7月5日 金曜日
【アメリカ】 ニューヨーク
ベッドで目を覚ます。
うーん………ここどこだっけ…………?
目を開けると…………
おおお…………すげぇ………
壁一面のガラスの外に広がる、タイムズスクエア。
これぞ支配者の眺め。
「よし、朝ごはん行きましょう。」
近くのカフェにでも行くのかなと思ったら、エレベーターは2階に止まった。
そこにはなんと、綺麗なフィットネスジム、プール、そして大型ランドリーがあった。
な、なんて凄まじいマンションだよ………
さらに奥に進んでいくと、そこにはシックで落ち着いたカフェスペースがあり、無料の朝ごはんが用意されていた。
王だ………王様の住む宮殿だ(´Д` )
ニューヨーク名物のベーグルをコーヒーで流し込んで、部屋に戻る。
「金丸さん、エスプレッソでいいですか?」
マニュアルのエスプレッソマシーンでコーヒーを淹れてくださるボスの奥さん。
ボスはお仕事に出かけている。
気品と、鋭い厳しさを瞳に秘めている奥さん。
別に緊張はしない。
俺と彼らのいる場所はこの高層ビルのように天地の違いがあるけども、人間の優劣がすべてそれで決まるわけではないのは無論のこと。
大事なのは綺麗な心と、志だ。
と言いたいところだけど、引け目というのがまったくないとは言えない。
仕事、金、地位で人間の価値は決まるか?
間違いなく決まる。
いくら素晴らしい心を持った人であっても、地位がなければ認められない。
それが会社の中、県の中、町の中、家族の中であっても。
持ってる者と、持たない者、確実に優越感と劣等感がある。
この現代社会、それも資本主義のど真ん中である保守大好き日本に生きてれば、逃れられないしがらみ。捨てることのできない価値観。
目の前にあるマンハッタンのビル群、ノラジョーンズが流れる部屋でエスプレッソ。
優雅なお昼前の時間。
レストランで汗にまみれて働く人。
工事現場で泥にまみれている人。
公園で絵を売る絵かき。
何度も自分に問い続ける。
人間の質は何で決まるのか?
メールチェックをしていたら、とある人からメールがきた。
サックス吹きのカッピーだ。
エジプトとパリで一緒に演奏したゲス仲間のカッピー。
この旅で出会った、ずっと付き合っていきたいと思える大好きな奴。
そんなカッピーが俺よりひと足先にアメリカに入っていたのは知っていた。
今は相方だったバイオリンのナナちゃんと別れ、ギターの相方とコンビになってマイアミでガンガン稼いでいるとのこと。
そんなカッピーからのメール。
「俺のニューヨークの友達が路上を見にいきたいって行ってるから場所教えてよー。」
「そうなんやー。たぶんセントラルパークでやってるよー。」
「わかったー。伝えておくねー。めちゃ下品なやつだからきっと面白いよー。」
んー、どんな人だろ。
まぁカッピーが紹介する人だから良いやつであることは間違いないだろな。
「了解ー。それでカッピーが来たら面白いよねー。……あ、あれ?………もしかしてそうなの?もしかして俺気づいちゃった?」
すぐに返事が来た。
「俺の32時間の移動返せ~~~~!!!」
そっとホームボタンを押す。
えーっと…………路上行くか。
ちょいとタイムズスクエアに行ってみた。
んー、
もうぐっちゃぐっちゃ。
大阪の道頓堀並みの看板の数です。
フォーエヴァー21とかあります。
観光客とイエローキャブがうじゃうじゃとひしめき、うだるような暑さなんだけど、通りを歩けば、店舗から強烈なエアコンの冷風が流れ出ており、ひんやりと足を冷やす。
混乱。
ここが世界のど真ん中だ。
ギターを持ってセントラルパークへ。
今日もいたるところでパフォーマーがしのぎを削っており、野外ステージではバンドが大音量でライブをしている。
なんかのロケもやってるし。
昨日と同じトンネルに向かうと、ゴスペルのグループがパフォーマンスしていた。
黒人の家族がろうろうと歌い上げている。
その中に小さなアジア人の男性が混じっており、彼も歌っていた。
カウンターテノールって言うのかな?
ファルセットの美しく伸びやかな歌声に観客から声があがる。
彼は日本人。
今泊まらせていただいてるボスの話では、数年前まで日本人でインディーズでバリバリ活動していたんだけど、とある出来事をきっかけに日本人の音楽業界と決別し、アメリカに渡り、1人街角で歌っているところでこの黒人の家族に拾われて今にいたるそう。
他にも、かつて日本でそこそこ有名だったミュージシャンとかが、普通に地下鉄で歌っていたりするそう。
ここは夢を掴むための街でもあり、夢の残骸が流れ着く岸でもあるのか。
ゴスペルグループの演奏の後は、バイオリンの2人組。
キチッと時間が決まっているようで、さっとパフォーマーが入れ替わる。
だいたい1組の持ち時間は3時間てとこ。
この噴水前トンネルはパフォーマーたちの特等席ってわけだ。
そしてなぜかここでは日本人のカップルがウェディングの撮影をやってます。
バイオリンの人たちが終わるのを待って座っているところだった。
「おっほほー、いたいたー。」
顔を上げると、そこには…………
うおーーーー!!!!
カッピーだーーー!!!!
マジでマイアミからぶっ飛ばして来てくれたのかよ!!
カッピーだけではなく、相方のギター弾きのユージン君、マイアミで知り合ったというオサダ君、そしてボストン在住で前回カッピーとエチオピアを回ったてっちゃん。
「会えたねー!!」
「すごい!!すごいけど女はいないの!?」
「またこんな男臭えメンバーかよー!!」
「あ、でも僕いいの持ってますよ。」
そう言ってバッグの中からテンガを取り出すユージン君。
そ、そんな幸せそうな顔するなよ…………
だから女っ気ないんだよ…………
「いやー、もういい加減金がヤバくてさー。路上やらないとマズイんだよねー。」
「え?カッピー今いくらくらい持ってるの?ユージン君は?」
「俺はほぼゼロかなー。」
「あ、僕は5万くらいありますよ。」
こ、こいつら…………
な、なんてお気楽なやつらなんだ(´Д` )
3人合わせて所持金20万円。
ほぼ俺。
旅なめすぎ。
「あー、イチャイチャしたいよー。可愛いニューヨーカーと恋したいよー。」
マイアミで出会って一緒にやってきたオサダ君もとても面白い男。
山梨県出身。
マッシュルームカット。
「オサダ君はもともとニューヨークに来る予定だったと?」
「いや、なんかよくわかんないんですよね…………あれ?なんで俺ここにいるんだろ………ははは。」
後先考えてなさすぎ(´Д` )
そんなことを話していたらバイオリンの2人組がパフォーマンスを終えたので、次は俺たちの出番。
カッピーたちも看板を作ってた。
これ、世界地図を使うのってアリやな!!
まずはカッピー&ユージン君のコンビから演奏開始。
まぁ、ずりぃ。
カッコいい。
渋いジャズギターにカッピーのムーディーなサックス。
カッピーは相変わらずカッコつけたエロいサックスが卑怯なくらいイカしてる。
そしてユージン君がギターうめぇ!!!
クラシックギター弾きなんだけど、まぁ相当なテクニシャンで、指板の全部を駆使して弾きまくる。
そしてさすがにコンビで回ってるだけあって息もピッタリ。
普段ゲスな話しかしないけど、楽器持たせたらこんなにもカッコよくなるのに女の子がいないのはなんでですか?
あっという間に人だかりを作って、紙幣を舞わせやがる。
悔しいくらい路上パフォーマーだぜ。
バトンタッチして俺も久しぶりにみんなに歌を披露。
それから3人でセッション。
そういやカッピーとこうしてちゃんと稼ぐシチュエーションで路上やったのって初めてじゃないかな?
複数人で路上やるのってやっぱり楽しいわ。
調子よく稼いでいたんだけど、向こうの方で太鼓のグループが演奏を始めてしまい、やかましくて音が全然聞こえなくなったので路上終了。
2時間弱で50ドル。
まぁこんなもんか。
「みんな今夜の宿はどこなの?」
「え?わからないなー。」
「何も考えてないんだ。」
「どうしよう。もう夜だね。昨日ハーレムの宿で発砲事件見たんだよね。救急車来てたし。」
「まぁなんとかなるよ。」
「そうだよ。なんとかなるさ。」
お気楽すぎる(´Д` )
そんなみんなをほったらかして、俺は天上人のマンションへ。
部屋に入ると、奥さんがお料理を作っていた。
「な、な、何か手伝わせてください。」
「じゃあテーブルを拭いてお皿を並べてちょうだい。」
美しい奥さんとお喋りしながら晩ご飯の支度をしていると、ボスが帰ってきた。
「はい、これ。」
ボスの手にはヒマワリの花束。
微笑む奥さん。
「ボス、今日ってなにかの記念日なんですか?」
「ん?なんでもないよ。花を買うことなんてなにも特別じゃないよ。」
とてもスマートに、気取らずに花束を渡せるボス。
まさに天上人。
そんなお2人と食卓を囲む。
晩ご飯のメニューは…………
美味すぎてマジで帰国しようかなと思いました。
完璧。
味も盛り付けも愛も!!
料理うますぎ。
トロントのナオトさんもかなりの腕前だったけど、それをはるかに上回ってしまった。
ナオトさんごめんなさい(´Д` )
天上人はすべてにおいて優れている!!
あー、今ごろカッピーたち、路上はいつくばって宿探ししてるのか。
もう見つけてビール飲みながらウダウダやってるのかな。
俺も本来はあっち側の人間。
こっち側になんて自力では来られない。
天上から見下ろすこの眺めを覚えておこう。
いつだって自分の立ち位置を理解する分別と、客観性を持っていたい。
明日からまた路上の住民だ。