1月29日 水曜日
【エクアドル】 バニョス
俺の育った美々津はものすごい田舎の港町で、山と川と海にそれぞれ歩いて3分で行くことができる。
そんな田舎育ちなので大自然の中の小さな町が好きで、ここバニョスにもいつまででもいられそうなほど惹かれている。
が、そろそろなんとかしないと。
ヘロニモとマリアンナが泊まっているカウチサーフィンの家に行ってみよう。
いつもロビーでもくもくとiPhoneをいじっている日本人旅行者のおじさんに日課のように挨拶し、いつものように怪訝そうな目で会釈されるだけの流れで、宿を出た。
マリアンナから泊まってる家の行き方をメールで送ってもらっていたんだけど、なんせ全部スペイン語なので道ゆく人にたずねながら歩いていく。
町の中心部を出て、1人で山の方へと歩いていく。
坂道がのび、家が並び、お婆さんがトボトボと歩いている。
坂道の先には雲がかかった大きな山がそびえ、どこか転がり落ちていきそうな感覚になる。
大自然の中を1人歩く心もとなさと自分への頼もしさが入り混じりながら坂をのぼった。
途中お腹が空いたので、民家の軒先みたいなところで売っていたフライドポテトとチキンを1ドルで買い、食べながら歩き続ける。
マリアンナから送ってもらっていたメールを見せて道をたずねたいんだけど、まず人がまったく歩いておらずなんとなくこっちかなという方に向かう。
あまりにも人がいないので家のベルを鳴らして住人に出てきてもらって聞いて回った。
こんなわけのわからない裏道に迷い込んだりしつつ、歩きながらヘロニモー、マリアンナーと声を出す。
別に急いでるわけではない。
きっと今日中には見つけられるだろう。
しばらくすると畑仕事をしてるおじさんがいたので道を教えてもらうと、もうすぐそこだという。
おじさんに着いてきてもらいながら歩いて行くと1軒の家にたどり着いた。
ここ?
ただの普通の家。
まぁカウチサーフィンで泊まってるんだから普通の家のはずだよな。
外からマリアンナー、ヘロニモーと声をかける。
返事はない。
本当にここか?
と思っていたら中から見慣れた顔が出てきた。
「フミー!!来てくれたのね!!嬉しい!!入って入って!!」
2人の、感情がそのまま表れたような屈託のない笑顔を見たらすぐに心が和んだ。
ものすごく綺麗な家。
リビング、キッチン、広いベッドルーム、全てがオシャレで手入れが行き届いている。
「昨日ちょうど他のバッグパッカーたちが出て行って誰も泊まってないんだ。家主はキャンプに行ってるから、ここは今俺たちだけの家なんだぜ!!」
2階のテラスでコーヒーを飲みながらタバコを吸う。
目の前に迫る山肌、遠くに見えるささやかなバニョスの町。
穏やかな風が吹き、暖かい日差しが揺れる。
「最高だろここ?俺たち家主にフミの話してるんだよ。そしたら連れて来なってことになってたんだ。だからフミさえよければここに来てくれていいんだよ。」
観光客向けのアウトドアアトラクションのインストラクターをやっているというここの家主さん。
この前は滝をロープでよじ登るというエキサイティングな遊びにヘロニモたちを連れて行ってくれたんだそう。
「フミ、今日はどんな予定なんたい?」
「なんにもないよ。ヘロニモたちに会いにくることだけ。今日はフリーだよ。」
「そうか。俺たちは今エンパナダっていうアルゼンチンの料理を作ってるんだ。これを夕方になったら町に持っていって売ろうと思ってるんだ。1個1ドルで20個焼いてるんだ。」
ヘロニモがそのエンパナダって料理を見せてくれた。
餃子を大きくしたような形で、中に具材が入っている。
チーズとトマトのエンパナダと、ひき肉のミートソースのエンパナダがある。
アルゼンチンでは誰もが食べてる郷土料理なんだそう。
マリアンナが焼きたてを食べさせてくれた。
パリパリの柔らかい生地の中からフレッシュなチーズとトマトが出てきた。
こりゃ美味い!!
「ヘロニモ、めっちゃ美味しいじゃんこれ。」
「そうさ、アルゼンチン人ならみんな作り方を知ってるよ。でも路上で食べ物を売るのは初めてだから買ってもらえるか心配なんだ。」
「これならすぐ全部売れるよ。」
「そうかな。材料費が7ドルだったから20個売れたら13ドルの売り上げだよ。よーし、もうちょっと焼こう!!」
焼いてる間にみんなで映画を見ることに。
DVDが大量に積み上げられており、その中から3人でチョイスしたのは………
ソウ。
びちゃ!!!
ビチャビチャ!!!
ぐちゅぐちゅビシャーーー!!!!
「ほんとヒドイよね、この映画…………」
「この監督、マジで頭おかしいよ…………」
「この映画を3Dにする意味がわからんよ………」
3人でげっそりしながら、焼きあがったエンパナダを持って町に向かった。
歩きながらそこらへんの人みんなに声をかけていくヘロニモとマリアンナ。
立ち話をしているおばちゃん、商店のおじちゃん、信号待ちの運転手、
アルゼンチンのエンパナダはいかがですか?
とっても美味しいですよ!!ひとつ1ドル!!
どこの誰がどんな衛生環境で作ったかもわからないものを路上で買って食べるなんて、当然日本では考えられない。
ていうか法律違反だよな。
でもこの南米ではもうそんなのまったく気にする必要ない。
誰もがやっていること。
ホームレスみたいな人が謎の食べ物とかガンガン売りまくっている。
もうなんか窓のサッシとか、ゴムパッキンとか持って歩いてる人もいるし、配管の継ぎ手をひとつだけ持って買わねぇかい?とか聞いて歩いてるおっさんとか、なんでそれチョイスしたの?ウケ狙ってるの?っていう人ががわんさかいる。
路上で金を得るにはある程度のアイデアが必要だけど、ここではそんなのまったく気にしてない人ばかり。
ヘロニモたちはそこを心得ている。
見た目もオシャレなこのエンパナダならきっとすぐに売れるはずだ。
予想通り、バニョスのメインストリートをグルリと歩いて1時間ちょい経った頃、カゴの中のエンパナダはひとつもなくなっていた。
「フミ!!やったぜ!!全部売れたー!!」
「だから言ったじゃん。これはいけるって。」
「ヘロ、今度は100個くらい作ろうよ。昼と夕方と夜に3回売りにきたらバッチリよ!!」
本当、ヘロニモたちと一緒に行動してると南米のホーボーのたくましさに頭が下がる。
バスの中で歌を歌い、マクラメのアクセサリーを作り、交差点でジャグリングの芸を披露して、さらに食べ物まで作って売るって、どんだけ芸達者なんだよ。
南米は間違いなく貧しい。
でも金を稼ぐ方法はいくらでも路上に転がっている。
日本的な常識に縛られていたらなんにも出来ないけどね。
「フミ、日本人が全然歩いてないじゃないか。日本人の友達にもエンパナダ食べてもらいたかったなぁ。」
「ヘロニモ、日本人はこういうの絶対買わないよ。例え俺が日本語でフレンドリーに話しかけても変人を見る目で軽蔑されるだけだよ。」
「そうかなぁ。あ、フミ、あそこに日本人がいる。」
「あれは中国人だね。」
「あ、そうなんだ。よく見分けられるね。俺にはまったく同じに見えるよ。」
同じアジア人から見たら、中国人、韓国人、日本人の見分けは結構簡単なもの。
顔の作りはもちろん、服装や髪型も分かりやすい。
でももちろんヘロニモたちには全部同じにしか見えないよな。
ヘロニモたちがエンパナダを売り歩いているとき、人々はヘロニモたちにアルゼンチン人か?と聞いていた。
どうやらヘロニモたちの顔でアルゼンチン人だと分かるみたい。
俺には完璧おんなじ顔にしか見えないラテンアメリカンたちだけど、南米の中でもそれぞれ特徴があるんだな。
「ところでヘロニモ。テナのサンペドロなんだけど、どうなった?」
「そうそう、連絡しようと思ってたんだ。今サンペドロがあるかはわからないけど、俺たち明日テナに行こうと思ってるんだ。昼間向こうでレストランで歌って、そのまま1泊する。泊まるのはもちろんサンペドロを作っているインディアン、リーナの家だよ。」
き、き、き、来た!!!ついに来た!!!
ついにサンペドロを作るジャングルの中のインディアンに会いに行くことができる!!!
待ちに待ったぞ、この日を。
明日の朝、またヒッチハイクでテナに向かうことになった。
そうと決まればもうホテルはチェックアウトしよう。
今夜まで泊まることにして、荷物を全部ヘロニモたちの泊まってる家に移動させた。
あー、楽しみすぎる。
どんな秘密の場所なんだろう。
どんな神秘的な雰囲気なんだろう。
リーナってのはどんなお婆さんなんだろう。
ウッキウキで宿に戻ると、この前のフランス人のセドリックとインド人のソニーがいた。
「フミ、今日ゴンドラで谷を飛んできたんだぜ。マジ楽しかったのに帰って来ないんだもんなー。」
朝、セドリックに谷を飛びに行こうぜって誘われていたんだけど、ヘロニモたちに会いたかったので断っていた。
「よし、明日の朝イチで温泉入りに行こうぜ。日本人温泉大好きだろ?」
「大好きだけど、何時?」
「6時前かな。」
「ごめん、無理だと思う。」
「なんでだよー!!日本人は早起きじゃないか!!」
2人には申し訳ないが、明日は長い1日になるはず。
朝から温泉でまったりするわけにはいかない。
さぁ、ついに明日、サンペドロが待つジャングルの中に突入だ。