8月12日 月曜日
【アメリカ】 メンフィス
黒人の声というのはすぐにわかる。
低くこもったような、野太い声をしている。
その声が夜中の真っ暗な公園の中を徘徊していた。
近くなったり、遠ざかったり。
テントの中で息を殺してどっかへ行ってくれるのを願いながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
それから数時間後。
暑くて飛び起きた。
太陽がテントを照らしサウナ状態になり、身体中から汗が吹き出していた。
ベトベトの体。
この灼熱の真夏にもう10日近くシャワーを浴びていない。服も着たきり。
日焼けした肌にじっとりと汗がにじむ。
テントを開けると新鮮な風が吹きこむ。
セミの鳴き声が公園を包んでいた。
懐かしい夏の記憶がよみがえる。
網戸と、ナイター野球と、扇風機、かき氷、日本はお盆か。
蚊取り線香、水ふうせん、通りに並ぶ迎え火と送り火の灯り。
日本中で、地方ごとの個性のある美しい盆踊りが踊られている季節。
山の中の小さな集落、離島の港町、廃れた地方都市、日本には驚くほどに様々な形の盆踊りがあった。
美しい浴衣、編笠、装飾。
そしてそれぞれに個性的な手の動きをしていた。
軽やかだったり、力強かったり、妖艶だったり。
そんな難しい手の動きを、地元の小学生くらいの女の子や、頭悪そうなギャルたちが、平然とやっていたりする。
伝統文化が、今も当たり前のように地方に残っている姿を見るのがとても好きだった。
富山の越中おわらを見たいなぁ。
死者を迎え、そして送る。
今日本は聖なる気に溢れているんだろうな。
城下町とか、連子格子とか、商店街の電灯とか、
あああああ!!!日本好き!!!
こうして日本を離れていると、自分の中の日本の原風景が一層色濃くなっていく。
ああ、思い出や刷り込まれた記憶ってやつは、たまらない快感だなぁ。
このテネシー州メンフィスの郊外にある公園も、誰かの原風景の中。
テントから出て立ち上がった。
体の調子は……悪くない。
体に力がみなぎる。
1日でだいぶ体力が回復したようだ。
さぁ、次の原風景の中にお邪魔しに行こう。
次の目的地、ニューオリンズへと向かうバスは明日の朝に出発する。
今日は歌ってバス代を稼ぐぞ。
今日もまた半端じゃない暑さにクラクラしながら、いつものマクドナルドに飛び込んだ。
冷んやり冷房の効いた店内。
その片隅に荷物を積み上げて、ブログの更新、メールの返事などなど。
「さてー、そろそろ行こうかなー。」
「そうだねー、じゃあお先にどうぞ。」
「え?いいよー、そっちが先で。」
「いやいや、カッピーたちからでいいんじゃないかなー。」
「いえいえー、そうおっしゃらずに。」
誰も外に出ようとしない(´Д` )
あまりにも暑くてドアを開けるのにも覚悟がいる。
意を決してカッピーたちが楽器だけ持って外に出て行った。
バスキング場所はいつものスーパーマーケット。
マクドナルドの道路向かいだ。
俺はコーラを飲みながら荷物番。
ひんやりひえひえ。
2時間交代くらいにしようかと言っていたのに、わずか1時間ほどで2人が帰ってきた。
「ダメダメ!!ヤバイわ!!サックス吹きながらぶっ倒れそうになってた!!コーラー!!」
シャワー浴びて来たんですか?ってくらい汗でビショビショになってるウケるんですけど(´Д` )
2人の1回目のあがりは5ドル。
うーん、こりゃ厳しいな。
よーし、今度は俺のターン。
長い路上歴を持つ俺にとったらこのくらいの暑さなんてどってことない!!
任せとけやああああ!!!
勢いよくマクドナルドのドアを開ける!!
ほ、ほへひ………
な、なにこの気温(´Д` )
ザ・サン発動してるよ………
スタンド本体どこだ………
あ、ジョジョの話ですけどなにか?
ザ・サンとか覚えてますか?ふふふ。
ていうか無理無理無理、こんな直射日光の中で歌うなんて頭おかしい人のやることだよ。
いや、でも根性で………
根性でやってやる。
スーパーの前でギターを構える。
一瞬にしてギターのボディがめちゃくちゃ熱くなった。
気合いで歌う!!
雲のない空に太陽がむきだしで光っている。
汗が滝のように流れてきて目に入って歌詞が読めない。
鉄の譜面たてが焼けて手で触れないくらいの温度になってる。
こ、こ、根性…………
「ぬわああああ!!もうダメ!!コーラァァァァァ!!!」
2時間経たずにマクドナルドに踊り込んでディスペンサーの注ぎ口の下に顔を持っていってコーラ直飲み。
というのは冗談ですが、血液が炭酸になるくらいコーラがぶ飲み。
あがりは26ドル。
こいつはこたえる………
南部の太陽の照りつけ方はマジでエグい。
連続2時間以上は本気で命に関わる。
でもこうして交代しながら体を冷す作戦ならなんとか少しずつは稼げそうだ。
今度はカッピーたちの番。
よーいどんがかかったスポーツ選手みたいな顔でドアを開けて出て行った。
2時間。
まだ帰ってこない。
干からびて死んでるんじゃねぇか?
すると、真っ赤な顔して2人が帰ってきた。
「結構頑張ったじゃん。太陽傾いて日陰できた?」
「も、もうダメ………ずっと照りっぱなしだよ………」
あがりは25ドル。
よーし……今度は俺のターンだ。
ぶっ倒れる寸前までやってやるぞコノヤロウ!!!
九州男児なめんなよ!!織江みとけ!!
ドアを開けて飛び出る!!
嵐のような雷雨ですよね。
なにこの天気。
バカじゃないの?
というわけで、たいして稼げないまま今日の路上は終了。
げー………やべえ………
ここメンフィスからニューオリンズまでは11時間のドライブで値段は70ドル。
もちろんカッピーのカードで買っているのでネット割引がきいているんだけど、それでも70ドルカッピーに渡したらお金ほとんどなくなってしまうぞ。
全然貯められてねぇ。
雨は仕方ないとしても、ちょっと本気で帯締め直さないと南米がヤバイぞ。
今日はもはや路上は出来ない。
雨の中市バスに飛び乗って、郊外にあるグレイハウンドのバスターミナルにやってきた。
バスが出るのは朝。
今夜はこのグレイハウンドの冷房が効きまくった冷たい床で寝よう。
バスは楽だ。
乗ってりゃ次の町に着く。
野宿したり、ヒッチハイクしたり、別にわざわざキツイ旅にしようとしているわけではない。
この方が面白い、と思う方法がいつもキツイだけだ。
選択に迷った時、楽な道とキツイ道があったらキツイ道を選ぶことが成長の秘訣、という言葉をどっかで聞いたことがあるけど、俺は自分がより面白いと思う道を選べばいいと思っている。
その道の先にあるものが楽な試練か、ハードな試練か、自分に何をもたらすかはいつだって結局自分次第だ。
今回はヒッチハイクを断念したけど、他の道でも面白さを見出していければ、きっと違う素晴らしいものに出会えると思う。
楽な道だから実りが少ないってわけじゃないはずだ。
明日も面白い1日にするぞ。