6月11日 水曜日
【タイ】 プーケット
「金丸さん、俺気づいたっす。」
ドミトリーの部屋の中、朝から真面目な顔してイクゾー君が切り出した。
ドミトリーと言っても4ベッドの部屋で、しかも今はオフシーズンということでお客さんがあまりおらず、4ベッドのドミトリーが全てプライベートルームのようになっている。
俺たちの部屋もイクゾー君と俺だけだ。
「ピピ島、明日からですよね?」
「そうだね。明日から乗り込んでその夜中にワールドカップ開幕だからね。気合い入れて臨まないとね。」
「俺行けないっす。よく考えたら1円もないのにピピでピピピッとか言ってる場合じゃないっす。」
「う、うーん、確かに………」
「今日の路上で船代稼げたとしても、もしピピ島が稼げなかったら島民になるしかないです。ピピは諦めてバンコクのゴーゴーバーに賭けます。プーケット物価高いし。」
確かにプーケットは物価が高い。
バンコクでは安宿が80バーツ、270円くらいであるとのことだが、プーケットでは安くても200バーツ、600円だ。
飯もなんでも他の都市に比べると高いみたい。
「そっか、ならまたしばらくバイバイだね。」
「そうですね、今夜は何か美味しいもの食べましょう。」
というわけで一緒にギターを持って宿を出る。
いつも通る道から外れて新しい道をキョロキョロしながら歩く。
昨日の路上場所は今日からイクゾー君がやるので俺はまた違う場所を探さないといけない。
これだけの町なので他にも人の集まる場所はあるはず………と歩いてみるんだけど、
まぁ見事なまでに寂れきってやがる。
廃墟ばっかりで、人の姿といえばお客さんが来なくて暇そうにあくびしてるお店の店員さんくらい。
こんなんじゃとても歌えない。
プーケットまじかーと思いながら昨日のショッピングモールに着いた。
まだ時間が早いので人の姿はまばら。
やはり夕方より早い時間はタイはただのゴーストタウンだ。
一文無しのイクゾー君に気合い入れてもらおうとコンビニで缶コーヒーを買っていく。
今日稼げなかったら宿代も飯代も払えない。
それくらいおごってやれるけど、俺と一緒にいることでイクゾー君の研ぎ澄まされたものが鈍ってしまうのはいけない。
一緒にいてもちゃんとお互いのやることはやらないとな。
しかし、そんな俺たちの熱くなった気持ちを見事に冷ますかのような雨がこのタイミングでザー!!っと降り出した。
スコールのようなすごい勢い。
一瞬にしてさっきまでかろうじてまばらに歩いていた人たちが通りから消えた。
「ああああああ………嘘だろ………終わった……なんでこのタイミングなんだよぉ………」
ガックリと肩を落として座り込んだイクゾー君。
しかし諦めるのは早すぎる。
「イクゾー君、オーストラリア思い出そう。雨が降ろうがやらなきゃいけない時あったやろ?俺もそんな時何度もあった。逆にほら、雨が降って入り口で雨宿りする人がいるやん。むしろ雨を利用しよう。」
「………そうっすね………僕も雨の中何度も歌いました。諦めるのは早いっすね。よし!!やるぞ!!」
ギターを鳴らすイクゾー君。
ショッピングモールから出てきた人たちがタクシーや迎えの車を待つために入り口で立ち止まって集まっている。
これでバッチリ聴いてもらえる。
あ、お金入った。
あ、また入った。
イクゾー君と目を合わせてニヤリ。
これでもう今夜の飯を食いっぱぐれることもないだろう。
イクゾー君を残し、俺は屋台街の方へ行き、昨日のタクシーのおっちゃんたちに挨拶した。
あそこで歌ってるの友達なのでよろしくお願いしますと伝えた。
それから昨日お金を入れてくれた屋台のおばちゃんにもお礼を言いにいった。
すると、ちょっとそこに座っときなさいと言うおばちゃん。
なんだろう?と思ってたらしばらくして俺の目の前にヌードルスープが置かれた。
え!?と驚くと、昨日歌を聴かせてもらったからねとタイ人の必殺技、微笑み。
お金払います!!
いらないの、気にしないで食べてね。
いくら攻めてもかわされてしまう。
それでも言い続けていると、わかったわ20バーツだけちょうだい、と言ってくれた。60円て……
これ完全に50バーツの料理だもん。
その様子を微笑みながら見ていたタクシーの運ちゃんたちが、食べな食べなと肩を叩いてくれる。
ああ、もうなんか泣きそう。
タイ人優しすぎる。
感動しながらふとイクゾー君の方を見ると、恨めしそうな顔でこっちを見ていた。ラブイズオーバーを歌いながら。
悲しいけれど終わりにしよう、キリがないから………
切なすぎる!!(´Д` )
ごめんイクゾー君、お先にいただきます。
お腹も心も満たされたところで俺も路上に行くぞ。
イクゾー君もさっきから順調に稼いでいるみたいだし、この調子なら今夜は美味しいビールが飲めそうだ。
ホステルの方へ戻り、そこからさらに郊外へと向けて歩いていく。
さっきの雨はスコールだったみたいですでに止んでいるが、おかげでアスファルトから立ち上る熱気でむせるようだ。
水をかぶったみたいにびしょ濡れに汗をかきながら歩いていく。
さっき道行く人にどこかショッピングモールはないですか?と尋ねたところ、この先に大きなモールがあるとのことだった。
時間はすでに18時。
帰宅ラッシュでバイクと車が溢れかえる道路脇を急ぎ足で歩いた。
そこには日本でいうイオンみたいな大型ショッピングモールがあった。
あるやんあるやん、こいつを探してたんだよ。
汗まみれでアホみたいな顔して急いで中に入ってみると、さっきまでのボロボロの町並みからうって変わってきらびやかで現代的なショップがひしめいていた。
お客さんもめちゃくちゃたくさんいるし、みんなそれなりに裕福そうな人たちばかりだ。
こいつはいける!!
茹で上がった顔をトイレでじゃばじゃば洗い、髪をかきあげ、気合い十分。
メインエントランスの前の階段に腰かけて歌った。
少し心配していた警備員さんもまったくやってこず、なんなら玄関を入ったところにあるインフォメーションカウンターの女の人がわざわざ外に出てきてお金を入れてくれた。
残念なことに町から外れたところにあるモールなのでみんな車で来ており、地下の駐車場から出入りしているのであまりメインエントランスは人通りがない。
しかし通る人みんなが入れてくれるのでお金はドンドン溜まった。
雨がまたパラつく。
軒下に逃げ込む。
止んだらまた階段へ。
降ってきたらまた軒下へ。
つい、もうやめてしまおうかと思ってしまう。
でもやめない。
簡単にやめてはいけない。
とは言ってもやっぱり、今日はいいか、と結構諦めてしまう時もある。
達成できなかったことはたくさんある。
弱い自分に悲しくなる夜なんて数え切れない。
でもやる。
どんなに凹んでも1日経てばまた新しい力が湧いてくるもの。
這いつくばっても前に進むこと。
雨は必ず止む。
虹は夜にもかかっているはず。
もっと歌上手くなりてぇなぁ。
21時までやって今日のあがりは960バーツ、3千円。
お店が全て閉まり、車の通りもなくなった夜の道を歩いて宿に帰る。
外灯がまばらに光り、野良犬がいきなりワンと吠えてきてたじろぐ。
ああ、寂しさが心地いいな。
早く先に進まないとな。
「金丸さーん、遅いから先にご飯食べちゃいましたよ。」
「ごめんごめん。洗濯物しに行かない?」
「いいっすね。ちなみに僕今日600バーツでした。」
「やったぜイクゾー!!」
2人で汚れた服を持って夜の町を歩いた。