4月5日 土曜日
【オーストラリア】 バイロンベイ ~ ゴールドコースト
うう………寒い………
ちょっと寒いな…………
暗い中、寝袋をとろうと荷物のほうに手を伸ばすと丸いものに手が当たった。
お、寝袋これだ。
「ヘーイフミ……それは俺のケツだぜメーン………」
「あ、ご、ごめん……俺同性愛者じゃないから……」
「わかってるぜメーン………」
ここはピーターとジェイムスの車の中。
どこかわからないけど暗い場所に車を止めて3人で車中泊。
先に寝てしまったからわからなかったけど、ピーターが荷台、ジェイムスが床に寝ていた。
ピーターのケツの横にあった寝袋をとってまたシートに寝転がった。
目が覚めると外はすっかり明るくなっていた。
「フミー、俺たちの車最高だろうメーン。快適すぎるぜメーン。」
ブリスベンに住んでいるこのイカした2人の男前。
実はこのワーゲンのバンは今回シドニーで買ったものらしく、新しい車でノリノリでブリスベンに帰るところだったみたい。
45万円のこのボロいバン。
オーストラリアでは破格の値段なんだろうけど、その分あちこちが壊れている。
でもこの爽やかなサーファーたちが乗っているとそのボロさもカッコ良く見える。
公園の裏の空き地からゆっくりと道に出て走って行くと、そこは小さな町の中だった。
朝の静かな通りにささやかにお店が並んでいる。
人の姿はまだほとんどない。
そんなメインストリートを進んでいくと、海に突き当たった。
ビーチのパーキングに駐車して車を降りると、潮騒と海風が髪をゆらした。
のぼってきた太陽が静かに海を輝かせている。
砂浜を歩く人たちのシルエット。
駆け回る犬。
遠い昔を思い出させるような穏やかな海。
周りには俺たちのバンと同じような車がたくさん止まっていて、どれも車内をベッドに改造している。
年季の入ったワイルドなサーファーたちがコーヒーを飲みながらのお喋りしている。
なんだかとても自由な空気がするとこだな。
「フミ、ここはバイロンベイっていうんだぜメーン。東海岸で1番ホットなところさ。」
オーストラリアに入ってから、ケアンズまで行くんですと言うと、ほとんどの人がバイロンベイには行くのかい?と尋ねてきた。
話によるとたくさんのヒッピーたちが集まるビーチらしく、大きすぎないメインストリートにはクールなクラブやオシャレなカフェが並んでおり、バッグパッカーなら必ず行くべき場所だと言われてきた。
「綺麗だね。」
「ああ、オーストラリアの海は最高だろうメーン。」
朝日が海を染め上げる中、ジェイムスが下手なギターを弾いた。
朝飯を食べ、それから1時間ほど走るとついに俺たちのボロいワーゲンバンはゴールドコーストに入った。
青空にそびえるいくつもの高層ビルが見える。
オフィスビルといった雰囲気ではなく、どれもリゾート地にありそうなデザインの凝ったビルで、高級ホテルやお金持ちたちのマンションみたいだ。
ここがあのゴールドコーストか。
先に俺たちのお気に入りの場所に行こうぜとピーターがハンドルをきって向かったのは、ゴールドコーストの街から少し離れた静かなビーチだった。
スピットという隠れたビーチで、木々の向こうに輝く砂浜と海が見えた。
その向こうにゴールドコーストのビルが立ち並んでいる。
バンを止め、昨日の残りのビールを飲む。
木漏れ日が暖かく、俺もまるでいっちょまえのサーファーになったような自由な気分がした。
「ヘーイ、調子はどうだい?君がフミかー。」
するとそこにこれまた車中泊用に改造されたイカしたバンに乗った兄さんがやってきた。
ブロンドヘアーをナチュラルドレッドにした男前の彼はロイ。
さらにバイクに乗ってやってきた兄さんはリック。
みんなクールな仲間。
車の中からスピーカーを取り出してバンの屋根に置き、爽やかなサーフミュージックを流すロイ。
ギターを弾き、巻きタバコをふかす。
まるで映画の中のようなシチュエーション。
そんな最高のビーチでみんなで泳いだ。
水が冷たくてそろりそろりと入っているとピーターにつき飛ばれる。
「よし、俺たちがここでやぐらを組むからフミはなんとかよじ登って上まで行くんだ。クールにキメようぜ。」
海の中ジェイムスとピーターが下になり、その肩にロイとリックが立ち上がった。
4人が腕をホールドしてるところを俺がよじ登っていく。
みんなの腕や肩にしがみついて1番上まで。
すでに重くてプルプル震えているピーターとジェイムス。
「頑張って!もう少しだから!」
「ヘーイメーン……早くしてくれ………」
あと少し、というところでバランスが崩れて全員バシャーンと海に潜った。
そしてイェーイとみんなでハイタッチ。
うん、子供じみてるけどそんな無邪気さも心地いい。
「よし、そろそろ行こうか。街まで送って行くぜメーン。」
「フミ、また会えるといな。また遊ぼうぜ。」
「今度は日本にサーフィンに来なよ。俺のホームタウンはサーフィンで有名なんだ。」
「スウィ~ト。その時は頼むぜ。」
そして車を走らせること10分。
さっきまで見えていたあの高層ビル群の足元にやってきた。
「フミ、そこが1番賑やかな通りだよ。バスキングはあそこがベストだ。それじゃあ元気でなメーン!!」
「チアーズ!!ピータージェイムス!!」
2人は右手の親指と小指を立て、クルクル揺らしながらクールに去っていった。
最高のやつらだったな。
いつか日本で会おうな。
さぁー、来たぞゴールドコーストだこの野郎ー。
そびえ立つドデカいホテルや高級マンションがここがどれほどの高級リゾート地か表してやがる。
そうですか、俺みたいなバッグパッカーが来るようなところではないとおっしゃる。
いーや、開放的なビーチリゾートを楽しませてもらうよ。
そんなゴールドコーストのビーチ。
まぁどこまでも果てし無く砂浜が続いており、海沿いにデカいホテルがずごんずごん並んでいる。
たくさんの人がビーチに寝転がり、海で遊んでいる。
まぁただの千葉の九十九里浜ですね。
そんなビーチ沿いに、マクドナルドとハングリージャックが向かい合っているメインストリートがある。
ホコ天になっており両側には高級そうなレストランやバーがズラリと並び、ショッピングモールがその奥に広がっている。
浮かれた観光地によくあるホラーハウスとかマジックハウスもあったりして、とにかくたくさんの人が歩いている。
ここがあの有名なサーファーズパラダイスか。
名前からしてチャラい。
ひとまず歌う場所を探して歩き回ってみた。
このサーファーズパラダイス自体そんなに大きくはなく、2ブロックも歩けば人通りはなくなる。
ポツポツと土産物屋さんがあったりしてそれなりの観光地といった感じ。
やはりメインのあのホコ天の通りが1番の路上ポイントであそこでやれれば完璧なんだけど………
ここで信頼と実績のイクゾウ情報。
メインストリートをはじめ、あらゆる場所で歌ったがことごとくレンジャーに止められ、仕方なく少し離れた場所でやったところそこなら何も言われず、さらに夜にはクラブへ行く人たちで溢れてめちゃくちゃ稼げた、とのこと。
僕で毎回50ドルくらい稼げてたから金丸さんならきっとすごいですよ!!と言っていたイクゾウ君。
さらに、日本人の数が半端じゃなく、彼らにだいぶ入れてもらったとも言っていた。
ふーん、日本人多すぎって、まぁ観光客がちらほらいるくらいのもんやろ。
と思っていたんだけどマジで日本人の数異常。
シドニーでは中国人がめちゃくちゃ多かったけど、ここではアジア人といえば日本人。
ジャパニーズレストランなんて当たり前。
長浜ラーメンとかある。
レストランだけでなくお土産物屋さんでも日本人がTシャツいかがっすかーとか声かけをしてるし、普通の洋服屋さんも日本人がやってるし、日本語がセカンドラングエッジくらいの勢いで色んなところで日本語表記を見ることができる。
観光客っぽい人たちもいるし、渋谷のギャルみたいなケバいやつらもいるし、ラッパーみたいなヒップホップスタイルの日本人も多い。
いやー、オーストラリアっていったらワーキングホリデーの聖地というイメージはあったけど、まさかここまで日本人が定着している場所だとは。
そしてそんな日本人にとってゴールドコーストは伝統の観光地なんだなぁ。
九十九里浜で充分だと思うけどなぁ。
ひとまずセブンイレブンでお湯をもらって食パンと一緒に食べて飯をすませ、ホコ天のメインストリートから少し先の一角に荷物を置いた。
街路樹が茂り、向かいにはソフトクリーム屋さんと2階にハードロックカフェがある。
夕方前で人通りは程よい感じ。
よし、ここでやってみるか。
演奏開始とともにすぐにお金が入る。
あれあれ?と思っていると、立て続けにコインが。
あれあれあれ?と思っていると5ドル札が。
え?何これ?
わずか30分で20ドルほどのお金が足元にたまる。
こ、これは………
サーファーズパラダイスっていうかバスカーズパラダイス?
そして路上演奏を止められるどころかレンジャーみたいな見回りの人すらいない。
もうノリノリになって、サンダル脱いで裸足になって歌いまくった。
「ヘイメーン?調子はどうだい?ゴキゲンなプレイじゃねぇか。邪魔はしないから俺もジョイントしていいかいメーン?」
辺りが暗くなり、お店に明かりがついたころ1人のギターを持った兄ちゃんが声をかけてきた。
スキンヘッドにサングラスというピットブルのいとこみたいなこの兄ちゃん。
ロシア人のロマンというやつ。
「もちろんだよ。ロマンはどっかに泊まってるの?」
「ヘイメーン?ここはゴールドコーストだぜメーン?ビーチで寝てるんだぜメーン。俺も流れ者さメーン。」
なるほどね。彼も旅のバスカーってわけか。
それからは2人で演奏。
と言ってもロマンはそんなに上手ではなくノリだけで演奏を盛り上げてくれる。
ワッツアップメーン!?
イカした夜だぜガーイズ!!
そんな軽い感じで道ゆく人たちにノリで声をかけまくるロマン。
おいおい、そんなに声かけまくって面倒くさがれるんじゃないかと心配になるんだけど、ゴールドコーストに来てるようなチャラい人たちはみんなそれにノリ良く返してくれる。
夜も21時を過ぎてくるとだんだん活気が増してきた。
今夜は土曜の夜。
お店の音楽も大きくなり始め、おめかしした人たちがネオンの光るお店に入っていく。
お酒の入った人たちが笑いながら歩き、あちこちからクラブの爆音が聞こえる。
さっきからやたらと派手なバスやロールスロイスなんかが道路を走ってるなぁと思っていたら、その車の中で若者たちが酒を片手にフォオオオ!!と大騒ぎしていた。
派手に騒ぎたい人たち向けのアトラクションみたいで、驚くことに消防車を改造したものまで走っている。
消防車の中でクラブミュージックかけて酒浴びるて………
夜が深まるにつれそんなイカれたお祭り騒ぎはとどまることなくエスカレートし、このサーファーズパラダイスは一大クラブ街へと変貌した。
なるほど、昼はビーチで泳いで夜は踊りまくろうっていうまさにチャラいを絵に描いたような場所ってわけか。
こいつは世界中から遊びたい若者が集まるわけだ。
男たちはスーツやカッコいいジャケット、女の子たちはほぼ全裸みたいなきわどいドレスを着てヒャッホオオオオ!!!と叫びながら歩いている。
そんな大騒ぎの街の中で歌いまくる。
ゴキゲンになった人たちがお金を入れてくれるわけだけど、夜のこの時間帯になってから一切コインが入らなくなった。
最低5ドル紙幣。
あ、10ドル札入った。
あ、20ドル札入った。
や、やべぇ、なんだここ(´Д` )
すげすぎる!!
しかしみんな酔っ払ってバカノリ状態なのでタチも悪い。
ギター弾かせてくれよー!!と言って強引に奪って乱暴に扱ったり、俺のことを遠慮なく笑ってくるビッチとか、ひどい酔っ払いばかり。
とにかくやってて気分は良くない。
でもお金は入る。
そんな酔っ払いたちにも横にいるロマンはワッツアップメーン!?と声をかけまくっている。
休憩して少し離れたところからタバコを吸いながらロマンを見る。
頼むからケンカはしないでくれよとビクビク。
「ヘイガーイズ!!イカした歌を聞きたくないかメーン!?」
「おー!!兄ちゃんなんか歌ってみろやー!!」
「ヘイメーン!?めちゃくちゃいいやつ聞かせてやるぜメーン!?お金の準備はいいかいメーン!?」
「いい歌だったら払ってやるよ!!」
「OK!!いくぜメーン!!」
酔っ払いの団体を引き止め、歌をうたうロマン。
そこまで下手ではない。ある程度は弾けている。
しかし酔っ払いたちを満足させられるものではない。
「ファッキンシット!!てめーの歌はマジでクソだボケ!!」
「ファックユー。ファックユー。」
もはや遠慮のカケラもない罵声を吐きながら去っていく酔っ払いたち。
「ヘイメーン!?お金はどうしたんだいメーン!?」
「死ねボケ!!」
去り際にコインを投げつけられてる。
それでも懲りずにまた次の通行人に俺のアメイジングな歌を聴きたくないかいメーンと声をかけまくっている。
ろ、ロマン、あんたすげぇよ………
まぁそんな感じでどんどん人通りは多くなっていくんだけど、同時にどんどん酔っ払いのちゃかしもエスカレートしていく。
久しぶりに地下道以外で歌ったので喉も枯れてきているし、今日はこの辺にしとくか。
この酔っ払いたちの悪質な絡みに耐えられるのならばおそらく凄まじく稼げるはずだけど、さすがにウンザリだ。
もちろん全員ではなくて上品な人もいるし、目の前のベンチに座って聴いてくれる人もいる。
そこに若者たちがやってきて、ウギャーーー!!!イヤッフオアオオオ!!!!あれ歌ってくれよ!!ああ?!出来ねぇ!?んだつまんねーな!!ホラよめぐんでやるよ、ってな感じでかき混ぜまくって去っていく。
仕方ない。ここはゴールドコーストのサーファーズパラダイス。
世界中のチャラいやつらがとことんハメを外しにくるところ。
俺もそれを覚悟でやらないとな。
「ヘイメーン、夜はこれからだぜメーン?」
ギターを片付ける俺を引き止めるロマン。また明日も来るよと言って荷物を担いで歩いた。
こうこうと輝く近代的な高層ビル。
その足元には爆音を流すラグジュアリーなクラブが並び、イマドキの若者たちが楽しそうに群がっている。
23時を過ぎているのに街は活気を増す一方で、たくさんの人々で溢れている。
ドレスアップした人々の中を荷物を担いで歩く。
キャリーバッグのタイヤの調子が悪くて何度も立ち止まって車輪の角度を直さないといけない。
お腹空いたけど、ケバブとかピザのファストフード店でも全て10ドルくらい。
仕方なくまたさっきのセブンイレブンに行きお湯をもらってカップラーメンを食べた。
ひもじくはない。
安い飯を食べてボロい服を着て野宿をする。
こんなこと今までもずっとやってきた。
別になんてことはない。
でもこの超リッチなオーストラリアという国でこういう旅をしていると、ほんの少しの惨めさは隠しきれない。
俺はバッグパッカーだから、という言い訳は南米では充分通用したけど、ここでは貧乏旅があまりにも場違いに思えてくる。
こんなゴールドコーストみたいな高級リゾートならなおさら肩身が狭い。
お邪魔しましたという気持ちできらびやかな通りに背を向け、ハーバー沿いの静かな公園へ。
ベンチに座ってあがりを数えてみた。
163ドル。
これの中のどれだけがちゃんと歌を聴いて入れてくれたお金だろう。
自分を信じられなくなる時、どれだけ心を強く持てるか。
大丈夫、俺はやれる。
そしてもっともっと、精進しないと。
ここで寝てしまおうかと思ったらすぐ目の前の通りで酔っ払いたちが乱闘を始めた。
もっと繁華街から離れなきゃと、静かなひと気のない場所を求めて歩いた。
キャリーバッグのタイヤが外れて、持ち上げながら歩く。
汗が流れる。
明日は海沿いのシャワーで体を洗おう。
こんな街に負けてたまるか。