3月25日 火曜日
【アルゼンチン】 ブエノスアイレス
何かで1位になることってとても難しい。
俺には何がある?
音楽で1位になれるか?
とてもじゃないけどそんなの無理。
旅人部門で1位になれるか?
いや、話にならない。
では歌では?ギターでは?ハーモニカでは?作詞作曲では?路上パフォーマーでは?世界一周では?
全部の世界で凄腕の人たちがいるし、上にはどこまでも上がいる。
とてもじゃないけど1位になんてなれない。
じゃあ世界を旅する路上パフォーマーというジャンルでは?
いやいや、これもすごい人がわんさかいる。
日本人で世界を旅する路上パフォーマーでは?
んー、すごい人いっぱいいるんだよなぁ。
じゃあ思い切って、日本人で世界を旅してて路上パフォーマンスをしててギターとハーモニカを吹いて日本語と英語とスペイン語の歌をうたうフォークシンガーというジャンルでは?
そこそこいいとこ行くかもしれない。
1位になるのはとても難しい。
でもそれなら思い切ってジャンルをどこまでも細分化して自分にしか出来ないことを突き詰めていけばいい。
金丸文武という人間が作り出すもの、というジャンルなら誰にも負けない。
人の真似ではなく自分だけの道を突き進めば、むしろ比べること自体おかしなことのように思える。
1位になるということは自分をどれだけ信じられるかということ。
まだ暗い夜明け前。
バスは明かりのついたターミナルに到着した。
ぞろぞろと静かに降りて行く乗客たち。
それに混じって俺もギターを抱えてバスを降りる。
人ごみの後をついて建物の外に出ると、少し肌寒い朝の風が吹いた。
スーツを着たおじさん、綺麗な身なりの女の人たち、みんなが慌ただしく無表情で歩いている。
朝もやにけむる高層ビル。
時間は朝の7時。
南米最後の街、ブエノスアイレス。
ひとまずセントロに向かおうと、人に聞きながらビルの下を歩いていく。
3月という今までの人生では花が芽吹いて色が鮮やかになるこの季節に、ブエノスアイレスの歩道は街路樹の落ち葉が寂しく風に吹かれている。
そんな道を1人で歩く。
荷物が肩に食い込んで腕が痺れる。
今日は25日。
南米を脱出するフライトは明日の朝だ。
間に合った…………
きつかった。
猛ダッシュの南下の中、見るべきものやるべきことは全てクリアーした。
毎日歌ったおかげでお金も底を尽きることはなく、なんとか手持ちは230ドルほどある。
明日の飛行機を乗り過ごさないためにも今夜は空港で過ごすつもり。
最後の街なので少しは観光もしたいところだけど、荷物がとても重い。
ブエノスアイレスにはカミニートという色鮮やかな建物が並ぶ一大観光地やその他にも見所は多い。
アルゼンチン人の友達もみんなブエノスアイレスは観光するべきところだぜと言っていた。
でももういい。
半年以上過ごしたこのラテンアメリカ。観光なんてもういい。
人との触れ合いこそが南米の最大のアトラクションなんだ。
路上やるぞ。
荷物にふらつきながら歩いていると、綺麗なショッピングストリートを発見。
はるか先まで歩行者用のメインストリートが伸びており、建物はどれもヨーロッパ調の美しいバロック様式。
どうやらここがこの街の中心地みたいだ。
まだ10時前なのでほとんどのお店が開いてなく、通りは閑散としている。
ひとまず辺りを歩き回り、カテドラルのある中央広場を見て回る。
疲れてベンチに座ってタバコをふかす。
都会の喧騒が少しずつ増していき、通りをひっきりなしに車が行き交っている。
歩いている人たちもみなオシャレな服を着て洗練されている。
タバコはあと10本くらい。
オーストラリアは税関が厳しいのでこれも吸い切ってしまわないとな。
さっきのメインストリート、フロリダ通りに戻ると、すでにものすごい数の歩行者が通りを埋め尽くしていた。
すごいな、ブエノスアイレスさすがに大都会だ。
そんな美しい街の中に見慣れた人たちの姿。
道端でマクラメのアクセサリーを売るドレッドヘアーの男たち。
この南米でこうしたヒッピーたちにどれほど助けられたか。
「アミーゴ、歌をうたいたいんだけどどこでやればいいかな?」
「ヘーイアミーゴ!!このフロリダ通りはどこでもやりたい放題さ!!ホラ、こっちに来て、あそこの信号を渡った先のところが1番のスポットでみんな演奏してる。それともう少し向こうのほうの………」
立ち上がってわざわざ一緒に歩いて案内してくれるヒッピーの兄さん。
そしてアスタルエゴと言って笑顔で親指を立ててくれた。
本当に今までありがとう。
キングバーガーで50アルペソ、5ドルのセットを食べていい場所を探して歩く。
ポツポツと路上パフォーマーも出てきて、みなアンプとマイクを使ってレベルの高い演奏を披露している。
俺も負けてられないぞ、と思って歩いていく。
ところでこのフロリダ通り。綺麗なお店が立ち並び、オシャレな人々が集まる南米でも指折りのショッピングストリートなのだが、
ここには妖怪が住んでいる。
その名もカンビオ妖怪。
★フロリダ通りに無数に生息
★通りに立って一般人と同化しておりぱっと見では妖怪とわからない
★カンビオ~、カンビオ~、カ~~ンビオとひたすら1人で言っている
★アメリカドルに目がない
★他のお金はあまり欲しがらない
★たまに偽札を渡してくる
★鳴き声はカンビオ~のみで妖怪同士はそれで会話ができる
この妖怪が5メートル置きに立っています。
カンビオ~カンビオ~、カンビー……オ!!
カンカンカンビオ!!カンビオ!!
それぞれに鳴き声が違い、大声でカンビオー!!と叫んでるやつもいれば、通り過ぎる瞬間にほんのかすかに、カンビオ……とつぶやくいぶし銀もいます。
ひと息でカンビオを10回くらい連発したり、緩急高低を変幻自在に織り交ぜカンビオソングを歌うベテラン妖怪も。
そんな彼らは闇両替商です。
この前も書いたようにアルゼンチンは経済状況が悪く自国の通貨よりもアメリカドルのほうが強いです。
正規レートと闇レートで大きな差があります。
オフィシャルレートは1ドル=8アルゼンチンペソくらい。
闇レートだと1ドル=10アルゼンチンペソくらいくれます。
多分ピン札の100ドル札ならもっと良くなります。
かなりいい商売なんでしょう。
若者からギャルな姉ちゃん、爺ちゃんまで様々な妖怪が通りに立っています。
もうマジで大袈裟じゃないです。
これ大袈裟じゃなく、1秒に1回くらいの割合でカンビオと耳にします。
なので1分で60回は聞きます。
1時間だと3600回です。
僕はこの日6時間ほど通りにいたので、少なく見積もっても2万回はカンビオという言葉を聞きました。
ゲシュタルト崩壊どころじゃないです。
あ、カンビオとはスペイン語でチェンジという意味です。
そんな妖怪たちの攻撃をかいくぐりながらなんとか良さそうなポイントを発見。
右側と左側に妖怪が1人ずつ立っているけど、これでも少ない方。
人通りの多いところに行ったらもうカンビオカンビオー!!が通りに絶え間無く響いていて頭おかしくなりそうです。
エコーズact1のスタンドの使い手でカンビオって擬音を貼り付けてきます。
というわけで演奏開始だけどカンビオ妖怪のカンビオーカンビオーが気になって歌に集中できねえええええ!!!!!
向こうからしたら俺のほうこそ邪魔なんだろうけど………
でも頑張って歌い続ける。これが南米最後の路上だぞ。
今までも色んな妖怪がいっぱいいたじゃねぇか。
そんな中で南米を生き抜いてきたんだ。
しかしお金の入りはめちゃくちゃ悪い。演奏はいい調子だし場所も悪くない。
どうしたことだ。全然人が足を止めてくれない。
1時間やって足元には20アルペソくらい。たったの2ドル。
や、やや、ヤベェ…………
こんなんじゃ話にならねぇ。
場所を変えてもう少し雰囲気のいいポジションで再開。
ポツポツと足を止めてくれる人たち。
拍手も起きはするがお金の入りは伸び悩み。
3時間頑張って足元のギターケースには………
わずかに130アルペソ、13ドル………
ま、マジですか………
確かにこのフロリダ通りにはたくさんのパフォーマーがいる。
でも今までもそんな中でやってきた。
最後の路上で大フィーバーで南米バイバイ、ってそんなイメージだったのにそうはうまくいかなかったか………
南米でちやほやされて調子に乗んなよってとこか。
修業が足りんな………
オーストラリアでは死に物狂いで頑張らないと。
ああ……やることは終わった。
南米でやることはもうすべて終わった。
もう後は空港に向かって朝を待つのみ。
優しいカンビオ妖怪が空港への行き方を教えてくれたので何も問題はない。
でも最後の最後に会う人がいる。
フロリダ通りではこんな本場のめちゃくちゃクオリティの高いタンゴパフォーマンスも見ることができる。
カッコよすぎ。
夜になり、フロリダ通りに街灯がともり人の数も少しずつ減ってきた頃、待ち合わせ場所の広場に座っていると懐かしい声が聞こえた。
「あー、いたいたー!!元気だったー?」
「うわー、フミさんお久しぶりですー。」
顔を上げるとそこには懐かしい笑顔。
ラテンアメリカの旅の中で何度も色んなところで会ってきたエビちゃんとヨシコさんカップル。
「うわー!!久しぶりー!!」
最後に別れたのはエクアドルのキトだったかな。
それからも色んなところで会う機会はあったものの俺のスローペースで結局ずっと合流できないままここまで下ってきた。
思えば2人に会ったのはあのメキシコシティーの宿。
そして今またアルゼンチンで再会。
ラテンアメリカの最初と最後に会うことになったわけだ。
なんて縁があるんだよ。
エビちゃんたちが泊まっている宿にいた日本人の方も一緒に来られていて、みんなでご飯を食べに行った。
メニューはもちろんアサド。
アルゼンチンのアサドは南米最高の食べ物。
これまでの南米の味気ないご飯のイメージが吹っ飛ぶほどに全てが美味すぎる。
付け合わせのサラダとラー油みたいなのがまた感動的な美味さ。
ヨーロッパ、アフリカ編ではほとんど日本人と交流がなかった。
宿に泊まらなかったし、ヨーロッパは日本人旅人があまり滞在しないところ。
いつも1人で動いていて、ブログの中で他の世界一周旅行者たちが和気あいあいと団体行動しているのを、斜に構えて見ていた。
それの何が楽しいんだって違和感ばかり持っていた。
それが北米に入り、カッピーユージン君たちと旅し、中米南米でどれほどたくさんの日本人旅行者たちと過ごしたことか。
結局人気のコースを回れば日本人と会わないことのほうが難しい。
そうなれば別に望んで避けたりしないし、面白いやつらに出会うたびに、次第に斜に構えていた感覚は消えていった。
逆にそんな中でも、1人の旅こそ本当の旅っていって団体行動を頑なに避ける人がいるんだけど、そういった人の方に違和感を感じるようになった。
完全に旅の最初のころの自分。
日本人だろうが外国人だろうが、バッグパッカーだろうが現地の人だろうが、出会った人、今目の前にいる人とのその一瞬を心から楽しめるようになれれば、きっと旅はもっと楽しくなるだろうな。
みんなに見送られてバスに乗り込んだ。
マヨ通りから8番バスで1時間半ほどの距離。
お金を払おうとしたら運転手のおじさんがニヤリと笑って、金はいらねぇから座ってなと言ってくれた。
乗客が俺1人になり、空港に到着。
「おじさんありがとう!!ムチョスグラシアス!!」
「おう!!いい旅を!!ビエンビアヘ!!」
おじさんはミラー越しにこっちを見て親指を立てた。
空港の中にはたくさんの人が夜を越すためにベンチに座っていた。
俺もその中に混じる。
俺のことをチラチラ見ている隣のおじさん。
ほーら来るぞ、そろそろ来るぞ、と思っていると、オラーどこから来たんだい?と笑顔で話しかけてくる。
俺も疲れているけど、下手なスペイン語で会話する。
中南米、長かったな。
こんなに滞在することになるなんて。
町はボロくて、音楽はうるさいし、人はうっとおしいほど絡んでくるし、治安は悪いし、本当ろくな所じゃねぇなと思っていたのに、
今になってあのラテンアメリカのあらゆるもの全てが愛おしく思えて仕方ない。
ここにある全てが、なにか大事なものを思い出させてくれる。
これで終わりなのかと思うと、なんでそんなこと聞くんだよ?というわけの分からないおじさんの質問にも丁寧に答えた。
こんな時すぐテキトーなことを言ってしまっていたけど、最後だと思うと完璧に伝えたくて下手なスペイン語で何度も説明した。
カナダから始まった南北アメリカ大陸の縦断。
色んなことがあったなぁ。
大都会の喧騒にはじかれシェルターに飛び込んだカナダ。
音楽三昧のアメリカ横断。
サルサのリズムで踊り明かしたメキシコ。
危険すぎた中米ローカルバス南下。
拷問だったカリブ海漂流。
バスキングの自由さを教えられたエクアドル。
そして素晴らしい自然と遺跡たち。
全ての日々がはっきりと焼きついている。
明日、太平洋を渡る。
この旅最後の地、オセアニア・アジア編、スタートだ。