10月26日 土曜日
【メキシコ】 メキシコシティー
「金丸さーん、もう起きんとー。行きますよー。」
ケータ君の声で起こされた。
部屋にはもう誰もいない。
いつも夜中まで起きて日記を書いたりしているので、朝に起きたことがない。
シャワーを浴び、みんながお昼ご飯の支度をしている中、ギターとバッグをかついで今日も宿を出た。
「いやー、1がウノでしょ?2がドースでしょ?トレスでクアトロでチンコでしょ………え?チンコ?!チンコ!?ってなっちゃって5以上が覚えられないんですよ。本当どうしたらいいんだろう。」
いつも宿でぼんやり座って植物をずっと眺めているユーキ君も連れ出して、3人で一緒に歩く。
みんながいそいそと観光に出かけたり料理したりしてる宿の中で、完全に1人だけ異質なオーラを放っているユーキ君。
たぶん、誰よりもメキシコを楽しんでる^_^
土曜日の街はいつにもまして活気に溢れており、露店の数もすごい。
ありとあらゆるものが露店に並べられており、なんでも手に入りそうだ。
例えばこんなのも。
「いやー、この女の子たちもまさかメキシコの路上で自分たちのAVが50円で売られてるとは思ってないでしょうね。」
と言いながら、真剣な顔でその海賊版のDVDをめくっているユーキ君。
「ほら、これなんて尻伝説ですよ。メキシコで尻が伝説なんですよ。日本のタイトルすごいなぁ………」
窓拭きのおじさんもお疲れです。
起きて2秒で仕事に取りかかれる効率のよさ。
そんな3人でやってきてのは、日本食品スーパーのミカサ。
そう、今日は土曜日。
ミカサで週末だけやっているウドンを食べに来たのだ。
このかき揚げ、そして店内で売ってるコロッケ。
あー、やっぱり旨すぎる。
これだけ食べて62ペソ。4.7ドルってとこ。
「おーい、食べてるねー。」
するとそこに誰かやってきた。
あ、松岡さん。
「完全にハマってるじゃん。俺も食べようかな。」
みんなでお喋りしながら楽しくご飯を食べた。
「ユーキ君はこれからどうするの?南米くだるの?」
「うーん、まぁどうでもいいんですよねぇ………メキシコシティーが楽しいからもう日本に帰ってもいいかなぁ。」
自由な男だ^_^
それからみんなと別れ、俺は1人でインスルヘンテスのジェノバストリートにあるマクドナルドへ。
しばらくすると、そこにオシャレな格好のおじさんがやってきた。
「ハーイ、フミー!よく来てくれたね!!それじゃあ早速はじめようか!」
彼はサミュエル。
先日、路上で知り合った雑誌の記者さんで、取材をさせてくれと約束していたんだけど、なかなか時間が取れずに今日になってしまったのだ。
「へー!すごいな、君は本当に素晴らしい考え方を持っているよ。よし、フミ、それじゃあ何か素晴らしいエピソードを教えてくれないかい?」
テーブルに置いたスマホの録音画面が時間を刻んでいる。
小一時間くらいインタビューやお話をしてから、取材はこの辺でおしまい。
俺はそのまま路上に行こう。
「フミ、なにか1杯おごらせてくれ。一緒に飲みたいんだ。」
今日はウドンから始まり、雑誌の取材、土曜日なので路上で確実に稼ぎ、夕方にこの前路上で出会った女の子と会う約束をしており、さらに夜には昨日誘われたライブに顔を出そうと思っている。
メキシコシティーは本当に刺激的な街だ。
毎日毎日、外へ出れば放っておかれることがない。
「じゃあ今夜ライブに行くので一緒に行きますか?」
「クール。じゃあまた後で会おう。」
よーし!!それじゃあ張り切って路上いってみるかー!!
土曜日の人通りバンバンの通りの真ん中で気合いを入れてギターを鳴らす!!!
さー、最初のお客さんはどんな人かなー!!
お!!ホームレスですか!!
やりますね!!
しかもTシャツがボロすぎて首のところから肩まで出ちゃってて、髪の毛5年くらい洗ってない感じの、波紋くらわしたらオオオーンって溶けそうなくらいかなり上級レベルのホームレスですか!!
前歯がなし!!
クオリティ高し!!
「えへへ~、えへ、えへへへ~………」
あー、めんどくさいパターン。
すぐどっか行ってくれればいいんだけど、前に居座ってギターに顔がつきそうなくらい近づいて見てくる。
非常に臭い。
「えへへへ~、えへ、あへへ~………」
前に座ろうとしてきたので、ちょっとゴメンなさい、もう少し離れてください、と丁寧にお願いする。
そりゃ、ホームレスだろうがお金なかろうが、歌を聴いてくれる人を邪険にはしない。
聴いてくれていて一向に構わない。
周りのレストランのお客さんたちがそのやり取りを興味深そうに見ている。
するとそのホームレス。
真っ黒な爪をした手を、紐をベルト代わりにしているスボンのポケットに突っ込んだ。
なんだよ、おいおい。
お金なんかいいんだよ。
聴いてくれるだけで嬉しいんだから。
そんな無理しなくていいんだよおじさん。
そしてオッさんポケットから取り出したゴミをポイとギターケースに置いた。
……………
「オッさん、ちょっと向こうに行ってくれ。邪魔すんじゃねぇ。」
「えへ~、えっへへ、えへへ~………」
完全にイカれて、もう手の施しようがないホームレスですな。
こいつに何言っても無駄か。
あっち行け、って追い払うと、ニヤニヤ笑いながら向こうに歩いて行った。
あー、うっとおしい。
周りのレストランの観客たちを見ると、クイと肩を上げて、まぁ仕方ないさみたいなジェスチャーをする。
そう、仕方ないよ。路上やってんだもん。
しばらく歌ってると、ドンドン人が足を止めてくれはじめる。
よーし、今日もいい調子だぞー。
と思ったら…………
「えへへ~、おひ、ふへへへ~………」
また来やがった。ホームレス。
みんなが円を作って聴いてくれている中に無遠慮に入ってきて、また楽譜やギターに顔を近づけてくる。
演奏はやめることはできない。
観衆の人たちも顔をしかめている。
「オッさん、どっか行ってくれ。なぁ、あっち、ほらあっちに行ってくれ。」
「えへへ~えへへ~、」
またポケットからレシートかなんかのゴミを出してギターケースに置きやがった。
…………ふぅ、落ち着け。落ち着け俺。
頭のイカれたホームレスのやってることじゃねぇか。
子供が悪気なくイタズラしてるようなもんだよな。
こんなとこでイラついてるようじゃ九州男児の名に恥じるってもんだ。
「オッさん、わかった。ホラもう向こうに行ってくれ。な。」
「えへへ~、えへへ~………」
フラフラと観客をかき分けて歩いて行ったオッさん。
そうそう、マーシャルとかマックスとかジョシュアとかアリとか、世界中で俺に優しくしてくれたみんなが教えてくれる。
許すことを覚えないとな。
許すことできっと、もっと大きな優しさを持った男になれると信じてる。
そうだよね、ジェニファーさん。
「えへへ~、えっへへ~、おひー。」
またやってきたホームレス。
ポケットから石を取り出してコロンとギターケースに置いた。
……………ぉぉぉぉぉぉおおおおおおああああおまま前たいがいにしとけよこのクソイカれ野郎がボケえええええ!!!!!!
ぶち殺すぞどチンカスがああああああああ!!!!!!
歌を止めて、観衆がいる中で石を拾い上げてホームレスの背中に全力投球。
ドゴ
ヒイイイイイ…………
ホームレスはもう現れませんでした。
ハァハァ………ビチグソがぁ………
九州男児なめんじゃねぇぞこの野郎…………
九州男児は、九州男児はなぁ、
はっ!!
唖然とした顔をしてる観客のおばちゃんや学生たち。
周りのレストランのお客さんたちも全員こっちを見てる。
「………………オホン………ソーダーリンダーリン スタンドバイミー、」
何もなかったように演奏再開。
その騒動のおかけで一気に人だかりが出来上がり、だいぶ稼がせてもらった。
日が沈んでから駅前の通路に移動。
ゲイがディープキスしてる横で彼らのためにロマンチックな演奏開始。
ボチボチと人だかりを作っていると、そこにケータ君と日本人の女の子がやってきた。
あ、あの子、昼に宿を出る時にちょうど入れ違いで宿に到着した子だ。
金丸さんですか?って俺のことを知ってる子だったな。
ケータ君がブログの読者さんと会うんですよーって言ってたけど、その子みたいだ。
「ヘーイ、フミ、調子はどうだい?」
そこにやってきたのはお昼に取材をしてくれたサミュエルだ。
お出かけ用におめかししたサミュエルはまるでヨーロピアンみたいに伊達男で、バッチリきまっている。
「あー、いたいたー、フミちゃんー、どうして昨日いなかったかー?私探したからねー。プンプン。」
今度は誰だ?
そこには、おとといのブエナビスタの地下道で会った日本語ペラペラの可愛い女の子、カミナリちゃんがいた。
メキシコ人の男友達2人も一緒だ。
すごい、大集合だな。
今夜のあがりは820ペソ!!
「よーし、じゃあ行こうかー。」
みんなで今夜のライブへと向かう。
なかなか分かりづらい場所にあって、そこらへんのお店の人にたずねながらようやくお店の前に到着した。
「おーい、待ってたよー。」
お店の前に立っていたのは、松岡さん。
もう、いっつもありがとうございます!!
いかにも場末のライブバーっていう雰囲気のお店をのぞくと、奥のステージでバンドがリハをしていた。
するとベーシストの兄ちゃんが俺に気づいて笑顔で大きく手を振った。
「うわおう!!来てくれたんだね!!嬉しいよフミ!!ささ、ここに座って!!ゆっくりしていってよ!!」
興奮して迎えくれた彼はエディー。
彼が昨日路上をしている俺にライブのチラシをくれたのだ。
ライブ前日に演者自ら路上に立ってチラシを配って回るなんて、メキシコも日本も同じようなもんだな。
ノルマがあるかは知らないけど、1枚のチラシで8人も連れてきたんだからエディーからしたらいい奴にチラシを渡したなってとこかな。
しかしチャージはたったの30ペソ。270円くらい。
若者たちのブッキングライブはだいたいどこもこんな値段なんだな。
メキシコ人4人と、日本人4人で席に着く。
こういう時はいつも松岡さんが仕切ってくれるんだけど、今日はその役は陽気で伊達男のサミュエルのものみたい。
「みんなビールでいいかい?あ、それからライブのチャージだけど日本人の友達の分は僕が全部払うから心配しないで。」
カッコよくサラッとやってくれるんだけど、松岡さんは俺旅人じゃねぇしみたいな感じで苦笑いしている。
1人ライブのチャージが30ペソだよとカミナリちゃんとその2人の友達に言うと、みんな申し訳なさそうにしている。
「フミ、ごめん、私たち来ると思ってなかったからお金持ってきてないんだ。」
それは仕方ない。俺が誘ったんだから俺が出さないと。
逆にサミュエルにたくさん出してもらって申し訳ない。
みんなで飲みながらお喋りしていると、ようやくライブが始まった。
エディーが万を辞してステージに上がり、ベースをスラップさせはじめた。
「オルタナティブロックをやってるのさ!!」
ってエディーは言ってたけど、オルタナティブロックってのがそもそもよく分からなかった。
そんで調べてみたんだけど、60~70年代のロックに対する異質なロックというくくりになるんだそう。
なので、メタルやグランジとかパンクも全部オルタナティブになるんだそう。
もっと狭くいえば、前衛的なという捉え方もできるのかな。
ブレイクと転調を散りばめて、不協和音ギリギリのユニゾンをギターとかましたりしている。
これはこれで嫌いなジャンルではない。
が………
もうちょっと練習が必要かな………
音響もよくないし。
前回飛び入りさせてもらったリックのライブがレベル高すぎたんだな。
あれは普通にみんなセミプロレベルだった。
若者のブッキングライブは世界中どこも同じようなものだ。
そしてみんなここから腕を上げていくんだよな。
「ヘイ!!フミ!!どうだった?!気に入ったかい!?」
汗をかいたエディーがステージを降りてすぐに席にやってきた。
ロック通の松岡さんはすでに帰っており、みんなあんまり聞いていなかったけど、音楽やってる俺はもちろんキッチリ彼の気持ちが分かる。
「音楽ってのはさ、有名になりたいとか稼ぐためにやるもんじゃないさ。ライフワークなんだよな。」
そう語るエディー。
もちろんそれがヒットを飛ばすことができない自分に天井を作るための言い訳とは俺は思わない。少なくとも彼の熱く攻めるプレイには自分と向き合う向上心がある。
もがき、迷い、葛藤するからこそ音や詩に本物の深みが出ると思う。
そうじゃない歌ってのは聞けばすぐに分かるもんだ。
その葛藤はとても辛くて、たいがいみんなそこで音楽をやめてしまうけど、その先にしか心に触れる音楽はないから厄介。
エディー、お互い頑張ろうぜ。
「フミ!!大好きだよ!!フミはとってもキュートだね。スウィートだ。僕は日本人のパートナーが欲しいと思ってるんだよ。」
2軒目のバーで飲みながら、サミュエルが言ってくる。
さ、サミュエル、君はとっても紳士で伊達で、優しい男だと思っていたけど、そうか、ゲイだったんだね…………
ってのは間違いで、実は今日やってきたケータ君のファンである日本人の女の子、名前がフミちゃん。
「フミはほんとに可愛いね!!肌がすごく綺麗だ。そうだ、ウチに泊まればいいよ。家族もみんなウェルカムさ!!そうしよう!!」
フミちゃんの人当たりのよさはかなりのもの。
男に誤解を与えるレベルでいつもニコニコしている。
サミュエルもすっかりフミちゃんにメロメロになっている。
かなり酔っ払うまでビールをおごってくれたサミュエル。
今度泊りに行かせてもらう時にみんなで何か日本料理を作ってあげよう。
そう言うと子供のように無邪気に喜ぶサミュエル。
またイカした男に会えた。
サミュエルが捕まえてくれたタクシーに乗って宿に帰った。