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もうひとつの奇跡

7月14日 日曜日
【アメリカ】 ニューヨーク ~ ボストン





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ニューヨーク、ブルックリン。

ボロボロのアパートの一室で目を覚ました。


床に転がる男たち。

窓から差し込む太陽。


このベッドがひとつあるだけの狭い部屋で5人の男が寝ていた。

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暑い。

汗だくの体を水シャワーで洗い流した。









「それじゃ、みなさんお元気で。日本で会いましょう。」


「あ、うん、南米で会いましょう。」


「それはないです。」


あさってに日本に帰るオサダ君。

また海外に引きずり出そうという俺たちの悪魔の囁きをバッサリ切って帰って行った。

オサダ君、元気でね。

また山梨で会おう。

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ゆうべ作ったカレーの残りを温めて屋上へ。

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ずっと向こうまで続く同じ高さのアパートの屋上に、ギラギラとした太陽が降り注いでいる。

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落書きだらけの壁にwarshipというグラフィティがある。

信仰という意味。

そのsが、$と描かれてある。

資本主義への皮肉が周りのアパート中に描きなぐられていた。








ゆうべも屋上に少し上がってみたんだけど、暗闇の中に知らない黒人がいたんだよな。

どっかから入ってきた人たちが勝手に屋上にいるんだよ?


怖えすぎるよ。









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ご飯を食べていると、クニさんがスピーカーとビールを持ってやってきた。


「飲もうかー。ゴメンねー、ホントはここにテントがかかってたんだけど、この前風が強い日があって飛んでっちゃったんだ。」



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焼けるような日差しの中でビールをあおる。

気持ちいいアコースティックの曲が流れる。

冷たいビールがすぐにぬるくなってしまった。

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沖縄の安宿の屋上で飲んだオリオンビールを思い出した。

あの日も台風後のボロボロの建物の屋上だったな。




今、ここはニューヨークのブルックリン。

旅を始めたあの時は、こんなに遠くまで来るって想像できたかな。

いや、出来なかったよな。


本当は日本一周が終わったらそれで終わりだったはず。


あの時付き合ってた彼女と結婚して、平凡な日常を送っていたはず。

仕事して、子ども作って、相変わらず夢ばっかり語りながら。

高校生の頃から、ずっと夢ばっかり語っていた。

彼女はニコニコしてそれを聞いてくれていた。

フミならきっとできるよって。

フミはひとつの場所にとどまることができないんだよって。







生ぬるいビールがあの日を思い出させる。

ずっと前に交わした約束は、今も胸を焦がしている。

ずっと前に終わった恋なのに。


人生ってわからないもんだな。

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「楽しかったよ。またいつでも遊びに来てね。」


荷物をまとめてアパートを出た。

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達観したような笑顔のクニさん。
いやー、いい人だった。

他のニューヨークの安宿にいるような気取ったチャラい連中はここにはいない。


みんな心から出会いを楽しんでいるし、それがとても自然体だ。

だから心地いい。

その心地よさにハマって、色んな人が数ヶ月単位でここに滞在していく。

その気持ちもわかるな。




まぁ、ドア開けたら黒人が撃たれて死んでたとか、いきなり後ろからお尻刺してくるとか、そういうキモい話はいらない!!

日本のどんなお化け屋敷よりも怖いから!!


クニさん、大好きです。
お世話になりました!!


















「はーい、ここがタイムズスクエアですねー。」


「もういいってー!!何回ニューヨーク来るんだよー!!」

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そんなこと言って笑いながらてっちゃんの運転する車はボストンへ向かった。











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さて、ここ数日、なんでこんな訳のわからない移動を繰り返しているのか。

一体いつになったら南下をはじめるのか?


その理由は3日前にてっちゃんが発した一言から始まった。




「え!?ベティちゃんがアメリカにいる!!しかもここからすぐのメイン州だ!!」


「えええ!!?ウソだろ!?なんでベティちゃん!?」


「マジでええ!!!」



俺はポカン。
誰だベティちゃんって。


話はカッピーとユージン君、てっちゃんの出会いにさかのぼる。






俺とカッピーが出会ったのはエジプトのダハブ。

そしてカッピーはエジプトに来る前、ユージン君と一緒にアフリカのエチオピアを旅していた。



「世界イチ過酷な場所に行こう。」




というわけのわからないツアーに参加し、火山やら砂漠やらを周り、それはそれはとんでもない目に遭わされたそうなんだけど、そのツアーを企画したのが、歩くウィキペディア、てっちゃんだったってわけだ。




エチオピアは少数民族やサファリツアーなど、アフリカの中では観光客に人気の国で、それほど行きにくい場所ではない。


しかしその分、現地の人たちは観光客ズレをしており、みんな観光客、とりわけアジア人とみれば良い金づるくらいにしか思っていない人が多く、ボッタクリや詐欺など、いかに金を出させるかに余念がないという。


顔を見ればボッタくり、アレをくれ、何をくれ、とにかく鬱陶しいとのこと。


そんな現地人との戦いの毎日で疲弊しきっていた時に出会ったのが、エチオピア人のベティちゃん。


このスケベ野郎たちの喜びようを見ていたら、ベティって一体どんなどエロ女なんだろう?って思っていたんだけど、






実はベティちゃん、たったの11歳。


つ、ついに幼女にまで………!!






なんてことじゃもちろんなく、このベティちゃん、まぁ、それはそれは可愛らしい女の子なんだそう。


エチオピアでは、子どもたちもみんな観光客に対して、アレくれナニくれと、スレた目をして群がってくるんだそうけど、このベティちゃんは一言もそんなことを言わず、カッピーたちを案内し、もてなし、一緒に遊んだんだそう。


その汚れのない無邪気な笑顔に、とことん癒されたカッピーたち。


まるで妹みたいに、娘みたいに可愛がり、ベティちゃんも心を開いてカッピーたちと過ごしたそう。


いかにベティちゃんのおかげで充実したエチオピア旅だったかが、みんなの話からうかがえる。






そんな可愛い可愛い、思い出のベティちゃんと別れたのが7ヶ月前。


アフリカの辺鄙な貧しい村にいた女の子に会うことなんて一生ないだろう。

旅なんてそんなもんだ。


でも今、なぜかその女の子がアメリカの、それも車で3時間くらいの距離にいる。


そう、これもまた旅なんだ。







「行くしかねぇだろ!!」


「行くしかねぇ!!ベティちゃん俺たちのこと覚えてるかな!?」



会いに行く予定は木曜日。

それまでボストン周辺でまた稼ぐことになる。

ベティちゃんは俺にとっては関わりのないこと。

でもこれがどれほどの奇跡か、旅マジックの虜になってる俺にとったら想像にたやすい。


カッピーたちにとったら、BBやポールとの出会い並みに驚くべきことだろう。



感動の再会、おすそ分けしてもらおう。

それまでもう少し南下はおあずけだ。

この最高の笑顔をもう一度見るために。

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