2016年2月27日(土曜日)
【インド】 コルカタ
まだ体調悪いけど頑張って日記書きます。
この日は本当に色々考えさせられた1日だった。
バラナシから夜行電車に乗ってコルカタにたどり着いたのは昼前の11時くらいだった。
移動時間は14時間。値段は720ルピーだったかな。1200円くらい。
14時間も乗って1200円なんて破格もいいところだけど、これは寝台、スリーパーシートの値段。
地獄のジェネラルシートだったらたぶん300円くらいで行けるんだろうけど、もう前回みたいなキツイことはしない。
またお金盗まれたらマジでシャレにならないもん。
コルカタの駅前はとんでもない大混雑だった。
人で溢れかえり、物売りや物乞いが地面にズラリと並び、ボロボロの布切れを着た人が植木の中で死んだように寝ている。
砂埃がひどくて常に薄目にしなきゃいけないし、生ゴミや動物や排気ガスなど、あらゆる汚物の匂いが立ち込めて不快極まりない。
ボコボコの地面、割れたアスファルトに汚水がたまり、建物もあちこちがひび割れたり崩れ落ちたりしている。
ほぼ廃墟みたいなもんで、耐震性とかそんなもんまったく関係なく今も使われているようだ。
マジでビビる。
前回来たはずなのにショックを受けずにはいられない凄惨さ。
コルカタはインドの中でもレベルが違う。
あまりの世紀末の光景に呆然としているとすぐにお婆さんが近づいてきて手を差し出してきた。
汚れきった身体で、垂れたオッパイが丸見えになっている。
ノーと言ってすぐに歩き出した。
リキシャーで町まで行こうと思ったんだけど、遠すぎるということで乗せてもらえない。
なのでバスに乗ってパークストリートを目指した。
バス代わずかに6ルピー。10円。
コルカタにはサダルストリートというバッグパッカーが集まる通りがあって、そこに安宿もたくさんある。
観光客相手に商売してる地元のチンピラとか客引きたちがたむろしていて決して治安がいいとは言えない。
確かこの前の日本人女性の監禁レイプ事件もこのコルカタだったはず。
俺がコルカタに来た理由はストリートチルドレンに音楽を教えて一緒に稼ぐためだ。
音楽のパフォーマンスをすれば、きっと物乞いをするよりも稼げるはず。
そのための武器として、バッグの中に20本のリコーダーが入っている。
1本も無駄にしないぞ。
このコルカタが戦いの場になる。
ボロボロのバスに揺られながら不思議な緊張感に胸をつかまれて、どうしても落ち着かなかった。
懐かしいパークストリートに到着し、そこから歩いて5分ほどでサダルストリートに着く。
安宿、トラベルエージェンシー、換金屋、バーなど、観光客が欲しがるすべてが揃っている。
しかし建物はすべてボロボロでゴミだらけでとても汚くて、猥雑で、ここにいるだけで気分が滅入ってくる。
「ハーイ、コンニチハー。どこから来たのー?何日コルカタいるのー?」
そしてやっぱりここでも日本語を少し喋る客引きたちがいる。
彼らの仕事はホテルの斡旋、そしてドラッグの販売だ。
俺はいつもこうした客引きたちに冷たくしてしまう。
うるせーボケって言ってだいたい無視だ。
でも昨日まで一緒にいたショータ君は、こうした客引きに対してもちゃんと相手をし、にこやかに接し、最終的にとてもいい雰囲気で別れる。
そこになにも金銭が発生しなくても、お互いに悪い気分にはなっていないはずだ。
向こうも人間なんだから、無視されたら腹立つよな。
「安い宿を探してるんだよ。でもマリアホテルに行くから大丈夫だよ。」
「あ、そうなんだね!でも今の時期、空いてるかな部屋。」
客引きの兄ちゃんと話しながら、前回も泊まったマリアホテルに入った。
ここはマジで汚い。
人生で1番汚い宿だったけど、確かここがこの辺りでは1番安いホテルだったはずだ。
他を探すのも面倒なのでここで我慢するかとレセプションに声をかけた。
しかし宿の主人は顔色ひとつ変えずに言った。
「500ルピーの部屋しか空いてないよ。」
え?マジか!
ここの安い部屋の値段は200ルピーだったはず。
コルカタは他の町に比べて宿が高く、この200ルピーで最安値くらいだ。
「やっぱりマリア満室だった?他の安いところはここと、あそこと、あの角のところだよ。」
客引きの兄ちゃんが色々と親切に教えてくれる。
下心を勘ぐってしまうけど、だからって冷たきしてはいけない。
なるべく普通に、友達と接するようにしなきゃ。
ショータ君が教えてくれたことだ。
しかし安宿はどこもいっぱいだった。
今は2月の卒業旅行シーズン。
きっと本当に満室なんだろうけど、どうしても思考がマイナスに働いてしまう。
500ルピーの部屋しか空いてないよ。
ダブルの部屋しか空いてないよ。
どこの宿でもそう言って高い部屋を勧めてくる。
もちろんそんな高い部屋には泊まれない。
きっと本当なんだと思う。
こうしてすぐに疑ってかかってしまっている自分の浅ましさに嫌気がさす。
最終的に客引きの兄ちゃんに案内された安宿に決めた。
値段は400ルピー。660円。
久美子ハウスの4倍だけど、この辺りでは悪くない方だと思う。
ドラえもんて……………
宿のスタッフの兄ちゃんは英語がほとんど喋れず、愛想も悪く、ずっとケータイをいじっていた。
「ところで、ハシシはいらない?マナリクオリティーだからすごくいいやつだよ。グッドクオリティー!」
宿に荷物を降ろすと、入り口のところで待っていた兄ちゃんがすぐに仕事を始めた。
宿の斡旋からのドラッグ販売という連続攻撃。
「ごめん、やることがたくさんあって吸ってる暇ないんだ。また今度ね。」
「でもすごくいいクオリティーなんだよ?寝る前に少しだけでも楽しんだらいいよ。」
「こめんね、本当に今回は遠慮しとくよ。」
「そうか………じゃあまた今度ね!!他のやつからは買ったらダメだよ!必ず俺から買ってね!!他のやつのは混ぜ物ばっかりのバッドクオリティーだから!」
そう言いながら兄ちゃんはこっそりホテルの受け付けの兄ちゃんから何かを受け取ってポケットに入れていた。
400ルピーのうちのいくらが斡旋量として彼のポケットに入ったんだろう。
夜行列車で移動してきたのもあってか、なんだか疲れてしまって、汚いベッドに倒れるとすぐに動けなくなってしまった。
なんだか身体がダルい。
このまま眠り続けていたい。
外の喧騒に揉みくちゃにされるなんて嫌だ。
野良犬におびえ、騙そうとしてくる人たちにおびえ、クラクションにおびえ、この町に落ち着く場所なんてどこにもない。
でもやらないと。
そんなことわかってる。
なんのためにインドに来たんだ。
まさしくこの日のためだ。
今やらなかったらこの先の旅なんてクソだ。
ガバッと体を起こしてギターを持って宿を出た。
夕方のパークストリートは静かな賑わいをみけていた。
このパークストリートはコルカタの中でも富裕層が集まるエリアで、高級なレストラン、バー、クラブ的なお店までが並んでおり、マクドナルドやケンタッキーもある。
歩いてる多くの人が綺麗な服を着て、スマートフォンをいじっている。
だいたい19時からが人通りが増え、路上に適した時間になる。
懐かしいな。
ここで死に物狂いで歌っていたのがたったの2年前なのか。
全財産を盗まれて0円からスタートしたこのコルカタ。
こんなに早くここに戻ってくるなんて。
ギターを出して早速1曲歌うと、懐かしい顔がこっちを見てニコニコしてるのを発見した。
「うわああああああ!!!お久しぶりです!!」
「戻ってきたんだね!あれからどこ行ってたんだい?!」
それは近くのレストラン、バーベキューのスタッフのおじさんたちだった。
前回もいつもお水を差し入れしてくれたり、話を聞いてくれたりと、彼らのおかげでどれだけ救われたかわからない。
また会えて嬉しい!!!
「みなさんお変わりないですか!?スタッフも変わったりとか。」
「なにも変わらないよ。全部あのころのままさ。今回はどうしてコルカタに来たんだい?」
「あ、僕あの時あなたに話したこと覚えてますか?ストリートチルドレンの生活を変えたいっていう話。それでリコーダーをたくさん持ってきたんです。」
「ああー、言ってたね。音楽を教えたいって。そうか、………でも難しいことだよ。きっと何も変わらないよ。」
このバーベキューのスタッフのおじさんはとても良識のある頭のいい方だ。
インドのことを、この町のことをよくわかっている人だと思う。
そんなおじさんが何も変わらないと言うのは様々なことを考慮した上でのことだろう。
わかってる。
きっと政府や色んな団体がこれまでも何度となくチャレンジしてきているはず。
それでもこれだけのストリートチルドレンがいるってことは、問題は人々の心の中に巣食っている意識の問題だ。
めちゃくちゃ恐ろしくなる。
そこらへんで人間がズタボロに汚れきって寝ているのを野良犬がまたぎながら歩いている光景を当然のように受け入れられる人間の許容範囲。
これは俺が日本という整備がこれでもかと行き届いた国で育ったから感じる恐怖なのか。
狙い通り、このパークストリートにはたくさんのストリートチルドレンがいた。
というか親はいるけども家族総出で物売りや物乞いをして稼いでいる子供たちだ。
5歳以下の子供から10歳くらいの子供もいる。
みんな風船を持っており、それを売り歩いているようだ。
早速俺にも近づいてきた。
しかし彼らは風船を売ってくるのではなくて、お腹が空いてるからお金をちょうだいと言ってきた。
この、胸にチクリとくる感覚。
世界中でこうした子供たちに会ってきた。
俺は路上パフォーマーだ。
いつも芸の対価でお金をもらっている。
だから、ただお腹が空いてるからなんて理由でお金はあげたくない。
彼らが何かのアクションをし、それに心が動かされたらお金を払いたい。
今からここで思いっきり稼ぐところを彼らに見せる。
音楽でもなんでも、何かをすることでお金が稼げるんだというところを彼らに見せることが何よりの第一歩だ。
俺が稼げなかったら誰も路上パフォーマンスに興味なんて示さない。
歌っていると、どんどん人が集まってきた。
しかしそれはバラナシの人たちのような珍獣を見る目ではなく、パフォーマーを見る目だということはすぐにわかる。
綺麗な服を着た賢そうな顔の人たちがサッとお金をギターケースに入れてくれ、素晴らしい声だよ!!とかこんなところでパフォーマンスしてる人初めて見たわ!!という言葉を言ってくれる。
彼らは国際的な文化に明るい、教育を受けている人たちだ。
俺が何をやっているのかをキチンと理解してくれている。
「イヤッホオアオウウウア!!最高だよ!!もっとやってくれ!!ボブディランはできるかい!?」
大盛り上がりになり、人だかりはどんどん増えていく。
その中の子供連れの家族が、まだ小さな子供にお金を渡して俺のギターケースに入れさせた。
いつものように折り鶴を子供に渡すと、それを見ていた人だかりから拍手が起こり、とてもピースフルな空間ができた。
いい感じだ。
こんな凄惨なインドだろうと、この空気を作ることが路上パフォーマーとしての喜びだ。
そんな様子を、ストリートチルドレンたちは不思議そうに見ている。
そして相変わらず俺にお金をせびってくる。
その時、とても驚くものが目に入った。
風船を持って歩いている子供たちの中に、前回のコルカタで音楽を教えようとしてできなかった、あの女の子がいた。
ほんの少しだけど、大きくなっているようだったけど、間違いなくあの女の子だった。
2年経ってもここで同じことをしていたんだ。
彼女の名前はサイン。
そうだ、確かそんな名前だったよな。
今しかないと思った。
「お金はあげないけど、これをあげるよ。」
そう言ってバッグの中からリコーダーを取り出した。
ストリートチルドレンに渡すと、大喜びで早速ピーピーと音を鳴らした。
えー!!私にもちょうだい!!と周りのストリートチルドレンたちも集まってきて、すぐに5本くらいを配った。
周りの大人たちがそれを見て驚いた様子で聞いてくる。
「タダであげてるのかい!?売らないの!?」
「うん、これで一緒に演奏して彼らの稼ぎの助けになればいいと思ってるんだ。」
「そうか………素晴らしいことだとは思うけど、きっと変わらないと思うよ。」
何人かにこの話をしたけど、みんな同じように顔を曇らせることが俺の気持ちを動揺させる。
「彼らはここで1日中働いてる。風船を売ったりして300~400ルピーを稼いでるよ。音楽をやるよりもきっといい稼ぎのはずだ。それに彼らがここで音楽を演奏したとして、お金をあげる人は少ないと思うな。」
それは、とてもよくわかる。
俺は旅人だ。
日本人で、それも世界中を回ってる男というストーリーが稼ぎを助けているのは理解できる。
蔑まれる存在であるストリートチルドレンが同じインド国内でパフォーマンスしたとして、発生したお金にどれだけのリスペクトがあるだろう。
哀れなものにお金を落とすという構図は変わらないんじゃないか。
リコーダーを無料であげたことで、そこらへんにいた他の物乞いたちまでがどんどん集まってきた。
歌を聴いている人たちの前に割り込み、フルートフルート、サー、ギブミーフルート、としつこく言ってくる。
しまいにはオッさんの物乞いまでやってきて、くれくれとせびってくる。
あああ!!鬱陶しい!!!
これは子供たちのためのものだ!!
お前にはやらん!!
そして近くにいた英語の喋れる人にヒンドゥー語に通訳してもらった。
「これはただのプレゼントじゃなくて、一緒に演奏するためにあげるんだよ。練習して練習して、一緒に演奏してくれるのを約束するならあげるよ。」
そう伝えてもらうと、やるやるー!!超絶練習するしーー!!!だからちょうだい!!と手を差し出してくる。
頭が混乱してくる。
後ろの車道からはインドのけたたましいクラクションが絶え間なく鳴り響いている。
彼らはクラクションを鳴らしながらじゃないと運転できないし、意味なくずっとクラクションを押しっぱなしで走ってるやつとかいるのでやかましくてしょうがない。
汗が流れ、体は疲れきっており、その場に座り込んでしまいたい。
目の前に集まってきた物乞いの子供たちがリコーダーをちょうだいと服を引っ張ってきて、ギターを触ってきて、バッグのトロールを乱暴に掴んでくる。
なんとか笑顔を作って、みんなの相手をし、ちょんと練習してな、とリコーダーを渡す。
もらった子供はすぐにどこかに走っていき、しばらくして手ぶらで戻ってきて、またリコーダーをちょいだいと言ってくる。
おい!!さっきあげただろ!!と言っても知らないふりだ。
すると向こうのほうで、知らないオッさんがリコーダーを吹いていた。
女の子にあげたはずの、ピンク色の可愛いやつだ。
俺に向かってありがとうサー!と笑顔を向けてくるオッさん。
なんでお前が持ってるんだ?
おそらくあの女の子のお父さんだろう。
お前にあげたもんじゃねぇ!!と言いたいけど、子供たちのものは全て親のもの。
だとしたらあのリコーダーはどうなる?
路上で売りさばかれるんじゃないか?
ジャパニーズクオリティーだよー!とか言って。
とにかく歌った。
クラクションと喧騒がうるさくて喉が潰れ、それでも声を枯らして歌った。
3時間ほどやって、体力が限界に達して宿に戻った。
愛想の悪い宿の兄ちゃんは俺がハーイと言っても無視だ。
汗と排気ガスと砂埃にまみれた汚い体をボロボロのシャワールームで洗う。
もちろん水しか出ないけど、火照った体を冷ますにはちょうどよかった。
あがりは1080ルピー。1800円。
俺に何ができる。
俺に何かが変えられるのか。
やばい。
こりゃキツいわ。