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何も持っていない者たち

7月18日 木曜日
【アメリカ】 メイン州






広大なジャングル。

怖くなるくらいのどこまでも広がるジャングル。





その中の細い道を走る車。

ヘッドライトの明かりが道を浮かび上がらせる。

外灯も何もない、真っ暗闇のジャングル。


ここはメイン州の森の中。









ようやく車を止めたころには空が白みはじめていた。

錆びついた農機が放置されている空き地にはひと気はなく、向こうの柵の中で馬がいなないている。


みんなそのまま眠りに落ちた。

俺は1人日記を書いた。












疲れきった体。もう眠ろう。

でも、窓の外で色を変えていく空に誘われて、1人で車を降りた。

白樺の林の向こうに明けていく空が見える。


サウスシティミッドナイトレディがを歌いながら、割れたアスファルトの上を歩いた。

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どこまで行けば終わるんだろう。

どこに行ったって、誰もが同じ1日を平等に生きている。


ちぎれ飛んだ雲は、取り残された寂寞。

砂鉄のようにまとわりつく郷愁。


夕日のような朝日のような、一日の終わりのような始まりのような、虚しさのような希望のような。

新鮮な汗の匂いが体を包む。

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俺はまだ若い。まだまだやれる。

どこにだって行けると思ってたあの頃と何も変わらないぞ。

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一眠りして10時。

明るくなってから見るジャングルはただの爽やかな森になっていた。

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さて、ベティちゃんに会いに行こう。







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「えーっと、この辺りかなー。」


歩く地球の歩き方、てっちゃんの下調べ能力がすごすぎて、この広大な森林地帯の中にあるキャンプ場はあっという間に見つかった。

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崩れそうな看板が、木漏れ日の中に口を開けている。




こりゃ、わかりにくいよ。


ジェイソンのクリスタルレイクみたいな異様な雰囲気だな。








未舗装の道をおそるおそる進んでいく。

一体どんなとこなんだろう…………

どんなアウトドアなキャンプをしてるんだろ………


森の中をゆっくりゆっくり進んで行くと、突然、ゲートが現れた。




これ入れるのか?

すると、ちょうどそこにいた少女がゲートの横にあるパネルに暗証番号を打ち込み、ゲートを開けてくれた。


うおお……こんなジャングルの中に暗証番号のあるゲートだと?


とんでもない秘密基地に来ちまったみたいだ。






ゲートを抜けて進んで行くと、木々のトンネルが終わり、パッと視界が開けた。


そこには、秘密の花園があった。




おおお………


すげえ………



美しく刈り込まれた芝生のガーデン。
その真ん中に巨大なログハウスがドーンと立っている。



周りにはいくつものバンガローが並び、アスレチックやテニスコートまである。


そしてその巨大な敷地内には…………




小学校低学年くらいから中学生までのブロンドの可愛い少女たちが駆け回って遊んでいる。



可憐な天使たちが、芝生に座りギターを弾き、ボール遊びをし、無邪気に笑っている。



なんだこれ………

天国ですか………?








てっちゃんが建物の中に入って行き、戻ってきた。


「よし、チェックインしようか。」


ビビりすぎて挙動不審丸出しの男たちがログハウスの中へ。

広々とした建物内には、これまた無数の汚れのない少女たち。


ピアノを弾く子、本を読んでる子。

インターネットをしてる姿はない。




「ハーイ、ガイズ。ようこそ来てくれたね。みんなベティの知り合いなのかい?」


そこにキャップをかぶりヒゲもじゃのおじさんがやってきた。

彼はこのキャンプ場のスタッフ。

カーリントンさん。

カッピーたちがこの数日Facebookで連絡を取り合って打ち合わせしていたのが彼だ。




「それじゃ、このノートに名前を記入して。それから少し外を歩こうか。」


にこやかな表情の中に、俺たちを見定めようという緊張感が伝わってくる。


そりゃそうだ。
これだけの数の少女たちを預かっているんだ。

いくらベティちゃんの知り合いだといっても、本当に俺たちが害のない人間だということをしっかり確認しなければいけない。


なにより外部の人間がこうしてキャンプ期間中に内部に入ること自体特例のこと。


ちなみに施設内は写真撮影禁止。















木漏れ日の中、芝生に座ってカーリントンさんと会話。

アメリカ在住のてっちゃんがいるので、英語に関してはなんの問題もない。


この施設についていろいろと教えてもらった。




まずここにいる少女たちがキャンプをする期間。

7週間。


7週間、年齢も出身地も違う子同士がここで共同生活を送り、街では教えてもらえない自然との触れ合いを学ぶわけだ。


その間、親たちはサマーホリデーという休暇を子ども抜きで満喫できるって寸法。


夏はキャンプに行く、というのがアメリカの文化であり、これがとても一般的なことみたい。



さて、気になるその値段。




このキャンプ場で子供1人、滞在7週間にかかる代金。














110万円。





お前らそんなのキャンプじゃねええええええええええええ!!!!!(´Д` )



あれか!?!?

金持ちの道楽か!??!



魚釣って食え!!!

川で体洗え!!!

外でテント張って寝て雨が降ってきて逃げまどえ!!!


物音がして目を覚ましたら周りに浮浪者が立ってて心臓とびでろおあおあおあおおおおお!!!!!!!!


それがホームレスというものだああああああああああああ!!!!!!!









はい、彼女たちはただの金持ちの子どもです。

もちろん、全てのサマーキャンプがそんなに高額なわけではないです。


ここのキャンプが特別に権威あるものなんだそう。

100年以上もの歴史を持ち、アメリカの1パーセントの子供しか来られないという、由緒正しいユダヤ系キャンプなんだそう。

金持ちのサロンみたいなもんだ。


射撃場なんかも併設してるみたいだし。







ではなぜそんな選ばれしお金持ちの子どもたちのみが集まるキャンプに、アフリカの、それも最貧国とも言われるエチオピアの辺鄙な村にいたベティちゃんがいるのか?


考えるほどに謎すぎる。



ことの始まりはこのカーリントンさんがエチオピアに1人で旅行に行った際にベティちゃんと知り合ったことから始まるそう。



最初はFacebookでカーリントンさんとコンタクトをとった時、完全に疑ってたし。


このおじさんは幼女趣味なんだとか、アフリカに性奴隷を買いに行ってたんだとか、このヒゲは完全に性欲が強いはず、とか失礼極まりねぇ(´Д` )


そんなことばっかり話してたけど、そういう疑惑が浮かんでも仕方ないくらい謎だった。


実際、欧米人でアフリカにメイドという名目の性奴隷を買いに行く人身売買をしてる人もたくさんいるそう。




で、真相としては、このカーリントンさん、海外のNGOに参加しており、外国の夢を持っている子供たちにアメリカに来る機会を与えるために、なんと自費でベティちゃんをアフリカから招いているのだ。


エチオピアからの航空券代、そしてこのキャンプ代、相当なもんだと思う。

それを自費でやっている。


ベティちゃんからしたら、突然アメリカに連れて来られ今はわけのわからない状況かもしれないが、ここでアメリカを学び、エリートたちとのコネクションを作ることは間違いなくとてつもない人生の宝になる。


何億人もいるであろうアフリカの子どもたちの中で選ばれた幸運。

これこそアメリカンドリーム。



詳しくは忘れたけど、アフリカのどこかの国の黒人の女の子がスーパーモデルに成り上がり、現在途上国の大使として人権を訴える立場になるまでになった人がいる。

まさにベティちゃんが今その状況にあるんじゃないかと思える。












その時、向こうの方から水着姿の小さな女の子が、スタッフの女性と一緒に歩いてきた。


「うわー!!ベティー!!」


「ベティちゃーん!!元気!?」


小さな小さな、黒人の女の子。
でもビックリするほど美人。

この子がベティちゃんか。



「ハーイ、マサヤー………」




感動の再会。

でもベティちゃんはモジモジしている。

カッピーたちも、ここがアフリカじゃなくてどんな風に接していいのか忘れていて接し方がぎこちない。









「よし、じゃあちょうどお昼の時間だからみんなも食べていって。」



敷地内で遊んでいた少女たちが、ワラワラとログハウスに集まってきた。

中央のログハウスの中は、もうおびただしい少女で溢れかえっている。

女の子の匂いが充満している花園の中、小汚いアジア人たち。

好奇心旺盛な子が恥ずかしがりながら挨拶してくる。



大きな食堂スペースにはいくつものウッドのテーブルが並び、少女たちが行儀良く座っている。

俺たちもその中のひとつの机に座る。



すると、女の子たち全員が慣れた様子で両肘を外に突き出し、お互いに肘を突き合わせて輪を作った。


俺たちも見よう見まねで両肘をあわせる。


そして、スタッフの大人のかけ声にあわせて、全員が歌を歌い始める。

女の子たちの可愛い合唱が響く。


うわー、この雰囲気、林間学校って感じだなーとほのぼのしていたら、歌が終わるか終わらないかくらいで、いきなり女の子たちが皿を持って立ち上がって猛ダッシュ!!!


一瞬にして食堂スペースは飯を奪い合い、叫び声が飛び交う戦場と化した。


こんな光景が毎日繰り広げられてるんだろうな。

これもまた微笑ましい。








ランチの内容は肉のないベジタブルメニュー。

野菜の種類、ゆで卵、ドレッシングなど充実したサラダバーがあり、飲み物もファミレスにあるようなドリンクバーのマシーンがいくつも設置してある。

テーブルにはトマトスープが配られ、至れり尽くせりの内容。


連日、安いマクドナルドでお腹を満たしていた俺たちにはこれ以上ない栄養たっぷりのメニュー。

ここぞとばかりに野菜を食べまくる。

スープもトマトたっぷりの優しい味。





しかし横を見ると、ベティちゃんが不満そうな顔をしながらフォークをカチャカチャ動かしている。

お皿にはほとんど野菜が乗っていない。

スープもひと口スプーンを運んだだけで手をつけなくなってしまった。



アフリカという俺たちからしたらかなり特殊な食環境の中で生まれ育ったベティちゃん。

いきなりの欧米の食べ物に困惑しているよう。

周りにはワイワイと楽しそうに食事を頬張る白人の子どもたち。

退屈そうにしているベティちゃんをなんとか笑顔にしたいけど、どう接していたかがわからないカッピーたち。


アフリカにいた頃のベティちゃんは、カッピーたちの手を引っ張り、We go!! We go!!と弾けるような元気さで村を案内してくれたそう。


今ベティちゃんはたったの11歳という年齢で、海を超えた果てしなく遠い国で白人に囲まれて生活している。


生まれてから自分の村を出たこともなかったかもしれない。



それがいきなり海外。

超貧困国のエチオピアから、超先進国のアメリカ。

その混乱はいかほどのものか。


寂しくて仕方がないだろうな。










カッピーがバッグの中からファイルを取り出した。

この日のために、カッピーたちがエチオピアに行った時の写真を現像してきたのだ。

懐かしい村の景色や自分の写真に、フワリと笑顔を浮かべたベティちゃん。


でも大はしゃぎはしないで、上品にスタッフの大人にエチオピアのことを話した。

賢い子だな。










食事を終え、食後の歌を歌い、それからクイズか何かの結果をラッパー風に発表する女の子たち。

イエーイ!!と歓声を上げる子供たち。

そのノリはやはりアメリカだ。


うーん、ベティちゃん、馴染めるかなぁ………









ようやく少しずつベティちゃんが俺たちに近づいてくれ、会話が弾み、アフリカでの日々を思い出してきた頃に、面会の時間も終わりになった。



「本当は写真は禁止なんだけど、ベティちゃんとだけ特別に許可するよ。」


暖かい日差しの中、みんなで記念撮影した。

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とびきりの笑顔、とまではいかないけど笑ってくれたベティちゃん。

どことなく寂しげな表情だった。

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「バイバイ、ベティちゃん。」


「バイバイ、マサヤ、ユージ、トニー。」


カーリントンさんと一緒に手を振るベティちゃん。

与える者と与えられる者。
与える権利と与えられる権利。

彼女は選ばれた子だ。

きっとチャンスを活かすことができるはず。












「ああああー…………なんか上手く話せなかったー…………くそー………」


「でも会えてよかったね。」


「そうだよ、会えただけですごいことだよな。」


「でも……でもなんかなぁー…………」




車の中、上を向いて苦そうに笑うカッピー。

ベティちゃんを思いっきり笑わせられなかったことがよほど悔しいみたい。


カッピーは普段の会話の9割が下ネタでゲスでめんどくさがり屋で女好きというひどい奴だけど、こんなに男気があるやつもなかなかいないと思えるほど、芯の強い男だ。



一緒に行動していて、自分の甘さとカッピーの自律心の強さに、はっと思わされる瞬間がよくある。

やると言ったらやる男だ。
俺なんかよりも強い意思を持っている。




そんなカッピーは、本当に本当にベティちゃんのことが好きで、できることなら、いつか何かの手助けをしてあげたいとさえ思っていたそう。


しかし今ベティちゃんは金持ちなアメリカ人の手によってそれを手に入れた。

しかもカッピーに出来る手助けの何倍もスケールのでかいことだ。



それに比べて今の俺たちは?


驚異的なほど何も持ってない。

なんて無力なんだろう。









車の中、みんなしばらく無言だった。

今俺たちは地べたをはいずっているだけの与えられる者だ。

でもいつか必ず、人を助けられる男になる。

社会的にも、金銭的にも。

必ず。必ずなる。

そして相手の喜ぶ顔を見るために、何かをしてやれる人間になるんだ。










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ボストンに戻ってきた。

これでとりあえずやるべきことは全て終わった。

次の目的地へのバスチケットはすでに取っている。

日曜日にニューヨーク発だ。


ついに南下の旅が始まる。










いつものハーバード大学の敷地にある川沿いにテントを張る。

本当はベンチで寝袋がいいんだけど、蚊がものすごくいるのでこういう時はテントが大活躍だ。




静かな河岸。
外灯が水面に流れる。

テントをたて終え、買ってきた袋を開けた。

あー、最近ビール飲んでなかったな。



月がぽかんと浮かんでいる。
夜風が汗ばんだ首にからみつく。
月影のささやきが聴こえる。



今俺たちは何も持ってない。

でも必ず大きな人間になってやる。


今夜は海を超えた奇跡とベティちゃんの笑顔に乾杯。

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