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貧しい者と救う者

7月25日 金曜日
【インド】 ブッダガヤ





そういえば航空券を買った。


数日前にとある方からメールをいただいて、中国にビザなしで行くならばアウトチケットを用意しておかないといけないですよというアドバイスいただいていた。

慌てて調べてみたところ、前もってビザを取得して行けばアウトチケットの提示は必要なく、ビザなしで行くならばアウトチケットを買っておかないといけない、という情報に行きついた。

俺は中国は空港でアライバルビザを取るつもり。
なのでなにかしらの出国チケットがないといけないのだ。




というわけで、香港から台湾へと飛ぶ飛行機を買った。175ドル。

中国がどういう場所なのか見当もつかないので台湾入りがいつになるか全然見えていなかったんだけど、もう買ってしまった。

8月26日。この日が1番安かった。

というか俺の財布事情でこの日くらいしか買えなかった。

大地君、クレジットカード貸してくれてありがとう。本当に助かった。マジでありがとう。





中国の滞在期間は26日。
昆明に着いて、そこから東チベットをグルっと回って成都へ抜け、一気に香港を目指す。

中国のアライバルビザは15日だが、大都市で延長することが可能だと聞いている。
値段は100元、1700円くらい。


本当は上海も行きたい。
もちろん北京も行きたい。
できることなら中国はもっともっと時間をかけたい。


しかし8月26日でも本当はダメなんだよな………

彼女との約束の2年はすでに過ぎている。
6月いっぱいで帰るという約束だったのに、この時点で8月いっぱいももう不可能だ。



台湾と韓国を1週間ずつにすれば9月の上旬には帰れるはず。

しかし現在の時点で怒りまくっている彼女を納得させるのは…………至難の技だ………


彼女に伝えるのが怖くてチケットを買って3日経った今もまだ言えていない。

怒るだろうなぁ…………






昨日の夜にとある人からメールが来て、すごくお世話になった親しい方が亡くなったという訃報を聞いた。

若い頃の俺の夢を全力で応援してくれた方。
帰ったらすぐに挨拶に行くべき人の1人だった。

死は受け入れがたいショックで、ゆうべほとんど眠れなかった。

そしてご遺族の方となんとかして連絡をとらないといけない。





日記、路上、金、曲作り、大切な人間関係、迫り来る日程、

やるべきことが積み上がり、考えることが頭の中で渦巻いて、投げ出してしまいたくなる。









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宿を出てブッダガヤの小さな村の中を歩き回った。

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仏陀のお膝元なので村の中には無数のお寺が存在し、タイ寺、チベット寺、日本寺など、仏教国各国のお寺がここに集結している。

このお寺でお勤めをすることは各国の僧侶にとって名誉なことだったりするのかな。

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ゆうべ屋台で焼き飯を食べたんだけどそれが意外にもめちゃくちゃ美味くて、また食べに行ってみたがお昼は営業していなかった。

しょうがなく近くの戦後みたいなボロボロの食堂でエネルギー根こそぎもっていかれそうなくらいマズイ焼き飯を食べ、宿に戻る。

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そしてギターを持って人が1番集まるマハーボディ寺院の入り口にやってきた。








観光客もそれなりにいるんだが、この貧しい寒村の人々は物乞いとして生計を立ててる人が多いようで、広場には無数の物乞いが地べたに這いつくばっており、ズタボロの服を着た子供たちがそこらじゅうにいる。


こんなとこでやってお金が入るのか………

もうやらなくても目に見えてる。
物乞いや暇なリキシャーマンや客引きの兄ちゃんたちが集まってきて、拍手も起きずに真顔で見られて終わりっていうパターン。
お金なんてまず入らないだろう。


でもやらないといけないんだよ………
100ルピーでも稼がないと。






そしてインドに入ってもうひとつ路上演奏をする自分なりの意義を見つけている。

インドには半端じゃない数の物乞いがいる。
大人の物乞いたちはもう仕方ないが、幼稚園児とか小学校低学年くらいの子供ならまだ違う道を選ぶことができる。

毎日毎日人に駆け寄って惨めそうな表情を作ってお金を恵んでもらう日々に彼らもいずれ疑問を抱く。
どうしてこんなことをしないといけないんだって。


俺も同じ路上で生きている。

路上で金を落としてもらう行為自体に彼らとの差はない。

もしこのインドの子供たちが、音楽をやったほうが稼げるんじゃないかって気づいてくれたら、インドにはタブラやシタールといった独自の美しい楽器がある。


楽器の腕を磨いて磨いて磨いていけば確実に稼げる。これは間違いない。


音楽には希望がある。
貧しさを音楽で跳ねのけることができるならば、とそんな青臭いことを最近考えている。

俺の路上を見て、子供たちが少しでも音楽をやろうと思ってくれれば。

動機が金のためだなんて立派なもんだ。
こんなにも芳醇な音楽文化を持つインドなのに、もったいないよ。

それで一流の奏者になれば、確実に稼げるし尊敬される存在になれる。


そのことを分かってくれればな。












寺院の入り口に行ってどこでやろうかキョロキョロしていると、いきなり向こうの方から警察があるいてきた。

ここは仏教の聖地。警備がかなり厳重でそこらへんに警察がいるので止められるかなと心配していたが早速か。

そして目の前までやってきた警察がヒンドゥー語で話しかけてきた。

何か言いながら自分が歩いてきた方を指差している。
そこには仲間の警察が数人木陰で座っている。


「ウェラーユーフロム。」


ジャパンと答えるとうなづいて、英語で会話したことで満足げな顔をしている。

これインドで100%聞かれる質問。
必ず全員聞いてくる。


コンニチハーって話しかけてくるから日本語喋れるんだ、と思ったらその次にウェラーユーフロムって言ってくる。
おのれ分かっとるんじゃねぇのか?

この警察もそのクチで、ただ単に暇つぶしに俺に歌わせるために権力を利用して自分たちの休憩場所にこさせようとしている。


こんな人ばっかり。
ウェラーユーフロムの次に必ず、ギター弾いて、って言ってくる。
おのれの興味のためだけに。

商店で水を買ったり、道を歩いてるだけでこのやり取りが発生する。









警察がここならいいよと言うので道端でギターを広げると、一瞬にしてものすごい数の人だかりができた。

全員暇なリキシャーのドライバーと客引きと物乞いたち。

あまりに道にはみ出てしまうので、警察がもっと奥でやってくれと言ってきた。

隅に追いやられ、道路の近くまで来るともう狂ったクラクション地獄。

インド人は動くものが目に入ったらクラクションを押すので、道路は常に騒音の嵐。
本当にノイローゼになる。


こんな場所じゃギターもほとんど聞こえない。
もうどうにでもなれと演奏を始めた。







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あまりにうるさくて歌がほとんど聞こえず、最初は集まってきた暇人たちもすぐに散って行った。

残っているのは物乞いの子供たち。

チンチン丸出しのボロを着た男の子が、何してるんだろこの人?といった顔で俺を見上げている。

小学校低学年くらいの年ですでにドレッドになりかけてる髪の毛の女の子が目の前に座っている。

みんな体も服も、これでもかというほど汚れている。

よくテレビとかポスターとかで見る、貧しい子供に愛をみたいな悲惨さを強調した写真のそのままの光景があった。


みんな大人しく目の前に座って歌を聴いてくれている。
きっとテレビとかもほとんど見たことないだろう。
この異国の人間の弾くギターとハーモニカは今まで聞いたこともない音色なんだろうな。


木漏れ日の下で子供たちに囲まれて歌う姿はまるで何かの説法でもしてるみたいだった。






案の定いくらやってもお金はまったく入らない。

10ルピーだけおじさんが入れてくれた。
そのお金をまじまじと見つめている子供たち。
もっと稼いで、音楽で稼げるってとこ見せたかったんだけどな。



ギターをしまって、バッグから折り鶴を出して1人の女の子に渡すと、さっきまでの陰惨とした表情がパッと明るくなった。

他の子たちも群がってきたがキリがないのでもう1人にだけあげて荷物をまとめた。

折り鶴だけでこんなに喜んでくれるんだからアメ玉でもあげたらきっと大喜びする。
もっと彼らのために出来ることがあるはず。

でも俺はまだそこまで踏み込めないかな。

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ギターを持ってその足でマハーボディ寺院に入った。

警備員も2度目の俺の顔を覚えていて、顔パスでゲートをくぐる。


そして今日も菩提樹の下に座ってずっと考え事をしていた。

たくさんのお坊さんや観光客たちがのんびりとあちこちに座って思い思いの時間を過ごしている。

静かな広場に、尼さんの読経の声が乾いて聞こえる。


ああ、命の使い道ってこんなに自由なのにな。













お昼に食べ損ねた屋台に行くと夕方の時間はオープンしており、チキン焼きそばを注文した。

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うん、やっぱりここマジで美味い。
60ルピー。1ドル。



すると隣の椅子で焼きそばを食べていた若いお坊さんが話しかけてきた。


「コンニチハ、昔少し日本に住んでいたんだ。」


彼の名前はサテンドラ。
英語が上手できちんと教育を受けているのが分かった。

スマートなハンサム。

インド人はほぼ嘘つきなので路上やってる時以外はあまり会話したくないんだけど、彼は普通にいい奴そうだった。


「今僕は仏教の学校で勉強してるんだけど、お金は全部日本人の先生が出してくれてるんだ。すごいお金持ちの大きな人で、その人が助けてくれてる。」


へー、そんなこともあるんだな。
どんないきさつかまでは聞かなかったけど、何かしらの援助をしてる人がいるんだろうな。

ドキッとする。さっき俺が諦めたことをまさに実行してる日本人がいて、その成果がこの目の前の賢いインドの若者だった。




サテンドラの将来の目標は貧しい人たちを救う仕事に就くことだという。
住まいや仕事、寄付など、彼らに対してできることはきっと無限にあるし、インドの社会そのものを変えないことには何も解決しない巨大な問題だ。

途方もない仕事だが、18歳のサテンドラはこれからたくさん勉強して、きっと大きなことを出来る男になってみせると笑った。
ガンジーやマザーテレサみたいになってみせるよと。



さっきあんな路上の光景を見て、そして仏教の聖地であるこのブッダガヤでその言葉を聞けただけですごく意味深く、嬉しかった。

なんだか言い方は変だけど、少し救われたような気がした。

一緒に路上でチャイを飲み、君はゲストだから僕が払うよ!というサテンドラを制してチャイ代を払った。

いつかまた会おうと約束をして握手した。

サテンドラありがとう。
君に会えたことでこのブッダガヤに来た意味が倍になったよ。

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さぁ、今回のインド。見たかったものは見た。

明日は移動しよう。インド最後の町へ。

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