4月25日 金曜日
【オーストラリア】 ムールーラバ
ただのホテル。
コンフォタブルなキングサイズベッド。
夜露や少しくらいの雨をしのいでくれる大きな木。
すぐ横に水道。
さらに目覚めに、素晴らしい木漏れ日をお楽しみいただけます。
こんな素晴らしいホテルなのに、宿泊料タダとか奇跡としか思えんすげぇ!!
お母さん、元気です。
歯を磨いて、顔と髪の毛を洗って街へ向かう。
暖かな日差しで濡れた髪の毛はすぐに乾いてしまう。
この乾いていく感覚がとても気持ちいい。
髪の毛さらさら。
別に毎日稼げてはいるのでホテルにだって泊まれるし、レストランで10ドルの食事くらいできる。
服を綺麗に洗ってみんなの真似をして、先進国のモダンな人たちに紛れ込めば、惨めな思いもしなくてすむ。
でもそこはお金を貯めなければいけない今の状況。
タバコを我慢して、ビールを我慢して、食パンの神になれば、おそらくすでに倍くらい貯まってるはず。
1日1食くらいはちゃんとしたものを食べようとお昼に外食するんだけど、地味に毎日10ドルの出費はでかい。
いや、地味じゃねえ。ランチ10ドルとかマダムが犬連れて行くところだよな?
それ毎日食べてるとか、俺も贅沢な旅してるわ。
そろそろオーストラリアも佳境なのでラストスパートの貯蓄に入ろうと、今日はカップラーメンと缶詰めで済ますことに。
気持ち贅沢したいのでスーパーで2ドルのピーナッツバターを買って、食パンに塗って食べた。
え………やだ……なにこれ……?
ピーナッツバターって神の食べ物……?
どうして子供の頃うちになかったの……?
食パンがあああああああ
みるみるなくなっていくううううううう…………
大げさですね。
ピーナッツバターがどんなに美味しくてもいい加減食パンには飽き飽きです。
ちなみに子供の頃にお気に入りだった食パンの食べ方は、マヨネーズを塗ってハムを乗せて焼いたマヨネーズパンと、マーガリンを塗ってその上に砂糖をまぶしてトーストした砂糖パンです。
彼女が作ってくれる、冷蔵庫の余りのもの野菜を乗せまくってマヨネーズとケチャップとチーズを乗せて焼いた特製トーストも好きです。
今日もiPhoneをポチポチ触りながら日記を書きまくって、ようやく遅れていた日付けが全て追いついた。
サボらずに毎日ちゃんと書いていればこんなに大変なことではないんだけどな。
日記を毎日書いて、メールやコメントの返事をキチンとやって、路上で歌って稼いで、次の街に移動して、ある程度観光もして、野宿場所を探して、女の子をちゃんと口説いて、その合間にギターを練習して、曲作りをして、それでもなお、何か違うことをやるだけの時間は確実に捻出できる。
旅って忙しいとか言いながら宿で漫画読んでるようなクソ無駄な時間なんて1秒もない。
無益に月日を浪費するだけの人生なんてまっぴらだ。
少しでも高く、たくさん積み上げないとな。
ソフトクリーム美味し。マックの。
さてー、今日はまだ金曜日だというのにたくさんの人で溢れているカフェ通り。
いつもはまばらな人影のビーチにも、溢れんばかりの海水浴客。
どうやら今日はオーストラリアの休日らしい。
アンザックデーというものだそう。
かつて戦争で亡くなった全てのオーストラリアの兵隊さんたちを悼む日として黙祷が捧げられ、オーストラリア全土で献花や式典が行われるんだそう。
まぁそんな重たい内容の休日でも人々は海水浴を楽しんだりバケーションに出かけてるわけなので俺としても稼ぎ時ってわけなんだけど、少し気になる話も聞いている。
オーストラリアに住んでいる日本人の方から聞いた話では、このアンザックデーに日本人が外を出歩くのはあまり良くない、とのこと。
一体どういうことか?
前述したように、この日は戦争で亡くなった人々を悼み、讃える日。
そして数ある戦争の中、このオーストラリア国土を攻撃した国って実は世界で日本だけなんだそう。
なのでそんな記念日に日本人がヘラヘラ歩いてたりしたら卵投げつけられたりするようだ。
まぁオーストラリアも第一次世界大戦で中東に攻め込んだりしてるわけだからどこの国も棚に上げることはできない。
でも歴史を理解して、配慮をすることは大事なこと。
そんな日に日本人がオーストラリアの街角で歌っていいものか。
………もちろん、いいに決まってる。
歴史は歴史だ。配慮は大事だけどそんなもん気にしてたら何にも出来ない。
思いっきりやらせてもらおう。
「ヘーイあんちゃん!!グヘヘ~、調子はどうだいこの野郎!?」
いつものセブンイレブン前に向かっていると、ヌーサにいたあのイかれたブルース爺さん、スティーブが相変わらずイカれた顔でバスキングしていた。
ちょ、何やってんだてめー、俺の秘密の場所で!!
「うへへー………俺もたまにムールーラバに来るのさ。今夜も一緒にギグしねぇかい?」
「しません。」
「よし!!じゃあマリファナを吸えばいいぜ!!」
「いりません。じゃあの意味がわかりません。」
スティーブはイカれてるけど人畜無害な爺さんなのでほっといて、セブンイレブンの前に向かうと、俺がいつもやっているベンチでホームレスっぽいオッさんがなんかやっていた。
ぬぐ……先客か………
金曜日だっつーのにマジか……と思いながら近づいていくと、どうやら雑誌売りのオッさんだった。
先進国に行くと、こうしたビッグイシューなんかのホームレス支援雑誌を売っている人がよくいる。
フリーペーパーみたいな雑誌を買ってもらい彼らへのヘルプとする活動。
ホームレスのオッさんって気難しいのであんまり話したくないんだけど、一応話だけしてみる。
「あの、すみません、僕バスカーなんですけど、おじさん何時までここでや………」
「どっか行きやがれコノヤロウ。俺は22時までここでやる。消えろ。」
雑誌全部破り捨ててやろうかと思ったけど、こらえてセブンイレブンでコーヒーを買って、少し離れたところでオッさんがどっか行くのを待つ。
通行人に買ってくれー、買ってくれーと声をかけてるオッさん。
22時までやんのかー………
ここが1番のスポットなんだけどなぁ…………
するとオッさん、なにやら荷物をまとめて立ち上がって歩き始めた。
すかさず話しかける。
「あのー、どこか他のところに移動す…………」
「ただのトイレだ。消えろ。」
こっ!!
ふう、落ち着け。
そうそう、彼らも生きていくのに必死なんだからお互い尊重しあって譲り合いながらそのヒゲ全部むしり取って雑誌に植えつけるぞコノヤロウ!!!
おとなしく少し離れた他の場所で路上開始。
はい、ここ完璧。
目の前にモールの入り口があって音がこれでもかってくらい響き、いい感じにお店の明かりが照明みたいに照らしてくれ、シチュエーション完璧。
人通り最高で、わずか30分くらいで50ドルくらい入った。
あーよかった、オッさんがいなくなるの待ったりしなくて。
いいよ、オッさんはそっちで雑誌売りなよ。
こっちで全然いいもんね!!
と、さっきオッさんがいた方を見ると、すでにトイレに行ってから1時間以上経っているのにオッさんの姿はなく、代わりに若い兄ちゃんがサックスでバスキングを開始していた。
………オオオオオオオオオラアアアアアアア!!!!
ジジィ!!てめー!!戻ってこねぇじゃねぇかコノヤロウあああん!!!
いいもんね!!いいもんね!!
ここ完璧だし!!!
そっからはもう俺の独壇場。
久しぶりにこんないい路上がやれてるなってくらいいい声が出て、誰もが足を止め、拍手が起こり、お札が舞う。
今日の俺、誰にも止められない。
去年のクリスマスに奥さんが亡くなって、小さな子供と2人で夜の散歩に来ていたピーター。
若いサーファーの兄ちゃん。
たくさんの人が声をかけてくれ、それぞれの人生を垣間見る。
そんな中で1番嬉しかったのがこれ。
「あらやだ、綺麗だなんて。もうアラフォーやでなー!!」
マジで色っぽいお姉さんがオニギリ差し入れてくれた。
あの、大事なことを伝えなきゃいけません。
ずっと心の中にしまっていたことなんです。
これまで2年近く世界中を旅してきてこんな気持ちになったのは初めてです。
思えば僕はこの日のために今まで過酷な旅を乗り越えてきたんじゃないかと思います。
今日、この日にお姉さんに出会えたことを神に感謝します。
だからお姉さん!!1回でいいからセック………!!
「マミー、このお兄ちゃん、オニギリの写真撮ってるよー。おかしいねー。」
子供4人。旦那さんオーストラリア人。
幸せ家族。
昨日旦那さんとお子さんたちが歌を聴いてくれたんだけど、わざわざオニギリを作って持ってきてくれたのだ。
「お兄ちゃん!!僕もうハーモニカできるでー!!こうやるんやでー!!」
日本語と英語を両方操るわんぱくな子供たちがすっかりなついてくれて、俺のギターにあわせて俺のハーモニカをプープー吹いている。
いやー、可愛いなぁ、可愛いなぁっていうかアイスクリーム食べながらハーモニカ吹くの頼むから勘弁してくれないかな?
ぐちょぐちょ(´Д` )
15歳の娘さんは、マジで世界を目指してるんだろうなって思えるほどのバイオリンの腕前で、将来がとても楽しみ。
お父さんが、あれ弾いてくれよー!!と自慢気に言うと、ウザッと吐き捨てるようなイマドキの子供。
お父さんしょんぼり。
オーストラリア育ちでもこの感じは同じだね。
でもとにかく幸せそうなご家族で、子供たちも可愛くて俺もこんな家庭を作りたいなぁと思っていたら、通行人に彼らは君の子供たち?と笑顔で聞かれる。
いやー、そうなんですよー、だから奥さん!!1回でいいからオッパ………
「ホナ、元気でやりやー。気をつけてなー!!」
「バイバイ、お兄ちゃんー!!」
うん!!みんなも元気でね!!
22時前まで一緒に演奏してくれたりしてとても楽しい時間を過ごさせてくれたみんな。
入ったお金をちゃんと分けようと言っても受け取ってくれなかった。
みんな、本当にありがとう。
ひと気の少なくなったカフェ通りを歩き、帰り道にあるマクドナルドで少しインターネット。
メールのチェックをして日記を書いていると、ついにバッテリーが0%になってしまった。
iPhoneの残り電池は50%。
5回はiPhoneをフル充電できる俺の予備バッテリー。
でもオーストラリアではコンセントを見つけるのがかなり難しく、日に日に少なくなっていき、とうとう底をついてしまった。
マクドナルドとかのファストフード店にコンセントがないのも大きな原因だけど、このニセモノiPhone自体、最近恐ろしいスピードで電池が減ってしまう。
明日はブリスベンに行き、誘っていただいているA子さんのお宅にお邪魔させてもらうことになっている。
充電が切れてもいいよう、A子さんのお宅の住所と電話番号をメモ紙に書いた。
昨日と同じただの快適ホテルにやってきた。
フラットなベンチは大の字になっても余るくらいの広々としたベッド。
街灯が淡く公園を照らしているが、道路のほうからこのベッドまでは暗くて見えない。
今夜はさっきから雨がぱらついており、少し不安だ。
一応木が頭上に茂っているので小雨くらいなら防げそうだけど、強く降ったらまた叩き起こされてしまいそう。
初日の橋の下ならなんの問題もないんだけど、実はゆうべ橋の下の寝床に行った時に、地元の若者が釣りをしていて、ここでキャンプしないでくれるかなー、と結構嫌な言い方をされてしまった。
なのでゆうべ歩き回ってここのホテル公園を見つけたわけだ。
そしてさっき路上で歌ってるときに、あ!?お前昨日のキャンパーじゃねぇか!?と若者に声をかけられた。
橋の下は暗くて顔を覚えてなかったんだけど、向こうは俺の帽子でわかったみたい。
なんか嫌味なことをネチネチ言ってきたけど、穏便に済まそうとはいはい応えていたら、今夜もう1泊だけならあそこでキャンプしていいぜ、とお許しをいただいた。
うん、橋の下で野宿するのになんでてめーの許可もらわねーといけねぇんだよ。
やったー!ってアホみたいにお言葉に甘えるとでも思ってんのか。
意地はって橋の下には行かず、雨が降らないことを祈ってこの公園のベンチに寝袋を広げた。
街灯の淡い光の中、目をこらしながら今日のあがりを数えた。
184ドル。
連日のあがりでコインが膨れあがり財布に収まらない。
ギチギチに詰め込んでチャックをしめると、まるで鈍器みたいな重量だ。
ベンチに寝転がって寝袋を頭までかぶる。
蚊が少し飛んでいるがそこまで気にはならない。
道路の方を歩く酔っ払いたちの話し声が聞こえては、どこかへ遠ざかって聞こえなくなる。
こんな木の下に人がいるとは誰も思わないだろうな。
オーストラリアもあともう少しだ。