12月12日 木曜日
【パナマ】 プエルトオバルディア
~ 【コロンビア】 カプルガナ
固いベッド。汗ばむ体。
暑くて上半身裸で、湿ったシーツをお腹にかけている。
カリブ海沿いのホテルには蚊帳がついているのが一般的なよう。
それほど蚊が多いし、強力なので刺されるとすごく腫れ上がる。
壊れかけの扇風機を回して寝たんだけど、すでに止まっていた。
電気が夜の間しか通っておらず、朝になると明かりもつかない。
監獄みたいなじめっとした部屋のドアを開けると、明かりがさしこんだ。
ここはプエルトオバルディア。
カリブ海とジャングルに隔絶された、地の果ての村。
荷物をまとめて宿を出る。
8時の朝の村は静かに動き出しており、人々がぼんやりと空を眺めている。
野良犬が寝転がり、村唯一のパン屋さんの女の子が肘をついている。
錆びついたショベルカーが木々に埋れ、廃墟が生活に溶け込んでいる。
空はとても青く、風があり、潮の匂いが鼻をくすぐると遠い美々津の港が浮かんだ。
カモメもいない、忘れられた地。
こんな僻地に迷い込んだアジア人をみんな怪訝そうな目で見てくるけど、オラーと挨拶するとニコリと笑ってブエノスディアスと言ってくれる。
みんなに挨拶をしながら歩くと、30秒で波打ち際に着く。
昨日よりも荒れた波がザザーと砂利の浜に打ち寄せる。
桟橋に繋げられた船か揺れる。
その繰り返しの音が寂しげに耳に残る。
ここに船がやってくるはず。
また漁船みたいな小舟だろうから、みんな濡れてもいい服を着込んでいる。
ついに今日、海からの国境越えだ。
まずはイミグレーションでパスポートにスタンプをもらう。
8時に開くオフィスには人のいいおじさんが1人。
ニコニコしながら書類を作り、スタンプを捺してくれる。
それから波打ち際の見張り小屋へ。
パスポートを見せると、コロンビアへ行ってよしの許可が出た。
こんな小さな村だけど、キューバから来てるグループや、ドイツ人の兄ちゃんなど、少しワケありな感じの外国人たちが何人か滞在している。
彼らは朝イチの船に乗ってコロンビアなりパナマなりに出発していく。
この朝も、数人の人々が大きな荷物とともに漁船に乗り込んで行く。
さぁ、俺たちもコロンビアに渡るぞ。
俺たちの漁船はどれだ。
「コロンビアのカプルガナ?あー、1人15ドルね。」
「は?いや、もうパナマでカプルガナまでの代金は全部支払ってますけど。」
「あー?知らないよ。ウンガウンガ、ウンガー。」
はい出た。
不安的中。
俺たちはパナマで船を手配した際に、コロンビアの港、カプルガナまでの船代をすべて支払っている。
時間がなかったらこのプエルトオバルディアで1泊しても、次の日の船に乗れるから大丈夫と契約をした時説明を受けている。
なのだが、こんな僻地の漁村でパナマからの連絡がうまく通ってるかどうか懸念していたんだけど、やっぱりか。
昨日の時点で、乗ってきた船に明日何時に迎えに来てくれるか聞いてはいたんだけど、8時に来るからーってテキトーな返事をしていただけだった。
言葉も通じない。
代金は払っている。
そんなの知らない。
1人15ドルだ。
187ドルはこのプエルトオバルディアまでの代金だ。
ここから先は別料金だ。
こんな地の果てでこの状況。
途方に暮れるしかない。
が、もちろん諦める気なんでサラサラない。
当然頭にくる。
こっちはもう金は払ってる。
1人15ドルで60ドルも余分に払うなんて馬鹿らしい。
しかしどれが俺たちの金を受け取っている船かわからないんだよー!!
連絡が上手くいってなかったら、船頭にいくら交渉したって彼らは知ったこっちゃない。
またお決まりの嘘で途中で誰かが抜いていて、あんな寂しいところまで行ってしまえば大人しく15ドルくらい払うだろうって算段か。
言葉がわからず困っていると、いつものように人がワラワラ集まってくる。
野次馬が集合してきて、それぞれが口々に言いたいことをまくしたててくる。
いつものパターン。
誰が喋っても同じなのに、みんなしゃしゃり出てきて同じようにスペイン語でわめいている。
ドンドンムカついてきた。
ナオコちゃんやマユコちゃんは、仕方ないからもう15ドル払って乗ろうか、と言えば着いてきてくれるだろう。
でもそんなことは絶対しないぞ。
野次馬や警察たちをかき分けて、船の手配をしたパナマシティーのホステルに電話をかけることに。
村の中の商店で電話をかりて、どうにかしてくれと話をする。
が、ホステルの従業員も英語が喋れない。
あー!!もう!!
なんとか説明すると、11時に俺たちと契約をした男性スタッフが来るからその時またかけなおしてくれと言う。
いやいや、そいつに電話かけてこっちに折り返させろと言う。
男性スタッフは携帯電話を持ってないから無理。
あー!!もう!!
なんなんだよ!!
海辺に戻ると、ナオコちゃんたちが静かに座っていた。
どうしようもない。
説明のしようがない。
4人で途方に暮れて海を眺めた。
最悪もう1泊ここに泊まるかもしれないねと話し、ナオコちゃんたちは朝ごはんを買いに行く。
俺とケータ君は朝の暑い日差しの中で船を待ち続ける。
もう無理かな。
いくら説明したって無駄だろう。
このまま頑固に待ち続けても、誰かが船に乗せてくれるわけじゃない。
大人しく15ドル払ったほうが時間の無駄にならないかな。
完全に海に囚われた囚人だ。
と諦めかけた時、遠くから小さな漁船が走ってきた。
そして波打ち際までやってきて、何かを探しているようだった。
走って行って手を振る。
船が近づいてきた。
「おう、荷物はどこだ?カプルガナに行くんだろう。」
「そうですけど、もう僕らはお金を払ってるんです。」
「わかってるよ。早く荷物持ってきな。」
肌の黒い屈強な海の男が、無愛想に言った。
来やがった!!来やがった来やがった!!
なんだよこれ!!
道のない孤立した漁村で船を待つという途方もない感情、初めてだよ。
漂流じゃねぇんだからさ。
とにかく船は来た!!
ダッシュでご飯を買いに行ってたナオコちゃんたちを呼びに行き、大慌てで荷物を担いで船に放り込む。
もちろん昨日と同じただの漁船。
桟橋もない波打ち際で係留ロープを人力で引っ張りながら船に乗り込む。
荒れた波でグワングワン揺れる船は、俺たちが乗り込むとすぐにエンジンをかけて沖に向かった。
ドビシャアアアアアアアアア!!!!
ドガンドガン!!ゴガン!!!!
今日も荒れ狂う海。
投げ出されたら一発死亡間違いなしの海原の中、木の葉のような漁船がうねる波をジャンプしていく。
いやあああああああ!!!!!
もう勘弁してくれええええええ!!!!!
波しぶきをかぶり、大きく横波に傾き、今日も精神的に追い詰められて行く。
陸地を見ると、波が崖に打ちつけ波濤が渦巻いている。
あの人の気配のまったくしないジャングルのあたりが国境になっているはず。
道はなく、ゲリラが潜んでいるという危険地帯。
密林なのでどこが国境かもわからないまま船は海の上を進んでいく。
もうただの密入国を企ててる船でしかない(´Д` )
そして頼むから隣の船とスピード勝負するのやめてくれ!!
これ、こんな感じでジャンプします。
ニヤニヤしてんじゃねぇ!!
恐怖の船旅は約1時間くらいか。
船が進路を陸に向けた。
遠く向こうに、建物が見える。
あれがコロンビア側の国境の村、カプルガナか。
後編へ続く