5月30日 木曜日
【カナダ】 トロント
寒くて目を覚ました。
ガンガンに冷房がきいている。
ここはトロントの安宿のベッドの上。
渡されたシーツはテキトーに広げただけで、靴下も脱がずに寝ていた。
久しぶりのシャワーで汗まみれの体を洗い流す。
よく考えたらベルギーの女子高生、ホズミちゃんのホームステイ先でシャワーを浴びて以来だから、20日ぶりか。
なかなかいい記録だな。
ヨーロッパでは寒くてまったく汗をかかなかったから入らなくても問題なかったんだけど、さすがに昨日くらい汗だくになったら毎日入らないと気持ち悪い。
そして今日もめちゃくちゃ快晴だ。
朝食のホットケーキにシロップをたっぷりかけ、頬張りながら昨日のクリントンに感謝のメールを送る。
カナダを出る前にまた会いたいな。
ネット関係を色々済ませ、ホステルに荷物を置かせてもらって外に出た。
まずはアメリカ大使館とバス会社だ。
このトロントでやるべきことは2つ。
ひとつ目は、次の国であるアメリカに入国するために必要なESTAを取得すること。
電子渡航認証システムだったかな?
これはビザではない。
日本とアメリカはご存知の通り仲良しなので、90日以下の観光を目的とする滞在にビザがいらないのだ。
なので、身元を証明するための簡易的な登録をするわけだけど、それがこのESTAってやつ。
インターネットのサイトに簡単な情報を入力し、手数料の14ドルを支払ったら、ほぼ即時に回答が返ってくるそう。
簡単なこと。
フォーマットに従って正直に入力するだけのことだ。
しかし、ここで問題が。
その手数料の支払い方法がクレジットカードからしか出来ないのだ。
ご存知の通り俺はクレジットカードを持っていない。
ならば直接アメリカ大使館に行ってみようと思う。
ふたつ目が、バスの予約。
北アメリカは広大。
果てしなく広大。
今までヨーロッパをちょびちょびと移動していたけど、カナダ、アメリカではもっとでかい移動が必要となる。
彼らはとてもいいバス会社を持っている。
グレイハウンドってやつ。
このグレイハウンドバスでたいがいの場所に行くことができる。
ここトロントからニューヨークまでが確か80ドルだったかな。
めちゃくちゃ距離あるのに、たったの80ドル。
ヨーロッパなら25000円くらいしそうなもの。
彼らのルート網はたいしたもので、アメリカ国内もかなりの規模でカバーしているみたい。
出来るならばカナダにいるうちにアメリカからメキシコに抜ける出国用のチケットも取っておきたい。
アメリカは入国の際に出国用のチケットの提示を求められるから。
カナダ滞在中にこれらを全て済ませてやるぞ。
暑い日差しが照りつけるトロント。
暑すぎる。
少し歩くだけで汗が吹き出す。
ヨーロッパではあんなに寒かったってのに。
そしてそんな暑さを加速させるのが街の様子。
巨大なビルディング、ひしめくお店、車の波、人、人、人、人。
ガラス張りの高層ビルの周りはエリートサラリーマンがかっこ良くコーヒーを飲み、銀行の建物が威圧的に通りを狭めている。
通りに並ぶファストフード屋。
異常なまでのアジア料理店の数。
白人、黒人、アジア人、ムスリム、アフリカン、人種のるつぼってのは教科書で読んだ言葉だけど、今まさにそれをこんなにも実感を持って感じている。
北アメリカは新しい土地。
ヨーロッパのような落ち着いた上品さなんてカケラもない。
この慌ただしさ。
一気に日本を思い出す。
日本がどれだけ北アメリカに影響されてるかがよくわかる。
ビルの階数の表示も、コンセントの形状も日本と一緒だ。
分かりにくいところにあるアメリカ大使館に到着。
入口には怖そうなセキュリティが3人。
フラフラと近づく。
「すみません、ESTAを取りたいんですが………」
「おーい、ESTAだってよー。」
「はいはい、これ。ここ。ここのウェブサイトから見て。わかったね。グッバイ。」
超そっけなく紙を渡される。
「あ、あの、クレジットカードがないと支払いが出来ないんですよね?」
「大丈夫大丈夫、問題ないから。」
えー………そうなの?
大使館をスゴスゴと後にし、Wi-Fiにつないでサイトを見てみたが、やっぱりそこにはクレジットカードのみでしか支払い出来ませんと書いてある。
なんだよー、わかんねーよ。
もっと詳しい情報が欲しくて、今度は日本大使館に行ってみた。
重い荷物を引きずりながら高層ビル地区へ。
ここか?と不安になりながら、空にそびえる高層ビルの中のひとつに入る。
33階に日本大使館はあった。
「ESTAってクレジットカードがないと取れないんですか?」
「どうやってアメリカに行くんですか?」
「グレイハウンドのバスで行きます。」
「あ、陸路ですか。陸路ならESTAって要らないんですよ。飛行機か船で入国する時は必要ですけど。」
お、マジかそれ。
ていうかマジか?
いや、大使館の人がみんなで言うんだからそうだよな。
「ただバスで行くとして、もし金丸さんだけが入国に手間取った場合、バスは金丸さんを置いて行ってしまう可能性はありますから。滞在の予定、滞在の目的、訪れる街、宿泊先、をキチンとテキパキ答えられるように準備して行って下さいね。」
やはり誰もが言うが、アメリカの入国は厳しいよう。
でもESTAを取る必要がないってのは儲けもんだ。
14ドルもうくし、手間も省けた。
よし、次行こう。
次にやってきたのは街の中にあるバスターミナル。
グレイハウンドのオフィスへ。
普通に話してるように書いてるけど、この英語圏の国で英語で話しかけるのってとても緊張する。
ヨーロッパではほとんどの人が英語を喋れないので、俺が英語が下手だろうが別に恥ずかしくない。
でもここは英語が母国語の国。
俺レベルの英語で話しかけるのは笑われそうで勇気がいる。
そんな下手な英語で必死に質問しまくってゲットした情報がこちら。
トロント →ニューヨーク 84ドル
ハミルトン → ニューヨーク 87ドル
トロント → バリー 28ドル
ヒューストン → モンテレイ 55ドル
トロントとナイアガラの滝の中間くらいにハミルトンって街があるんだけど、そこからでもニューヨーク行のバスに乗れるようだ。
トロントの次に行こうと思っていた北の町、バリーへも行ける。
そしてアメリカのテキサスからメキシコに抜けるためのバスもここで予約できることがわかった。
すべて手頃な値段。
グレイハウンドやるね!!
後から聞いた情報では、グレイハウンドの期間パスもあるみたい。
いくらでどれだけの期間なのかわからないけど、おそらくお得なことには違いないはず。
とにかく、
ESTAはいらない。
バスも全て予約可能。
後はニューヨークでのホステルをどうにかして予約して、訪れる街をリストアップする。
そしてカナダで10万円くらい貯めることができれば、もはや俺に入国出来ない国はない。
シェンゲン以外!!
さて、とりあえずやるべきことはだいたい済んだ。
北アメリカっぽいホットドッグの屋台で2.5カナダドルのホットドッグで腹ごしらえ。
トッピングし放題。
さて、この浮ついた街でどこにも居場所のない俺にできることは…………
歌うことですよね…………
えーっと…………
怖え。
ものすごく怖い。
なんでこんなにビビってるんだ?
今までさんざんヨーロッパで歌い散らかして来ただろう。
中東でもアフリカでも、どこだろうがやってきた。
なのになんでこんなに怖いんだろう?
街は素晴らしい陽気にきらめき、人々はとてもオープンに楽しそうに歩いている。
この新しい街には、ヨーロッパのような歩行者天国のショッピングストリートがない。
すべての道が車道に面していててとてもうるさい。
1番中心の賑やかな交差点では、アンプを使ってバンドがエレキをギュンギュンやってる。
確かにどのパフォーマーも上手い。
しかしこのくらいならヨーロッパにもいた。
どってことない。
人通りの多い、いい歩道を見つけて座りこむ。
とてもいい場所。
路上におあつらえ向きのスペース。
なのにビビってギターをケースから出せない。
ここは慣れ親しんだヨーロッパではない。
どれだけヨーロッパの空気が体に染み込んでいたかがよくわかる。
ヨーロッパではジックリと歌を聴き、吟味して、お金を入れてくれた。
芸術の国、ヨーロッパ。
しかしここはアメリカ大陸。
エンターテイメントの国。
ただもくもくと歌うだけじゃダメな気がして萎縮してしまう。
楽しそうに目の前を歩いている人たちの流暢な英語やポップなノリが怖い。
そしてここは大都会トロント。
覆いかぶさるような高層ビルと目がチカチカするような巨大看板。
もうトロントから逃げてどこか手頃な地方都市に行った方が落ち着くかな………
そうしようかな………
完全に逃げ腰になっている。
ダサすぎる。
やらなきゃ。
やらんと。
稼げないかもしれないけど、そういう問題ではなく、逃げたらダサい。
やらなきゃ。
もしかしたら素晴らしい出会いがあるかもしれない。
そうだよ、昨日のクリントンみたいな。
ものすごくドキドキしながら、何食わぬ顔でギターを取り出す。
チラチラと見ていく人たち。
アジア人の数が半端じゃない。
日本人も多い。
同じアジア人としてダサい演奏したらこっぱずかしすぎる。
あ、ギターしまおうかな(´Д` )
いやいや、やれって!!
やっちまえ!!
思いっきりギターを鳴らした。
反応は渋い。
とても渋い。
冷たい目線を送る人もいる。
でも、入らないことはない。
シッカリお金が入るぞ。
親指を立ててくれたり、素晴らしい!!って言ってくれる人もいる。
いける。
そうだよ、伊達にヨーロッパとアラブ圏でもまれてねぇんだよ。
歌いまくった。
「ハロー!!エクセレントだわ!!私はバーバラ、よろしく。」
話しかけてきたのは小太りのおばさん。
敬虔なクリスチャンで、面白く、カナダのことについてたくさん話した。
「ここはカナダだからね。ニール・ヤングをやらなきゃダメよ。ハートオブゴールドなんてやったら間違いなくウケるわよ。」
おっと、この俺にハートオブゴールドをやれと言いますか。
オハコ中のオハコだぞ。
思いっきり歌ったら、その通りたくさんの人が足を止めてお金を入れてくれた。
やっぱりニール・ヤングはカナダのヒーローなんだな。
「素晴らしいわ!!ビール飲みながら話しましょう!!」
すっかり話しこんでしまい、結局2時間くらいしかやらなかった。
そして気になるあがりは………
24カナダドル。
悪くない!!!
路上激戦区のトロントでこれなら、もう少し小さな路上パフォーマーの少ない町に行けば100カナダドルも夢じゃないぞ。
ギターを片付けてからもバーバラとビールを飲みながら話した。
時間はすでに深夜。
中心の交差点にある広場で、たむろしている若者たちに混じって話す。
彼らは英語が母国語。
俺のこんな下手くそな英語では彼らの会話の70パーセントは聞き取れない。
それが恥ずかしくて、ついわかったような顔をしてしまうけど、カナダ人はそんなに冷たくない。
分からなくて聞き直せば、ゆっくり、丁寧に、根気良く説明してくれる。
なんだ?英語も喋れないのかこいつ、みたいな素振りは一切見せない。
日本人が、日本にいる外国人に気遣って話しをするように、彼らも俺を気遣ってくれる。
英語がわからないことは恥ずかしいことではないんだ。
「バーバラ、俺疲れたからそろそろ行くよ。」
「寝るとこはあるの?」
「んー、俺いつもキャンプしてるんだ。外で寝てる。でも大丈夫だよ、いつものことだから。」
「わかったわ。いいところがあるからついてきて。」
そう言うバーバラ。
いいところってどんなとこだ?
まさか家に連れていかれてレイプされてしまうのか!?
バーバラいい人だけど、ごめん!!
ちょっと小太りだし、45歳だし、俺無理だよ!!
絶対勃たたないよ!!
まぁそんなことないです。
連れていかれたのは、中心から10分ほど歩いたところにある、とある建物だった。
ゲートウェイって書いてある。
なんだここ?
バーバラと一緒に中に入る。
そこには受付があり、2人の男性がいた。
「今夜ベッド空いてるかしら?彼日本から来て泊まるとこがないのよ。」
「空いてるよ。ウェルカム。じゃあここに名前と生年月日を書いて。」
小さなメモ紙を渡され、そこにサッと名前と生年月日を書く。
すると横にいたオッさんが俺の肩を叩いた。
「疲れてるようだね。まぁお水を飲みな。タバコは吸うかい?」
俺にタバコを差し出してくる。
そして壁ぎわに置いてあるタンクから冷えたお水を入れてくれた。
一気に飲み干すと、暑さに火照った体に染み渡った。
「バーバラ、ここってなんなの?」
「ここはホームレスシェルターよ。今日も50人以上が泊まってるみたい。でも気にしないでいいのよ。」
は、初めて来た、ホームレスの人たちの保護施設。
どことなく陰気な雰囲気が漂っていたのはそのためか。
しかし、この施設の凄まじいこと。
★宿泊……………無料
★朝ご飯…………無料
★お昼ご飯………無料
★晩ご飯…………無料
★飲み物…………無料
★荷物預け………無料
★ロッカー………無料
★シャワー………無料
★洗濯……………無料
★お昼のお弁当…無料
★電話……………無料
マジかよこれ…………
ていうかいいのか?
国が運営しているものだろうけど、俺はただの旅行者。
ホームレスだけど、本当のホームレスじゃない。
30ドルも出してホステルに泊まるのがバカらしくなる内容だよ。
「フミ、気にしなくていいの。彼らは来る者をこばまないわ。何も聞かれなかったでしょ?外で寝るんだったらここに泊まればいいの。」
そしてバーバラは帰っていった。
タバコをくれたおじさんが俺に世話を焼いてくれる。
きっと彼もホームレス。
俺たちは仲間。
「じゃあ部屋に案内するね。」
スタッフの兄さんとエレベーターに乗る。
一体どんな部屋なんだろう………
汚すぎるホームレスたちの10人部屋とかなのかな…………
エレベーターが開いた。
そこは真っ暗だった。
廊下などなく、すでにそこが部屋だった。
だだっ広いフロアーに、ムッと汗臭い男の臭いがたちこめている。
暗闇に目が慣れてくると、かなり刺激的なものが見えてきた。
フロアー中にどこまでもベッドが並んでいる。
その上にゴロゴロと人が寝ていた。
10どころじゃねえ。
50人はいる。
まるで臨時の病院みたいだ。
「君のベッドはこれ。トイレはあそこだから。それじゃお休み。」
なかなかの衝撃的な状況に唖然と立ち尽くす。
すごい数のオッさんたちがパンツ1枚であられもない姿で寝ている。
イビキがフロアーのいたるところから聞こえる。
ま、マジかこれ…………
とにかく、すでに時間は深夜の3時を回っている。
シーツを広げ、ベッドに横になった。
ものすごく柔らかいクッションに体が沈むと、一瞬にして眠りに落ちた。