4月18日 金曜日
【オーストラリア】 ヌーサ
うう………気持ち悪い………
ゆうべ飲みすぎた………
ブルースおじさんとバーで2杯、アパートに戻ってビールとワイン、いつの間にか結構飲んでたな………
二日酔いで重い体をなんとかベッドから起こし、リビングに行くと、ジェニファーさんがパタパタと動き回っていた。
今日はジェニファーさんがヌーサを出る日。
つまり今日からまた野宿生活に戻る。
「この袋が食料品の袋な。パンとか全部入れとるし、余ってた卵はゆで卵にして塩と一緒に入れとるから後で食べー。それからニュージーランドからシンガポールへの飛行機チケットもさっき取っといたからな。これ日程表。」
すでに部屋の中の荷物は綺麗にまとめられており、いつでもチェックアウト出来るようになっていた。
そしてなんと昨日取れなかった航空券まで最安の日を探し出して予約を済ませてくれていたジェニファーさん。
昨日そのせいでモメてしまったというのに。
なんてこった………また俺なんにもしてねぇ…………
もうこの人完璧すぎるよ………
「よっしゃー、ホナ行くでー。ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー。」
お世話になったアパートを出るが、まだ時間が早いので少しドライブすることに。
海の方に行ってみようと森の中の綺麗な一本道を走っていく。
木々の中に見える大きな家や、ゴージャスなアパートメント。
ヌーサというのは、アボリジニの言葉で秘密の隠れ家という意味なんだそう。
緑豊かなこのエリアはまさに隠れ家的な雰囲気で、どこか懐かしさを覚える。
遠い昔に見た、家族でドライブしたような木漏れ日の中。
木々のトンネルがパッとひらけると、坂道の向こうに海が見えた。
丘の上に車を止めてドアを開けると、ふわりと潮風がやってきて青空に吹き渡っていく。
真っ青な海が広がっている。
何もない。海と砂浜だけ。
島影や、テトラポッドや、船の姿もなにもない。
あまりにシンプルな光景。
波音が聞こえる。
ザバーンというはっきりした音ではなく、どこまでものびる砂浜から無数の音が混じり合い、それらが幾重にも重なりザザザザザと唸りを上げ、まるで海が鳴いているみたいだ。
波間にサーファーたちの姿が小さく見える。
上手く乗れたかと思うと、すぐに崩れる波にもまれて見えなくなる。
すごくたくさんのサーファーが海にぷかぷかと浮いていた。
空が綺麗だ。
海の青と、柔らかい潮風に包まれていると心がどこかに飛ばされてしまいそうになる。
いつかの帰り道、青空の下をとぼとぼ歩いた日。
なんの感情も持たずに、そこにいるだけで生きていた。
どうやったらあそこに帰れるだろう。
記憶はこんなに鮮明なままなのに。
吐きそうなくらい感動しながらサンシャインビーチを背にし、ヌーサに戻ってきた。
そして最後にやってきたのはここ。
タイ料理屋さん。
ヌーサ初日にサイクロンの土砂降りの中でここに逃げ込んだ時、台湾人のボビーがとても美味しい料理を作ってくれ、さらに体調を崩していたジェニファーさんにサービスでスープを出してくれたりした。
優しいあのボビーに最後に会いたい。
と思ったのだが、残念なことにボビーは今日お休みみたいで別のアジア人の兄さんが厨房にいた。
うーん、ボビーに会えないのは残念だけご飯だけ食べて行こう。
今回、この時期にジェニファーさんに会えて良かった。
前回はメキシコで中南米に向けてスペイン語を教えてもらった。あの勉強はラテンアメリカを旅する上で本当に助かった。
そして今回もまたとても大事なことを教えてもらった。
きっと、知らず知らずのうちに俺は感謝する、という行為に慣れてきていたと思う。
当たり前とまで思わなくとも、優しさをもらうことに慣れてしまい、心からのありがとうが言えてなかったはず。
この旅ももう残りわずか。
このタイミングで大事な気持ちを思い出させてもらえたことってすごく大きい。
八尾に足向けて眠れないな。
「ハーイ!また会えて嬉しいです!!元気でしたか!?」
いい人ということが一目でわかる顔をしたボビーがお店にやってきた。
ボビーとハグするジェニファーさん。
本当、この人は周りを輝かせるな。
「よーし、ホナ最後にひとつだけやることあるからそれだけやってまおかー。」
ジェニファーさんに会えて良かったなぁ。
そしてもう一度会うキッカケを与えてくれた植松さんにも感謝。
見ず知らずだったジュンペイ君にもこんなに優しいし、本当、誰に対しても素晴らしい人だ。
誰に対しても…………
「アハハハハ!!!アカン!!イクゾウはこの公園あかんねんで!!イクゾウってだけで!!アハハハハ!!!」
これのためにずっと部屋で工作してたんだね…………
イクゾウ君、イクゾウ君はマジで会わなくてよかったよ。
ひどい目に遭わされてたはず………(´Д` )
「いやー、道路標識の動物注意の看板あるやん。鹿とかカンガルーの絵とか書いとるやつ。ホンマはあれにイクゾウの写真貼り付けてイクゾウ注意にしよう思とったんやけどなぁ。カメラ屋さんでイクゾウの写真プリントアウトしようとしたらプリンターが壊れてもうてん。イクゾウあかんであれ。」
何度も何度もハグをして、車に乗り込んだジェニファーさん。
窓からコアラのぬいぐるみを振りながら木々の向こうに消えていった。
ああ、行っちまった………
「ジェニファーさんってすごい人ですね……何者なんですか………」
「実は俺もよくわかってないんだよ………」
大きな荷物に囲まれて立ち尽くす俺とジュンペイ君。
嵐が去ってふと我に返る。
ああ、またこの重たい荷物を全部担いで動かないといけないのか…………
また食パンとかカップラーメンの毎日になるのか…………
今夜の野宿場所どうしようかな………
シャワーとか服の洗濯とか、ああ、野良Wi-Fiの場所も見つけないと………
怖ええええ(´Д` )
いつもの旅に戻るのが怖え(´Д` )
ひとまず荷物を抱えてヘイスティングストリートへ向かう。
暖かい日差しが街路樹から差し込む通りには、ものすごい数の人が歩いていた。
水着の子供たち、ドレスアップした老夫婦、観光客っぽいアジア人やエリートインド人たち。
今までとは比べものにならないほどの人ごみがこの小さなヘイスティングストリートに溢れかえっていた。
そう、今日からイースター休み。
月曜日までの春休みで、ヌーサのシティーバスもホリデー中は全路線無料になるほどの気合いの入ったバケーション期間に突入している。
近隣やヨーロッパ、アジア、世界中のハイソなお金持ちたちがゆったりとした休日を過ごすためにこの秘密の隠れ家に押し寄せている。
レストランやカフェではウェイターが忙しそうに動き回り、太陽が輝くビーチも人で埋め尽くされている。
うおー、こいつは気合い入るぜー………
また今日から野良犬生活。食い扶持稼ぐぞ。
フードコートで充電しながら腹ごしらえをして、夕方になり路上ポイントへ。
昨日大フィーバーした不動産屋さんの前でやりたいところどけど、今日はそこで他のバスカーがすでに演奏中。
まだ小さなお人形さんみたいな女の子がウクレレを弾きながら素朴で可愛らしい歌を歌っている。
そんなに上手ではないけど、そのほのぼのとした歌に通行人も笑顔でお金を入れていく。
こ、こいつは反則だぜ………
近くの階段のところで両親らしきパパとママが娘の演奏を見守っている。
こ、これジプシーパターンのやつ?
子供に稼がせるやつ?
幼いほうがより稼げるってやつ?
でもまぁ親も娘さんも綺麗な服を着ていてそんな物乞いみたいな雰囲気ではないみたい。
ていうかタレント志望の子供の活動ですね。
うん、ていうか俺たちこそどっからどう見ても迷い込んだゴキブリでしかないけどね。
さ、ゴキブリが歌いますよー。
おらあああああ!!!これが路上のフォークだこの野郎!!
121ドル。
イースターホリデーの金曜の夜ではあるけども、やはりここは上品な町ヌーサ。
21時を過ぎると一気に人通りがなくなり、バーもほとんど閉まってしまう。
みんなホテルに戻ってゆっくりと過ごすんだろう。健全だ。
野良犬みたいに夜のベンチに座って野良Wi-Fiを拾って少しメールチェックをしたら、次は寝床探し。
これだけ自然豊かなヌーサなので公園もたくさんあり、東屋や公衆トイレもそこら中にあって野宿し放題なんだけど、このヘイスティングストリートの近くにある森は全てナショナルパークとなっていてキャンプが禁止されている。
車中泊もダメってくらい厳しい。
知り合いたちはこの海沿いの森の中で寝ていたみたいで、別に問題なかったということだけど、出来れば人目の少ない静かなとこでゆっくり寝たい。
暗がりを目指してジュンペイ君と2人で歩いた。
真っ暗な森の中をひたすら歩いていく。すぐ左手の木々の向こうから海の音が聞こえてくる。
崖になっており、暗い夜の中からザザーン……と響く波濤の唸りが少し怖く感じる。
海に続く階段を降りてみては、眠れそうになくてまた階段を登り、坂を上がったり下ったりしながら2人で黙々と暗闇をさまよう。
肌寒いくらいの風なのに汗がしたたり落ちる。
もうここでいいんじゃないですか?と言いたそうなジュンペイ君だけど、夜中に人に叩き起こされるあのやるせなさったらないんだよな。
もう少し、もう少し歩いてみようと、暗い方へ向かった。
しばらくして道が車道から歩道へと変わり、森の中へと入っていく。
頭上には木々が生い茂り、遊歩道のような細い道を進んでいく。
足元が暗いが、月明かりが木々の間から地面を照らすほど明るい。
月光の森に詩が散らばっている。
いい加減疲れ果てた時に、パッと森が開け、歩道の脇にベンチのあるちょっとしたスペースを見つけた。
崖の上の展望スペースで、手すりの向こうに真っ黒い海がどこまでも広がっており、強い風がびゅーびゅーと吹き上げてくる。
もうここで寝るか。
「ここ朝がめちゃくちゃ楽しみですね!!絶対綺麗ですよ!!」
月明かりの下、スーツケースの中から出した服を厚着していくジュンペイ君。
「あ、ね、寝袋なかったんだっけ?」
「ないっす!」
「ま、マットもないの?」
「あるわけないっす!大丈夫です!これがあるんで!!」
そう言って嬉しそうにコンクリートの地面にバスタオルを敷くジュンペイ君。
バスタオルの上に寝るようだ。
頭悪すぎる(´Д` )
「そ、そっか、うん、ゴメンだけど俺は蚊帳で寝るね。女の子ならいいけど男と添い寝は嫌だか……あ!!マットがない!!」
やっちまった!!ジェニファーさんの車の中だ!!
あああああ!!!この旅で1番最初に買った戦友だったのに!!
フィンランドで10ユーロで買ったあのマット、大きいけど分厚くてめちゃ気に入ってたのに………
はぁ、もう仕方ないか………
ガックリしながら横を見ると、真っ暗なコンクリートの上に行き倒れみたいにうずくまって寝ようとしているジュンペイ君。
強すぎる。
寝袋と蚊帳があるだけマシか。
崖の上、寝転がって見上げた空には満点の星がきらめいていた。
夜露がきそうだ。