5月9日 金曜日
【ニュージーランド】 インバカーゴ
熟睡して目を覚ました。
家の中は寒かったが、柔らかいベッドのおかげで深い眠りにつくことができた。
窓の外は明るくなっていたが、どうやら雨が降っているようだった。
マジか………これじゃあヒッチハイクできねぇよ………
キッチンに行くとマナおじさんが朝ごはんを作ってくれていた。
ゆうべは暗くて見えにくかったが、家の中はやはりかなりボロかった。
骨組みの木があらわになっている天井はよく雨漏りしないなという惨状だし、床も一部抜けているところがある。
それでも一応冷蔵庫はあるし電子レンジもあるし、ある程度のものはそろっている。
物が雑然と溢れてはいるけども不思議なまとまりがあって、必要なものが必要な場所にキチンと収まっている。
その整った様子が男1人の生活の長さを物語っているようだった。
「よく眠れたかい?洗濯物があったら出しときな。洗っとくから。あとシャワーも浴びていいからね。」
トーストと半熟の目玉焼き、トマト、そしてシリアル。
シンプルな朝ごはんがとても美味しい。
お腹いっぱいになってからシャワーを浴びた。
このところ寒くて汗はかいてないものの数日ぶりのシャワー。
嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、こいつがきつかった。
シャワー室の中もすさまじく寒くて野外で全裸になってるのと同じようなもん。
うぎぎぎぎ…………
シャワーヘッドからお湯は出るんだけどちょろちょろとしか出てこず、あまりの寒さに身体中に鳥肌を立てながら猛ダッシュで洗いまくった。
ああ、全然シャワー浴びた気がしねぇ………
「フミ、こんな天気じゃヒッチハイクは出来ないぞ。明日なら天気もマシになる。今夜までいればいいよ。俺は何日でもいてくれて構わないよ。」
確かにこの雨の中でヒッチハイクなんてしようもんならびしょ濡れになって、風にさらされて誰も乗せてくれなくて悲惨なことになるのが目に見えてる。
なんとかなるさと後先考えずに無理矢理やって今まで何度もとんでもない目に遭ってきた。
雨とヒッチハイクほどひどい組み合わせはない。
こいつは今日は移動は無理かなぁ………
「もう1日いたらいいよ。どこか行きたいところはないか?連れてってやる。」
「………じゃあ、ブラフに行きたいです。」
ブラフはこのインバカーゴからさらに南に飛び出した小さな半島。
こここそがニュージーランドで南に向かう道の本当のどん詰まりになる。
もちろんここから南にも島があるのでニュージーランド最南端というわけにはいかないが、それでも先っぽは先っぽだ。
ここまで来たんだからもう行くとこまで行かなきゃ。
しかもそれをマオリのおじさんと行けるなんて最高だ。
というわけでマナおじさんと2人でブラフへ向けてドライブした。
寂しい一本道がどこまでも伸びる河口沿いを南へと下っていく。
マオリの人たちはアジア人とよく似た顔をしてるので、隣で笑っているマナおじさんの顔が日本人のおじさんの顔に見えてなんだかここがどこだったのかわからなくなる。
暗い空の下に大きなプラントが見えた。あそこは牛や羊を運んでお肉に加工する工場だよとマナおじさんが教えてくれた。
マナも昔、鹿の加工工場で働いていたことがあるそうだ。
車はほんの小さな漁村へ入ってきた。
ボロボロの建物が並び、寂れたバーが岸壁沿いに見える。
まさに時が止まったかのような、どこにでもある港の風景。
岸壁を過ぎてゆっくり走りながら進んでいくと、崖の上で道が突き当たりになった。
ここだ。
ここがニュージーランドの先っぽ。
行けるところまで来てやったぞ。
突端の先に広がるのは暗雲が立ち込める不気味な海。
なんだか今まで見てきた海とはその迫力が違うように感じるのも無理はない。
なんたってこの海のすぐ向こうにはあの南極が広がってるんだもんな。
この世の果てだ。
そして先っぽに面白い標識が立ってた。
ポールの先っぽにいくつもの看板がバラバラの方角を向いて設置してあるんだけど、これは世界中の主要都市の方角と距離を示しているもの。
まぁこれって結構色んなところで見る標識なんだけど、こんな最果ての岬で見ると地球の大きさと小ささをよく感じさせてくれる。
どれどれ、
ロンドン 18958km
ニューヨーク 15008km
東京 9567km
南極 4810km
熊谷 9682km
なるほどねー。
うん、ちょっと待て!!!
KU、KUMAGAYA!!??
えええ!!!??まさかの熊谷チョイス!!??
熊谷をここに書く価値ある!?!?
ていうか誰もわからんやろ!?日本人以外。
え?何?熊谷マジかっけーとか思ってるのかな、これ作った人。
と思ったらどうやら熊谷とブラフが姉妹都市らしいです。
ビビるわ(´Д` )
それから丘の上にある展望台にも上がってくれたマナおじさん。
町と海を見晴らす高台はものすごい強風が吹きすさんでいて、一瞬で体が凍えてしまうほどだった。
でもこれもまた南極から吹いてきてる風だもん!!南極を感じちゃってるもん!!南極ヒョウ!!とか一切思わずに2秒で車に戻る。
寒すぎる(´Д` )
でも一生忘れなれないくらいに、展望台からの眺めは美しかった。
展望台を降りてブラフの集落の中に入っていき、マナおじさんが立ち寄ったのは何やら不思議な形をした建物だった。
ハワイっぽいというか、ポリネシアンっぽいというか、とにかく南の島の雰囲気がする装飾が施された建物。
なんだここ?マナ、勝手に入っちゃダメだよ………
「キョラー、友人が来たから少し見せてあげていいかいー?」
「もちろんよー!ゆっくりしてってね。」
「マナ、ここってどんなとこなの……?」
「ここはね、マオリの伝統的なミーティングプレイスなんだ。ここで様々な会議をしたり食事をしたりするんだよ。ハーイ!元気にしてたかいー?」
「ハーイ、マナー!元気かい?」
建物の中にいたおじさんとマナが近づいて、いきなり顔をぐいと近づけてお互いの鼻の先っぽをチョンとくっつけた。
どうやらこれがマオリの挨拶みたい。
シェイクハンドはホワイトの文化だよと言うマナ。
すげぇ、こういった文化・習慣が今もしっかり受け継がれているんだな。
ていうかおじさんラピュタに出てましたっけ?
目から光線だしてましたよね?
建物の中は広い交流スペースや、キッチン、いくつもの小部屋があり、日本の公民館のような雰囲気だ。
ただ内部の装飾は完全にマオリ独特のものだ。
こういった自然のものへの畏敬がモチーフになったようなモニュメントが大好き。
自然と共に生きる彼らの謙虚さがある。
紅茶を飲みながらおじさんたちといろいろとお喋りした。
現在マオリの人口はニュージーランドの人口か400万人の中、30万人から40万人くらいだという。
白人とのミックスはもっとたくさんいるが、マオリとしての文化を根強く継承しているグループはどんどん少なくなってきてるのかな。
マオリの言葉と日本の言葉はとても似てるんだよと言う1人のおじさん。
「日本語のレターはどんなやつだい?」
「あいうえお、かきくけこ、さしすせそ、です。」
「マオリはね、アエイオウ、パペピポプ、カケキコクっていうんだ。似てるだろ?俺たちポリネシアンの人種は台湾にルーツがあると考える説もあるんだぜ。」
確かに彼らの顔はアジア人とそっくり。
オセアニアの小さな島国に散らばって生きる彼らのルーツがどこにあるかはわからないけど、似たような先祖を持っていることは間違いないはず。
イースター島にも行ったんですよと話すと、あーラパヌイね、と当たり前のように知っていた。
イースター島もまたポリネシア系の人たちがたどり着いて定着した島と言われている。
かつてポリネシアや、ここらの無数に散らばる島国に生きる人たちはモーターも何もない時代に帆船で太平洋を縦横に回っていたんだそう。
かつて太平洋は彼らの王国だったんだろうな。
なんだかマオリやポリネシア人たちに親近感を抱かずにはいられないな。
ニュージーランド、ただの自然が綺麗な白人たちの歴史の浅い国ってイメージだったけど、実はとっても奥深い国だな。
ニュージーランドはオーストラリアとほとんど同じかなと思っていたけど、こいつはどうやらまったく違うみたいだ。
しばらくみなさんとお喋りしてからインバカーゴへ向かって帰り、マナおじさんの友達のところに用事を済ませに行ったりしていたらあっという間に夕方になった。
今夜もう1泊させてもらうので、マナおじさんのために何かしたくて簡単な料理を作ることにした。
スーパーマーケットに行きお買い物をして家に帰る。
家の中はやっぱり外とまったく変わらない寒さで、暖房器具がなくて足先からじっくりと冷えてくる。
そんな寒い家の中ですぐに料理を始めた。
俺はめちゃ簡単な野菜炒めと家にあったブラウンライスのご飯。
マナおじさんはレッドコッドというお魚を生で切り身にし、カルパッチョ風にサラダであえ、最後にココナッツミルクをかけて仕上げるという珍しい料理。
床に置いてただけでキンキンに冷えているライオンレッドのビールを飲み、ご飯を食べながらたくさん話をした。
陽気なマナおじさんだけど、あんまり自分の作った魚のココナッツミルクあえの出来を気に入ってないみたい。
仕事をしていないであろうマナおじさんが俺のために奮発して買ってくれたお魚をうまく料理できなかったことで悔しそうにしている。
確かに食べなれない味で戸惑ったが、もちろん、俺は好きだよとパクパク食べた。
マナおじさんの気持ちが心を締めつけた。
薄暗い電球が部屋の中を照らす。
マオリ語のラジオが陽気に流れる。
雨がバタバタと屋根を叩いている。
早く先に進まないと。