スポンサーリンク 世界のために祈る人 2016/10/24 2016/09/07~オーストリア②, ■彼女と世界二周目■ 2016年10月13日(木曜日)【オーストリア】 リーエンツもう、オーストリアという国はなんなの?美しいウィーンがあり、ザルツブルクがあり、グラーツがあり、中世から優れた音楽家を数多く輩出するという豊かな文化を持ち、かつてヨーロッパの大半を支配したハプスブルク家の風格を持ち、さらにはバッハウやチロルのような美しく険しい大自然がある。これで路上でも稼げるんだからもはや楽園。世界のどこが1番綺麗だった?って質問はよくされるけど、今は間違いなくオーストリアって答える。これほどまでにすべてが揃っていて、なおかつ人も上品で礼儀正しくて、愛嬌のある国はマジでない。でも、これって俺が何ヶ月もひとつの国を回っているからなのかもしれない。長期滞在してより深くその国のことを理解したら、他にも素晴らしい国はきっとたくさんある。やっぱり人にしても土地にしても、すべての巡り合わせは縁でしかないってこと。ゆうべこの山の中腹のスペースに車を止めて、朝が来て目の前の絶景に出会えたこともまた縁。ならばこの縁を大事にしてもっともっとオーストリアの魅力を探しに行くぞ。山を降りて国道沿いのパーキングに車を止めた。マックス3時間で2ユーロ。230円。それからギターを持って町に向かうと、ゆうべ散歩して見た町が太陽の光を浴びていきいきと輝いていた。人も結構歩いているけど、そこまで賑わっていないように見えてしまうのは、カフェやレストランのテラス席に人々が座っていないからだ。もうさすがに寒い。みんな店内のスペースでお茶をしており、ドアも夏場のように開けっ放しではなく、ちゃんと閉まっている。でもこれってストリートミュージシャンにとっては気が楽なこと。通りのお店が全部ドアを開け放している夏場は演奏がまる聞こえになってしまうので、どうしても周りの店舗からの苦情が気になってしまう。こうして店舗のドアが閉められ、周囲のアパートの窓も締め切られていたらそれなりにやりやすい。ここ最近は苦情もほとんど言われなくなっていたし、逆にお店の人やカフェのテラスの人がチップを持ってきてくれるパターンもあったので、もしかしたらあがりは減るかもしれないけど、それでも周りを気にせずのびのびやれるのは嬉しいこと。さぁー!通行料払って山を越えてこのリーエンツに来たんだ!!気合い入れていくぞー!!ケバブ食べて元気満タン!!!と、ホコ天のショッピングストリートに行ってみると………………ぬぅぅ…………ゆうべ目をつけていたH&Mとdmの前のスペースで見事に1人の女性ストリートミュージシャンがギターの弾き語りをしている………………常に人が行き交うこの町1番のポイントをガッツリカバーされているのは結構痛い。が、仕方ない。場所取りは早い者勝ちだし、彼女が地元の子なら優先してあげるべきだ。寂しげで綺麗な、透き通った声でポップスを歌う彼女の演奏はヨーロッパの町によく合っていて、こりゃいいパフォーマンスだとコインを入れた。彼女はチラリとこっちを見てサンキューと言った。仕方なくホコ天の反対側の端っこまで行って路上を開始した。人通りはH&M前に比べると全然少ないけど、まぁやれないよりはマシだ。するとすぐに1人のおばさんが話しかけてきた。「あらー!日本から来てるの!?日本大好きなのよ!!日本人の友達がいてね、すごくいい友達なんだけど最近連絡が取れないのが気になっててねぇ。」笑顔が素敵なおばさんで、ちょっとスーパーに行ってからまた戻ってくるわねと歩いて行った。そしてしばらくしてからおばさんは戻ってきてくれたんだけど、なにやら袋を手渡された。その袋の中にはエーデルワイスの小さな鉢植えが入っていた。「私の日本人の友達なんだけど、ずっと毎年この町に来てたのよ。彼はリーエンツが大好きでね。でもこの3年くらい来ていなくて、連絡しても返事がこないの。彼もおじさんだからね、まだ元気でいるのかどうか心配なのよ。2人は帰国した後に東京に行ったりしないかしら?よかったら会いに行って欲しいんだけど……………」おばさんはその日本人男性の写真を見せてくれたんだけど、確かに初老のおじさんで、何かあってもおかしくない年齢だと思った。彼は山登りが好きで、このアルプスを愛していたそう。だからこのエーデルワイスの鉢植えを彼に渡して欲しいと、スーパーで買ってきたようだった。住所と名前も教えてもらえた。「わかりました。まだ帰国は先になりますけど、必ず探しにいきます。」「本当?嬉しいわ!!彼はこのエーデルワイスをきっととても喜んでくれると思うの。ありがとう!!」いつも旅の中で人々に死ぬほどお世話になってる俺たち。そんな俺たちがお返しできることなんてたかが知れている。この託されたエーデルワイスをきっと東京のご友人の元まで運ぶぞ。その後もそれなりに順調に歌っていたんだけど、なにやら急に通りの店舗が店を閉め始めた。12時になったと同時にバタバタと閉まり、あっという間に通りはひと気がなくなってしまった。おいおいマジかよ。こんなの他のオーストリアの町では見たことない。でもこの雰囲気を、どこか覚えてる。あれはスペインを旅している時、これと同じようにお昼どきに町中のお店がほとんど閉まってゴーストタウンみたいになっていた。シエスタだ。人々はゆっくりとお昼休憩を取り、また夕方からお店をオープンされるのがスペインでは普通だった。ラテンのエリアがそうだとしたらイタリアもシエスタがあるのかな?このリーエンツはイタリアとの国境から30キロしか離れていない。だとしたらそうした文化の入り混じりがあるのかもしれない。面白いなぁ。仕方ないので歌ってはみるが、なんせただでさえホコ天の端っこで歌っていたので人が全然通らない。ふとさっきまで女の子が歌っていたH&M前を見てみると、女の子の姿がなかった。お、もしかしたらシエスタ入りで路上を終えて帰ったのかな?だとしたらあそこがベストポジション。すぐに荷物を持って女の子がやっていた場所に移動してみた。H&Mとdmはシエスタ中でも閉店しないようで、ここだけたくさんの人が行き交っている。よっしゃ、これなら問題ないぞ。と、思って調子よく歌っていたんだけど、14時くらいになってまたさっきの女の子がギターを肩に担いで戻ってきてしまった。「ハロー。もう終わる?」「ハロー!戻ってきたんだね!!ごめん、ここは君のポジションだよね。俺はあっちに動くよ!」「いいのよ!もう少しやっても。私聞いてるから。」「大丈夫!あっちも悪くはないからさ!いつもここでやってるの?」「ありがとうね。私はこの町に住んでていつもここで歌ってるの。日本人のバスカーなんて珍しいわ!」名前を聞いたんだけど、難しくて覚えられなかった。若い女の子で、綺麗な英語を喋り、どこかアーティスティックな雰囲気をただよわせている。フレンドリーでいい子だ。話ではこの町は12時から14時の間はお店がランチ休憩になるらしく、この女の子もいつもその間は休憩するんだそうだ。地元バスカーの彼女から場所をもぎ取るのは礼儀正しくない。お互いの邪魔にならないように演奏しないと。また元のホコ天の端っこに戻ったんだけど、スーパーマーケットのエムプライスの前でやってみるとすごくよかった。この辺りは静かなので声がよく響くし、スーパー前なので人がたえず動く。そしてスーパー帰りの人がほとんどコインを入れて行ってくれるという完璧なポジションだ。こりゃいいぞと思いながら歌っているところに、1人のおばちゃんが話しかけてきた。背が小さくてコロッとした、笑顔の懐こい可愛らしいおばちゃん。「日本カラキテルデスカ!?アラマァ!!モシ良カッタラ、ウチ二泊まりコナイデスカ!?」マジで二言目に泊まりに来ない?と誘ってきたおばちゃんの名前はリンダ。カタコトの日本語を喋るのは、旦那さんが日本人だからなんだそう。そりゃすごい!!事情があるのか、今旦那さんは日本にいるらしいけど、2人のお子さんは現在もオーストリアで暮らしているとのこと。今は1人でアパート暮らしなのでウチに泊まりにきてくださいと、ニコニコしているリンダおばちゃん。こりゃ何かの縁かな。「今夜チカクノ教会デ、オオキナミサアリマス。一緒ニイキマセンカ?私クルマナイ。」なにやら今夜、ファティマのミサが近くの教会で行われるようで、とても綺麗なミサらしい。ファティマということは聖母マリアのミサ。そういうことなら俺たちの車で一緒に行けば少しはおばちゃんの役に立てる。ということで今夜はおばちゃんとミサに行き、そのままお泊りさせてもらうことにした。後でおばちゃんの家に行きますと住所を教えてもらい、それからももう少し歌って今日のあがりは3時間半で295ユーロ。34000円。この町、10セント以下の赤コインがまったく入らない。すごいわ。路地裏に変な建物あった。音楽ミュージアムだって。ブルースブラザーズも。ギターを片付け、女の子バスカーとちょっとお喋りしてからリンダおばちゃんの家に向かった。市営団地といった感じのアパートに住んでいたリンダおばちゃん。俺たちが迎えに行くと、時間通りにアパートから出てきた。「アリガトウ。寒クナイデスカ?教会サムイカラ、服アッタカイノキテクダサイ。」おばちゃんは手にセーターやジャンパーを持っており、俺を俺たちに渡してくれた。優しいリンダおばちゃん。夕闇が迫るアルプスの山の隙間を走っていく。夜の黒の前の深い青が谷をおおっており、雪山がすごく幻想的だ。すごいところにいるんだなぁと思いながらリンダおばちゃんの指示で走っていると、やがて小さな小さな集落に入ってきた。そしておばちゃんが指さしたほうを見ると、そこにはすごい光景があった。集落の上に、すごい急角度でそそり立っているギザギザの険しい雪山があるんだけど、その山の中腹にライトアップされた教会が浮かび上がっていた。どうやらあそこまで行くらしい。教会の最後にそびえる雪山、というあまりの壮大な光景が完全にファンタジーの世界しか見えない。絵本か、ロードオブザリングとか、そんな現実味のない光景だった。集落の入り口に車を止め、そこから歩いて民家の間を抜けていくと、長い長い上り坂があった。この坂道であの山の上の教会まで歩いて行くようだ。坂道の始まりに10数人の人々が集まっており、彼らとみんなで一緒に登るのよとリンダおばちゃんが教えてくれた。しばらく人々に混じって待っていると、やがて1人のおじさんがマイクとスピーカーを持って、それじゃあそろそろ出発しますーと歩き出した。ぞろぞろとついていく人々。するとスピーカーのおじさんが何かのお祈りの言葉を唱えた。それに続いて人々も祈りの言葉を唱和した。ドイツ語なのでまったくわからなくて、俺たちは参加することができない。スピーカーのおじさんのお祈り。人々の唱和。その言葉が暗い夜の坂道に漂う。集団の先頭に立って歩いている人が持っている十字架が、たまに外灯に照らされて怪しく浮かび上がるたびに、ここは一体どこだろう?と不思議な感覚に陥った。みな、黙々と歩いている。黙々と祈りの言葉をつぶやきながら。スピーカーから息が切れてゼェゼェと苦しそうにしてるおじさんの声まで聞こえてくる。坂道の脇には等間隔で祠があり、それらには十字架を背負ってゴルゴダの丘に登るキリストの悲痛な顔が場面ごとに描かれていた。しばらくして坂の先に教会が見えてきた。もうすっかり真っ暗になっており、夜の闇にそびえる教会にそのまま吸い込まれていく集団。しかし教会の中にはすでにたくさんの人がミサを待ち構えており、俺たちの座るスペースはなかった。教会の内部は外観の小ささから想像もつかないほど豪華絢爛なもので、今まで見た教会の中でもトップレベルに美しいものだった。その教会の中、静寂を際立たせるかのような聖歌が流れた。あまりの神秘的な空間に身震いしそうなほど美しいハーモニー。ギターとピアノ、純粋な歌声。キリスト教の音楽は本当にポップだ。ミサはいつも通りのもので、神父さんのお話があり、聖歌があり、周りの人との触れ合いの時間があるというもの。最後に神父さんから洗礼者へ食べ物が分け与えられると、これで会は終わりだ。人々はぞろぞろと教会を出て、また坂を下りていく。俺たちも身を清められたような気持ちで教会を出ると、眼下にチロルの町の夜景が見えた。山々に囲まれた谷にまばらに散らばる民家の明かり。向こうの山の斜面には、違う村の教会がライトアップされている。あまりに綺麗で、リンダおばちゃんにお礼を言うと、おばちゃんはニコニコしながらこちらこそ来てくれてアリガトウネと言った。坂を下り、車に戻ってリンダおばちゃんの家に帰ってきた。おばちゃんのアパートの部屋は、どこか殺風景で、物があまりなく、寂しげだった。壁にはありとあらゆるところにキリストやマリアのポスターが貼ってある。ポスターというよりも、何かの切り抜きみたいなものも多い。テーブルの上にも、ドアにも、窓際にも、十字架とキリストがうなだれていた。リンダおばちゃんはあまりにも敬虔なクリスチャンのようだ。「私ハ、アマリオカネナイ。前ノ主人ハオカネモチ、ケド連絡シテモ返事クレナイ。サビシイ。」そう言うリンダおばちゃんの表情は、悲しげだった。いつもニコニコしてるけど、その笑顔が可愛らしいだけに切なかった。リンダおばちゃんがそんなにお金がないことは服装や部屋の感じでなんとなくわかった。そして、話しながら言葉の端々に気をつけていると、どうやら旦那さんとは別れていることもわかった。リンダおばちゃんがまるで今も結婚しているかのような言い方をしているので、その元旦那さんに新しい奥さんがいるということを聞くまでは、別居してはいても夫婦という関係は続いているのかと思っていた。カレハ連絡クレナイ、と言うリンダおばちゃん。元旦那さんは現在東京に16のアパートを持っているような相当のお金持ちで、新しい奥さんと結婚しているそう。リンダおばちゃんとの間の子供に対しては、18歳まで養育費を払っていたようだけど、成人した今はおそらくその義務もないんだろう。今はお互いにそれぞれの道を歩んでいるはず。でも、おばちゃんの戸棚の上には、かつての若かりし頃のリンダおばちゃんと日本人男性のウェディング姿の写真が飾ってあった。「オナカ空イタデショ?カレー作リマシタ。オコメモアリマスカラネ。」リンダおばちゃんは今日俺たちのことを家に誘ってくれてから、わざわざ晩ご飯の食材を買いに行ってくれたようだった。あまり収入の多くないおばちゃんが俺たちのために晩ご飯を作ってくれたことが心苦しかった。炊いてくれたお米に、スーパーのアジアンコーナーにあるカレーの瓶を温めたもの。それにツナ缶と、使い古されて曲がったフォーク、割り箸が置かれた。殺風景なキッチンにはインスタントヌードルの袋も見える。おばちゃんはとことん優しい。キリスト教を熱心に信仰しており、おそらく誰に対しても愛に溢れている人だと思う。でもそれだけに胸がしめつけられた。日本人の元旦那さんは日本にいて、連絡を返さないということはリンダおばちゃんとの関係を最小限にしようとしてるのかもしれない。リンダおばちゃんは1人でこのアパートで、お金もあまりなく暮らしている。昔の思い出を部屋に飾って。何が良いのか悪いのかなんてわからない。リンダおばちゃんが神に囲まれて幸せならそれでいい。ましてや憐れんだりなんて絶対にできない。でもやっぱり胸がしめつけられた。食後、おばちゃんはインスタントのスィーツを出してくれ、それからしばらく俺たちにキリスト教の素晴らしさを一生懸命語ってくれた。そして寝る時間になり、俺たちは寝室に入ったんだけど、リンダおばちゃんは結婚前の男女が一緒に寝るのはいけないことよ、と言った。でもいつも毎日寝てるんです、と言ってもやはり良くないことだと。カンちゃんと一緒に寝られないのは辛いけど、リンダおばちゃんの家に来ている以上はクリスチャンの作法を重んじないといけない。俺は隣のソファーで寝ることにした。するとリンダおばちゃんがこんな夜中にどこかに行くと言う。なんと、さっきミサであれほどお祈りしたというのに、また1人で近くの教会に夜のお祈りに行くようだった。さらには明日の朝6時からまた教会にお祈りに行くんだという。それが日課だと。「どうしてそんなにお祈りするんですか?大変じゃないですか?」「オ祈リハタクサンシナイトイケナイ。ポルトガルハミンナガタクサン祈ッタカラ、第二次世界大戦ガナカッタ。今、オーストリアハ危ナイデス。テロガクルカモシレナイ。ダカライッパイ祈ラナイトイケナイノヨ。」頭ぶん殴られたみたいだった。リンダおばちゃんは、不平不満だとか、個人的な欲求だとかそんなもんではなく、世界の平和のために神に祈っているんだ。美味しいもの食べたいとか、いい服を着たいとか、そんなことではなく、人生の時間の大半を祈りに費やしているリンダおばちゃんに清貧という言葉が当てはまるのかわからないけど、おばちゃんは本当に天使のようだった。ほつれた古い服を着ながら、ニコニコして、人々の平穏を求めて、その存在がすごく美しいと思った。人間てすげぇなぁ…………こんな人もいるんだよなぁ。でも、明日部屋を出ようと思った。おばちゃんは何日でもいていいよ!と言ってくれてるけど、ここにいたら胸が苦しくてたまらなくなる。受ける恩を選ぶことなんてしたくないけど、おばちゃんの負担にはなりたくなかった。リンダおばちゃんが出かけて行った後、ソファーに横になって布団をかぶった。