女の子たちの決断は正しいと思った。



そして、彼女たちのトレッキングファッションとは違いビーチサンダル、ジーパン、町歩き用のコートを着た俺たちは山越えを目指した。
















「カンちゃーん!!足元注意だよー!!崩れやすいところに体重かけたらダメだからねー!!」



「わかったー!!フミ君も気をつけてー!!」



俺が先に進み、ルートを出しながらカンちゃんをリードしていく。

ただの岩場なので、確保されたちゃんとしたルートなどなく、もし間違えて変な方向に進んでしまったらかなり危険なことになってしまう。


足場は大小の石が混ざった不安定なもので、少し踏み込むとザザザっと滑ってしまう。


気をつけないと。



顔を上げると、そびえる山の谷がぽっかりと口を開けて、その向こうに何かがあるような気は確かにする。

しかし谷に近づいたことで、モロに風の通り道になっており、すさまじい風が吹き荒れてまるで侵入者を拒んでいるかのようだ。



カンちゃん大丈夫かな、ていうかこの道で合ってるのか?
本当にこんなにもハードな道なのか?


とにかく進もう。

この岩場の先まで行けばきっと何かが見えるはず。








と、その時だった。












踏み出した右足がザザザっと滑った。

あ、ヤバい。

バランスを崩し、よろめいたが、すぐに両手を地面について持ちこたえた。


しかし、両手を地面についた衝撃で、手に持っていたトロールが指から離れた。




はっ、と岩に掴まりながら振り向いた。

トロールが坂を転がり落ちていくのが見えた。


大丈夫、止まる、すぐに岩場に引っかかって止まる、そんなに大した斜面じゃないはず、止まるはず。



しかしトロールはどんどん勢いを増し、横にぐるぐると回転しながら落ちていく。


そして次の瞬間、トロールは崖の向こうに姿を消した。




「トロールウウウウウウウウウウ!!!!!!!」




後ろからカンちゃんの叫び声が聞こえたけど、暴風がそれをかき消した。


すぐにトロールが落ちた斜面を追いかけた。足元がかなり悪く、俺も転げ落ちそうになってしまう。


フミ君気をつけてええええええ!!!というカンちゃんの声が上から聞こえてくる。



なんとか斜面を降り、トロールが消えた崖の下を覗き込むとそこは激流が逆巻く川だった。


源流が近い岩場の斜面なのでものすごい勢いで水が流れ落ちており、落ちたらひとたまりもないのはすぐにわかった。


あまりの絶望的な状況に鼓動が早まった。







「カンちゃん!!ここで待ってて!!俺トロール探してくる!!」



「えええ!!いや!!危ないよ!!」



「大丈夫!!坂道の下の流れが緩やかなところまで流れ落ちてたらどこかに引っかかってるかもしれん!!ここで1人で待てる!!?」



「ええええええ、ええええええ!!!」




暴風が吹き荒れる山の斜面、霧雨はさっきよりも粒が大きくなってもはや俺もカンちゃんもびしょ濡れだ。

そんな中、カンちゃんをこんな山の中に1人で置いてけぼりにするのか?





ここで糸が切れた。


もう無理だ。
こんな悪天候で行けるような場所じゃない。

これ以上先に進むのは危険だ。

せっかくこんなところまで来たのに目的地を目の前にして引き返すのか?もう一生来られないかもしれないぞ?

そういう思いがチラッと胸をよぎるけど、暴風と雨と、トロールの落ちていく姿がそれを打ち消した。


トロール!!!!トロール!!!!!!!








もうここで引き返すことにして、川沿いをトロールを探しながら降りていく。

轟音をあげながら岩場を流れ落ちていく増水した川。

大小の無数の滝。


これだけの勢いがあったらすぐに下流まで流されてしまったか。

それか岩の隙間や滝壺にハマってしまっているのか。


そんなことはない!!必ずどこかにいるはず!!
あのトロールだ!!必ずどこかに引っかかってるはず!!!!


そう信じて川の中を探しながら降りていく。

見えにくいところがあったらジャバジャバと川の中に入り、対岸に渡って反対側からも探してみる。






「フミ君気をつけてええええ!!!」



雨が勢いを増しており、すでに厚手のコートの袖や裾から水が滴り落ちており、パンツまでぐちょぐちょに濡れている。

暴風はさらに強さを増し、目が開けられないほどの突風で倒れそうになる。






トロールを見つけ出さないと!!!!という気持ちをそれらが根こそぎ奪い去ろうとしてくる。


足はもうほとんど感覚がない。
寒くて寒くて、顔の筋肉がおかしなことになってきている。

俺もカンちゃんも、かなり極限の状態になっていた。




そしてその時、ビーチサンダルが壊れた。

鼻緒がちぎれ、岩場の上をほとんど素足で歩かないといけなくなった。


トロール…………トロール!!!!!

川は渦を巻いて流れている。












アレは台湾のこと。

オーストラリアの知り合いから郵送してもらった荷物を台北で受け取ったんだけど、開けた段ボール箱の中にはトロールが入っていた。




前回の世界一周の時、旅の本当に最初のころにノルウェーのラップランドで地元の人からトロールの人形をもらった。

こいつをお前の世界一周に連れて行ってやってくれと言われ、そこから俺とトロールの旅が始まった。


1人旅だった俺は、ただ風景の写真を写しても俺が行った場所みたいにならないので、モデルとしてトロールを写真に入れた。

それ以来、世界中の絶景をトロールと一緒に写真に収め、それが俺の旅の足跡にもなった。




そんな旅の相棒であったトロールをクアラルンプールで無くし、悲しみに暮れていた俺に、オーストラリアの知り合いから荷物を送りたいからどこかで受け取ってと連絡が来た。


何を送ってくれるんだろ?と全然荷物の中身を知らないまま台湾で受け取ったんだけど、その中身がトロールだった時は本当に驚いた。


まったく同じ型のトロール。

きっとオーストラリアの友人が落ち込んでいる俺のためにどこかで手に入れてくれたものだったんだろうけど、俺にとっては世界中を一緒に旅したトロールそのものだった。



そうして俺は相棒であるトロールと一緒に前回の世界一周を終え、日本に帰った。

北欧から連れてきたトロールに日本という国を見せてあげることができた。










そして今回のカンちゃんとの2人旅。

旅の相棒であるトロールはもちろん持ってきたし、今回はカンちゃんが持ってきた女の子トロールもいる。

俺もトロールもパートナーができて、前回みたいな孤独で過酷な旅じゃない。


また一緒に世界中の素敵な場所を見に行こうって約束したのに……………



トロール!!!!どこだああああああ!!!!!











しかしどこにも見つからなかった。

ずぶ濡れで、手足の感覚をなくしながら川に入って探したけど、この激流の中で見つけ出すのはとてつもなく難しいことだった。





あまりの寒さで精神的にもすり減り、2人とも言葉もなく来た道を戻り、また増水した川を渡り、やっとの思いで車に戻ってきた。


そしてすぐに車のエンジンをかけ、全裸になってずぶ濡れの服を全て着替え、暖房を全開にした。

体の芯まで冷え切っており、震えが止まらない。

壊れたサンダルで歩いてきたことで石を踏みまくって足がアザだらけになっている。










はぁ………とハンドルに頭を押しつける。

目をつぶるとトロールが坂道をすごい速さで回転しながら転げ落ち、崖の下に消えた光景が何度も何度もチラつく。




トロール滑落、そして激流に飲まれて行方不明。




もしかしたら、夏場になって川の水量が減って小川になったとき、ハイキングに来た家族連れの子供が岩に引っかかっているトロールを発見するかもしれない。


そしたらきっと子供は、妖精の住処と言われるこの秘境で川の中に突如現れた謎のトロールに驚いて、奇跡のように感動するだろうな。


なんでノルウィージャントロールがこんな秘境にいるんだ!!ってちょっとした騒ぎになるかもしれない。






そうだよ、ここは妖精の住処。

もしかしたらトロールもここなら居場所を見つけられるかもしれない。


見つけられるかもしれないけど………………




トロール………………

またやっちまった………………


これからはずっと一緒だって心に誓ったのに……………


女の子トロールと一緒に、ずっと俺たちの家で過ごすはずだったのに…………





トロール…………………


このトロールを送ってくださったオーストラリアのアイさん……………

本当に本当にすみません……………





















髪の毛と体が乾き、ようやく手足に感覚が戻ってきて、ゆっくりと車を走らせた。

霧雨の中で羊たちが草を食べている様子がとても寂しそうだった。

小さな集落がダイナミックな自然の中にぱらぱらと散らばっており、本当にここは忘れ去られた土地のようだった。



またいつかこのスコットランドの奥地にあるスカイ島に戻ってくることがあるだろうか。


きっとない。


トロールにお別れを告げてアクセルを踏み込んだ。





























スカイ島を出て、この夜は原野の真ん中ある湖沿いのパーキングに車を止めた。


広大な暗闇が広がる中でヘッドライトを消すと、俺たちの姿は見えなくなり夜の中に隠れた。





布団に包まるとトロールの姿がちらつく。

カンちゃんの叫び声と、暴風と川の轟音。



ああああああ……………トロール………………


トロール……………妖精たちと仲良くやってくれよ…………………

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