3月23日 日曜日
【アルゼンチン】 コルドバ
移動の疲れで泥のように眠った。
快適なベッドの上で目を覚ます。
窓から見える空がものすごく青い。
キッチンに行くとママがのんびりテレビを見ていた。
「ハーイ、フミ、よく眠れた?」
「最高でした。今日も素晴らしい天気ですね。」
「そうよ。この辺りの秋は本当に美しいのよ。」
今は3月。日本では当たり前に春。でもここアルゼンチンでは当たり前に3月は秋なのだ。
秋晴れの空に夏の終わりの風が吹き、ふと寂しさが胸に芽生えて消える。
コーヒーとバナナとパン、それにアルゼンチンの一般的な甘いキャラメルミルクみたいなスィーツ。
これをバナナにつけて食べると口いっぱいに甘さが広がる。
テーブルではママが見覚えのあるものを作っている。
ミートソースみたいな挽き肉の炒めたもの、それとトマトとチーズ。
それらを丸い生地に乗せて綺麗に包んでいく。
そう、ヘロニモがいつも作って町で売っていたアルゼンチン名物のエンパナダだ。
ヘロニモの作ったものでも充分美味しかったけど、ママの作るエンパナダは最高なんだぜとヘロは言っていた。
さすが、ママの包んだエンパナダはどれも形が完璧だ。
「これは夜に食べましょう。帰ってくるの待ってるわね。」
今日はブエノスアイレスまでのチケットを取りに行き、夜に昨日のマーケットで歌う予定。
あー!!夜ご飯のエンパナダが楽しみで仕方ない!!
あれ?こ、ここ実家?
街まで遠い上にバス停が分かりづらいのでカミラが連れて行ってくれた。
「街ではiPhoneを出して周りに見せたらダメよ。アルゼンチンはいいところだけど、強盗がとても多いから。」
日本人旅行者たちがブエノスアイレスでこれでもかってくらい盗難に遭っている話はここのところよく聞いている。
危険危険、油断したらすぐ裸にされる、殺される、人の住むところじゃねぇ、くらいのことを言われ続けてきた南米。
ここに来る前、本当にビビっていた。
どんな魑魅魍魎がうごめいてんだ?くらいのイメージだった。
日本の友達やお母さんからも、南米は人殺しの巣窟だから頼むから行かないでくれってメールをもらっていた。
それが普通のイメージ。
でも実際にはこれまでなんのトラブルもなく来れている。
もちろん他の治安のいい国からしたら被害の確率は上がるかもしれないけど、南米は敬虔なカトリックの地域で、人々は隣人を愛するという心を他の先進国よりもはるかに持ち合わせていると思う。
被害に遭うのはもう運でしかない。もちろん細心の注意を払った上でのことだけど。
ここコルドバでも気をつけないとな。
カミラに連れられて公園を横切り、民家の隙間を抜けてバス停に着いた。
1人じゃ絶対に見つけられない小さなバス停。
カミラはさっきから誰かと電話をしていた。
誰かと待ち合わせしているのかなと思っていたら、住宅地の静かな通りの向こうから1人の男の人がたったったと走ってきた。
白髪にヒゲのはえた細身のおじさんが急いで走ってくる。
そしておじさんは優しさに満ち溢れた笑顔で俺の前までやってきて、俺をハグした。
なんて言ってるかわからないけど、俺の頭をなでながら目尻を下げて言葉をかけてくれている。
彼がヘロニモの本当のお父さんだった。
そういえば目元や輪郭がヘロニモに似ている。
「フミの話は聞いてるって。どうかウチに招かせてくれって。フミ時間ある?」
この近くに住んでいるお父さん。
ママと別れてもこうして近くに住み、カミラや子供たちと会っている。
きっと複雑な事情があるんだろうな。
お父さんの細い体と優しい笑顔が、とても寂しげに見えた。
明日必ず行きますと約束し、やってきたバスに乗り込んだ。
見えなくなるまで手を振ってくれたお父さん。
きっと彼もまたヘロニモを心から愛していて、その友達の俺を大事にしたいと思ってくれているんだろう。
その気持ちが苦しくなるほど胸をしめつける。
みんなみんな弱いけど、愛と優しさに溢れた人たちばかりだよ。
バスに揺られてまずやってきたのはコルドバのトレインステーション。
駅舎の中はたくさんの人で溢れかえっており、大きなバッグを担いだバッグパッカーの姿も多い。
うーん、ただでさえ争奪戦の電車なのに今は3連休中。
席空いてないだろうなぁ。
と期待しないで窓口へ。
しかしなんと!!!
うん、門前払い。
あるわけねぇよってな顔でノーと言われてすごすご駅舎を出た。
仕方なくすぐ近くにあるバスターミナルの方へ。
ターミナルの中には凄まじい数のバス会社のオフィスが並んでおり、ブエノスアイレス行きのバスもたくさんある。
気になる値段は………
400アルペソ。
50ドル。
し、し、し、信じらんねぇ(´Д` )
高すぎる!!!
しかしどこのバス会社に聞いても値段は一律。
多分電車は100アルペソくらいだと思う。
4倍(´Д` )
しかしもう交通手段はこれしかない………
買わないとブエノスアイレスに行けないし、もう飛行機までの時間もギリギリだ。
震える手で400アルペソを払って明日の夜行バスをゲットした。
も、もうこうなったら1日中歌いまくって稼ぐしかない。
喉潰れるまでバスキングするぞと急いでセントロへと向やってきた。
ただのゴーストタウン。
美々津より人いない。
こ、これがママの言っていたシエスタというやつか………
まさかここまでとは………
街並みはどこまでも綺麗で、大都会とまでいかない程よいビルの林立がとても好印象。
きっとここで歌ったら結構稼げるはず。
なのだが、本当にビビるほど人がいない。
どうしようもなくてポツリとメインストリートのベンチに腰かける。
やべぇな………
オーストラリア入国に向けて少しでも所持金を増やしたかったところ。
出国のチケットなし、クレジットカードなし、ではそれを補う現金を持ってるのか?と質問されたときにある程度の金額を答えられたらまだいい。
でも今の所持金、2万3千円。
てめーなめてんのか?と審査官に言われる光景が目に浮かぶ。
とにかく少しでも稼がないといけない。
人がまったくいない街を散策し、夜に向けてテキトーにそこらへんのホットドッグをかじる。
15アルペソ。150円くらい。
ちなみにタバコは10アルペソ、ビールは1リットル瓶が14アルペソって具合。
ぶらぶら歩いて昨日のハンドクラフト市にやってきた。
ゴーストタウンの街にあっとここだけ人がまばらに歩いている。
まだ夕方の日差しの中でヒッピー風の人々が露店の準備をしているだけで、ゆうべみたいな混雑になるのは18時を過ぎてからみたいだ。
タバコを吸いながらマーケットエリアをぐるぐる回っていいポジションを探す。
しかしまだ露店が出始める時間なのでどこに陣取ったらいいのかわからない。
そんな中、地元の人がバイオリンのパフォーマンスをしていた。
アンプとエフェクターを使ってなかなかいい演奏。
その兄さんに他に演奏できる場所はないか聞いたら、19時になったらやめるからここでやるといいと言ってくれた。
時間が経つにつれて露店が密度を増していき、人通りも増えてきた。
みんな楽しそうにそれぞれのお店をのぞき、お店の人と和やかに会話している。
ハンドクラフトという創作物がこんなにも市民権を得ているこの街の空気がとても暖かいな。
そしてギターを持って歩いているだけで、露店の人がみんな話しかけてきて演奏したいならここでやるといいわよ、とか向こうでみんなやってるわよと教えてくれる。
ママがここに出店していたころから時代は流れてこんなに大規模になってはいるけれど、当時のヒッピーのウェルカムな心は今も受け継がれているんだな。
19時になり、バイオリンの兄さんとバトンタッチ。
すでに人波は通りを埋め尽くしており、そんな1番賑やかな交差点の中でギターを抱えた。
観光客があまり来ないであろうコルドバ。そしてアートを愛する人々が集まるこのマーケット。
一瞬にして人だかりが出来上がり、周りを取り囲んだ。
アルゼンチン最初の路上。
思いっきり声を振り絞った。
電灯が通りを彩り、銀食器やランプ、人形などのアンティークを照らしている。
たくさんの人がハグをし、調子はどう?と会話している。
みんなここでこうやって30年以上もお店を出してきたんだな。
その歴史の1ページの片隅にでも混ざれたことがとても嬉しかった。
たくさんの拍手をいただいてギターを置いた。
「ただいまー。」
「ハーイフミ、どうだった?稼げた?」
キッチンでお茶を飲んでいたママとママのお友達とルイス。
みんなに稼いできたお金を見せるとワー!!と声をあげて拍手をしてくれた。
「フミ!!すごいじゃない!!今日だけでこんなに稼いできたの!?ビルゲイツね!!」
すごい量の札束。めちゃくちゃ稼げた!!
と思ったんだけど、アルゼンチンって紙幣がすごく小さな金額からあるんだよな。
2アルペソ紙幣なんて20円。
紙幣が古すぎてボロボロのゴミ屑みたいだ。
結局あがりは297アルペソだったけど、これって30ドルくらいのもんだ。
「すごいわよ!!バス代ほとんど稼いじゃったじゃない!!」
経済がガタガタのアルゼンチンで30ドルはきっと大きな数字なんだろうな。
でももうちょっといきたかった。
そして楽しみにしていた晩ご飯。
ついにアルゼンチンの家庭料理、ママの手作りエンパナダ!!
中にはギッシリお肉が入ってる。
もうね………アルゼンチンのご飯美味すぎ。
昨日のアサドやチョリパンもそう。
日本人の舌にめちゃくちゃ合う。
あまりにも美味くていくらでも食べられる。
カリッとしながらも柔らかい生地、ジューシーで少しスパイシーな具。
ヘロニモが作ってくれたやつの50倍美味い。
すまん、ヘロ。でもやっぱり母ちゃんの飯にはかなわんよ。
これを毎日食べられるなんて羨ましいよ。アルゼンチンが羨ましい。
もちろん日本の飯をいつも食べられる日本人もめちゃくちゃ自慢だけどね。
ご飯が美味しい国は旅のボーナスステージみたいなところだ。
それを作る人がこんなにも暖かい人々だと体も心も喜ぶ。
「ママ!!エンパナダ、ビール、お金も稼げたし、こんな家族ができてすごくハッピーだよ!!ありがとう!!」
「ここはフミの家よ。ホラもうひとつ食べられる?」
アルゼンチン、来る前から必ず大好きな国になると分かっていた。
そしてやっぱり想像通りだったよ。
南米で唯一の失敗は、この国に滞在する期間を5日しか取らなかったこと。
しかしその選択の全てがここに繋がっていたんだもんな。
もうすぐこの愛する南米ともさよならなんだよなぁ。