5月1日 木曜日
【オーストラリア】 ゴールドコースト
~ 【ニュージーランド】 クライストチャーチ
「元気でやりなさいよ。はいこれ、空港で食べてね。」
「レッツゴー、フミ。」
チエさんにいただいたオニギリが入った袋をバッグに詰めて家を出る。
青空が晴れ渡る空の下、ルームシェアメイトのコロンビア人のジュリアンの車に乗り込む。
走り出した車の窓から暖かい風が吹き込み、髪を揺らす。
東海岸の空はいつもと同じ様にどこまでも開放的で、少しの寂しさが胸に染みていく。
ゆうべは飲み過ぎたせいで記憶もうつろな状態で眠りについた。
朝起きた時にはゾロさんは仕事へ行く準備を終えていて、寝ぼけ眼のままお別れをした。
ハウスオーナーのチエさんの作ってくれた朝ごはんを食べながら、空港へと向かうバスを調べていたらジュリアンが送って行ってやるよと言ってくれ、今こうして車の中で海岸線を南へと下っている。
1ヶ月滞在したオーストラリアの東海岸。
自由で、おだやかで、刺激に溢れた楽園の景色が窓の外に流れていく。
感傷に浸っているということはなく、心はすでに次のニュージーランドに向かっている。
南米はもう過去のことだけど、ジュリアンがiPhoneをつないでかけてくれたラテンの音楽がとても気持ち良かった。
「じゃあなフミ、ビエンビアヘ。」
「ありがとうジュリアン、アスタルエゴ。」
わざわざ荷物を持つのを手伝ってくれ、ターミナルの中まで一緒に来てくれたジュリアン。
イカした爽やかな笑顔を残して帰って行ったジュリアンに背を向け、俺はチェックインカウンターへ。
チケットは持っている。
ニュージーランド出国の航空券も持っている。問題はなにひとつないのだが、気になるのは荷物の重量。
1年半以上世界一周なんてことをしていながら格安航空券って多分これが初めて。LCCってやつ。ローコストキャリアの略だったかな。
とにかく安い航空券。
しかし安い分、他のオプションがいろいろと高いので、荷物が多いと結構な額の追加料金を払わないといけない。
俺は前もって預け荷物15キロ分のチケットを買っており、持ち込み荷物10キロと合わせると25キロまでは追加料金なしで飛行機に乗れるはず。
というわけで余裕をかましていたわけだけど、さっき出発前にチエさんの家で体重計を見つけたので荷物を全部測ってみたところ、
32キロもありやがる……………
オヒイイイイイイイイイイイイ!!!!!
すでに必要最低限の荷物だってのにここからどうやって7キロも減らせってんだああああああああ!!!!
慌てまくって荷物全部ひっくり返して、要らないものを仕分けしていく!!
寝袋!!必要!!
蚊帳!!必要!!
衣類!!必要!!
テンガ!!んんんんんんんん必要!!
もうこれ以上どうしろってんだー!!と焦りまくりながらもとにかく削りまくり、預け荷物のキャリーバッグはどうにか15キロにはなった。
でも結局重たいものを外に出しただけで捨てられないものばかり。
ここはもう奥の手でいくしかない。
A子さんのお宅でいただいたスキーウェアを着こみ、全てのポケットに重たいものをぶち込みまくって、服の下にいろいろ忍ばせまくって、隠蔽完了。
ぬぐおおおお…………
重すぎる………
なんだこの修行服は………
ピッコロの服か…………
ていうかこの暖かいゴールドコーストで半袖の人たちの中、極地に行くんですか?っていうスキー服着てるアホ超目立つ。
そうこうしてなんとかチェックインカウンターまでやってきたものの、ツッコミどころ満載すぎる格好なのでドキドキが止まらない。
「ハーイ、荷物を台に載せて。」
「いやー、カンガルーまじヤバイですよね。でも僕結局コアラを見ることができなかったんですよね。お姉さんはコアラを見たこ、ヒョッ!!!」
15.8キロ。
「あ、おれおかしいな!!さっき家で測った時は15キロ以内だったのに!!よし!!もうこうなったらお爺ちゃんの形見の椎茸の原木を捨てますね!!」
「大丈夫よ。」
「サンキューベリーマッチ。」
見逃してもらえた。
ていうか持ち込み荷物もなんだかんだ完全に10キロをオーバーしてるんだけど、調べられることもなくすんなりチケット発券。
お爺ちゃんの育てた椎茸をすき焼きに入れて食べるのが好きでした。
チケットもらっちまえばもうこんなキチガイみたいな格好しないでいいので、汗だくでスキーウェアを脱ぎ捨てる。
搭乗ゲートに進み、ササッとイミグレーションの出国手続きを済ませ、椅子に座って時間を待つ。
この後は飛行機に乗るだけというゲート前の時間がなんとも言えない緊張がとても好き。
飛行機に1人で乗るなんて昔だったら恐ろしくて考えられないようなことだったのに、随分と慣れたもんだ。
これでこの旅5回目のフライトか。
ゲートが開き、人波に乗って飛行機に詰め込まれた。
わずか2時間のフライト。
着陸のガクンという振動がやにわに機体を揺らし、飛行機が降下していたのにも気づかなかった。
iPhoneの時間が2時間増えて、これで日本との時差はプラス3時間。
ニュージーランドは日本の3時間未来。
22時半の空港を歩き、まずはイミグレーションの入国審査。
飛行機の中で入国カードを渡されていたんだけど、ペンがなかったのでまだ記入しておらず、イミグレーションの前にあったテーブルで1人書き書きしているうちに他の人たちはみんなさっさと通過していき、夜の閑散とした空港に俺1人だけになってしまった。
向こうのほうにイミグレーションのボックスが並んでおり、若い審査官がさっきから俺のことを見ている。
別に悪いことはしていない。
オーストラリアも楽勝だったし、素通りレベルで行けるだろ。
「ハーイ、グッドイブニング。」
「ニュージーランドに来た目的はなんだい?」
「観光です。あと友達に会いに。もう行っていいですか?」
「観光はどこに行く?」
「え、し、知らねぇし………フィヨルドとか、フィヨルドとかです。」
「キウイキウイラグビーラグビー?」
「ごめんなさい、早口でわからないです。」
「その友達の住所をここに書いて。」
「じ、住所まではまだ知らないです……これからメールで教えてもらうので………」
「今夜はどこに泊まるんだ?」
「え、く、空港の中で過ごそうかなとかおもっちゃれらりるれ……」
入国カードにマジックで何かを記入する若い審査官。
またアレですか、こいつ要注意的な秘密のサインですか。
「ラグビーラグビーオールブラックス?」
「すみません、何言ってるかわからないです。」
マジで早口な上にニュージーランド英語の発音が聞き取りにくくて、かなり集中して耳をすませないとなにひとつ理解できない。
外国人なんだからもっと分かりやすく喋ってやる、とかそんな気ゼロ。
まぁこれもまた英語力を試すという審査の一環なのかもしれないが。
「あ、えーっとね、この1週間以内に自然の中に入ったか、トレッキングブーツを持ってるかってのを聞いてるわ。」
な、なんだ?日本語?!と驚いて隣のおばちゃんの顔を見ると、なんとイミグレーション職員に日本人のおばちゃんがいた。
すげぇ初めて見た、外国で日本人のイミグレーション職員。
しかもまたこのおばちゃんがものすごく優しくて、ずっと俺のそばにいてつきっきりで案内をしてくれた。
おばちゃんは優しいんだけど、他の人の俺に対する審査はなぜか異様に厳しい。
荷物検査コーナーにも、その先にも10人以上の検査官が待ち受けていて、相手は俺1人。
すでに他に誰もいないので、みんな暇みたいでとにかく数人がかりで荷物全開け&超細かい質問攻め。
絶対暇つぶしだろ……と思いながらも別にやましいことはないので堂々としていた。
「さ、もうこれで終わりよ。ニュージーランドを楽しんでね。」
予想をはるかに超えて面倒くさった入国だったけど、おばちゃんの優しい笑顔のおかげでかなりリラックスできた。
こりゃあ日本人にとったら女神様みたいな存在だな。
おばちゃん、ありがとうございました。
小ぢんまりとした到着ロビー。
ベンチにはたくさんの旅行者やバッグパッカーたちが夜を過ごそうと座っている。
俺もその中の一角に陣取り荷物を置いた。
とりあえずタバコを吸おうと、外に出た。
自動ドアが開いた瞬間、信じられないほど冷たい空気がぶわりと吹いて震え上がった。
うわ!!なんだこれ!!さ、寒すぎる!!
すぐに中に戻ってスキーウェアを着込んでチャックを首まで全部閉めた。
そしてもう1度喫煙へ。
鼻がすぐに冷たくなり、指先がかじかむ。
吐く息が真っ白になるので、どちらがタバコの煙かわからない。
ぶるると震えて、夜空を見上げる。
ピンと張りつめた空気。
あまりにも懐かしく感じた。この寒さに震える感覚。
そういえば極寒だった東ヨーロッパを抜け、キプロスあたりから暖かくなり、中東、アフリカ、西ヨーロッパ、そして真夏だったアメリカ、熱帯の中米と夏真っ盛りの南米と、この1年以上ずっと暑い場所を旅してきた。
オーストラリアもまだまだ半袖で汗をかく陽気だった。
1年以上寒いという感覚をほぼ味合わずに生きてきたという事実に少し驚いたと同時に、あの旅が始まったばかりの東欧でのギリギリの日々が一気に思い出された。
頬が冷たくなり、顔の筋肉がかじかむ。
指が冷えてタバコがうまくつかめない。
そう、ここは南半球。
南に行けば行くほど寒くなるんだし、地図を見ればもうすぐそこが南極なんだよな。
なんだかゾクゾクする。
遠くに行けば行くほどに冒険心がかけたてられる。この気持ちがあるからこそ俺は旅に出たんだ。
旅のはじめ、ノルウェーで当てもなく行けるところまで行きたいとヒッチハイクして北極圏の先まで突き進んだあの日々。
頼りない心とは裏腹に、想いは最高に新鮮だった。
寒さに震えながら雪をかぶった山を見上げて野宿した白夜の夜。
何もない大自然の中の一本道で数分に1台しか通らない車をヒッチハイクした日々。
あの不安と期待が入り混じった新鮮な気持ちを思い出したい。
俺は不死身だ。どこまでも行けるとこまで行ってやるぞ。